AIエージェントを試している企業は85%あるのに、本番の業務に移した企業は5%にとどまる。米シスコシステムズが2026年3月に公表した、大手企業の顧客の調査結果です。
AIエージェントとは、社内の文書やシステムを参照し、手順を自分で組み立てて作業まで進めるAIの仕組みです。
答えるだけでなく行動するため、権限や責任の決め方まで問われ、効果を確かめる試験運用(PoC)の段階で止まりやすくなります。工場や設計部門に導入するときも、任せる仕事と人が確認する範囲を先に決めておく必要があります。
この記事では、工場や設計部門にAIエージェントを導入する進め方を整理します。試験で止まりやすい理由、導入の5つのステップ、各ステップで決めること、よくある失敗パターンの順です。
AIエージェント導入が試験で止まりやすい理由
米シスコシステムズは2026年3月、大手企業の顧客を対象にした調査の結果を公表しました。AIエージェントを試している企業が85%あるのに対し、本番環境に移した企業は5%にとどまるという内容です。
製造業に限らない業種横断の数字ですが、「試すまでは早いのに、仕事を任せるまでが遠い」という状況をよく表しています。
国内でも状況は似ています。
日本情報システム・ユーザー協会(JUAS)の「企業IT動向調査2026」は、2025年9〜10月に実施され、957社が回答しました。AIエージェントを「導入済み」または「試験導入中・導入準備中」とした企業は21.0%でした。
一方で「検討中」は31.2%と、調査した新しい技術の中で最も高い割合です。
関心は高いのに本番まで進まないのは、AIエージェントが「答える」だけでなく「行動する」仕組みだからです。社内システムの情報を読み、書類を作り、場合によっては登録や発注の手前まで進めます。
そのため、誰が責任を持つのか、どこまで権限を渡すのか、既存システムとどうつなぐのかといった問いが一度に出てきます。
シスコも発表の中で、どのエージェントが動いているのか、問題が起きたとき誰が責任を負うのかを把握できていない企業が多い点を課題に挙げています。技術の性能より、業務と組織の側の準備が追いついていないことが、試験止まりの大きな原因です。
性能の問題より、業務と組織の準備不足で止まることが多くあります。
※壁の分類は、本記事で整理したものです。
なお、生成AIが文章をつくる仕組みや、社内文書を検索して回答に使うRAGといった基本は、生成AIの仕組みと基本用語の記事で整理しています。この記事では、仕組みの説明よりも「どう進めるか」に絞って見ていきます。
導入の全体像:5つのステップ
AIエージェントの導入は、大きく「選ぶ・整える・試す・任せる・広げる」の5つのステップで進めます。前半の2つが準備、3つ目が検証、後半の2つが運用の段階です。
試験を始める前の準備が、本番に進めるかどうかを大きく左右します。
※実際には、試験の結果を見てステップ1〜2に戻ることもよくあります。
ポイントは、PoC(概念実証)を始める前に、本番でどう使うかの姿をある程度描いておくことです。試験の段階で「本番ではこの人が、この画面で、この頻度で使う」が決まっていないと、良い結果が出ても次に進む理由が説明できません。
また、ステップは一方通行ではありません。試してみて精度が足りなければデータの整備に戻り、現場で使われなければ対象業務の選び方から見直します。以下、ステップごとに決めることと注意点を見ていきます。
ステップ1:任せる業務を選ぶ

最初に決めるのは「AIで何ができるか」ではなく、どの業務の、どの手順を任せるかです。2026年版ものづくり白書でも、経営課題への意識が高い経営者ほど、課題の解決や経営改革にAI・デジタル技術を積極的に活用していると分析されています。
JUASの調査では、AIエージェントの導入を検討する目的として「生産性向上(業務改善等)」が78.4%、「人材不足解消」が62.8%に上りました。
人材不足解消は、チャット型の言語系生成AIより8.0ポイント高い結果です。人が足りずに滞っている業務から候補を挙げるのが、製造業では自然な入り方です。
