予知保全(故障の予兆をつかみ、壊れる前に手を打つ保全)の費用対効果は、設備が止まったときの損失から考えます。過去の故障記録から「止まったら1回いくら失うか」を出すのが出発点です。
それを何回防げるかと、導入・運用にかかる費用を並べれば、何年で元が取れるか(回収期間)まで見通せます。特別な手法は要りませんが、どの設備を選ぶかで結果は大きく変わります。
この記事では、停止損失と保全費の規模を公的な調査の数字で確かめます。そのうえで、効果を金額にする4つの項目、費用側に入れるもの、仮の数値例による計算、回収しやすい設備の選び方、稟議での見せ方の順に整理します。
予知保全の費用対効果は「止まらなかった損失」で決まる

予知保全の効果というと、点検や部品交換の費用が減ることを思い浮かべがちです。もちろんそれも効果の一つですが、金額として大きいのは計画外の停止を避けたことで守られた生産のほうです。
シーメンスは2024年に報告書「The True Cost of Downtime 2024」をまとめました。
そこでは、世界の売上上位500社(Fortune Global 500)が計画外停止で失う金額を年間約1.4兆ドルと推計しています。
これは売上の11%にあたり、2019〜2020年時点の8%から上昇しました。
同じ報告書は、停止1時間あたりのコストが業種で大きく違うことも示しています。大規模な自動車工場では1時間あたり230万ドル、日用消費財では3万6,000ドルです。中小の製造業でも、上限では1時間15万ドルに達する例があるとしています。
同じ1時間の停止でも、失う金額には大きな開きがあります。費用対効果も、設備ごとに大きく変わるということです。
※出典:Siemens「The True Cost of Downtime 2024」。主に大手製造業への調査にもとづく推計値です。
この差が、予知保全の費用対効果を考えるうえでの出発点です。1時間の停止で数百万円を失う設備と、止まっても予備機に切り替えれば済む設備とでは、同じシステムを入れても回収できる金額がまったく違います。
報告書は、停止の「隠れたコスト」として、生産できなかった分の売上、働けない従業員の賃金を挙げています。ほかにも、復旧にあたる人の人件費、緊急で取り寄せる部品の割増、納期遅れによる違約金が含まれます。
中小企業では、納期どおり・数量どおりに納められないことが取引の継続にまで響くとも指摘しています。
停止によるロスを設備の稼働率と結びつけて整理したい場合は、設備総合効率(OEE)と7大ロスの見える化の考え方が役立ちます。予知保全で減らせるのは、7大ロスのうち主に故障ロスの部分です。
まず押さえたい数字:保全費の規模と構成
効果を計算する前に、そもそも保全にどれくらいのお金がかかっているのかを押さえておきます。国内の数字としては、日本プラントメンテナンス協会(JIPM)が1992年度から続けている「メンテナンス実態調査」が参考になります。
2022年度の調査では、製造品出荷額に対する総保全費の比率は3.38%でした。これを全国の製造品出荷額に当てはめた推計は、総保全費が約11兆1,699億円にのぼります。
業種別では食品4.38%、化学3.96%、鉄鋼2.95%と、業種による差もあります。
保全費の4分の1は予知保全に使われている
同じ調査では、保全費を6つの区分に分けて構成比を集計しています。2024年度の報告書に載っている2023年度の実数では、予防保全費用が28.6%、予知保全費用が25.8%、事後保全費用が22.5%でした。
法定検査や定期整備などの予防保全が最も多く、故障後の緊急修理である事後保全も2割強を占めます。
※出典:日本プラントメンテナンス協会「2024年度 メンテナンス実態調査 報告書」。ここでの予知保全費用は、設備診断などの検査と、異常を見つけて計画停止で行う修理の費用を指します。
興味深いのは、2024年度の予測で予知保全費用の割合が2.1ポイント下がり、予防保全費用が2.4ポイント上がっている点です。
報告書は、IoTやAIなどの情報技術の活用によって予知保全費用は増加すると思われたが、減少傾向にあると述べています。
技術はあっても、まだ保全費の配分を変えるところまでは進んでいないという読み方ができます。
事後保全費用が2割強残っていることも見逃せません。故障してから急いで直す修理は、部品の特急手配や休日対応で割高になりやすく、そのうえ停止損失を伴います。予知保全の費用対効果を考えるときに、まず削りたいのはこの部分です。
