リスキリングは、新しい業務や、やり方が大きく変わる業務に就くために、必要なスキルを身につけることです。いまの仕事の腕を上げるスキルアップとは違い、仕事が変わることが前提になっています。
そのため、研修を手配するだけでは成果になりません。成否を分けるのは、誰に何を学ばせ、学んだ後にどの仕事を任せるかという計画です。一方で、社内の教育訓練の計画をそもそも作っていない企業は79.8%にのぼります。
この記事では、製造業が社内でリスキリング計画を立てて回すための手順を、目的と行き先の決め方、対象者の選び方、到達目標とカリキュラム、実施体制と時間の確保、学んだ人の配置、効果測定の6ステップで整理します。最後によくある失敗と対策もまとめます。
リスキリング計画が必要な理由
リスキリングは、新しい業務や、やり方が大きく変わる業務に就くために、必要なスキルを身につけることを指します。いまの仕事の腕を上げるスキルアップとは違い、「仕事が変わること」が前提になっている点が特徴です。
仕事が変わる以上、人の配置や現場の段取りまで含めて考えないと成果になりません。ところが、社内の教育を計画として持っている会社はまだ少数です。
厚生労働省の令和7年度「能力開発基本調査」では、事業内職業能力開発計画(社内の教育訓練の計画)の作成状況も調べています。すべての事業所で作成している企業は14.6%、一部の事業所で作成している企業は5.6%でした。
両方を合わせても約5分の1で、79.8%の企業は作成していません。
同じ調査では、能力開発や人材育成に何らかの問題があるとした事業所が80.1%にのぼります。問題の中身で多いのは次の3つです。
- 「指導する人材が不足している」:59.5%(最多)
- 「人材を育成しても辞めてしまう」:51.6%
- 「人材育成を行う時間がない」:45.5%
教える人も時間も足りない中で、研修の手配だけを先に進めると、現場の負担だけが増えて成果が見えにくくなります。限られた人と時間をどこに振り向けるかを決めるために計画がある、と考えると位置づけがはっきりします。
同じ研修を使っても、起点と終わり方が違うと成果の出方が変わります。
※研修手配型が悪いわけではなく、全社員向けの基礎教育には向いています。業務を変える人材には計画型が必要です。
なお、製造業で具体的にどんなスキルを学ぶべきか(データ活用、IoT、AIなど)は、別の記事で詳しく整理しています。本記事では、それを社内で計画に落として動かす手順に絞ります。

リスキリング計画の全体像|6ステップ
リスキリング計画は、大きく「設計」「実施」「定着」の3段階に分かれます。設計で3ステップ、実施で1ステップ、定着で2ステップの合計6ステップです。
研修の実施は6つのうちの1つにすぎず、前後の設計と定着に手間の多くがかかります。
※1期目は6か月〜1年程度で一巡させ、2期目で対象を広げる進め方が現実的です。
この流れは、厚生労働省の「職場における学び・学び直し促進ガイドライン」が示す学びのプロセスとも重なります。
同ガイドラインは、職務に必要な能力を明確にして目標を共有すること、教育訓練の機会を確保すること、伴走的に支援することの3つを柱に置いています。そのうえで、学んだ後の実践の場と評価までを企業の取り組みとして挙げています。
以下、ステップごとに決めることと注意点を見ていきます。
ステップ1 目的と「行き先の業務」を決める
最初に決めるのは、何のためにリスキリングをするのか、そして学んだ人がどの業務に就くのかです。ここが曖昧なまま進むと、後のステップで対象者も目標も決められません。
スキルは最後に決めます。先に決めるのは、変えたい業務と担う役割です。
※役割の分け方は一例です。自社の規模や課題に合わせて決めます。
事業課題から逆算する
目的は「DX人材を育てる」のような抽象的な言葉ではなく、事業課題で書きます。たとえば「3年以内に熟練者が5人退職し、段取り替えが回らなくなる」「顧客から品質データの提出を求められている」といった形です。
課題が具体的になると、変えるべき業務と、それを担う役割が自然に決まります。経営者がこの方向性を自分の言葉で社内に伝えることも、ガイドラインが最初の取り組みとして挙げている点です。
行き先を「ポストと業務」で書く
行き先は「生産技術課の設備データ担当(兼務)」「品質保証課で検査データの分析を担当」のように、部署・役割・業務内容で書きます。新しい部署を立ち上げる場合は、そのポストに求める能力から先に整理すると進めやすくなります。
行き先が書けない場合は、計画を始めるのが早すぎるサインです。学んだ人の行き先が決まっていないリスキリングは、研修手配型に戻ってしまいます。
