「前にも似た不具合があったはずだが、報告書が見つからない」「この部品の旧版図面はどのフォルダにあるのか」。設計や品質保証の現場では、こうした探し物に毎日かなりの時間が使われています。
生成AIを入れれば一気に解決しそうに見えますが、実際には、チャットの画面を用意するだけでは欲しい資料にたどり着けません。成否を分けるのは、AIに渡す前の文書の整え方と、検索の仕組みの設計です。
この記事では、過去の設計書・図面・不具合記録を生成AIで探せるようにする仕組み(RAG)を取り上げます。仕組みの全体像、作り方の6ステップ、先行事例から見えるポイント、よくある失敗の順で整理します。
設計書・図面が見つからない理由と、生成AI検索で変わること

設計書や図面が探せない原因は、置き場所がばらばらなことだけではありません。探す人と書いた人で、使う言葉が一致しないことが大きな壁になっています。
たとえば不具合報告書に「締結部の緩み」と書かれていても、後から探す人は「ボルトが外れた」と検索するかもしれません。ファイル名やフォルダ名に頼る従来の検索では、言い回しが違うだけで目的の資料が候補から漏れてしまいます。
さらに、文書の形式も混在しています。
- 設計書:Word
- 図面:PDFやCADデータ
- 不具合記録:Excelや品質管理システム
- 古い資料:紙のスキャン
どこに何があるかを知っているのは、結局その部署に長くいるベテランだけ、という状態になりがちです。
生成AIを組み合わせた検索では、質問の意味に近い文章を探し出し、見つけた資料の中身を要約して答えます。回答と一緒に根拠の資料名やページを示せるため、担当者はその資料を開いて中身を確かめる、という使い方になります。
言葉が一致しなくても探せること、根拠つきで答えることが大きな違いです。
※RAG(Retrieval-Augmented Generation/検索拡張生成)は、社内文書を検索し、その結果を生成AIに渡して回答させる方式です。
大事なのは、生成AIが資料を「覚えている」わけではないという点です。毎回の質問ごとに社内の文書を検索し、見つかった部分だけを読んで答えています。文書の中身が古かったり、検索で拾えなかったりすれば、回答もそれに引きずられます。
なお、生成AIそのものの原理や、ハルシネーション・RAGといった基本用語は生成AIの仕組みと基本原理で整理しています。この記事では、その先の「自社で検索の仕組みを作る手順」に絞って進めます。
社内ナレッジ検索(RAG)の仕組み
RAGの仕組みは、あらかじめ文書を検索できる形にしておく「取り込み」と、利用者が質問したときに動く「問い合わせ」の2つの流れに分けると理解しやすくなります。
取り込みの流れ
取り込みでは、設計書や報告書を数百文字程度のかたまり(チャンク)に分割します。それぞれを意味の近さを計算できる数値の並び(ベクトル)に変換し、検索用の索引(インデックス)に保存します。
Amazon Bedrockの説明では、既定の分割は約300トークンで、文の途中では切らない設定になっています。
このとき、元の文書名やページ番号との対応を残しておくことが欠かせません。回答の根拠として「どの資料の何ページか」を示せるのは、この対応があるからです。
問い合わせの流れ
利用者が質問すると、その質問も同じ方法でベクトルに変換され、索引から意味の近いチャンクが上位から取り出されます。取り出されたチャンクを質問と一緒に生成AIへ渡し、「この資料に基づいて答えて」と指示して回答を作らせます。
総務省・経済産業省の「AI事業者ガイドライン」(最新の第1.2版、2026年3月31日公表)も、RAGに触れています。RAGの活用によって、ハルシネーションの抑制や、出力の根拠の透明性向上が期待されると記しています。
根拠となる資料を示せることが、社内検索にRAGを使う一番の理由といえます。
事前に文書を索引にしておき、質問のたびに検索してから回答を作ります。
取り込み(事前・定期的に実行)
問い合わせ(質問のたびに実行)
※文書を更新したら、取り込み側を再実行して索引も更新する必要があります。
作り方の全体像
仕組みそのものは、クラウド各社のサービスを使えば比較的短期間で動かせます。時間がかかるのは、どの文書を、どういう形で入れ、誰に見せるかを決める部分です。ここからは、その作り方を6つのステップに分けて見ていきます。
前半の「決める・整える」に時間をかけるほど、後半の手戻りが減ります。
ステップ1・2|対象業務を絞り、文書を集めて整える

ステップ1:対象業務と「よく出る質問」を決める