工場と設計部門で向いている業務
工場で候補になりやすいのは、次のような業務です。
- 設備が止まったときに保全記録や図面を参照して原因の候補を示す業務
- 品質トラブルの過去事例を探して報告書の下書きを作る業務
- 点検記録や日報を集計して普段と違う点を指摘する業務など
設計部門では、主に次のような業務が挙げられます。
- 図面と仕様書の食い違いの照合
- 過去の設計変更や不具合記録の検索
- 設計審査のチェックリスト確認
- 見積もり前の類似品の検索など
どれも中心は「探す・照らし合わせる・まとめる」で、最終的な判断は人が行う業務です。各社が実際にどの業務から導入し、どれだけ時間が減ったかは、製造業の生成AI活用事例で業務別に紹介しています。
選ぶときの3つの条件
候補を絞るときは、次の3つの条件で見ると判断しやすくなります。
- 発生する頻度が高く、1件あたりの時間を測れる
- 間違えたときの影響が限られ、人が確認してから使える
- 参照する情報が、文書やデータとして社内に残っている
1つ目の条件は、効果を数字で示すために欠かせません。「月に何件、1件あたり何分かかっているか」が分からない業務では、試験の後に投資を続ける判断ができません。
2つ目の条件は、失敗したときの損失を抑えるためです。ラインを止める、出荷を判定する、といった判断は、最初の対象から外しておくのが無難です。
頻度が高く、間違えても人が止められる業務から始めます。
※「影響」は、AIの出力が誤っていた場合に品質・安全・納期に及ぶ影響の大きさを指します。
3つ目の条件は、次のステップ2に直結します。熟練者の頭の中にしかない判断は、AIエージェントも参照できません。記録が残っていない業務を選ぶ場合は、まず記録を残す仕組みづくりから始めることになります。

ステップ2:データとつなぎ先を整える

AIエージェントは、参照できる情報の質を超える答えは出せません。対象業務が決まったら、その業務に必要な文書とデータを、エージェントが読める状態にするのが次の仕事です。
JUASの調査でも、データ活用の環境とAIエージェントの導入には関係が見られます。組織横断でデータを活用できる環境を構築している企業では、AIエージェントを「導入済み」とした割合が11.3%でした。
データ活用ができていない、または準備中の企業では4.0%にとどまります。
データを組織横断で使える企業ほど、AIエージェントの導入が進んでいます。
※出典:日本情報システム・ユーザー協会「企業IT動向調査報告書2026」(2025年度調査、東証上場企業等)。棒の長さは15%を最大として表示。業種横断の数字です。
2026年版ものづくり白書は、競争力強化に欠かせない製造プロセス全体の最適化が進んでいないと指摘しています。企業間のデータ連携も2年前から停滞しており、最適化にはAI・デジタル技術の活用がカギになるとしています。
企業間だけでなく、社内の部門間でデータがつながっていない工場も少なくありません。
読ませる文書をそろえる
保全記録や不具合報告には、手書きのスキャン、部署ごとに違う書式、「いつもの対応」といった省略が多く含まれます。人間の担当者なら文脈で補えますが、AIエージェントには読み取れない、または誤って解釈される原因になります。
最低限やっておきたいのは、次の4つです。
- 対象範囲の文書を1か所に集める
- 最新版と古い版を区別する
- 設備名や品番の表記をそろえる
- 機密の区分を付ける
すべての文書を整えてから始める必要はなく、ステップ1で選んだ業務に必要な範囲だけを先に整えれば十分です。
システムとのつなぎ込みは「読む」から始める
AIエージェントの価値が出るのは、文書だけでなく業務システムの情報も合わせて参照できたときです。
工場なら製造実行システムのMES、基幹業務システムのERP、設計部門なら製品情報を管理するPLMなどが接続先の候補になります。それぞれの役割はMES・ERPの仕組みと違いの記事を参照してください。
