パワー半導体(モーターや電源の電力を効率よく変換・制御する半導体)は、チップを基板に接合して配線し、樹脂などで封じて検査してから出荷されます。
この組立・検査の工程を担う新工場棟を、三菱電機が福岡市西区に約100億円を投じて建てました。2026年4月15日に竣工式を行い、同年10月の稼働を予定しています。
新棟の狙いは、敷地内に分かれていた組立・検査ラインを1棟に集め、開発と製造を近づけることです。三菱電機は同じ時期に、熊本でSiC(炭化ケイ素を使う半導体)の新工場も進めており、拠点ごとの役割分担も見どころになります。
この記事では、新工場棟の概要、モジュール組立・検査という工程の中身、新棟で何が変わるのかを整理します。続いて、なぜ今この工程を強化するのか、三菱電機の拠点の中での役割、取引先や働く場としての確認ポイントを順に見ていきます。
福岡の新工場棟の概要|いつ・どこで・何をつくるのか
新工場棟が建つのは、三菱電機のパワーデバイス製作所 福岡地区(福岡市西区今宿東)です。同社はこの地区をパワー半導体モジュールの組立・検査工程の「マザー工場」と位置づけています。
マザー工場とは、工程の標準や新製品の立ち上げを担い、ものづくりの基準になる拠点を指す言葉です。
建物は鉄骨造の5階建てで、延床面積は約25,270m²です。2024年11月20日のニュースリリースで建設が発表され、稼働開始は2026年10月予定とされました。
投資額の約100億円は、2023年3月に公表したパワーデバイス事業の投資計画にすでに含まれていたものです。
チップをつくる工場ではなく、モジュールの組立と検査を担う建屋です。
※出典:三菱電機ニュースリリース(2024年11月20日)、同社半導体トピックス。2026年10月8日時点で稼働開始の発表は確認できていません。
記事執筆時点(2026年10月8日)で、会社の公式ページの表現は「同年10月から稼働を開始する計画」のままです。稼働開始の正式な発表はまだ確認できていないため、本記事では「10月稼働予定」として扱います。
報道では、新工場棟は「パワーデバイスA棟(PA棟)」と呼ばれています。施工は竹中工務店で、竣工式には福岡県・福岡市の副知事・副市長を含む関係者約80人が参加しました。竣工後は装置の搬入とライン構築を順次進める計画です。
環境面では、クリーンルームに換気効率の高い空調システムを採用し、変圧器やパッケージエアコンに高効率機器を入れ、太陽光発電設備も設けます。
また建設にあたって、福岡県から2回目となる「グリーンアジア国際戦略総合特区」の法人指定を受けました。福岡県・北九州市・福岡市が一体で進める特区で、指定企業は優遇制度を利用できます。
パワー半導体の「モジュール組立・検査」はどんな工程か

パワー半導体は、モーターや電源の電力を効率よく変換・制御する半導体です。ウエハ上にトランジスタやダイオードをつくり込む前工程を終えると、チップは単体ではなく、複数個をまとめた「モジュール」の形で使われることが多くなります。
三菱電機のリリースは、モジュールの価値をインバーターの小型・軽量化や設計の簡素化に貢献する点と説明しています。
機器メーカーから見ると、チップを一つずつ基板に実装して絶縁や放熱を自前で設計するより、検査済みのモジュールを組み込むほうが設計も品質保証も進めやすいためです。
チップを「使える部品」に仕上げるまでに、接合・配線・封止・検査の段階を踏みます。
※パワーモジュールの一般的な工程例です。三菱電機の新工場棟の具体的なライン構成は公表されていません。
この工程は「後工程」に含まれますが、単なる箱詰めではありません。パワーモジュールは運転と停止のたびに温まっては冷えるため、接合部や配線の熱による劣化が寿命を左右します。
どの材料で接合し、どう配線し、どう封止するかで、鉄道や電力設備のように数十年使う用途での信頼性が変わります。
高電圧を扱う製品では、絶縁の確保と全数に近い検査も欠かせません。後工程の全体像や先端パッケージとの違いは、半導体の後工程の流れで詳しく整理しています。
三菱電機のパワーデバイス製作所は、IGBT(大電流のオン・オフに使うトランジスタ)を搭載したモジュールを主力としています。IPM(駆動・保護回路を内蔵したモジュール)も主力製品です。