全員向けと一部向けを分ける
経済産業省とIPA(情報処理推進機構)が策定した「デジタルスキル標準」は、2つの標準で構成されています。
全てのビジネスパーソン向けの「DXリテラシー標準」と、DXを推進する人材向けの「DX推進スキル標準」です。後者は、次の5つの人材類型を定めています。
- ビジネスアーキテクト
- デザイナー
- データサイエンティスト
- ソフトウェアエンジニア
- サイバーセキュリティ
この区分にならい、全社員が身につける基礎と、一部の人が担う専門的な役割を分けて計画すると、予算と時間の配分が決めやすくなります。全員向けは広く浅く、推進役は少人数に深くが基本です。
ステップ2 対象者を選ぶ

行き先が決まったら、そこに就く人を選びます。対象者選びは、リスキリングの成果にも、現場の反発にも直結する工程です。
意欲だけ、適性だけで選ばず、現場の穴と学んだ後の行き先まで一緒に確認します。
※②の3つの観点は、ガイドラインがキャリアの棚卸しで示すWILL・CAN・MUSTの考え方です。
手挙げと指名を組み合わせる
完全な手挙げ制は意欲の高い人が集まる一方、行き先の業務と関係の薄い人ばかりになることがあります。逆に完全な指名制では、本人の納得がないまま進み、途中で失速しがちです。
現実的なのは、行き先と条件を示して公募したうえで、上長の推薦と面談で絞る方法です。ガイドラインも、会社が求める方向と本人が学びたい方向を擦り合わせること、その擦り合わせは現場をよく知る管理職が担うのが望ましいことを示しています。
抜ける穴を先に埋める
製造現場では、1人が週に数時間抜けるだけでもシフトが組みにくくなります。対象者を選ぶ段階で、その人の担当工程を誰が代われるかを確認しておきます。
誰がどの工程をどのレベルでこなせるかは、力量表があると一目で判断できます。スキルマップ(力量表)の作り方で整理した表があれば、代替要員の候補と、先に多能工化しておくべき工程が見えてきます。
1期目は小さく始める
1期目は、推進役なら1〜3名、橋渡し役なら各ラインから1名程度に絞り、成功例をつくることを優先します。人数を増やすほど現場の負担と指導者の不足が表に出るためです。
1期目の修了者が2期目の講師役や相談役になれば、指導する人材の不足という問題も少しずつ解消していきます。
ステップ3 到達目標とカリキュラムを組む
対象者が決まったら、何ができるようになれば修了とするかを決め、そこから逆算して学ぶ内容と順序を組みます。
座学で終わらせず、自社データでの演習と現場課題までを1本のカリキュラムにします。
※期間と内容は一例です。行き先の業務と対象者のいまのスキルに合わせて調整します。
到達目標は「できる行動」で書く
「データ分析を理解する」のような目標では、修了したかどうかを判定できません。「自ラインの停止記録を集計し、停止時間の上位3要因を特定して対策案を示せる」のように、業務の場面での行動として書くと、評価も面談もしやすくなります。
目標づくりの手がかりになるのが、厚生労働省の「職業能力評価基準」です。仕事に必要な知識と技術・技能に加えて、成果につながる職務行動の例を、業種別・職種別に整理したもので、56業種分が公開されています。
DX関連の役割であれば、先に触れたデジタルスキル標準の学習項目も参考になります。
ガイドラインは、長期の目標に加えて短期の目標も置くことを勧めています。12週間なら4週ごとの小目標を決めておくと、進み具合を本人も上司も確認できます。
OFF-JT・OJT・自己啓発を組み合わせる
日本のものづくりはOJT(仕事をしながらの指導)で技能を磨いてきました。ただ、リスキリングで学ぶ内容は社内の上司や先輩が経験していないことも多く、OJTだけでは教えられる人がいないという壁に当たります。
そのため、基礎はOFF-JT(業務を離れて受ける研修)や外部講座で学び、演習と現場課題でOJTに切り替える組み立てが向いています。自己啓発は補助として位置づけ、それだけに頼らないようにします。
能力開発基本調査では、自己啓発に問題があるとした正社員のうち58.5%が、その問題点として「仕事が忙しくて自己啓発の余裕がない」を挙げているためです。
現場で受け継いできた技能をどう教えるか、OJTとOFF-JTをどう使い分けるかは、製造業の技能伝承とOJT・Off-JTの使い分けもあわせて参考にしてください。
外部の教育資源を使う
カリキュラムをすべて自社で作る必要はありません。
独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED)は、全国のポリテクセンターなどに「生産性向上人材育成支援センター」を設置しています。このセンターは、人材育成の相談から育成プランの提案、職業訓練の実施までを一貫して支援しています。
