2026年10月6日、コスモエネルギーホールディングスと岩谷産業が、コスモ石油千葉製油所(千葉県市原市)での水素事業の最終投資決定(FID)を発表しました。総額約500億円をかけて、2030年の稼働を目指します。
この計画の焦点は、製油所が自分で使う水素の一部を、液体にして外の工場へ売る点にあります。関東に液化水素の供給源が1つ増える一方で、価格や販売先などはまだ発表されていません。
千葉製油所の水素事業で決まったこと

発表された事業は、同じ製油所の構内に置く2つの設備で成り立っています。1つはコスモ石油が持つ既設の水素製造装置で、いまは休止中です。もう1つは岩谷産業グループの岩谷瓦斯が新しく建てる液化水素プラントです。
FIDとは、計画の検討を終えて「お金を出して建設に進む」と正式に決めることです。設計や採算の検討段階から、発注・建設の段階へ移ったことを意味します。
水素をつくる設備と、水素を液体にする設備を、別々の会社が持ちます。
※80トン/日と11.6トン/日は設備の能力です。実際に工場へ届く量や稼働率は発表されていません。
80トン/日は水素をつくる能力で、11.6トン/日はそのうち液体にできる能力です。液化能力をそのまま当てはめると、製造能力のおよそ15%が外販向けに回る計算になります。残りは主に製油所の中で使われる見込みですが、リリースの表現は「一部を供給」にとどまります。
製油所はもともと水素を使う

製油所が水素をつくる設備を持っているのは、ガソリンや軽油をつくる工程で水素が欠かせないからで、代表的なのが、燃料から硫黄分を取り除く水素化脱硫です。
硫黄分が多い燃料を燃やすと、大気汚染の原因になり、車の排ガス浄化触媒も傷みます。そのため日本では規制が段階的に強まり、2005〜2007年に硫黄分10ppm以下(サルファーフリー)が実施されました。
原油を分けたあと、燃料の不純物を取る工程で水素を使います。
※重い油を分解して軽い油にする水素化分解など、製油所によっては他の工程でも水素を使います。
自前で水素をつくる理由
水素は工程を止めないための原料なので、外から買うだけでは不安が残り、リリースも、外部要因に左右されない水素供給源の確保が重要になっていると書いています。
休止中の装置を動かせば、製油所は精製用の水素を自社の設備で安定してまかなえるため、コスモ側の大きな目的は、この安定操業にあります。
水素はどうやってつくるのか
資源エネルギー庁によると、化石燃料から水素を取り出す「改質」は、工業分野ですでに広く使われている方法です。再生可能エネルギーの電気で水を分解する水電解は、装置のコストを下げる開発が進められている段階です。
今回のリリースには、水素の原料や製法、CO2の回収についての記載がありません。そのため、この計画は低炭素水素の供給を打ち出した発表ではない、と読むのが正確です。
今回の水素の流れと2社の役割
製油所の中でつくった水素は、2つの道に分かれます。1つは製油所の精製工程へ、もう1つは液化プラントを経て外の工場へ向かう道です。
同じ装置でつくった水素を、製油所向けと外販向けに分けて使います。
※A と B に何トンずつ回すかは発表されていません。設備工事はコスモ岩谷水素エンジニアリングが担います。
コスモ石油:休止中の装置を復旧する
コスモ石油は、構内で休止している水素製造装置を約200億円で復旧させます。新しく建てるのではなく、既にある装置を生かすところがこの計画の特徴です。
既存の装置は配管や用役(蒸気・電気・冷却水など)とつながっているため、一般に更地に建てるより立ち上げの条件がそろいやすい面があり、休止の理由はリリースでは触れられていません。
岩谷産業グループ:液化して外へ売る
岩谷瓦斯は、約300億円で液化水素プラントを建て、コスモから受け取った水素を冷やして液体にし、ローリーなどで国内の需要家へ届ける役割です。
岩谷産業は、オンサイト(工場内での製造)とパイプライン供給を除いた国内の水素供給で約7割のシェアを持つと公表しています。つくる・運ぶ・ためる網をすでに持つ会社が、売る側を受け持つ分担です。
建設はコスモ岩谷水素エンジニアリング
設計・調達・建設を一括で担うのは、コスモ岩谷水素エンジニアリングで、2023年11月にコスモエンジニアリングと岩谷産業が共同で設立した会社です。プラント業界でいうEPC(設計・調達・建設をまとめて請け負う)の役割を、グループ内の会社が受け持ちます。
大型の石油・ガス案件では、日揮ホールディングスのような専業EPCに発注するのが一般的です。今回は、水素の製造と取り扱いの知見を持つ2社が自前のエンジニアリング会社で進める点が目を引きます。

