富士フイルムは2026年10月14日、米アリゾナ州メサの拠点に約30億円(1,800万ドル)を投じ、半導体の研磨材「CMPスラリー」の生産設備を増やすと発表しました。銅配線用の生産能力を広げ、2027年の稼働を予定しています。
CMPスラリーは、何層にも重なる半導体の回路を一層ずつ平らに磨くための液体です。今回の投資で何が増えるのか、なぜその材料が欠かせないのか、なぜ米国で増やすのかが、この記事の主な論点になります。
発表の中身を「増強」と「新設」に分けて確認したうえで、CMPの仕組み、工程ごとの使い分け、米国で増やす理由、同社の拠点の動き、日本の材料メーカーにとっての意味の順で整理します。
富士フイルムがアリゾナで増強する中身
対象は、米子会社FUJIFILM Electronic Materials U.S.A.がメサに持つ生産拠点です。発表によると、投資は既存ラインの「増強」と、新しい設備の「新設」の2つに分かれ、約30億円はその両方を合わせた金額です。
増強するのは、配線工程(BEOL)で使う銅配線用CMPスラリーの生産能力です。銅配線用は同社が世界トップシェアを持つ製品で、この増強ラインが2027年に稼働する予定とされています。
新設するのは、多品種のスラリーをつくれる設備です。対象は、トランジスタをつくる前工程(FEOL)とその上の接続層(MOL)、さらにチップ同士を直接つなぐハイブリッドボンディングなどの先端パッケージングです。新設設備の稼働時期は、発表文には書かれていません。
場所・金額・時期・中身は発表済みで、増産の規模は公表されていません。
※富士フイルム ニュースリリース(2026年10月14日)、日刊工業新聞(2026年10月15日)をもとに作成。
同社はメサの新設備を、現地の研究開発センターで生まれた技術を量産へ移す「橋渡し」と位置づけています。日刊工業新聞の報道では、増産規模は非公表で、製品は米国内外へ出荷する見通しです。
CMPスラリーとは|半導体の表面をナノ単位で平らにする研磨液

CMPはChemical Mechanical Polishing(化学的機械研磨)の略で、CMPスラリーはその工程で使う研磨剤です。富士フイルムは、硬さの異なる配線と絶縁膜が混在する半導体の表面を、均一に平らにする材料と説明しています。
CMPの仕組み
CMPでは、回転する研磨パッドにスラリーを流しながら、シリコンウエハーを上から押し当てて磨きます。スラリーの薬液で表面を反応させつつ、液中の細かな粒子(砥粒)で削る、化学と機械の合わせ技です。
徳山高専の福田明教授は、ウエハー・研磨パッド・スラリーの3つが、わずかな隙間で化学的・機械的に複雑に作用して研磨が進むと説明しています。仕組みが細かく複雑なため、長年は技術者の経験と勘で改良されてきた分野でもあります。
回転するパッドにスラリーを流し、ウエハーを押し当てて表面を平らにします。
※ウエハーは磨く面を下にして保持します。仕組みは徳山高専 福田明教授の研究紹介をもとに作成。
なぜ平らにしないといけないのか
半導体の回路は、トランジスタの上に配線と絶縁膜を何層も重ねてつくります。膜を付けるたびに表面には細かな凹凸が生じ、平らに戻さないまま次の層を重ねると、上の回路を正確に形づくれなくなります。
富士フイルムによると、同社のCMPスラリーは表面の凹凸を0.4ナノメートル(4オングストローム)以内に磨けます。直径約30cmのウエハーを地球の大きさに拡大すると、凹凸を約1.69cm以内に収める精度にあたります。
膜をつける→凹凸ができる→磨く、を繰り返して回路を積み上げます。
※0.4nmは富士フイルムが示す同社CMPスラリーの研磨精度(2026年8月7日発表)。
平らにできれば、限られた面積に多くの回路を積み重ねられます。同社がCMPスラリーをAI向け半導体の性能に直結する材料と説明するのは、積層の数と精度が処理能力を左右するからです。
硬さの違う材料を一度に磨く難しさ
CMPが難しいのは、柔らかい銅と硬い絶縁膜が同じ面に並んでいる点です。片方だけが削れすぎるとくぼみができるため、スラリーには材料ごとの削れ方をそろえる設計が求められます。
富士フイルムは銅配線用の強みとして、表面を磨きやすくする添加剤、磨いた後の銅を守る腐食防止剤、高い濃度でも砥粒を均一に分散させる技術を挙げています。いずれも処方の工夫であり、スラリーの性能は砥粒と薬液の処方の作り込みで決まることが分かります。
工程ごとのCMPスラリー|今回の増強と新設の対象
CMPは一つの工程ではなく、半導体の製造中に何度も登場します。トランジスタ同士を仕切る絶縁の形成から多層配線まで、半導体の前工程の流れのあちこちで使われるため、磨く対象に合わせてスラリーも作り分けます。
今回の発表では、増強の対象は配線工程の銅配線用だけで、前工程や先端パッケージングの品種は新設の多品種設備でまとめて対応する形です。
配線工程は「増強」、それ以外は「新設」の多品種設備で対応します。