保全方式を変えるとどれだけ下がるか
保全方式の違いによるコストの差については、目安となる資料があります。米国エネルギー省の連邦エネルギー管理プログラム(FEMP)が公開している「O&M Best Practices Guide」です。
主に施設の設備を対象にした資料ですが、方式ごとの差の大きさをつかむには使えます。
どこから切り替えるかで、見込める削減幅が変わります。事後保全が中心の現場ほど伸びしろが大きくなります。
※出典:米国エネルギー省 FEMP/PNNL「O&M Best Practices Guide」。保全費についての目安で、停止損失の回避は含みません。
この数字から、すでに予防保全がきちんと回っている現場では、保全費の削減だけでは予知保全の投資を回収しにくいことが分かります。費用対効果を出すには、保全費とあわせて停止損失の回避を必ず計算に入れる必要があります。
予防保全(TBM)と状態基準保全(CBM)の違いや、どちらが向くかの判断軸は設備保全のTBMとCBMの違いで詳しく整理しています。

効果を金額にする4つの項目

予知保全の効果は、次の4つに分けて金額にすると漏れが少なくなります。稟議で説明するときも、この4つを並べると「どこで効くのか」が伝わりやすくなります。
金額が大きくなりやすいのは①停止損失の回避です。②〜④は設備によって効き方が変わります。
※式は考え方の例です。自社の保全記録と原価資料の数字に置き換えて使います。
停止損失の回避は「売上」ではなく「限界利益」で見る
停止損失を計算するとき、売上高をそのまま使うと効果が大きく出すぎます。止まっている間は材料費や電力などの変動費も発生しないため、失うのは売上から変動費を引いた限界利益(貢献利益)です。
経理部門に確認すると、製品やラインごとの数字が出てくることが多いでしょう。
もう一つ確認したいのが、止まった分を後から取り返せるかどうかです。需要に余裕があり、残業や休日出勤で挽回生産できるなら、損失は利益ではなく「挽回にかかった人件費や割増の費用」に置き換わります。
逆に、フル稼働のラインや納期の厳しい製品では、取り返せない分がそのまま損失になります。
修理費の差は「緊急」と「計画」の単価差
同じ軸受交換でも、夜中に突然止まって行うのと、来週の計画停止に組み込んで行うのとでは費用が違います。緊急時は部品を特急で取り寄せ、外注業者に割増料金を払い、保全員が休日や夜間に出ることになります。
過去の修理伝票を「突発」と「計画」に分けて並べると、自社での単価差が見えてきます。記録が分かれていない場合は、代表的な故障を2〜3件選び、当時かかった費用を聞き取るところから始めれば十分です。
予防交換の延伸と二次被害の回避
時間基準で部品を交換している設備では、まだ使える部品を早めに替えていることがあります。状態を見ながら交換時期を決められれば、交換周期が延びた分だけ部品代と作業工数が減ります。ただし、法令で検査や交換の周期が決まっているものは対象外です。
二次被害の回避は、金額にしにくい一方で、1件あたりの影響が最も大きくなることがある項目です。軸受の異常を早く見つければ交換は軸受だけで済みますが、焼き付くまで回すと軸や筐体まで傷みます。
不確かな金額は本体の計算に混ぜず、「上振れ要因」として別枠で示すと、稟議の信頼性を保てます。
費用側に入れるもの:初期費用だけで判断しない
費用側でよくある失敗は、センサーとソフトの見積もり額だけで判断してしまうことです。予知保全は入れて終わりではなく、データを見て判断し、保全作業につなげて初めて効果が出ます。その運用にかかる費用と人の手間まで含めて比べる必要があります。
見積書に載る費用だけでなく、運用で毎年かかる費用と人の手間まで並べます。
※具体的な金額は対象設備の数、監視点の数、通信方式、データの分析方法によって大きく変わるため、複数社の見積もりで確かめます。
特に見落としやすいのが人の工数です。アラートが出るたびに現場を確認し、異常がなかったと分かる空振りは、導入直後ほど多くなります。
判定のしきい値を詰めるまでの数か月は、確認の手間が増える前提で計画しておくと、あとで「思ったより手間がかかる」とならずに済みます。
一方で、振動の測定や判定を社内で担える人がいれば、外部に任せる部分を減らして費用を抑えられます。測定点の選び方や判定基準の基本は設備の振動診断入門にまとめています。