同社の採用ページによると、鉄道車両・直流送電用には1.7kV〜6.5kVの耐電圧の製品をそろえ、国内の電鉄分野でトップクラスのシェアを持つとしています。
新工場棟で何が変わるのか|集約・自動化・開発との一体化
三菱電機が公式に挙げている変更点は3つです。敷地内に点在していた組立・検査ラインの一部を新棟に集約すること、進捗管理や自動搬送を行う生産管理ツールを入れること、設計・開発・生産技術検証から製造までを一貫して行う体制を強化することです。
会社が発表した内容と、そこから期待される効果を分けて整理しました。
※「期待される効果」は会社説明や報道をもとにした整理で、稼働後の実績値ではありません。
点在するラインを1棟に集める意味
古くからある工場では、需要が増えるたびに空いている建屋へラインを足していくため、工程が敷地のあちこちに散らばりがちです。
建屋の間を台車やフォークリフトで運ぶたびに待ちが生まれ、実際の加工時間より運搬と待ちのほうが長いという状態になりやすくなります。
EE Times Japanの報道によると、新棟ではラインの集約で動線や仕掛品の滞留を減らします。FA(工場自動化)システムの新規導入とあわせて、生産効率を最大40%高める予定です。
財界九州の報道でも、自動搬送機やロボットを活用し、生産効率を従来比で約4割高めるとしています。一次リリースにはこの数値はないため、目標値として見ておくのが妥当です。
リードタイムの内訳と短縮の考え方は製造リードタイム短縮の全体像で整理しています。
自動搬送と進捗管理
モジュールの組立は品種が多く、同じラインで仕様の違う製品を切り替えながら流すことがよくあります。どのロットがどの工程にあるかを人が追いかけていると、段取りの待ちや取り違えが起きやすくなります。
進捗管理と自動搬送を一体で入れるのは、「どこに何があるか」をシステムが把握したうえで運ぶためです。工場内の搬送を自動化する手段の違いはAGVとAMRの違いで比較しています。
開発と製造を近づける
財界九州によると、同製作所内には設計・開発のための技術棟や試作棟があります。
EE Times Japanによると、新棟は設計・開発の部隊と製造ラインを近くに配置します。実機での改善や検証を速く回し、開発から量産までの期間を短くする狙いだと報じられています。
パワーモジュールは、顧客の装置ごとに端子配置や容量が異なる派生品が多い製品です。試作でつくれたものを量産ラインで同じ品質で再現できるかを早い段階で確かめられることは、顧客への提案スピードに直結します。
なぜ今モジュールを増強するのか|需要先の変化

2023年3月にこの投資計画を出した当時、三菱電機はSiCパワー半導体の需要拡大の理由として、電気自動車向けの急速な市場拡大を挙げていました。その後、需要の中身は変わってきています。
2025年度(2025年4月〜2026年3月)の決算資料では、同社のセミコンダクター・デバイス部門は「パワー半導体の需要停滞が継続した」とされています。
一方で、受注高は電鉄・電力向けパワー半導体や通信用光デバイスの増加で前年度を上回りました。
売上は横ばいでも、受注は電鉄・電力向けパワー半導体などで増えました。
※業績:三菱電機 2025年度決算説明資料(2026年4月28日)。売上構成:EE Times Japan(2026年4月30日)の報道による概数。
EE Times Japanのインタビュー(2026年4月)で、半導体・パワーデバイス事業本部長の竹見政義氏が見通しを語っています。
2023〜2024年ごろはEVの伸びに期待していたものの、補助金を受けた中国のSiCメーカーが低コストで参入しました。そのため、EV関連は当初の期待ほど利益を得られない見込みだと述べています。
そのうえで、高電圧・高信頼性が生きるインフラ系統の製品をしっかりつくることが使命だとしています。
新工場棟でまず力を入れるのも、同氏によると高電圧の直流送電網向けの製品です。同社はこの分野で大きなシェアを持ち、需要が依然として強いとしています。
データセンター向けの新しい800V電源アーキテクチャにも期待を示しました。財界九州の報道では、新棟は発電所や再生可能エネルギー関連施設、エアコン向けなど幅広い製品を生産するとされています。