製油所を水素拠点にする狙い
精製用の水素の安定確保に加えて、リリースは2つのメリットを挙げています。製造機能をまとめてコストを下げることと、コンビナートの将来の変化に備えることです。
1つの装置を2社で使うことで、それぞれ単独で建てるより有利になります。
製造機能をまとめてコストを抑える
水素の製造装置は、大きいほど1トンあたりのコストが下がりやすい設備で、岩谷が液化用の水素を得るために自前の製造設備を建てると、その分の投資が別に必要になります。
製油所の装置を2社で使えば、岩谷は製造設備を建てずに液化に投資を絞れます。コスモにとっては、装置の稼働を上げて固定費を薄められる組み方です。
千葉のコンビナート再編を見据える
千葉の臨海部では、石油化学の再編が実際に進んでおり、コスモエネルギーグループの丸善石油化学は、2026年度を目途に自社のエチレン製造装置を止めます。生産は住友化学との合弁の京葉エチレンに集約すると、2025年4月に発表しました。
背景には、中国での大型装置の新増設による世界的な供給過剰と、国内需要の減少があります。リリースが「将来の石油化学業界再編やコンビナート構造変化」に触れているのは、こうした変化が続くことを前提にしているからだと読めます。
ここからは編集部の見立てですが、装置の統廃合が進むと、コンビナート内での原料や用役のやりとりも変わります。製油所が水素の供給拠点という新しい役割を持てば、構内の設備を生かし続ける理由にもなります。
なぜ液化して運ぶのか

水素は、沸点がマイナス253℃という極端に低い気体で、岩谷産業によると、0℃・1気圧の水素ガスを液化すると、体積はおよそ800分の1になります。
同じローリー1台でも、液体なら気体よりはるかに多くの水素を運べます。遠くの工場や水素ステーションへまとまった量を届けるときに、液化が効いてきます。
液化すると運べる量が増える代わりに、冷やすための設備と手間がかかります。
※どちらが合うかは、使う量・距離・受け入れ設備で変わります。大量に連続して使う工場は、敷地内で製造(オンサイト)する例もあります。
岩谷にとって4か所目の液化拠点
岩谷産業は現在、千葉・大阪・山口の3か所の製造拠点から全国に液化水素を供給しています。3拠点を合わせた製造能力は、水素ガス換算で年約1億2,000万㎥、重さにして約1万トンと公表されています。
新設プラントの11.6トン/日を通年フル稼働で単純計算すると、年約4,200トンです。既存3拠点の合計の約4割にあたる規模になりますが、能力の定義が同じとは限らないため目安として見てください。
岩谷は2021年の時点で、関東エリアに4か所目の液化拠点を設ける方針を示していました。今回の千葉の計画は、その方針が製油所との協業という形で具体化したものと位置づけられます。
製造業の水素利用への影響