設計・開発、加工・組立、設備保全などものづくり分野の在職者訓練のほか、生産管理、IoT・クラウド活用、データ活用などを扱う生産性向上支援訓練があります。中小企業向けのDX人材育成の相談窓口も設けられています。
何を学ばせればよいか分からない段階から相談できるので、ステップ1の整理と並行して使うと効率的です。
ステップ4 実施体制と学ぶ時間を確保する

計画ができても、実行段階で止まるのがリスキリングの難しいところです。誰が何を担うかと、学ぶ時間をどう確保するかを、始める前に決めておきます。
人事だけで回そうとせず、現場のリーダーと伴走者に役割と時間を割り当てます。
※小規模な工場では1人が複数の役割を兼ねてかまいません。役割そのものを抜かさないことが大切です。
学ぶ時間は業務として確保する
「業務の合間に」「定時後に自主的に」では、繁忙期に真っ先に削られます。ガイドラインは、業務命令として行うOFF-JTの時間は労働時間であり、その費用は基本的に企業が負担するものと整理しています。
取り組み例としては、週の特定の曜日・時間帯を学ぶ時間に固定する、所定労働時間の一定割合を学びに充ててよいとする、といった方法が挙げられています。生産計画の段階で学ぶ時間を枠として入れておくと、現場も人の抜けを前提に段取りを組めます。
現場のリーダーの負担を見ておく
リスキリングの成否は、受講者の上司にあたる現場のリーダーに大きく左右されます。目標の擦り合わせ、シフト調整、学んだことを試す場づくりまで、負担が集中しやすい立場です。
ガイドラインも、リーダーが部下の育成に時間を割けているかを企業が確認し、過度な負担になっていれば軽減すべきだとしています。リーダーの評価項目に部下の育成支援を入れておくと、協力が得やすくなります。
費用は助成金も視野に入れる
外部講座の受講料や、訓練期間中の賃金の一部には、厚生労働省の人材開発支援助成金が使える場合があります。
ただし、原則として訓練開始日の6か月前から1か月前までの間に、職業訓練実施計画届を労働局へ提出する必要があります。手続きの順番や期限を誤ると対象外になる点に注意が必要です。
コースの選び方と申請の流れは次の記事で詳しく解説しています。

ステップ5 学んだ人を配置し、仕事を渡す

リスキリングは、学んだ人が新しい業務に就いた時点で初めて完了します。ステップ1で決めた行き先に、実際に仕事を渡す工程です。
行き先は始める前に本人へ伝える
ガイドラインが例に挙げるのは、学んだ内容を配置転換の際に考慮することをあらかじめ明らかにしておく取り組みです。そのうえで、本人の希望に基づいて関連部署への異動を実現する、という流れです。
修了後にどうなるかが見えていると、受講者の意欲が保てるだけでなく、送り出す職場も計画的に人員を組み替えられます。「終わったら考える」は、学んだ人が元の仕事に戻る一番の原因です。
異動・兼務・プロジェクトを使い分ける
仕事の渡し方には、専任の部署への異動、いまの部署に籍を置いたままの兼務、期間を区切ったプロジェクトへの参加があります。専任の推進役は異動、各ラインの橋渡し役は兼務、というように役割ごとに選びます。
兼務の場合は、新しい業務に使う時間の割合(たとえば週の2割)を決め、元の業務量をその分減らします。業務量を減らさない兼務は、実質的に新しい業務が後回しになります。
AIやデータ活用の導入プロジェクトは、修了者に仕事を渡す場として向いています。任せる業務の選び方やPoC(試験導入)の進め方は、製造業のAIエージェント導入手順で整理しています。
評価と処遇に反映する
学んだ成果が評価に反映されないと、次の対象者が手を挙げにくくなります。ガイドラインでは、次のような例が示されています。
- 学びと身につけた能力を人事評価の項目に加える
- 資格取得に手当を出す
- 仕事で成果が出た場合に昇進や処遇に反映する
一方で、始めたばかりの段階で処遇と強く連動させると、評価基準が固まらないまま不公平感が生まれることがあります。
1期目は表彰や成果発表の場で認め、基準が固まってから処遇に反映するという段階的な進め方も選択肢です。
年度の評価や育成の流れの中にどう組み込むかは、工場長・マネジメントの仕事の流れもあわせて参考にしてください。
ステップ6 効果を測って次の計画に回す
最後に、リスキリングの効果を測り、次の期の計画に反映します。効果測定の枠組みとしてよく使われるのが、研修の効果を「反応」「学習」「行動」「結果」の4段階で捉えるカークパトリックの4段階評価です。