電力網やデータセンターの設備投資が増えると、変圧器や開閉装置と同じように、電力を変換するパワーモジュールの需要も伸びます。
設備側で何が起きているかは変圧器不足とデータセンター需要の記事が参考になります。2026年度のパワーデバイス市況について、同社は電力・鉄道分野がけん引する緩やかな拡大を見込んでいると報じられています。

熊本・福山・福岡の役割分担|三菱電機の投資の中での位置づけ
福岡の新工場棟は、単独の投資ではありません。
三菱電機は2023年3月14日、パワーデバイス事業の設備投資計画の引き上げを発表しました。2021〜2025年度の累計設備投資を、従来計画の約1,300億円から倍増の約2,600億円にする内容です。
増額分のうち主な追加投資は、熊本のSiC前工程に約1,000億円、福岡の後工程の新工場棟に約100億円、その他の設備増強や環境整備に約200億円です。
チップをつくる拠点とモジュールに仕上げる拠点が分かれています。
※出典:三菱電機 半導体トピックス、ニュースリリース(2023年3月14日)。各拠点の間の製品の流れは公表内容をもとに簡略化しています。
熊本県菊池市の泗水工場は2025年10月1日に竣工し、2026年からSiCパワー半導体の試作を始める計画です。
同社の採用ページによると、完全FAラインの導入で面積当たりの生産効率を既存のウエハプロセス工程より30%高めたとしています。
広島県福山市の工場では、2024年9月30日から12インチSiウエハを使ったチップを、モジュール組立工程向けに本格供給し始めました。
前工程の能力が増えても、モジュールに組み立てて検査する能力が追いつかなければ製品として出荷できません。
竹見氏も「パワー半導体はチップだけでなくモジュールも重要」「こちらも生産が限られていた」と述べています。前工程の増強に後工程を合わせる位置づけと読むのが自然です。
ウエハ上でチップをつくる前工程の流れは半導体の前工程の8つの工程で解説しています。
投資計画の公表から稼働予定まで、約3年半の動きです。
- パワーデバイス事業へ約2,600億円の投資計画熊本のSiC新工場棟と、福岡の後工程新工場棟(約100億円)を公表
- 福山で12インチSiチップの供給開始モジュール組立工程向けに本格供給。民生分野向けから
- 福岡地区の新工場棟の建設を発表延床約25,270m²、2026年10月稼働予定
- 熊本・泗水工場が竣工SiCの前工程。2026年から試作開始の計画
- ローム・東芝との統合協議に向け基本合意三菱電機のパワーデバイス事業が対象
- 福岡の新工場棟が竣工装置搬入とライン構築を順次進め、10月に稼働予定
取引先・働く場として見たときの確認ポイント

新工場棟のニュースは、立場によって確認したいことが変わります。現時点で公表されているのは建屋の規模、工程、稼働予定、狙いまでで、どの製品がいつから新棟でつくられるかといった細部は公表されていません。
分かることと、まだ分からないことを分けて見ておくと判断を誤りにくくなります。
公表済みの事実をもとに、次に確かめたいことを整理しました。
※「確認したいこと」は一般的な観点の例です。具体的な内容は三菱電機や取引窓口に確認してください。
モジュールを使う機器メーカー
インバーターや電源装置の設計・購買担当にとって気になるのは、自社が使う品番の製造場所が変わるかどうかです。
製造ラインの移管は、品質管理でいう4M(人・機械・材料・方法)の変更にあたることが多くあります。そのため、変更の通知を受けたら評価のやり直しが必要かを早めに判断することが求められます。
一方で、能力増強は納期の安定につながる可能性があります。電力・鉄道向けのように長く使う装置ほど、調達先の生産体制と供給継続性の確認が重要です。供給網のリスクの洗い出し方はサプライヤーBCPと調達リスクで手順にまとめています。
部材・装置のサプライヤー
モジュールの組立・検査には、絶縁基板、ベース板、ケース、端子、封止材、はんだなどの部材と、ボンディング装置や検査装置、搬送設備が使われます。
竣工後は装置の搬入とライン構築を順次進めると報じられており、立ち上げ後の追加投資の時期は継続して追いたい点です。
就職・転職を考える人
