液晶パネルをつくってきた工場が、なぜAI半導体の部品工場になるのか。ジャパンディスプレイ(JDI)は2026年9月30日、千葉県の茂原工場を新光電気工業へ譲渡すると決めました。
新光電気は、AI向け半導体のパッケージ基板(チップを載せて電子機器につなぐ部品)を手がける会社です。茂原工場を「先端半導体向けパッケージの新たな中核工場」と位置づけ、西側エリアは基板メーカーのFICTへ譲ります。
この記事では、まず今回の譲渡で決まったことを整理します。続いて茂原工場の成り立ち、JDIが手放した理由、新光電気が取得した理由を見ていきます。
後半は、液晶工場を転用するときの現実的な論点、FICTの西側エリア、取引先や地域への影響の順です。
- JDIと新光電気工業が2026年9月30日に茂原工場(千葉県茂原市)の売買契約を締結
- 引渡しは2027年3月末の予定。新光電気が全体を取得し、同日付で西側エリアをFICTへ売却
- 東側は新光電気がAI向けなどのフリップチップタイプパッケージの拠点に、西側はFICTが活用。両社とも稼働開始は2028年度の予定
- 譲渡価額は非公表。JDIは譲渡益514億円(概算)を2027年3月期に特別利益として計上する予定
この記事の内容は、動画でも解説しています。
JDI茂原工場の譲渡で決まったこと

ジャパンディスプレイ(JDI)は2026年9月30日の取締役会で、茂原工場を新光電気工業へ譲渡することを決議し、同日に最終契約を結びました。物件の引渡日は2027年3月31日の予定です。
取引の形は少し変わっています。新光電気がJDIから工場全体を取得したうえで、同じ日付で西側エリアを基板メーカーのFICT(長野市)に売却します。
新光電気の発表によると、取得後に両社が主に使う予定のエリアは重ならず、新光電気が東側、FICTが西側を使う計画です。
譲渡の対象には工場本体だけでなく、隣接する「茂原物流センター」も含まれます。JDIは同じ9月30日、この物流施設をロジスティードから4,000万円で取得し、茂原工場と併せて新光電気へ譲渡すると開示しました。
新光電気がいったん全体を取得し、同じ日付で西側をFICTへ売却します。
※東側の面積は、敷地全体から西側エリアを差し引いた計算値です。各社の2026年9月30日付リリースをもとに作成。
「514億円」は譲渡価額ではなく譲渡益
報道では「514億円」という数字がよく出てきますが、これは売却額ではありません。JDIの開示では、譲渡価額は譲渡先の意向で非公表とされ、514億円は譲渡価額から帳簿価額と譲渡費用の見積もりを差し引いた譲渡益の概算です。
引渡し時点の帳簿価額は概算266億円とされています。JDIは514億円を2027年3月期第4四半期の連結決算で特別利益として計上する予定で、個別決算では特別利益が549億円(概算)になる見込みです。
連結と個別で金額が違うのは集計の範囲が異なるためで、どちらも引渡し前の概算値である点に注意が必要です。
茂原工場はどんな工場だったか
茂原工場は、JDIにとって液晶パネルの主力工場の一つでした。
2012年4月にパナソニック液晶ディスプレイから取得したテレビ用パネルのラインを、スマートフォン向けの中小型液晶ラインに転換しました。
2013年6月には、第6世代(ガラス基板1,500×1,850mm)の低温ポリシリコン(LTPS)液晶ラインとして量産を始めています。
2025年2月のJDIの開示では、茂原工場は「第6世代製造ライン」で液晶とOLEDディスプレイの開発・設計・生産を担っていました。従業員は1,323名(2025年1月31日時点)でした。
最後は車載用を中心とするパネルを生産しており、2025年11月に生産を終えています。
今回の判断に関わるのは2025年以降の動きです。確定したことと予定・未公表の段階を分けて示します。
- 2012年4月〜2013年6月テレビ用ラインを取得し、スマホ向けLTPS液晶へ確定第6世代のLTPS液晶ラインとして2013年6月に量産開始
- 2025年2月12日JDIが茂原での生産終了を決議確定当初は2026年3月をめどに終了し、AIデータセンターとしての売却を想定
- 2025年11月茂原工場での生産を終了確定国内生産は石川工場に集約
- 2026年9月30日新光電気・FICTと売買契約確定JDIは隣接の物流センターも取得し、併せて譲渡
- 2027年3月末物件の引渡し予定JDIは譲渡益を2027年3月期に計上予定