最初にやるべきことは、ツール選びではなく「誰が、どんな場面で、何を探しているか」を質問の形で書き出すことです。「社内の資料を全部探せるようにする」という目標では、入れる文書も評価の基準も決まりません。
たとえば品質保証部門なら「顧客から異音の問い合わせが来たとき、同じ機種・同じ症状の過去事例を探す」。設計部門なら「設計変更の前に、同じ部品で過去に起きた不具合と対策を確認する」といった具合です。
設計審査の前に過去トラブルを洗い出す作業は、デザインレビュー(DR)の準備としても時間がかかる部分です。
質問は、実際に探し物をしている担当者に聞いて20〜50件ほど集めると、後のステップで評価用にも使えます。あわせて「今は1件探すのに何分かかっているか」も記録しておくと、導入効果を数字で示しやすくなります。
対象は、最初は1部門・1製品群に絞るのが無難です。部門をまたぐと用語も文書の書き方も変わり、検索がうまくいかない原因を切り分けにくくなるためです。
ステップ2:文書を集め、AIが読める形にする
次に、対象業務で使う文書を集めます。ここで最も注意したいのは版の管理です。同じ図面の旧版と最新版が両方入っていると、AIが旧版の寸法や材質をもとに答えてしまうことがあります。
設計書と部品表で品番や版の付け方が違う会社も少なくありません。E-BOMとM-BOMの違いで整理しているように、設計と製造で部品の単位が異なるなら、どちらの品番で検索させるかも最初に決めておきます。
文書の形式ごとに、そのままでは読み取りにくいポイントがあります。代表的なものを整理すると次のとおりです。
形式によって、AIが読み落としやすいポイントが異なります。
※Amazon Bedrockなどでは、表や図を含む複雑なレイアウトの文書を基盤モデルで解析するパーサーも選べます。
図面については、形状そのものを文章の検索で探すのは難しいのが実情です。まずは表題欄と注記、関連する設計書をひも付けて「図面を探せる」状態を作るのが現実的です。
形状の似た図面を探す仕組みは別の技術になり、図面から原価を出すAI見積の記事で紹介している類似図面検索がその例です。
この段階で、明らかに古い資料や重複した資料を外しておくと、後のステップがかなり楽になります。「全部入れておけばAIが判断してくれる」という考え方は、後で説明する失敗パターンの典型です。
ステップ3・4|検索の仕組みと権限を設計する
文書がそろったら、どう分割し、どんな情報を付け、どう検索するかを決めます。同じ文書でも、この設計しだいで検索の当たり方が大きく変わります。
ステップ3-1:分割(チャンク)の単位を決める
分割が細かすぎると前後の文脈が失われ、粗すぎると関係のない内容まで混ざります。設計書のように章立てがはっきりした文書は、見出しや章の単位で区切るほうが、意味のまとまりを保ちやすくなります。
Amazon Bedrockには、小さなチャンクで検索し、見つかったら一回り大きな親チャンクに置き換えて生成AIに渡す「階層チャンキング」という方式もあります。
技術マニュアルのように入れ子構造の文書に向くとされています。不具合報告書のように1件が短い文書なら、1件を1チャンクとして扱うのも一つの方法です。
ステップ3-2:メタデータを付けて絞り込めるようにする
メタデータとは、文書そのものとは別に付ける「品番」「機種」「版数」「作成日」などの属性情報です。これを付けておくと、意味の近さで探す前に「A機種の、最新版の文書だけ」と対象を絞り込めます。
Amazon Bedrockでは、文書ごとに「ファイル名.metadata.json」という小さなファイルを置いて属性を登録します。この属性を使い、一致や大小比較、条件の組み合わせで絞り込めます。
対象を減らすことで、関連性だけでなく速度やコストの面でも効果があると説明されています。
用途は「絞り込み」「鮮度の管理」「見せる範囲の制御」の3つです。
※項目を増やしすぎると登録の手間が続かなくなります。まずは既存のファイル名やシステムの項目から自動で取れるものを優先します。
ステップ3-3:キーワード検索と組み合わせる
意味の近さで探すベクトル検索は言い換えに強い一方で、品番や規格番号のような「一字違えば別物」の情報は苦手です。
Microsoftの Azure AI Search の解説でも、この点に触れています。製品コードや専門用語、日付、人名などは、完全一致を探せるキーワード検索のほうが良い結果になるという説明です。
そのため、キーワード検索とベクトル検索を同時に実行して結果を統合する「ハイブリッド検索」が、設計・品質文書には向いています。
さらに、取り出した候補を質問との関連度で並べ直す「再ランク」を組み合わせると、上位に来る資料の精度が上がりやすくなります。
