2026年10月1日、森永乳業は、ビフィズス菌や乳酸菌の粉末をつくる福井県の工場に約20億円を投じると発表しました。グループ全体の生産能力を、約3割増やす計画です。
菌の粉末は、国内外の食品メーカーや育児用ミルクのメーカーに素材として売られています。「菌体」と呼ばれるこの事業は、直近8年で約3倍に拡大したと同社は説明しています。
この記事では、発表でわかることとわからないこと、なぜ今増やすのか、菌体ビジネスの仕組みを見ていきます。続いて、菌の粉末の一般的な製造工程と、設備投資・取引先・働く人への影響を整理します。
この記事の内容は、動画でも解説しています。
森永乳業の福井工場増強|発表でわかること・わからないこと

森永乳業は2026年10月1日、子会社の森永北陸乳業の福井工場(福井県福井市)で、ビフィズス菌末と乳酸菌末の生産設備を増強すると発表しました。菌末とは、培養した菌を乾燥させて粉末にした素材のことです。
投資予定額は約20億円で、2026年10月に着工し、2029年1月の稼働を予定しています。増強後の生産能力は森永乳業グループ全体で約250t/年となり、既存設備と比べて約3割の増強になるとしています。
投資額・能力・時期を並べると、2029年に向けた中期の増強であることがわかります。
※出典:森永乳業ニュースリリース(2026年10月1日)。2027年3月期の連結業績への影響はないとしています。
ここで注意したいのは、約250t/年は福井工場単体ではなく、グループ全体の能力だという点です。発表資料には、福井工場で何t増えるのか、どのような設備を新設するのかといった内訳は書かれていません。
ニュースを読むときは、公表されている事実と、公表されていない部分を分けておくと誤解を防げます。
数字の対象範囲をそろえて読むことが大切です。
- 投資予定額は約20億円
- 生産品目はビフィズス菌末と乳酸菌末
- グループ全体の能力が約250t/年に(既存設備比約3割増)
- 2026年10月着工、2029年1月稼働予定
- 菌体事業は直近8年で約3倍
- 福井工場単体の能力と増産量
- 現在のグループ全体の生産能力(t数)
- 新設・更新する設備の種類やライン構成
- 建屋を新設するかどうか
- 増産分の販売先や用途の内訳
※2026年10月5日時点で、森永乳業のニュースリリースと主要な報道で確認できた範囲です。
牛乳工場から菌末の専用拠点へ
福井工場は、もともと牛乳や乳飲料をつくる工場でした。森永乳業は2013年9月末で同工場の市乳製品(牛乳・乳飲料など)の生産を止め、設備を改造してビフィズス菌末の生産拠点に転換すると発表しています。
森永北陸乳業の会社概要によると、2014年にビフィズス菌末の製造設備が稼働し、同じ年に食品安全の国際規格であるFSSC22000の認証を取得しました。現在の事業内容は、ビフィズス菌末・乳酸菌末の製造です。
2019年5月には約21億円で新棟(延床面積3,590㎡)を建てる計画を発表し、2020年秋ごろの稼働を見込んでいました。このときは、生産能力を森永乳業全体で2018年度比約2倍の約150tに引き上げるとしています。
牛乳工場から転換したあと、2019年と2026年に大きな増強を発表しています。
- 2013年市乳製品の生産を中止9月末で牛乳・乳飲料などの生産を終え、用途転換の工事へ
- 2014年ビフィズス菌末の製造設備が稼働同年にFSSC22000の認証を取得
- 2019年5月新棟・菌体製造ライン増設を発表約21億円。延床面積3,590㎡、2020年秋ごろ稼働見込み
- 2020年秋(予定)グループ全体で約150t体制へ2018年度比で約2倍という当時の計画値
- 2026年10月菌体生産設備の増強に着工約20億円。2029年1月に稼働予定
- 2029年1月(予定)グループ全体で約250t/年に既存設備比で約3割増
※約150tは2019年の発表時の計画値、約250t/年は2026年の発表値です。その間の能力の推移は公表されていないため、2つの数字の差がそのまま今回の増加分になるわけではありません。
2019年当時の報道では、将来的には約300tの生産体制を構築する計画とも伝えられていました。今回の約250t/年は、その道筋の途中にある増強と位置づけられます。
なぜ今、能力を増やすのか|菌体事業が8年で約3倍