- 引渡しまでに順次新光電気の設備投資計画未公表投資額・生産能力・採用計画などはまだ示されていない
- 2028年度新光電気・FICTが稼働開始予定建屋の改修と装置の導入を経て立ち上げ
※JDI(2025年2月12日、2026年9月30日)、新光電気工業・FICT(2026年9月30日)の開示、マイナビTECH+(2013年6月4日)をもとに作成。
JDIが茂原工場を手放した理由
JDIが茂原工場を手放した背景には、ディスプレイ事業の構造改革があります。
同社は、過当競争が続くディスプレイ産業に依存した赤字体質から抜け出そうとしてきました。そのために「BEYOND DISPLAY」という戦略を掲げ、ディスプレイ事業のアセットライト化(自社で抱える設備を減らすこと)を進めてきました。
生産終了と石川工場への集約
2025年2月の開示で、JDIは茂原工場での生産を終え、国内生産を石川工場(石川県能美郡)に集約すると決めました。石川工場の基板サイズは第4.5世代で、茂原工場(第6世代)と比べて固定費が約4分の1と説明されています。
茂原の第6世代の液晶セル工程の設備は石川へ移し、第6世代の基板はファウンドリーパートナーから調達する計画でした。
OLEDは自社生産を中断し、次世代OLEDの「eLEAP」は生産を外部に委ねるファブレス型で展開する方針です。この決定による固定費の削減は、当時の試算で最大年間約250億円とされました。
AIデータセンター案から今回の譲渡へ
2025年2月の時点で、JDIは茂原工場をAIデータセンターとして売却することを主眼に置いていました。
その後、2025年5月にIchigo Trustとの基本合意で、財務基盤の強化に向けた譲渡協議を始めました。2025年11月の生産終了後は、複数の候補先と協議を進めています。
JDIは構造改革や新株予約権の行使による資金調達で財務の改善が進んだことも踏まえ、Ichigo Trustとの協議に加えてほかの譲渡手法や候補先も比べました。
その結果、新光電気への譲渡が経済合理性の観点から最適と判断したと説明しています。データセンターではなく半導体パッケージの工場として使われることになった点が、当初の想定との大きな違いです。
性質の違う数字なので、並べて大小を比べるものではありません。
※JDIの開示(2025年2月12日、2026年9月30日)をもとに作成。いずれも概算・見込みの値です。
新光電気が茂原工場を取得した理由

新光電気工業は長野市に本社を置く半導体パッケージのメーカーで、2025年に産業革新投資機構(JIC)などによる株式公開買付けを経て非公開化しました。日経の報道では、出資比率はJICが80%、大日本印刷が15%、三井化学が5%とされています。
同社が取得の理由に挙げたのは、主力製品であるフリップチップタイプパッケージの需要拡大です。
AIの普及やデータセンター市場の拡大を背景に、AIアクセラレーター(AI処理専用の半導体)をはじめとする先端半導体向けで需要が大きく伸びているとしています。
フリップチップタイプパッケージとは
半導体チップは、そのままではプリント基板に載せられません。チップの細かい端子をプリント基板の粗い端子につなぎ直す「中継ぎ」の役割を持つのがパッケージ基板です。
フリップチップは、チップを裏返して小さなバンプ(突起電極)で基板に直接つなぐ方式です。多数の端子を短い経路でつなげるため、高速・高機能なCPUやGPU、AIアクセラレーターに使われます。
新光電気は今後について、AI向けを中心に製品サイズの大型化や多層化が進み、製造負荷が増えると説明しています。基板が大きく、配線層が多くなるほど、1枚をつくるのに必要な工程と時間が増えます。
同じ枚数を出すにも、より広い工場とより多くの設備が要ります。後工程全体の流れは半導体の後工程の工程と先端パッケージで詳しく整理しました。
チップを裏返して基板につなぎ、基板の内部で配線を広げてからプリント基板へ渡します。
※構造を簡略化した模式図です。層の数や材料は製品によって異なります。
長野の4工場だけでは追いつかない
新光電気はすでに、フリップチップタイプパッケージの供給能力を増やす投資を長野県内で進めています。対象は、2023年12月に新設した千曲工場(長野県千曲市)、高丘工場(中野市)、更北工場と若穂工場(いずれも長野市)です。
千曲工場では敷地内に新棟を建てる533億円の計画もあり、経済安全保障推進法に基づき国が最大約178億円を補助すると報じられました。