ステップ4:権限と情報管理を決める
設計書や図面は、多くの会社で最も機密性の高い情報です。検索の仕組みを作るときは、「元のフォルダで見られない人には、AIの回答でも見せない」という原則を守る必要があります。
具体的には、文書ごとの閲覧権限や機密区分をメタデータとして持たせ、利用者の所属や権限に応じて検索の段階で対象から外します。「部外秘の資料は答えないで」とAIへの指示で縛るだけでは不十分です。
月刊AWS製造の2026年9月号でも、AIに任せる範囲の境界はプロンプトではなく、仕組みの側で強制することが重要だと指摘されています。
あわせて、次の点も確認します。
- 利用する生成AIのサービスが入力内容を学習に使わない契約か
- データを保存する地域はどこか
- 顧客から預かった図面の利用条件に反しないか
取引先の図面は、秘密保持契約で目的外利用を禁じている場合があるため、法務部門や情報システム部門と早めに相談しておくと安心です。

ステップ5・6|質問セットで評価し、運用で育てる

ステップ5:正解つきの質問セットで評価する
試験運用では、ステップ1で集めた質問に「本来はどの資料のどこが答えか」という正解を付けた質問セットを使います。検索で正しい資料が拾えたかと、回答の内容が正しいかを分けて確かめるのがポイントです。
両者を分けないと、うまくいかない原因が文書側なのか、検索側なのか、生成AI側なのかを判断できません。
キヤノンITソリューションズは、社内のRAG導入で228件の問い合わせを評価しました。良い評価だったのは全体の約3分の1で、悪い評価の原因は次のように分かれました。
原因の約半分は、AIではなく文書の側にありました。
※キヤノンITソリューションズが社内の問い合わせ228件を評価した結果。社内ヘルプデスク向けの事例で、設計・品質文書での数値ではありません。
この結果は、設計・品質文書の検索にもそのまま当てはまる教訓です。生成AIのモデルを高性能なものに替えるより、文書と検索の改善のほうが効く場面が多いのです。評価では、最低限次の3点を見ておくとよいでしょう。
- 正しい資料が上位数件に入った割合
- 回答が根拠の資料と食い違っていないか
- 根拠が示されているか
ステップ6:利用者の評価と質問ログで育てる
本番運用に入ったら、回答ごとに「役に立った・立たなかった」を押せる仕組みを用意します。
キヤノンITソリューションズの報告でも、回答を評価するUIはフィードバックを集めるのに有効だとしています。利用者の自然な言葉の質問が記録されること自体が、改善の材料になるという指摘です。
質問ログを見ると、「この言い方で聞かれているのに文書に載っていない」「この略語が社内で通じていない」といった穴が見えてきます。
足りない情報は文書やFAQに追記し、社内独自の略語は言い換えの辞書に登録します。文書を更新したら索引も再取り込みすることを、運用手順として決めておくことも大切です。
運用の担当者を決めずに始めると、文書の更新が止まり、次第に使われなくなりがちです。情報システム部門だけでなく、対象業務の部門側にも「中身の責任者」を置くのが長続きのコツです。
先行事例から見える進め方のポイント
2026年に入り、設計・品質のナレッジを生成AIで扱う取り組みの公表が続いています。ここでは作り方の参考になる2つの事例を、仕組みの観点で見てみます。業務別の事例をより広く知りたい場合は、製造業の生成AI活用事例にまとめています。
日立:熟練者の「探し方」をAIに組み込む
日立製作所は2026年6月、品質保証業務向けのAIエージェント「品質ナレッジシステム」について発表しました。HMAX Industryのラインアップとして、4月から提供しているという内容です。
過去のトラブル対応記録やマニュアルを、自然言語の質問や顧客からの問い合わせメールの文面から検索できる仕組みです。
注目したいのは、熟練者がどのキーワードを、どの順序で使って情報を探してきたかを分析し、100件以上の業務知見をAIに組み込んだ点です。
文書を入れるだけでなく、ベテランの探し方そのものを仕組みに反映しており、日立は先行導入した自社工場で事例の検索時間を約9割削減したとしています。
パナソニック コネクト:図面の項目を抜き出して照合する
パナソニック コネクトは2026年2月、設計・開発部門の図面/設計仕様の照合業務で「Manufacturing AIエージェント」の利用を始めました。
複数のPDF図面からテキスト情報を自動で抜き出し、製品図面と部品図面、技術仕様書の間で材質や仕上げなどの項目を照合して一覧で示します。
