ボーイングやエアバスなどの航空機・エンジンメーカーは、部品をつくる取引先に「Nadcap(ナドキャップ)」の取得を求めています。
Nadcapは、熱処理やめっき、非破壊検査(部品を壊さずに傷を調べる検査)などを対象にした、業界共通の工程認定です。
審査するのは、「後から検査しても良し悪しが分からない工程」のやり方そのものです。
航空・宇宙向けの品質規格JIS Q 9100が会社全体の仕組みを見るのに対し、Nadcapは工程ごとに専門の審査員が現場の作業を確かめます。
対象も審査の進め方も、JIS Q 9100とはかなり違います。
この記事では、Nadcapについて現場からよく出る疑問を8つ取り上げます。JIS Q 9100との違い、対象工程、自社に必要かの判断、取得の流れ、審査の中身、費用の考え方、取得後の維持の順に答えていきます。
Nadcapとは何ですか?JIS Q 9100とは何が違いますか?
Nadcapは、National Aerospace and Defense Contractors Accreditation Programの略です。これは、航空宇宙・防衛分野の特殊工程を対象にした、業界共通の工程認定プログラムです。
運営しているのは米国の非営利団体PRI(Performance Review Institute)です。PRIは、SAE International(米国自動車技術者協会)の関連団体です。
始まりは1990年です。主要な航空宇宙メーカーが中心になって立ち上げました。現在はボーイング、エアバス、GE、ロールス・ロイスといった完成機・エンジンメーカーが、サプライヤーに取得を求めています。
PRIの公式サイトでは、認定を受けているサプライヤーは4,500社を超えるとされています。
JIS Q 9100との違いを一言でいえば、9100は「会社の仕組み」、Nadcapは「工程のやり方」を見るという点です。
9100は品質マネジメントシステム(QMS)の規格で、設計から出荷まで会社全体の管理の仕組みを認証機関が審査します。
これに対してNadcapは、熱処理なら熱処理、非破壊検査なら非破壊検査と、工程ごとに専門の審査員が現場で作業を確認します。
両者は別物ですが、順番があります。
航空宇宙品質センター(JAQG)のFAQでは、Nadcapの受審にはAS9100(日本ではJIS Q 9100)か同等規格の認証が前提とされています。ISO 9001だけでは足りないという説明です。
9100で求められる要求事項の全体像は、JIS Q 9100とISO 9001の違いの記事で整理しています。
9100は会社の仕組み、Nadcapは工程ごとのやり方を審査します。
※出典:JAQG「FAQ/特殊工程(Nadcap)」、PRI「Nadcap」をもとに作成。
なぜ「特殊工程」だけ別に認証するのですか?

特殊工程とは、できあがった後の検査や測定では、良し悪しを確かめきれない工程のことです。熱処理で狙った硬さや組織になっているか、めっきの下地処理が適切だったかは、外観を見ても分かりません。不具合が使用中に初めて表に出ることもあります。
完成品を検査して保証できないなら、工程そのものを決められた条件どおりに回していることを保証するしかありません。
炉の温度が均一か、温度計や熱電対が校正されているか、薬液の濃度が管理されているか、作業者が訓練を受けているか。品質を「作り方」で担保するのが特殊工程管理の考え方です。
この「作り方」の確認は、もともと完成機メーカー(プライム)が自社のサプライヤーを一社ずつ審査して承認していました。
ところがサプライチェーンが世界に広がると、プライムにとっては審査の負担が膨らみ、サプライヤーにとっては顧客の数だけ似たような審査を受けることになりました。
そこで1989年11月に米国政府と業界の会議で重複審査をなくす方針が示され、1990年7月にPRIが設立されました。
PRIがプライムの代わりに審査し、その結果を参加企業が共通に使うというのがNadcapの仕組みです。
Nadcapは2000年に欧州、2003年にアジアへと展開され、日本国内のサプライヤーも審査を受けています。
同じ工程を顧客ごとに審査していた重複を、共通の審査1回にまとめました。
従来:プライムごとの個別承認
それぞれが自社の基準で審査
同じ炉・同じ工程を何度も受審
プライムは審査員と時間が足りず、サプライヤーは受審の準備に追われる
Nadcap:業界共通の工程認定
審査基準を共同で策定
工程ごとに1回の審査で済む
審査結果と認定状況を参加企業が共有する
※出典:航空機国際共同開発促進基金「解説概要28-6」をもとに作成。Nadcapとは別に、顧客独自の承認を求められる場合もあります。
運営の規模も大きくなっています。
SAE Mediaの記事(2025年10月)によると、2024年には53か国で6,224件のNadcap審査が行われました。プライム側の参加企業(サブスクライバー)は65社に増えました。
日本企業では、川崎重工業が2023年12月にサブスクライバーへ加入し、国内で2例目となっています。
どの工程が対象になりますか?