水素は燃料としての話題が目立ちますが、製造業ではずっと前から「産業ガス」として使われています。岩谷産業の資料では、産業での用途として次のような分野が挙げられています。
- 石油精製・石油化学・アンモニア
- 半導体・電子部品・太陽光パネル
- ガラス・光ファイバー
- 金属の冶金(熱処理など)・製鉄所
- ロケット燃料
こうした工場から見ると、今回の計画は関東に液化水素の供給源が増える話です。ただし、「供給源が増える」ことと「自社が調達できる」ことは別です。
同じニュースでも、水素とのかかわり方で受け取り方が変わります。
※特定の工場が今回の計画から供給を受けられることを示すものではありません。
産業ガスとして水素を使う工場
半導体やガラス、金属の熱処理では、水素を還元や雰囲気づくりに使い、液化水素をローリーで受け取る工場にとって、関東に近い製造拠点が増えるのは調達の安定につながる話です。
一方で、調達を判断するには、使う量、配送できる範囲、受け入れ設備、価格の4つがそろう必要があります。今回の発表で分かったのは供給能力と時期だけで、残りはこれからです。
燃料として水素を検討する工場
ボイラや加熱炉の燃料を水素に替える動きは、脱炭素・カーボンニュートラルの流れの中で注目されています。製鉄では水素還元製鉄の実証も進んでいます。
燃料として使う場合の課題は価格です。国は水素社会推進法にもとづき、低炭素水素と既存燃料の価格差を15年間支援する制度を設け、2026年3月にはサントリー白州工場の水電解の案件を認定しています。
今回の千葉の計画がこの制度の対象になるとは発表されていません。CO2の排出量を報告するGX-ETSの対象企業などは、水素の製法と環境価値を確かめてから評価するのが無難です。
設備・エンジニアリングの仕事
2030年の稼働に向けて、装置の復旧工事、液化設備や貯槽の建設、ローリーでの輸送体制づくりが進みます。マイナス253℃の液体と高圧ガスを扱うため、極低温の機器や保安の知識を持つ技術者が必要になる分野です。
水素を扱う工場では、高圧ガスの保安やエネルギー管理士の仕事とも接点が増えます。燃料の選択肢が変われば、工場のエネルギー計画そのものを見直す場面も出てきます。
2社の提携はどう進んできたか
今回のFIDは、2024年4月の資本業務提携にもとづく協業を、具体的な設備投資として形にしたものです。ただ、2社の水素での協業はそれより前から少しずつ形になってきました。
合意、会社設立、資本提携を経て、設備投資の決定にたどり着きました。
2024年の提携では、コスモのサービスステーション網を生かした水素ステーションの拡大も検討項目に入っていました。製造から供給、小売りまでの水素供給網を2社でつくる構想の中で、千葉の計画は「製造」の部分にあたります。
今後の注目点
2030年の稼働までには4年ほどあるため、分かったことと、まだ分からないことを分けて整理します。
設備の規模と時期は決まりましたが、使う側が知りたい条件はこれからです。
※2026年10月6日のリリース時点の整理です。
特に注目したいのは、水素の製法とCO2の扱いです。2社は2024年の提携で国内でのグリーン水素製造も検討項目に挙げており、将来の低炭素化の道筋が示されるかが次の焦点になります。
もう1つは、コンビナートの再編との関係です。千葉ではエチレン装置の集約が進んでおり、製油所と周辺の工場の役割分担がどう変わるかで、水素の使われ方も変わっていきます。
まとめ
- 2026年10月6日、コスモと岩谷が千葉製油所の水素事業で最終投資決定。総額約500億円、2030年稼働目標
- コスモ石油が休止中の水素製造装置(80トン/日)を復旧し、岩谷瓦斯が液化プラント(11.6トン/日)を新設する
- 製油所は脱硫などで水素が欠かせず、自社設備での安定確保がコスモ側の大きな目的
- 岩谷にとっては国内4か所目の液化拠点。液化すると体積は約800分の1になり、ローリーで遠くまで運べる
- 価格・販売先・製法やCO2の扱いは未発表。工場にとっては「選択肢が増える」段階で、調達判断はこれから
製油所が水素の供給拠点を兼ねる動きは、石油と化学のコンビナートが形を変えていく流れの一部です。水素を扱う設備の仕事に興味があれば生産技術の職種ページ、背景となる技術は脱炭素・カーボンニュートラルのテーマページが参考になります。
製油所やコンビナートを建てる側の企業については、プラントエンジニアリングの業種ページから関連記事もあわせてご覧ください。
出典
出典・参考資料(9件)を開く出典・参考資料を閉じる
- 事業の概要・投資額・能力・背景:コスモエネルギーホールディングス・岩谷産業「コスモエネルギーグループと岩谷産業が千葉製油所における水素事業を共同推進」(2026年10月6日)(PDF)
- 提携の経緯・議決権保有割合:コスモエネルギーホールディングス・岩谷産業「資本業務提携に関するお知らせ」(2024年4月23日)
- 千葉地区のエチレン集約:丸善石油化学・住友化学「千葉地区エチレン生産最適化に関するお知らせ」(2025年4月1日)
- 液化水素の体積・重さ、液化拠点の製造能力:岩谷産業「水素エネルギー」、沸点:岩谷産業「水素とは」、製造拠点:岩谷産業「イワタニの水素技術」
- 関東に4か所目の液化拠点を設ける方針(2021年):日刊工業新聞 ニュースイッチ
- 水素の産業用途:岩谷産業 提供資料(大阪科学技術センター)
- 水素化脱硫とサルファーフリー:コトバンク「水素化脱硫」
- 水素の作り方:資源エネルギー庁「水素の作り方」
- 価格差に着目した支援の認定(2026年3月27日):LOGISTICS TODAY
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