新棟は組立・検査ラインと開発部隊を近くに置く設計のため、生産技術、品質保証、設備保全、製品設計といった職種の距離が近い職場になると考えられます。パワー半導体は1952年から同社が開発を続けてきた分野で、福岡はその後工程の中心拠点です。
今後の注目点|稼働後の品目とローム・東芝との統合協議
稼働後にまず見たいのは、新棟でつくる製品の広がりと、目標とする生産効率への到達です。直流送電網向けから始めて、ほかの用途の製品をどの順で移していくかは、同社の今後の発表や決算説明で確認していくことになります。
もう一つは、ローム・東芝との統合協議です。
三菱電機は2026年3月27日、ローム・東芝との事業・経営統合について協議開始に向けた基本合意書を結んだと発表しました。対象は、自社のパワーデバイス事業、ロームの半導体事業、東芝デバイス&ストレージの半導体事業です。
世界市場で競争できる事業規模と技術基盤の実現が目的とされています。
EE Times Japanの報道では、3社のパワー半導体の世界シェアを合わせると11.3%になるとされています。Infineon Technologiesの24.4%に次ぐ、世界2位になる見込みです。
竹見氏は、三菱電機の強みを高電圧帯・高信頼性・モジュールと述べています。
ただし協議は始まったばかりで、最終契約や競争法上の手続きはこれからです。福岡の新工場棟の運営が統合でどう変わるかは公表されていません。
マザー工場として整えた後工程の体制が、統合後の事業体でどう位置づけられるかは、今後の開示を待つ必要があります。
まとめ
- 三菱電機は福岡市西区のパワーデバイス製作所 福岡地区に、約100億円で延床約25,270m²の新工場棟を建て、2026年4月に竣工した(稼働は10月予定)
- 担当はパワー半導体モジュールの組立・検査工程で、福岡地区はこの工程のマザー工場にあたる
- 狙いは点在ラインの集約、進捗管理・自動搬送の導入、開発から製造までの一貫体制。生産効率は報道で最大40%向上の予定
- 熊本のSiC前工程、福山の12インチSiチップと合わせ、前工程の増強に後工程を合わせる投資と読める
- 需要はEVより電力・鉄道・直流送電などインフラ向けが強く、ローム・東芝との統合協議の行方も今後の注目点
パワー半導体の工場投資は、チップをつくる前工程だけでなく、モジュールに仕上げる後工程まで見ると全体像がつかみやすくなります。材料ごとの違いはSiCとGaNの比較記事、業界全体の勢力図は電子部品・半導体業界の主要企業と勢力図が参考になります。
取引先の生産体制の変化を調達の実務にどう落とし込むかは、購買・調達の仕事内容とサプライヤー管理もあわせてご覧ください。
出典
出典・参考資料(10件)を開く出典・参考資料を閉じる
- 新工場棟の概要(所在地・延床面積・投資額・稼働予定・環境対策・特区指定):三菱電機 ニュースリリース「パワーデバイス製作所 福岡地区に新工場棟を建設」(2024年11月20日)
- 竣工式と稼働計画、泗水工場の竣工、福山の12インチSiチップ供給:三菱電機 半導体・デバイス トピックス
- 約2,600億円の投資計画と内訳:三菱電機 ニュースリリース「SiC パワー半導体の生産体制強化に向け新工場棟を建設」(2023年3月14日)
- 主力製品、泗水工場の生産効率、創業以来の開発の歴史:三菱電機 新卒採用「パワーデバイス製作所」
- セミコンダクター・デバイス部門の業績:三菱電機 2025年度決算説明資料(2026年4月28日)
- ローム・東芝との統合協議:三菱電機「事業・経営統合に関する協議開始に向けた基本合意書の締結に関するお知らせ」(2026年3月27日)
- PA棟の名称、生産効率の目標、竣工式の様子:EE Times Japan「三菱電機、福岡にパワー半導体新工場 設計〜生産一貫体制を構築」(2026年4月16日)
- 竹見氏の発言、世界シェアの見込み:EE Times Japan(2026年4月17日)
- 売上構成と2026年度の市況見通し:EE Times Japan(2026年4月30日)
- 生産品目・技術棟と試作棟:財界九州「パワー半導体『新工場棟』完成」(2026年4月16日)
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