中小企業であれば、IoT機器の導入費用に補助金が使える場合もあります。対象になる設備や申請の流れは省力化投資補助金を製造業で使う手順で紹介していますが、公募の内容は回によって変わるため、最新の要領を必ず確認してください。
計算例:止まるとライン停止の設備と予備機のあるポンプで比べる
ここからは、ここまでの項目を使って実際に計算してみます。以下の数字はすべて考え方を示すための仮の数値例です。実在の企業や設備の数字ではありません。
例A:予備機がなく、止まるとライン全体が止まる設備
押出ラインの主駆動モーターと減速機を想定します。予備機はなく、ここが止まるとライン全体が止まります。過去3年の保全記録から、突発停止は年平均2回、部品の手配を含めて1回あたり10時間止まっていたとします。
このラインの1時間あたりの限界利益は25万円、フル稼働で挽回生産はできないとします。突発停止のときの修理費は1回150万円、同じ修理を計画停止で行えば60万円で済むと置きます。
予知保全で年2回のうち1回を計画停止に置き換えられ、計画停止は休日に行うため生産への影響はないと仮定します。
年間の効果から運用費を引いた純効果で、初期費用を何年で回収できるかを出します。
※すべて仮の数値例です。金利や税の影響は含めていません。複数年で比べる場合は、割引率を使った正味現在価値(NPV)で確認するとより厳密です。
この例では、初期費用400万円を約1.7年で回収でき、3年間では320万円のプラスになります。言い換えると、3年間で突発停止をおよそ2回防げれば元が取れる計算です。
稟議では、この「何回防げば回収できるか」という言い方が、経営層に伝わりやすい表現になります。
例B:予備機に切り替えられる冷却水ポンプ
同じ仕組みを、予備機のある冷却水ポンプに入れた場合を考えます。故障しても予備機に切り替えれば生産は止まらないため、停止損失の回避はほぼゼロです。効果は修理費の差と予防交換の延伸だけになります。
仮に突発故障が年1回、緊急修理50万円が計画修理30万円になり、軸受の交換周期が延びて年5万円浮くとしても、年間の効果は25万円です。このポンプ1台分の運用費を年30万円とすると、運用費だけで効果を上回り、初期費用は回収できません。
2つの例の違いは、センサーやソフトの性能ではなく、どの設備に入れたかだけです。費用対効果の計算は、導入するかどうかを決めるためだけでなく、どこから始めるかを決めるために使うのが実務的な使い方です。
回収しやすい設備の選び方

計算例から分かるとおり、予知保全の費用対効果は対象設備でほぼ決まります。工場の全設備に一度に入れるのではなく、回収しやすい設備から始めて実績をつくり、広げていくのが一般的な進め方です。
回収しやすい設備は、2つの軸で見分けられます。一つは止まったときの影響の大きさ、もう一つは故障の前に兆候が出るかどうかです。
止まったときの影響が大きく、故障の前に兆候が出る設備から始めると回収しやすくなります。
縦:止まったときの影響(上ほど大きい)/横:兆候の出やすさ(右ほど出やすい)
※兆候の出やすさは、劣化が始まってから故障に至るまでの時間(P-F間隔)が、点検や監視の間隔より十分長いかどうかで判断します。
最優先にしたい設備の条件
最優先にしたいのは、次の条件が重なる設備です。当てはまる数が多いほど、例Aのように短い期間で回収できる可能性が高くなります。
- 予備機がなく、止まるとライン全体や後工程が止まる
- ボトルネック工程にあり、挽回生産の余地が少ない
- 過去3年ほどの間に突発停止の実績がある
- 部品が特注で、取り寄せに日数がかかる
- 軸受の摩耗や振動の増加など、壊れる前に兆候が出る故障が多い
反対に、兆候が出る前に突然壊れる故障が多い設備では、予知保全をしても防げる回数が増えません。兆候がどれくらい前に出るかという条件は、P-F曲線で考えると整理しやすく、その考え方はTBMとCBMの比較記事でも紹介しています。
装置産業では「工程全体の監視」も選択肢になる
化学や石油などの装置産業では、回転機1台ずつではなく、温度や圧力などのプロセスデータから工程全体の異常の兆しをとらえる方法もあります。
一方で、装置産業でも回転機単体の監視が大きな金額につながる例があります。