Nadcapの認定は、工程の種類ごとの区分(コモディティ)に分かれます。PRIの公式サイトには、熱処理、化学処理、コーティング、溶接、非破壊検査、表面強化、特殊機械加工、材料試験所など、20を超える区分が掲載されています。
区分の名前は英語の分類なので、自社の工程がどこに入るかを読み替える必要があります。
たとえば、めっきや陽極酸化、化成処理、洗浄・エッチングは「化学処理(Chemical Processing)」に入ります。
溶射や塗装は「コーティング(Coatings)」、ショットピーニングは「表面強化(Surface Enhancement)」です。
放電加工やレーザー加工、化学ミーリングは「特殊機械加工(Nonconventional Machining)」です。
特殊工程のほかに、複合材、シーラント、エラストマーシール、電子基板・ハーネス、積層造形(3Dプリンティング)といった製品・材料系の区分があります。加えて、品質システム系の区分もあります。
1社で複数の区分を取得し、区分ごとに審査を受けるのが一般的です。
自社の工程がどの区分にあたるかを、まず読み替えます。
※区分名はPRIの公式サイトの掲載による。各区分の中で、さらに処理方法ごとに認定範囲(スコープ)を指定して受審します。
審査で問われる内容は、区分ごとに専門性が高いものです。熱処理なら、焼入れ・焼戻しなど鋼の熱処理の基本に加えて、アルミ合金やチタン合金、ニッケル基合金の熱処理仕様を読み込む力が求められます。
化学処理では、めっきの種類と特徴だけでなく、浴の分析頻度や前処理の管理が審査の中心になります。
言い換えると、Nadcapで見られるのは「その処理ができるか」ではなく、「仕様書どおりに毎回同じ条件で処理していることを、記録で示せるか」です。
表面処理の仕組みを理解していても、条件の管理と記録の残し方が航空宇宙の水準に届いていなければ認定は取れません。
うちの会社に必要かどうかは、どう判断しますか?

Nadcapは法律で義務づけられたものではなく、顧客が取引条件として求めるかどうかで必要性が決まります。
名古屋品証研の解説では、まず完成機やエンジンのメーカーがTier1(一次サプライヤー)に取得を求めるとされています。それが下位のサプライヤーへ波及していく構造だという説明です。
そのため、判断の起点は取引先から届く品質要求書や注文書です。どの部品のどの工程に、どのプライムの仕様が適用され、Nadcapが条件になっているかを確認します。
航空機部品の受注は、完成機メーカーから重工、Tier1、加工会社へと階層をたどって流れてきます。そのため、航空宇宙のサプライチェーンの構造のどこに自社が位置するかでも、求められる内容が変わります。
「取るべきか」ではなく「誰に、何のために求められているか」から考えます。
注意したいのは、案件がない状態で先回りして取るのは難しいという点です。
名古屋品証研によると、契約がなくても初回の受審はできますが、2回目以降は実際の契約がないと審査を受けられなくなる可能性があるとされています。
取得後も定期審査が続くため、実際に航空宇宙向けの処理を流していることが前提になります。
もう一つ確認したいのが外注先です。熱処理やめっきを協力会社に出している場合、外注先の工程にもプライムの承認やNadcapが求められることがあります。
航空機国際共同開発促進基金(IADF)の解説では、特殊工程を下請けに委託する場合はプライムの設備認定が必要とされています。自社だけ取れば済む話ではないことを、早めに把握しておくべきです。

取得までの流れと期間はどれくらいですか?
IADFの解説では、Nadcap取得のための準備期間は最低でも1年は必要とされています。審査そのものは数日ですが、その前に工程・規定・設備・記録を審査基準に合わせて作り直す期間が長くかかるためです。
審査の前の準備に、全体の時間の大半がかかります。
※出典:航空機国際共同開発促進基金「解説概要28-6」、PRI「What is a Nadcap Supplier?」をもとに作成。期間は企業の体制によって大きく変わります。
準備で最も手間がかかるのは、審査基準(AC)と自社の規定の突き合わせです。
ACは工程ごとにAC7102(熱処理)のような番号で整備されたチェックリストです。一つひとつの質問に対して「どの規定に書いてあり、どの記録で示せるか」を答えられるようにします。
JAQGは会員向けにACの日英対訳版を公開していますが、審査で公式に使われるのはPRIが発行する英語の原文です。
内部監査も、ISO 9001やJIS Q 9100の内部監査と同じ要領で進められます。違いは、ACの各項目をそのまま監査項目に使い、記録を英語で残す点です。
監査計画やチェックリストの作り方そのものはISO9001内部監査の進め方が参考になります。
見落としやすいのが作業審査(Job Audit)の段取りです。本審査では対象工程で実際に部品を処理している場面を審査員が確認するため、審査日に合わせて該当部品を流せるよう、顧客や生産現場と日程を調整しておく必要があります。
審査では何を見られますか?合否は誰が決めますか?