今回の発表で森永乳業が挙げた背景は、腸内フローラ(腸内にすむ細菌の集まり)への世界的な関心の高まりです。菌体事業は直近8年で約3倍に拡大しており、旺盛な需要への対応と安定供給の体制づくりが目的だとしています。
ここからは、国内、海外、中期経営計画の3つの面から、能力を増やす理由を見ていきます。
国内:ヨーグルトやサプリメントでの需要
発表では、国内でもビフィズス菌を配合したヨーグルトやサプリメントの需要が拡大傾向にあるとしています。2019年の発表時点でも、国内のビフィズス菌・乳酸菌の菌体市場は2018年度に2014年度比で1.8倍に伸びたと説明されていました。
富士経済の調査では、乳酸菌の原料市場は2022年に48億円(前年比9.1%増)で、機能性表示食品での採用増加が伸びの要因に挙げられています。原料としての菌は、最終商品に比べれば金額は小さいものの、着実に伸びている分野です。
海外:育児用ミルクとサプリメント向け
海外では、大手の育児用ミルクメーカーとの取り組みや、各国でのサプリメント販売を強化しています。育児用ミルクは乳児の腸内環境を意識した商品づくりが進んでおり、ビフィズス菌はその代表的な素材のひとつです。
同社の中期経営計画の資料では、菌体の注力エリアとして中国、日本・韓国など、米国の3つを挙げ、それぞれの市場データを示しています。中国は規模こそ米国より小さいものの、成長率が最も高いエリアとして位置づけられています。
規模が大きいのは米国、伸びが大きいのは中国です。
※市場データは森永乳業「中期経営計画2025-28」資料に掲載されたもの(原典:Giract’s Global Probiotic Cultures 2023-2028 Report)。プロバイオティクス用の菌の市場を示す参考値で、同社の売上や今回の投資効果を示すものではありません。打ち手は同資料の3つの重点を整理したもので、地域と1対1で対応するわけではありません。
中期経営計画で「成長領域」に位置づけ
森永乳業の「中期経営計画2025-28」は、2026年3月期〜2029年3月期の計画です。同社はこの計画で、国内・海外の菌体を、ヨーグルト、アイス、海外の育児用ミルクと並ぶ「成長領域」に位置づけました。
菌体の売上を2029年3月期までに倍増させることを目指しています。
組織面では、2025年4月に菌体の販売組織を本部組織化し、国内と海外の垣根を越えて販売する機能素材事業本部を設けています。研究本部内には「バイオティクス研究所」を設立し、基礎研究から商用化までを一手に担う体制にしました。
食品新聞の2026年9月の記事によると、菌体事業は前期に約25%の増収となっています。ただし、ここまでに出てきた数字は、それぞれ意味が異なります。
実績・目標・市場・能力は別の物差しなので、混ぜずに読みます。
※売上は単価や製品構成でも変わるため、売上の倍増が生産量の倍増を意味するわけではありません。能力増強と売上計画の関係は、会社から定量的には示されていません。
売上が伸びても、高付加価値品の比率が上がれば、必要な生産量はそれほど増えないこともあります。逆に、需要が想定より早く伸びれば、2029年まで能力が足りない時期が出る可能性もあります。
今回の増強は、需要の伸びに対して供給の上限を先に引き上げておく投資と読むのが自然です。
菌体ビジネスの仕組み|何をつくり、誰に売るのか

菌体ビジネスとは、研究で選び抜いた菌株を大量に培養し、粉末などの素材にして販売する事業です。自社のヨーグルトやサプリメントに使うだけでなく、他社の食品や育児用ミルクの原料としても売られます。いわゆるBtoB(企業向け)の素材ビジネスです。
消費者の目に触れるのは最終商品のパッケージだけですが、その裏側には菌株の研究、培養と粉末化、品質の保証、顧客ごとの配合提案という工程があります。食品・医薬・日用品業界の企業の種類で言えば、素材メーカーにあたる立ち位置です。
福井工場が担うのは、菌株を「売れる粉末」に変える製造の部分です。
※販売先の分類は、森永乳業のニュースリリースと中期経営計画の記載をもとに整理したものです。福井工場の生産量のうち、どの販売先向けがどれだけかは公表されていません。
主力はビフィズス菌BB536
森永乳業の菌体の柱は、1969年に乳児から見つけたビフィズス菌BB536です。同社によると、ヒトにすむ種類のビフィズス菌で、酸や酸素に強く、製品の中で生き残りやすいのが特徴です。