最初は読み取り専用で接続し、作業指示の登録や発注の作成といった書き込みは後の段階に回します。読み取りだけなら、誤った出力があっても人が確認する時点で止められるためです。
最初は「読む」接続にとどめ、最後の確定は人が行います。
※書き込み(登録・発注など)を任せるのは、ステップ4で権限とルールを決めてからにします。
すでに社内で動いているRPA(定型のパソコン操作を自動化するツール)や帳票の仕組みを、捨てる必要もありません。
JUASの調査のグループインタビューでは、プロセスの自動化はAIエージェントだけでは実現できず、RPAなどと組み合わせて使っている事例が紹介されています。
ステップ3:小さく試して数字で判断する
PoCは「使えそうかどうか」を確かめる場ではなく、本番に進むかどうかを決める場です。そのため、開始前に評価指標、合格ライン、期間、対象範囲、参加者を決め、関係者と合意しておきます。
始める前に、何がそろえば本番に進むのかを書いておきます。
※合格ラインの数値は、業務の重要度や現状の時間によって決めます。
評価指標は、1件あたりの処理時間、正答率、差し戻しの割合、実際に使われた回数の4つを基本にすると整理しやすくなります。正答率は、現場の熟練者が見て正しいと判断できた割合で測るのが現実的です。
正誤を判定できるのは、その業務を長く担当してきた人だからです。
進め方の参考になるのが、ダイキン工業と日立製作所の取り組みです。両社は設備の故障診断を支援するAIエージェントについて、2025年4月からダイキンの堺製作所臨海工場で試験運用を始めました。
実証では、10秒以内に90%以上の精度で故障の原因と対策を回答できることを確認しており、試験運用の後は国内外の生産拠点への展開を目指すとしています。
日立製作所も、品質保証向けのシステムを大みか事業所に先行導入し、過去事例の検索を60分から5分に短縮したと公表しました。どちらも「1つの拠点・1つの業務」で試し、時間や精度を数字で示している点が共通しています。
この進め方は、AIの種類が違っても変わりません。画像で良否を判定するAI外観検査の導入の進め方でも、PoCで判定基準を決めてから運用に移る流れは共通です。
ステップ4:権限と人の確認を決めて本番に移す

試験で効果が確認できたら、本番運用のルールを決めます。ここを飛ばすと、情報システム部門やセキュリティ担当の審査で止まり、試験止まりの典型に戻ってしまいます。
総務省と経済産業省は、2026年3月31日に「AI事業者ガイドライン(第1.2版)」を公表しました。
この中でAIエージェントは、「特定の目標を達成するために、環境を感知し自律的に行動するAIシステム」と定義されています。そのうえで、次の点を重要な点として挙げています。
- 連携先のツールやシステムを適切に制限し、権限を適切に設定すること
- 重要度に応じて人間の判断を介在させる仕組みをつくること
- 操作履歴を定期的に確認すること
業務の重要度に合わせて、人がどこで確認するかを決めます。
※本番の初期は段階1から始め、実績を見ながら段階を上げていくのが一般的な進め方です。
本番に移る前に決めておきたいのは、次の5点です。
- 権限:読める情報の範囲、書き込める操作、使うアカウント
- 責任者:エージェントごとに、設定と結果に責任を持つ担当者
- 記録:何を参照し、何を出力し、何を実行したかのログ
- 止め方:誤りや異常に気づいたときに、利用を止める手順と連絡先
- 情報管理:図面や技術情報を、社外のサービスにどこまで渡すか
生成AIには、もっともらしい誤りを出す「ハルシネーション」の問題があります。回答には必ず参照元の文書を示させ、人が元の記録を開いて確かめられるようにしておくと、誤りに気づきやすくなります。
なお、ロボットなど物理的に動く機械をAIが制御する場合は、安全面の検討がさらに必要です。こうした領域はフィジカルAIの動向として別に整理しています。
ステップ5:横展開して現場に定着させる

1つの拠点・1つの業務で本番運用が回り始めたら、同じ業務を他の拠点へ、あるいは同じ拠点の隣の業務へと広げていきます。