それでも同社は、大型化・多層化による製造負荷の増加に対応するには、生産能力の拡充を早期に実現する必要があるとしています。長野の各工場の増強とあわせて、茂原を新たな中核工場にする狙いはここにあります。
国内外の基板メーカーも、AI向けの需要を見込んで増産投資を進めています。
長野県内の4工場で増強を進めつつ、千葉の茂原を新たな中核工場に加えます。
※新光電気工業(2026年9月30日)の開示、信濃毎日新聞(2023年6月)の報道をもとに作成。茂原の投資額は未公表です。
決め手は「規模・インフラ・稼働できる時期」
新光電気は、生産体制の強化に向けて複数の選択肢を検討したと説明しています。そのうえで工場規模やインフラ施設、稼働可能時期などを総合的に勘案し、茂原工場の取得が最適と判断しました。
更地から工場を建てる場合、用地の取得、造成、建屋の建設、電力や水の引き込みに数年単位の時間がかかります。茂原には37万㎡を超える敷地と大型の建屋、液晶生産で使っていたインフラがすでにあります。
2027年3月の引渡しから2028年度の稼働までという日程は、既存の工場を買うことで時間を短縮するという選択の表れといえます。

液晶工場は半導体パッケージ工場に転用できるのか
ここからは、各社の発表ではなく製造現場の目線で、転用の条件を考えます。液晶パネルもパッケージ基板も、ほこりを嫌う大面積の基板に薄い膜を重ね、細い配線を形成していくという点では似た性格のものづくりです。
そのため建屋やインフラには流用できる部分が多いと考えられます。
一方で、工程の中身は大きく違います。液晶パネルはガラス基板の上にトランジスタを成膜・露光でつくり、液晶を封入します。
パッケージ基板は樹脂の絶縁層を積み重ね、レーザーで穴をあけ、めっきで銅の配線を形成していく工程が中心です。製造装置の多くは入れ替えになるとみられ、「工場があるからすぐにつくれる」わけではありません。
建屋とインフラは生かしやすく、製造装置は入れ替えが中心になると考えられます。
※工程の比較は一般的な製法にもとづく整理です。茂原でどの設備を残し、どこを改修するかは公表されていません。
新光電気は取得の理由として「インフラ施設」を挙げていますが、具体的にどの設備を生かすのかは明らかにしていません。今後、設備投資計画が策定されれば、改修の範囲や投資額が見えてくるはずです。
西側エリアはFICTへ|公表された方針と未公表の点

FICTは長野市に本社を置くプリント基板と半導体パッケージ基板のメーカーです。
2002年に富士通のプリント基板事業が富士通インターコネクトテクノロジーズとして独立し、2022年1月に現在の社名になりました。
スーパーコンピューター「富岳」や「京」の基板を手がけたことで知られます。2025年には、MBKパートナーズがアドバンテッジパートナーズから同社を取得すると報じられました。
新光電気の発表によると、FICTは以前から取引関係があるパートナー企業で、新光電気のフリップチップタイプパッケージ事業に協力してきました。
新光電気はFICTが生産した部品を購入し、FICTが所有する建物の一部を借りています。今回、両社が使いたいエリアが東西で重ならないことから、西側エリアをFICTへ譲ることになりました。
敷地の約6割がFICTの西側エリア、残りが新光電気の東側エリアです。
※敷地全体は373,482.91㎡。東側の面積と比率は差し引きによる計算値です。土地の面積で、建屋の床面積ではありません。
FICTは取得の理由として、生成AIやデータセンター投資の拡大で半導体パッケージ基板や半導体関連基板の需要が伸びていること、そして将来的な拡張性を挙げています。
敷地の6割を確保したのは、すぐに全面を使うためというより、将来の増産余地を押さえる意味合いが大きいと読めます。
新光電気と取引関係のある2社が、同じ敷地の東西に並ぶ形になります。材料や部品の受け渡し、技術者の行き来、インフラの共同利用などで連携しやすい配置ですが、具体的な連携の中身はまだ示されていません。
サプライヤーと地域への影響|確定したことと今後の確認点

AI向けの先端パッケージ基板の大型拠点が千葉県に生まれることは、装置・材料メーカーや工事会社、地域の企業にとって新しい商機になり得ます。
ただし、現時点で確定しているのは譲渡の契約と引渡し・稼働の予定までです。設備投資計画、発注先、採用計画はまだ公表されていません。