BB536は累積30カ国以上で使われた実績があり、米国食品医薬品局(FDA)のGRAS(一般的に安全と認められたもの)も取得しています。1986年には、ビフィズス菌入りヨーグルトの製造技術をフランスへ輸出したことも紹介されています。
素材として海外に売るには、効果の研究だけでなく、各国の規制に通る安全性の裏づけが欠かせません。長い研究の蓄積とこうした実績が、BtoB素材としての信用につながっていると考えられます。
生きた菌と加熱した菌の両方がある
菌体には、生きたまま届けることを狙う生菌と、加熱処理した殺菌体(死菌)があります。森永乳業も、ビフィズス菌のほかに、殺菌体の「シールド乳酸菌」を展開しています。
2019年の報道では、シールド乳酸菌はサプリメントや乳飲料、菓子、みそ汁、パンなど延べ300社に採用されたとのことです。
富士経済の分析では、死菌はハンドリングが良いため参入企業が多く、生菌は「生きて腸に届く」という訴求力が強いとされます。中期経営計画でも、殺菌体の開発と生菌体の生残性(生き残る力)の向上の両方を研究テーマに挙げています。
2019年の報道では、同社は2018年度の国内の菌体市場でシェア41%を持つとされていました。国内で一定の地位を築いたうえで、成長の軸足を海外に広げている段階といえます。

ビフィズス菌末の一般的な製造工程|生きた菌を粉にする

森永北陸乳業の福井工場がどのような設備で菌末をつくっているかは、公表されていません。ここでは、プロバイオティクス(体に良い働きをする生きた菌)の原料を受託生産する工場の公開事例や学会の解説をもとに、一般的な菌末の製造工程を整理します。
菌末の製造は、少量の種菌を段階的に増やし、増えた菌を集めて乾燥させ、粉末として品質を保証するまでの流れです。食品工場の言葉で言えば、発酵工程と粉体工程が一体になったラインです。
育てる、集める、乾かす、確かめるの4段階に分かれます。
※東亜薬品工業のプロバイオティクス受託工場の公開事例などをもとにした一般的な流れです。乾燥方法や工程の順序は、菌株や製品によって異なります。
酸素を嫌う菌を大量に育てる
ビフィズス菌は、酸素があると育ちにくい偏性嫌気性菌です。腸内細菌学会の解説では、偏性嫌気性菌の中では比較的酸素の影響を受けにくい菌とされていますが、それでも培養や製造の工程では酸素を減らす工夫が求められます。
受託生産の事例では、5,000リットルの培養タンクに加え、嫌気性の培養に使う窒素ガスの製造装置を備えています。タンクの大きさだけでなく、ガスや用水、蒸気といったユーティリティ設備まで含めて能力が決まる点は、他の発酵工場と共通です。
集菌と乾燥で「生きたまま粉」にする
培養が終わった液から菌体だけを取り出すのが集菌です。公開事例では、蒸気で滅菌できる連続遠心機を使い、密閉したまま菌体の分離と洗浄を行っています。そのあと菌を守る安定化剤と混ぜ、乾燥工程へ送ります。
乾燥には、凍結したまま真空で水分を飛ばす凍結乾燥や、熱風の中に液を噴き付ける噴霧乾燥があります。どちらも菌を生かしたまま水分だけを取り除くことが目的で、方法や条件の選び方が生残率を左右します。
品質管理は菌数と他の菌の混入がカギ
菌末の品質で重視されるのは、製品に表示どおりの菌数が入っているか、目的以外の菌が混ざっていないかです。製造から賞味期限まで菌数を保つには、乾燥条件だけでなく、包装や保管の条件も効いてきます。
工場としては、食品安全の国際規格や食品工場のHACCP運用の考え方に加え、微生物そのものを製品として扱う管理が求められます。微生物検査や出荷判定を担う品質保証・品質管理の仕事の比重が大きい工場だといえます。
設備投資・取引先・働く人への影響

約20億円という額は、大型の新工場と比べれば大きくありません。しかし、菌末のような高付加価値の素材では、限られた投資で能力を段階的に引き上げる進め方が取られていることがわかります。
福井工場にとっては、菌末の拠点に転換したあと、2019年の約21億円に続く増強になります。
製造業全体の2026年度の設備投資計画でも成長分野への投資が重視されており、今回の増強もその流れの中にある投資といえます。
設備をつくる側、素材を使う側、働く側で、見るべき点が変わります。
※サプライヤーの品目は、一般的な菌末製造の設備から挙げたものです。福井工場の発注先や設備の内訳を示すものではありません。