これはステップ2で触れた「図面を項目として構造化する」考え方と同じです。図面を丸ごと読ませるのではなく、比べたい項目を決めて抜き出すことで、確認作業を仕組みに落とし込んでいます。
どちらも「探す・照合する」時間が大きく短くなっています。
- トラブル事例の検索(1件)60分→5分
- 対応レポートの作成120分→15分
- 不具合の原因分析16時間→3時間
- 図面/設計仕様の照合50〜340分→10分
- 削減率80〜97%
- 適用開始の範囲規格・外装部品の照合
※各社のプレスリリースの数値。日立の原因分析の機能は、今後追加予定と記載されています。
2つの事例に共通するのは、対象業務をはっきり絞り、そこで扱う文書と判断の手順を丁寧に作り込んでいることです。日立は品質保証のトラブル対応、パナソニック コネクトは規格と外装部品の照合から始め、そこから広げる計画を示しています。
よくある失敗と対策
社内ナレッジ検索は、仕組みが動いても「使われない」まま終わることがあります。つまずきやすいパターンと、その対策を整理しておきます。
多くは技術ではなく、準備と運用の不足から起きます。
回答をうのみにしてしまう
もう一つ見落とされやすいのが、利用者側の使い方です。RAGでも、根拠の資料と違う内容を答えることはゼロにはなりません。寸法や材質、判定基準のように間違えると不良や事故につながる情報は、必ず根拠の原本を開いて確認するルールを決めておきます。
回答画面では、根拠の資料名とページを必ず表示し、ワンクリックで原本を開けるようにしておくと、確認の手間が減ります。「AIの回答は資料を探すための案内役」と位置づけておくと、現場にも受け入れられやすくなります。
PoCのまま本番に進めない
試験運用では好評だったのに、本番の展開で止まるケースもあります。多くは、権限の設計や文書の更新手順、運用の担当者が決まっていないことが原因です。
PoC(概念実証)の段階から、本番で必要になる権限管理と運用体制を評価項目に含めておくと、次に進む判断がしやすくなります。
また、社内で生成AIを使いこなせる人材が限られていると、改善が一部の担当者に集中します。部門ごとに質問ログを見て文書を直せる人を育てることは、製造業のリスキリングの一環としても位置づけられます。
まとめ
- 設計書・図面が探せない主な原因は、置き場所の分散と、探す人と書いた人の言葉のずれにある
- RAGは質問のたびに社内文書を検索し、根拠の資料を示しながら回答する仕組み
- 作り方は、対象業務と質問を決める→文書を整える→検索を設計→権限を決める→評価→運用の6ステップ
- 品番・版数・機密区分などのメタデータと、キーワード検索との併用が設計・品質文書では特に効く
- うまくいかない原因の多くは文書と検索の側にあり、評価と質問ログで改善を続けることが大切
社内ナレッジ検索は、設計や品質保証の担当者が自分の仕事の探し物から設計していくほど、使われる仕組みになります。関連する職種は機械設計や品質保証・品質管理、技術テーマとしては生成AIがこの取り組みと深く関わります。
不具合情報を設計へ生かす流れについては、品質保証の仕事の流れもあわせてご覧ください。
出典
出典・参考資料(9件)を開く出典・参考資料を閉じる
- 日立の品質ナレッジシステム:株式会社日立製作所 プレスリリース(2026年6月4日)
- パナソニック コネクトの図面照合:パナソニック コネクト プレスリリース(2026年2月19日)
- RAG導入の評価結果:キヤノンITソリューションズ「生成AI導入の知見 RAG導入で社内検索はどう変わった?」
- チャンク分割の方式:Amazon Bedrock User Guide「How content chunking works for knowledge bases」
- 表・図を含む文書の解析:AWS Machine Learning Blog(advanced parsing, chunking, and query reformulation)
- メタデータによる絞り込み:AWS Machine Learning Blog(metadata filtering)
- ハイブリッド検索:Microsoft Learn「Hybrid search overview – Azure AI Search」
- RAGとハルシネーション抑制:総務省・経済産業省「AI事業者ガイドライン(第1.2版)」(2026年3月31日)
- AIに任せる範囲の境界:AWS ブログ「月刊 AWS 製造 2026年9月号」
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