Nadcapの審査は、PRIが割り当てる審査員が現場に来て行います。審査員はその工程の専門家で、初日に認定範囲(スコープ)を確認したうえで、ACチェックリストに沿って審査を進めます。
Boeingのサプライヤー向けFAQでは、初回審査は通常2〜5日とされ、IADFの解説では平均3日程度とされています。
書類審査と作業審査
審査は、規定や記録を確認する書類審査と、現場で実際の作業を確認する作業審査の2つで構成されます。書類審査では、顧客の仕様が社内の手順書に漏れなく落とし込まれているか、裏付けの記録があるかが問われます。
記録を提示できなければ、その場で不適合になります。
作業審査では、契約内容の確認から作業計画、校正、処理条件、検査・試験、教育訓練、手直し、不適合品の扱いまで、実際の製品に沿って段階を追って確認されます。
熱処理の場合、IADFの解説によると、完了した作業から2件、進行中の作業から8件を選んで確認する形が示されています。
熱処理で特に厳しく見られるのが、パイロメトリ(高温計測)と呼ばれる温度管理の領域です。
審査では、航空宇宙の材料仕様AMS2750に沿った管理ができているかが確認されます。対象は、熱電対や計器の校正、炉の温度均一性検査(TUS)、計測系の精度を確かめるシステム精度試験(SAT)です。
温度記録チャートの精度や記録速度まで見られるため、計測器の校正とトレーサビリティの管理が土台になります。
審査をするのはPRIの審査員、認定を判断するのは業界側のタスクグループです。
※出典:PRI「Nadcap」、航空機国際共同開発促進基金「解説概要28-6」、SAE Media「Nadcap at 35」をもとに作成。
不適合(NCR)への回答
審査で基準に合わない点が見つかると、不適合報告(NCR)が出されます。IADFの解説によると、是正回答の期限は1回目が21日以内、2回目から4回目は7日以内です。
回答では、流出防止の応急処置、根本原因、影響範囲、再発防止策、証拠となる記録をそろえ、「なぜ」を5回繰り返す深さの原因分析が求められます。
NCRには、安全や顧客の要求を満たす能力に影響するメジャーと、影響しないマイナーの区分があります。
是正回答を確認するのは現場に来た審査員ではなく、PRI本部のスタッフエンジニアで、書類だけを見て判断します。1回の回答で受理されることは少ないとされ、指摘の意図をくみ取って回答を磨く力が問われます。
合否を決めるのは業界のタスクグループ
Nadcapの特徴は、認定の判断を審査員でも認証機関でもなく、サブスクライバーが参加する工程ごとのタスクグループが行う点です。
Boeingのサプライヤー向けFAQでも、Nadcapの認定は個々の顧客の承認ではなく「業界の合意」にもとづいて与えられると説明されています。
審査中やNCRの処置に重大な不備があると、審査が不合格(Audit Failure)になることがあります。
IADFの解説では、不合格になった場合、不合格の決定日から90日後以降に再審査を受けられるとされています。準備不足のまま受審すると、時間も費用も余計にかかることになります。
費用はどう考えればよいですか?
Nadcapの費用は、取得する区分の数や工程の範囲、企業の体制によって大きく変わるため、一律の金額では示せません。考え方としては、PRIに支払う審査料と、社内で負担する準備・体制づくりの費用の2つに分けて見積もるのが現実的です。
審査料は、審査に必要な日数と審査員の人数で決まります。IADFの解説では、取得する工程が多いほど日数や審査員の数が増え、費用も膨らむと説明されています。
熱処理と化学処理と非破壊検査を取るなら、それぞれの区分で審査を受けることになります。最新の料金はPRIに確認する必要があります。
審査料より、社内の準備と体制づくりのほうが見えにくく、膨らみやすい費用です。
※IADF「解説概要28-6」の記述をもとに整理。金額は区分・範囲・体制によって異なるため記載していません。
社内の費用で大きいのは、人と時間です。英語の仕様書を読み込み、ACの質問に答えられる規定と記録を整え、審査員と英語でやり取りできる担当者が必要になります。
IADFの解説でも、翻訳や文書の英語化に加え、品質管理部門の人材確保や、指摘への対応に伴う設備投資が別途必要になると指摘されています。
費用を判断するときは、取得にかかる額だけでなく、取得後に毎回の審査と体制維持の費用が続くことも含めて、航空宇宙向けの売上見込みと比べることが大切です。
逆に、複数の顧客から別々に工程審査を受けている会社であれば、受審の回数が減ることで負担が軽くなる面もあります。
取得したら終わりですか?維持と更新はどうなりますか?