設備・資材のサプライヤーにとって
菌末の製造には、培養と乾燥という性質の違う工程が同じラインに入ります。そのため、衛生設計と滅菌のしやすさが設備選定の大きな条件になります。
発酵タンクや遠心機、乾燥機のメーカー、衛生配管やクリーンルームの施工会社にとっては、食品と医薬品の中間のような要求水準を理解しておくことが提案の前提になります。
ただし、今回の発表には設備の内訳がなく、建屋の新設の有無もわかりません。営業の立場では、公表された日程(2026年10月着工、2029年1月稼働)を手がかりに、どの段階で何が発注されるかを見ていくことになります。

菌末を使う食品メーカーにとって
ビフィズス菌末を使ってヨーグルトやサプリメントをつくるメーカーにとって、素材メーカーの能力増強は調達の安定性に関わる話です。森永乳業も今回の目的に「安定供給体制の強化」を挙げています。
一方で、稼働は2029年1月の予定です。それまでの需要の伸びや、海外大手を含む競合の動きによって、供給の状況は変わり得ます。調達担当者は、複数の供給元や代替の菌株も含めて見ておくのが現実的です。
工場で働く人・これから働きたい人にとって
森永北陸乳業の正規従業員は、2026年4月1日現在で70名です。小規模な工場ですが、扱うのは世界に輸出される素材で、培養・乾燥・微生物検査という専門性の高い工程が集まっています。
食品メーカーへの就職や転職を考える人にとっては、ヨーグルトやアイスのような最終商品だけでなく、こうした素材の工場も選択肢になります。
発酵や微生物の知識を持つ人、衛生設計に強い生産技術者、微生物検査の経験がある品質保証担当者が力を発揮しやすい分野です。
まとめ
- 森永乳業は2026年10月1日、福井工場の菌体生産設備に約20億円を投じると発表した
- グループ全体の能力は約250t/年(既存比約3割増)、稼働は2029年1月の予定
- 福井工場は2013年に牛乳工場から転換し、2019年にも約21億円で増設している
- 菌体事業は8年で約3倍に伸び、中期経営計画では売上の倍増を目指している
- 菌末づくりは嫌気培養・集菌・乾燥・菌数管理が要で、設備や品質の専門性が高い
ビフィズス菌の増強は、食品メーカーが最終商品だけでなく素材でも稼ぐ流れを示すニュースです。関連する職種としては生産技術や品質保証・品質管理が、この分野と深く関わります。
食品メーカーの投資や業界の動きについては、食品・医薬・日用品の業種ページから関連記事もあわせてご覧ください。
出典
出典・参考資料(13件)を開く出典・参考資料を閉じる
- 今回の増強の内容:森永乳業 ニュースリリース「ビフィズス菌などの菌体生産設備の増強に関するお知らせ」(2026年10月1日)
- 今回の増強の報道:日本食糧新聞「森永乳業、福井工場増強へ」(2026年10月5日)
- 福井工場の市乳生産中止:森永乳業「森永北陸乳業福井工場の市乳製品生産中止に関するお知らせ」(2013年2月28日)
- 会社概要・沿革・認証:森永北陸乳業 会社概要
- 2019年の新棟増設:森永乳業「森永北陸乳業株式会社 新棟・菌体製造ライン増設」のお知らせ(2019年5月20日)
- 2019年時点の将来計画・シェア・シールド乳酸菌:食品新聞「森永乳業 素材BtoB事業を強化 菌体製造で20億円超投資」(2019年5月24日)
- 中期経営計画・注力エリアの市場データ:森永乳業「中期経営計画2025-28」/中期経営計画(Webページ)
- 菌体事業の前期の伸び・研究体制:食品新聞「森永乳業 ビフィズス菌研究が新たな領域へ」(2026年9月9日)
- ビフィズス菌BB536:森永乳業「ビフィズス菌BB536」
- 乳酸菌原料の市場:富士経済 腸活関連の原料成分・最終商品の国内市場調査(2023年5月11日)
- 菌末製造の一般的な設備:食品と開発「東亜薬品工業 プロバイオティクス受託工場レポート」
- ビフィズス菌と酸素:腸内細菌学会 よくある質問
- Novonesisの増強:Novonesis celebrates major expansion of West Allis production facility(2026年9月28日)
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