富士電機は、化学工場のファンのモーターにIoTセンサーを付けて保全診断を可能にした事例を紹介しています。故障停止の回避により、年間3,000万〜7,000万円の損失対策になったという試算値です。
プロセスデータを使った監視の手法や導入の進め方は、プラントの故障予兆監視の手法と導入の進め方で詳しく扱っています。
稟議を通す見せ方と、効果が出ないパターン

計算ができたら、次は社内で説明できる形に整えます。予知保全の効果は「何回防げるか」に左右されるため、1つの数字だけを示すと「本当にそんなに防げるのか」という質問に答えにくくなります。
3つのシナリオで幅を示す
おすすめは、防げる割合を変えた3つのシナリオを並べる方法です。例Aの設備で、突発停止のうち何割を計画停止に置き換えられるかを30%、50%、70%の3通りにすると、回収期間は次のようになります。
保守的に見積もっても4年以内に回収できるかを示すと、判断がしやすくなります。
※例Aの条件(突発停止 年2回・1回10時間・限界利益 時間25万円・修理費差 1回90万円・初期費用400万円・運用費 年100万円)で計算した仮の数値例です。
保守的なシナリオでも設備の使用年数より十分短い期間で回収できるなら、投資の筋は良いといえます。逆に、楽観シナリオでしか回収できない場合は、対象設備を見直すか、まず小さく試して防げる割合を確かめてから広げるほうが安全です。
導入前の数字を記録しておく
導入後に「効果があった」と示すには、導入前の数字が欠かせません。計画外停止の時間と回数、平均故障間隔(MTBF)、緊急修理の件数と費用、保全費のうち事後保全が占める割合を、対象設備について記録しておきます。
予知保全の効果は「起きなかった故障」なので、比べる基準がないと説明できません。導入前の1〜3年分の記録が、そのまま効果測定の物差しになります。記録が不十分な場合は、導入と同時に記録の取り方をそろえるところから始めます。
効果が出ない3つのパターン
計算上は回収できるはずなのに、実際には効果が出ないケースもあります。よくあるのは次の3つです。
- 試験導入で止まる:数台で効果を確かめたまま、対象の拡大や運用の仕組みづくりに進まない
- アラートが出ても動けない:誰が確認し、いつ計画停止を入れるかが決まっておらず、通知が見過ごされる
- 判断の基準がない:データは集まっているが、どの値で交換するかの基準がなく、結局は時間で交換している
いずれも技術の問題というより、保全の業務の流れに組み込めていないことが原因です。JIPMの調査で予知保全費用の割合が伸びていないことも、この壁と無関係ではないでしょう。
試験運用から本格運用に進めるための考え方は、PoCで止まらないAI導入の5ステップも参考になります。
まとめ
- 予知保全の効果で金額が大きいのは、保全費の削減よりも計画外停止の回避
- 効果は停止損失の回避、修理費の差、予防交換の延伸、二次被害の回避の4項目で金額にする
- 停止損失は売上ではなく限界利益で計算し、挽回生産できるかも確認する
- 費用は初期費用だけでなく、運用費と確認・判定にかかる人の工数まで含める
- 予備機がなく兆候が出やすい設備から始め、3つのシナリオで回収期間を示す
予知保全の費用対効果は、どの設備から始めるかの判断とほぼ同じ意味を持ちます。関連する職種としては設備保全や生産技術が、この判断に直接関わります。
予知保全の仕組みや導入事例については、予知保全の技術テーマページから関連記事もあわせてご覧ください。
出典
出典・参考資料(5件)を開く出典・参考資料を閉じる
- 停止コストの推計:Siemens「The True Cost of Downtime 2024」
- 保全方式によるコスト削減の目安:PNNL「O&M Best Practices: Maintenance Approaches」(米国エネルギー省 FEMP「O&M Best Practices Guide」)
- 保全費の構成:日本プラントメンテナンス協会「2024年度 メンテナンス実態調査 報告書」(2025年9月)
- 総保全費比率と総保全費の推計:日本プラントメンテナンス協会「2022年度 メンテナンス実態調査 報告書 概要」(2023年9月)
- 化学工場のファンの事例:富士電機「予知保全によるコスト削減・IoT活用事例」
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