※工程の区分は富士フイルムのニュースリリース(2026年10月14日)による。
新しい用途として注目されるのが先端パッケージングです。ハイブリッドボンディングはチップ同士やウエハー同士をバンプ(はんだの突起)を介さず直接つなぐ技術で、接合面が少しでも凸凹だと、銅同士がきちんと接しません。
富士フイルムは2025年9月29日、前工程の銅配線用を発展させたハイブリッドボンディング向けスラリーを発売し、大手半導体デバイスメーカーに採用されたと発表しています。チップを積み重ねる半導体の後工程にも、研磨材の出番が広がっているわけです。
なぜ米国で増やすのか

富士フイルムが挙げる理由は、AIの普及で先端半導体の市場が大きく伸び、米国の大手半導体メーカーから高い需要が続いていることです。日刊工業新聞は、大手メーカーの米国での新工場建設に伴う需要増に応える狙いと報じています。
新工場の代表例が、同じアリゾナ州フェニックスで進むTSMCの計画です。TSMCは2025年3月3日、アリゾナへの投資を総額1,650億ドルに広げ、工場3棟と先端パッケージング施設2棟、研究開発センターを追加すると発表しました。
同社の発表時点で、第1工場は2025年1月に4ナノメートル品の生産を始め、第2工場は3ナノ・2ナノ向けに建設中です。米国の工場建設と補助金・関税の動きはアメリカの製造業回帰の記事で整理しています。
研究開発センターの隣で量産する
もう一つの理由は、メサにCMPスラリーのグローバル研究開発センターがあることです。新設の多品種設備は、そこで開発した技術を効率よく量産へ移すための設備と説明されています。
先端品のスラリーは、顧客の工程に合わせて処方を詰める開発と、量産の立ち上げが一続きになりがちです。開発と量産が同じ拠点にそろうと、試作から量産への移行を進めやすくなります。
研究開発センターの技術を新設備で量産し、米国内外へ出荷します。
※出荷先は日刊工業新聞(2026年10月15日)の報道による。具体的な顧客名は公表されていません。
日本からは対米投融資の枠組みでも半導体工場づくりが動いており、2026年10月15日には米GlobalFoundriesのニューヨーク州の新工場が第1号の半導体案件として発表されました。

富士フイルムのCMPスラリー拠点と増強の流れ
2025年9月時点で、同社のCMPスラリー生産拠点は米アリゾナ、台湾の新竹と台南、韓国の天安、熊本県菊陽町の5か所です。これにベルギーのズウェインドレヒトが加わる計画で、顧客の近くで開発・製造・品質管理まで対応する方針を掲げています。
ここ数年は、需要のある地域ごとに設備を足す動きが続いています。熊本ではアジアのAI向け需要、ベルギーでは欧州の需要に応えるための投資と説明されており、今回のアリゾナは米国向けの増強にあたります。
日本・欧州・米国と、需要地ごとに生産設備を増やしています。
※富士フイルムのニュースリリースと、EE Times Japan・熊本日日新聞の報道をもとに作成。
事業の規模も大きくなっています。EE Times Japanによると、CMPスラリーの2024年度売上は2015年度の4.9倍に伸び、半導体材料事業の売上の約25%を占めます。
今回の投資の効果ではなく、事業全体の位置づけを示す数字です。
※EE Times Japan(2025年10月7日)による。シェアは富士フイルムが2025年9月の事業説明会で示した数字で、富士経済の調査に基づくと報じられている。
2030年度に市場全体で首位を狙うには、強みの銅配線用で量を確保しながら、後工程など新しい用途を広げる必要があります。今回の「増強+多品種の新設」は、その両方を米国で同時に進める組み合わせだと読めます。
日本の材料メーカーと取引先にとっての意味

日本は半導体材料で世界的なシェアを持つ企業が多く、世界シェアトップの日本の製造業にも材料メーカーが数多く並びます。今回の発表は、そうした材料メーカーの動き方を考えるうえで3つの見方ができます。
顧客の近くでつくる流れが強まる
半導体工場が米国や欧州に建つと、材料も需要地の近くでつくる動きが進みます。フォトレジストの東京応化の郡山新製造棟のように国内で増やす例もありますが、海外の新工場には現地生産で応えるのが富士フイルムの今回の選択です。
現地で開発と品質を支える仕事が増える
材料メーカーの海外拠点では、顧客の工程に合わせて処方を調整する技術支援や、ロットごとの品質を保証する仕事が欠かせません。今回の発表に採用や人員の計画は含まれていませんが、開発と量産を現地でつなぐ拠点ほど、こうした業務の比重が大きくなります。
国内拠点はアジア向けの役割を担う
熊本の拠点は、九州で続くTSMC熊本の工場計画などアジアの需要に応える位置づけです。米国・欧州・アジアで需要地ごとに拠点を持つ形は、取引先にとっても供給が一か所に偏らない安心材料になります。
CMPスラリーのよくある質問
今回の増産規模は公表されていますか?