取引先の立場では、「茂原で大型案件が出る」と先回りして期待しないほうが安全です。どの段階で何が公表されるかを追い、発注主体と調達の窓口がどこになるかを見極めることが大切です。
新光電気の調達は長野の本社側が担うのか、茂原に新たな購買機能を置くのかによって、営業の当たり先も変わります。購買の進め方は購買・調達の仕事の流れで整理しています。
いま分かっていることと、今後の公表で確認したいことを分けて整理します。
※各社の開示(2025年2月12日、2026年9月30日)をもとに編集部が整理。個別の発注や採用を示すものではありません。
確定していること
茂原工場の譲渡と東西の利用者、引渡しと稼働の予定時期は、3社の開示で確定しています。JDI側では、茂原でのパネル生産は2025年11月にすでに終わっており、今回の譲渡でJDIの取引先の調達が新たに変わるわけではありません。
今後の確認点
- 新光電気が茂原で策定する設備投資計画の額、生産品目、生産能力
- FICTが西側エリアで何をつくるか、いつから使うか
- 引渡し日(2027年3月末予定)が手続きの進み具合で変わらないか
- 建屋の改修工事や装置の発注主体・調達窓口がどこになるか
- 茂原での採用計画と、長野の工場との役割分担
供給網の観点では、AI向けの先端パッケージ基板の生産が長野に加えて千葉にも広がることで、生産拠点の地理的な分散が進む面もあります。取引先として自社の調達リスクを点検する際の考え方は、サプライヤーBCPと多層供給網の見える化が参考になります。

まとめ
- JDIは2026年9月30日、茂原工場を新光電気工業へ譲渡する契約を結び、引渡しは2027年3月末の予定
- 新光電気が全体を取得し、西側エリア(約23.3万㎡)を同日付でFICTへ売却。両社とも2028年度に稼働予定
- 譲渡価額は非公表で、514億円はJDIの譲渡益の概算(個別では549億円)
- 新光電気はAI向けで大型化・多層化するフリップチップタイプパッケージの能力拡充を急いでおり、規模・インフラ・稼働時期で茂原を選んだ
- 設備投資計画、FICTの品目、採用計画は未公表。取引先は発注主体と調達窓口の公表を追うことが大切
液晶の主力工場が、先端パッケージ基板の拠点に変わります。今回の動きは、AI半導体の供給網で前工程だけでなく、後工程やパッケージ基板の能力増強も急がれていることを映しています。
前工程から後工程までの全体像は半導体の前工程の流れと後工程の記事をあわせて読むとつかみやすくなります。次世代の基板材料についてはAI半導体で注目されるガラスコア基板も参考になります。
業界の構造や主要企業の位置づけは、電子部品・半導体業界の構造から関連記事もあわせてご覧ください。
出典
出典・参考資料(12件)を開く出典・参考資料を閉じる
- 株式会社ジャパンディスプレイ「(開示事項の経過)茂原工場の譲渡及び特別利益の計上のお知らせ」(2026年9月30日)
- 株式会社ジャパンディスプレイ「固定資産の取得のお知らせ」(2026年9月30日)
- 新光電気工業株式会社「ジャパンディスプレイ茂原工場取得に関するお知らせ」(2026年9月30日)
- FICT株式会社「ジャパンディスプレイ茂原工場の一部取得に関するお知らせ」(2026年9月30日)
- 株式会社ジャパンディスプレイ「茂原工場でのパネル生産終了及び同工場のAIデータセンター化、並びに石川工場への生産集約及びMULTI-FAB化のお知らせ」(2025年2月12日)
- マイナビTECH+「JDIの液晶工場がAI半導体拠点へ、新光電気とFICTが取得 2028年度より稼働予定」(2026年10月1日)
- EE Times Japan「JDI茂原工場、新光電気が取得 先端半導体パッケージ工場に」(2026年9月30日)
- マイナビTECH+「ジャパンディスプレイが第6世代LTPSラインを稼働」(2013年6月4日)
- 日本経済新聞「JIC、新光電工へのTOBが成立 6月めどに非公開化」(2025年3月)
- 日本経済新聞「旧富士通のスパコン『富岳』基板製造会社を買収 MBK、1000億円で」(2025年2月)
- FICT株式会社「沿革」
- 信濃毎日新聞「新光電気、千曲市の新工場に新棟 533億円を投資 経済安保法、国が最大178億円補助」(2023年6月)
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