受講直後のアンケートだけでなく、数か月後の行動と業務の数字まで測ります。
※段階が上がるほど測定に手間がかかり、リスキリング以外の要因の影響も受けやすくなります。
指標は計画の段階で決めておく
行動と結果を測るには、比較の基準になる「始める前の値」が必要です。設備の停止時間や不良率など、行き先の業務に関係する指標は、ステップ1の段階で決めて、開始前の数字を記録しておきます。
結果の数字は、設備更新や受注の増減など、リスキリング以外の要因でも動きます。数字だけで判断せず、受講者本人と上司へのヒアリングで、何が変わったのかを具体的に確認することが大切です。
振り返りを次の計画に反映する
1期目が終わったら、目標の設定は適切だったか、対象者の選び方はよかったか、現場の負担はどうだったかを関係者で振り返ります。うまくいかなかった点も含めて記録に残し、2期目の計画書に反映します。
修了者が身につけたスキルは、力量表や人材データベースに登録しておくと、次のプロジェクトの人選や配置の検討に使えます。
リスキリング計画でよくある失敗と対策
最後に、製造業のリスキリングでつまずきやすい3つのパターンと、その対策を整理します。いずれも、6ステップのどこかを飛ばしたときに起こりやすい失敗です。
研修の受講がゴールになる
受講者数や受講時間を成果として報告し、それで終わってしまうケースです。ステップ1の行き先とステップ6の結果指標が決まっていないと起こります。
対策は、計画書の最初に「修了後に担う業務」と「変えたい数字」を書くことです。この2つが書けない研修は、全社員向けの基礎教育として別枠で扱います。
現場が受講者を送り出せない
繁忙期に受講が延期され、そのまま立ち消えになるケースです。ステップ2の代替要員とステップ4の時間確保が曖昧なときに起こります。
対策は、受講時間を生産計画の枠として先に押さえ、代替要員を名前で決めておくことです。現場のリーダーを計画づくりの段階から巻き込むと、送り出しへの協力が得やすくなります。
学んだ人が元の仕事に戻る、または辞める
スキルを身につけたのに使う場がない、評価も変わらない、という状態が続くと、本人は元の仕事に戻るか、スキルを活かせる会社へ移ることを考えます。能力開発基本調査でも、「人材を育成しても辞めてしまう」は人材育成の問題として2番目に多い回答でした。
対策は、ステップ5の配置と評価を始める前に約束しておくことです。学んだことを使える仕事と、それを認める仕組みがあって初めて、リスキリングは人材の定着にもつながります。
まとめ
- リスキリングは仕事が変わることが前提で、研修の手配より先に計画が必要
- 社内の教育計画を持つ企業は約5分の1で、指導者不足と時間不足が大きな壁
- 計画は、目的と行き先、対象者、目標とカリキュラム、体制と時間、配置、効果測定の6ステップで立てる
- 到達目標は「できる行動」で書き、座学・自社データでの演習・現場課題を1本につなげる
- 学んだ後の行き先と評価を先に約束し、行動と業務の数字まで測って次の期に回す
リスキリング計画は、人手が限られる中で「誰の時間をどの仕事の変化に使うか」を決める作業でもあります。採用や定着も含めた人材の打ち手全体は製造業の人手不足と採用難で、学んだ後のキャリアの広げ方は製造業のキャリアパスで整理しています。
まずは1つの事業課題と1〜3名の対象者から小さく始め、1期目の結果を次の計画に反映していくことが、社内にリスキリングを根づかせる近道です。
出典
出典・参考資料(7件)を開く出典・参考資料を閉じる
- 事業内計画の作成状況・人材育成の問題点・自己啓発の問題点:厚生労働省「令和7年度『能力開発基本調査』の結果を公表します」(調査結果の概要PDF)
- 学びのプロセス・労使が取り組むべき事項:厚生労働省「職場における学び・学び直し促進ガイドライン」(令和4年6月策定)
- 人材開発支援助成金(計画届の提出期限):厚生労働省「人材開発支援助成金」(人材育成支援コースのご案内 詳細版PDF、事業展開等リスキリング支援コースのご案内 詳細版PDF)
- 職業能力評価基準:厚生労働省「職業能力評価基準について」
- デジタルスキル標準:IPA DX SQUARE「DX推進に必要なスキルを知ろう デジタルスキル標準とは?」
- 生産性向上人材育成支援センター:独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構「生産性向上人材育成支援センター」
- カークパトリックの4段階評価:日本の人事部「カークパトリックの4段階評価法」
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