ダイキンの場合、28か国に90以上の生産拠点を持ち、海外工場での保全技術者の育成や保全品質のばらつきが、取り組みの背景の一つとされています。
注意したいのは、横展開はそのままのコピーでは済まないことです。拠点ごとに設備の呼び名、記録の書式、承認の流れが違うため、展開先ではステップ2のデータ整備をやり直す必要が出てきます。
定着させるうえでは、次のような仕組みがあると運用が続きやすくなります。
- 使い方や不具合を相談できる窓口を決めておく
- 誤った回答を現場から報告し、設定や参照データの修正につなげる
- 処理時間や利用回数を定期的に測り、効果を見える形で共有する
- 利用回数が落ちた業務は、原因を聞き取って対象や使い方を見直す
もう一つの鍵は人です。2026年版ものづくり白書でも、AI・デジタル技術を活用するうえでの課題として、知識・ノウハウや人材の確保の難しさが挙げられています。
業務を知る現場の担当者が、AIエージェントの設定や評価に関われるようにしておくと、改善のスピードが上がります。育成の考え方は製造業のリスキリングとDX人材の記事が参考になります。

PoCで止まる5つの失敗パターンと対策
最後に、試験運用から先に進めなくなる典型的なパターンを整理します。多くは技術の問題ではなく、ここまでの5つのステップのどこかを飛ばしたことが原因です。
症状から原因をたどると、戻るべきステップが分かります。
特に多いのが、最初と最後の2つです。「AIエージェントを使って何かできないか」という問いから始めると、業務の側に明確な困りごとがないため、試験で良い結果が出ても誰も本番化を急ぎません。
また、現場が使わない原因は、画面を1つ増やす、入力の手間が増えるといった小さな負担であることが少なくありません。担当者が普段使っている業務の流れの中に呼び出し口を置くだけで、利用が定着することもあります。
推進担当者の異動で取り組みが止まる、というケースもあります。ステップ4で決めた責任者や運用の手順を文書に残し、担当が変わっても引き継げるようにしておくことが、長く使い続けるための備えになります。
まとめ
- AIエージェントは試験までは早いが、権限・責任・つなぎ込みの問題で本番の手前で止まりやすい
- 導入は「選ぶ・整える・試す・任せる・広げる」の5ステップで進める
- 最初の対象は、頻度が高く、間違えても人が確認できる業務の手順に絞る
- PoCの前に評価指標と合格ラインを決め、現場の熟練者に正誤を判定してもらう
- 本番では任せ方の段階、責任者、ログ、止め方を決め、横展開では拠点ごとのデータ整備をやり直す
AIエージェントの導入は、技術の選定よりも、業務の選び方と運用の決め方で結果が分かれます。導入の効果が出やすい職種としては設備保全や機械設計があり、それぞれの仕事の中身を知っておくと、任せる業務の候補を具体的に挙げやすくなります。
工場全体のデータ活用の考え方については、スマートファクトリーの仕組みの記事もあわせてご覧ください。
出典
出典・参考資料(6件)を開く出典・参考資料を閉じる
- AIエージェントの試験85%・本番5%:Cisco Newsroom「Cisco Reimagines Security for the Agentic Workforce」(2026年3月23日)
- 国内企業のAIエージェント導入状況・利用目的・データ活用環境別の導入率:日本情報システム・ユーザー協会「企業IT動向調査報告書2026」
- AIエージェントの定義・権限・人間の判断の介在:総務省・経済産業省「AI事業者ガイドライン(第1.2版)」(2026年3月31日)
- AI・デジタル技術活用の課題とデータ連携:経済産業省・厚生労働省・文部科学省「2026年版ものづくり白書」
- 設備故障診断AIエージェントの試験運用:ダイキン工業 ニュースリリース(2025年4月22日)
- 品質ナレッジシステムの先行導入効果:日立製作所 ニュースリリース(2026年6月4日)
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