Nadcapは一度取れば終わりではありません。Boeingのサプライヤー向けFAQによると、初回の再認定審査は初回審査から12か月以内に行われます。その後は審査の実績に応じて18か月または24か月の間隔になります。
審査の成績がよい状態を続けると、次の審査までの間隔が延びます。
※出典:Boeing「Nadcap FAQ」、航空機国際共同開発促進基金「解説概要28-6」。適用条件の詳細はPRIの運用規程とタスクグループの判断によります。
この延長の仕組みはメリット(Merit)制度と呼ばれます。不適合の数や是正回答の遅れ、前回の是正の維持状況などの基準を満たすと、審査の間隔が延び、審査の範囲が簡素化されることもあります。
日頃から仕組みを回している会社ほど、維持の負担が軽くなる設計です。
反対に、是正回答が遅れたり、同じ指摘を繰り返したりすると、12か月ごとの審査が続きます。取得した後も、AC改訂への追従、校正と温度均一性検査の計画的な実施、要員の訓練記録の更新を、日常業務として回し続けることが求められます。
取得で何が変わり、何が変わらないか
取得による一番の変化は、Nadcapを求める顧客と取引できる土台ができることです。サブスクライバーは認定状況を共有できるため、顧客ごとに同じ工程の審査を受ける回数も減ります。
品質保証や現場にとっては、特殊工程を仕組みで管理する考え方が身につく機会にもなります。
一方で、Nadcapは受注を約束するものではありません。IADFの解説でも、取得によって海外Tier1からの受注の可能性は広がるものの、受注の獲得は営業努力によるところが大きいとされています。
認定は入口の条件であり、受注は別に取りにいくものと考えておくのが現実的です。
まとめ
- Nadcapは、PRIが運営する航空宇宙・防衛の特殊工程の工程認定で、JIS Q 9100などの認証が受審の前提になる
- 特殊工程は後から検査で確かめられないため、条件どおりに処理していることを記録で示す力が問われる
- 熱処理・化学処理・非破壊検査など20を超える区分があり、区分ごとに審査を受ける
- 必要性は顧客の要求で決まる。準備は最低1年が目安で、英語化と作業審査の段取りが要になる
- 費用は審査料と社内の体制づくりに分けて考え、取得後も12〜24か月ごとの審査が続く
Nadcapの準備は、品質保証部門だけでなく、現場の作業者、設備保全、営業までを巻き込む取り組みです。関連する職種は品質保証・品質管理や購買・調達、技術テーマとしては表面処理がこの認定と深く関わります。
航空機部品の市場や主要企業については、航空宇宙・造船の業種ページから関連記事もあわせてご覧ください。
出典
出典・参考資料(11件)を開く出典・参考資料を閉じる
- Nadcapの概要・認定サプライヤー数・審査の流れ:Performance Review Institute「Nadcap」
- 運営団体とSAE Internationalの関係:Performance Review Institute「About PRI」
- 認定区分の一覧:Performance Review Institute「Accreditation」
- 事前評価・NCR回答:Performance Review Institute「What is a Nadcap Supplier?」
- 2024年の審査件数・サブスクライバー数:SAE Media Group「Nadcap at 35 Still Defining Excellence in Aviation, Defense and Space Manufacturing」(2025年10月1日)
- 審査日数・再認定の間隔・業界合意による認定:Boeing Suppliers「Nadcap Accreditation」FAQ
- 受審の前提となるQMS認証:航空宇宙品質センター(JAQG)「FAQ/特殊工程(Nadcap)」
- ACチェックリストの日英対訳版:航空宇宙品質センター(JAQG)「Nadcap AC(チェックリスト)日英対訳版」
- 特殊工程の定義・経緯・準備と審査・NCR・メリット制度:航空機国際共同開発促進基金「解説概要28-6 航空宇宙における特殊工程作業に関する国際的認証制度(Nadcap)」
- サブスクライバー加入(日本で2例目):川崎重工業「民間航空機分野の認証プログラム『Nadcap®』の議決メンバーに加入」(2023年12月15日)
- 要求の波及と契約の有無:名古屋品証研「特殊工程管理について 第8回 ~特殊工程とNadcap~」
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