公表されていません。投資額の約30億円(1,800万ドル)は、銅配線用の増強と多品種設備の新設を合わせた金額で、何割増えるかは明らかにされていません。
アリゾナの新しい設備はいつ稼働しますか?
銅配線用CMPスラリーの増強ラインは2027年に稼働する予定です。前工程や先端パッケージング向けの多品種設備については、発表文に稼働時期の記載がありません。
CMPスラリーと研磨パッドはどう違うのですか?
CMPスラリーは砥粒と薬液を含む液体で、研磨パッドはウエハーを押し当てる回転台側の面です。CMPはウエハー・パッド・スラリーの3つが組み合わさって進むため、どれか一つだけでは磨けません。
ポストCMPクリーナーとは何ですか?
CMPで磨いた後のウエハー表面を洗う洗浄材です。富士フイルムはCMPスラリーとあわせて扱っており、研磨と洗浄の材料をまとめて提案できることを強みに挙げています。
まとめ
- 富士フイルムは2026年10月14日、米アリゾナ州メサに約30億円を投じてCMPスラリーの生産設備を増やすと発表した
- 銅配線用の増強ラインは2027年稼働予定、前工程・先端パッケージ向けの多品種設備は稼働時期が未公表
- CMPスラリーは、配線と絶縁膜を重ねるたびに表面を0.4nm以内に平らにする研磨剤
- 米国では大手半導体メーカーの新工場が続き、メサには研究開発センターもある
- 同社は日本・アジア・欧州・米国の需要地ごとに拠点を増やし、2030年度にCMPスラリー市場全体での首位を目指す
CMPスラリーのような材料は、半導体工場の建設に少し遅れて需要が立ち上がり、長く使われ続けます。関連する技術テーマは半導体製造や材料技術、業界全体の動きは電子部品・半導体の業種ページからあわせてご覧ください。
出典
出典・参考資料(12件)を開く出典・参考資料を閉じる
- 富士フイルム ニュースリリース(英語版、米アリゾナ拠点のCMPスラリー増強、2026年10月14日)
- 日刊工業新聞 ニュースイッチ(富士フイルムの米国CMPスラリー増強の報道、2026年10月15日)
- EE Times Japan(富士フイルムの米国CMPスラリー増強の報道、2026年10月16日)
- 富士フイルム ニュースリリース(先端パッケージング向けCMPスラリーの発売、2025年9月29日)
- 富士フイルム 企業広告「半導体材料・特殊研磨技術」篇 TVCM(2026年8月7日)
- EE Times Japan「後工程に拡がるCMPスラリー需要 『世界一』狙う富士フイルムの成長戦略」(2025年10月7日)
- 徳山工業高等専門学校 福田明 研究紹介「半導体デバイス研磨に関する研究」
- EE Times Japan(熊本でのCMPスラリー生産設備新設の報道、2022年9月9日)
- 熊本日日新聞「富士フイルム、菊陽工場で半導体材料の生産能力3割増強」(2024年12月5日)
- EE Times Japan(ベルギーでのCMPスラリー生産設備導入の報道、2025年2月6日)
- Greater Phoenix Economic Council「TSMC announces $100 billion investment for fabs, packaging and R&D in Arizona」(2025年3月)
- 電波新聞「日本政府、対米投融資で半導体工場建設へ 最大約3兆円を投資」(2026年10月15日)
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