設備や計測器を買いたくて稟議書(社内で回して承認をもらう書類)を出したのに、1週間たっても戻ってこない。戻ってきたと思ったら、「前例は?」と一言だけ書かれて差し戻される。
稟議が遅れたり通らなかったりする理由は、承認者が一人ずつ、同じような質問を順番に確認していく仕組みそのものにあります。どこで何を聞かれるかが分かっていれば、先回りして答えを用意できます。
この記事では、稟議の基本と製造業で稟議が回る場面、遅くなる理由、上司が「前例・実績・リスク」を問う理由を整理します。そのうえで、通りやすい稟議書の書き方と根回しの進め方、押印見直しと電子決裁で何が変わったかを順に見ていきます。
- 申請から承認までは「1日以上3日未満」が37.6%で最多、約半数は3日以上かかる(エイトレッド調査、2022年)
- 遅い・通らない理由は5つ。①承認者が多く順番に回る、②差し戻しで出直しになる、③決裁者の予定待ち、④判断材料(前例・実績・リスク・代替案)が足りない、⑤根回し不足で横の部署が止める
- 「前例は?」には、前例がなければ隠さず「1ラインで3か月だけ試し、結果を見て判断する」など試し方と撤退条件で答える
- 通る稟議書は1枚目で判断できる構成。件名に目的と金額、効果は数字と計算の前提、代替案・見送り案との比較、リスクごとの対策を書く
- 起案前に直属の上司と経理・品証など横の部署へ相談し、間に合わせたい会議から逆算して出す
稟議とは|決裁との違いと製造業で稟議が回る場面
稟議(りんぎ)とは、担当者が自分の権限を超える事項について書面を作り、上司や関係部署に回して承認を求める手続きです。担当者が起案し、関係者が順に確認して印を押し(回議)、最終的な権限を持つ人が決めます。この最後の判断が決裁です。
つまり稟議は「決めてもらうまでの手続き全体」、決裁は「権限者が決めること」を指します。会社によっては稟議書を決裁書、起案書、伺い書と呼ぶこともあり、呼び方が違っても流れはほぼ同じです。
起案から決裁まで、承認者が順番に確認していきます。金額や重要度が上がるほど、決裁者の位も上がります。
※回る順番や承認者の数、決裁者の基準は会社ごとに異なります。
決裁者が案件によって変わるのは、会社が社内規程で「この金額までは課長、ここからは部長、さらに上は役員」と権限を段階的に決めているためです。
会社法も、取締役会設置会社では、重要な財産の処分や多額の借財といった重要な業務執行の決定は取締役会が行い、取締役に任せきりにできないと定めています。
金額が大きいほど回る席が増えるのは、個人の慎重さではなく会社の仕組みです。
製造業で稟議が回る主な場面
メーカーの現場で稟議が必要になりやすいのは、次のような場面です。
- 設備・治具・計測器・工具の購入や更新
- 生産管理システムやCADなどソフトウェアの導入
- 試作や加工の外注、新しい取引先との契約
- 新工法・新材料の試験導入、評価サンプルの購入
- 展示会出展、海外出張、研修への参加
物品の購入では、稟議が承認されてから購買部門へ購買依頼を出し、見積・発注へと進むのが一般的です。購買・調達の仕事の流れで見ると、稟議はその入口にあたる工程です。
稟議が止まると、その後の発注・納期・立ち上げ日程がすべて後ろにずれるため、現場への影響は小さくありません。

稟議が遅い・通らない5つの理由
まず、稟議にどのくらい時間がかかっているのかを数字で見てみます。
エイトレッドは2022年に、従業員100名以上の企業で稟議を起案している人109名に調査を行いました。申請から承認までの平均日数は「1日以上3日未満」が37.6%で最も多く、約半数が「3日以上」と答えました。
約半数が3日以上。1週間以上かかる人も1割ほどいます。
※出典:エイトレッド「稟議書に関する実態調査」(2022年3月、従業員100名以上の企業で過去半年に3回以上稟議を起案した109名)。残りは「わからない」等。
同じ調査で、稟議の悩みの1位は「承認までに時間がかかる」(60.5%)、2位は「稟議の進捗が把握しづらい」(55.8%)でした。起案した本人にとっては、遅いこと以上に「今どこで止まっているか分からない」ことがストレスになっているようです。
では、なぜ時間がかかるのか。よくある原因は次の5つに分けられます。
仕組みの問題と、書類の中身の問題が重なって遅くなります。
承認者が多く、1人ずつ順番に回る
弁護士ドットコムのプロフェッショナルテック総研は、2024年にクラウドサイン利用者312名に調査を行いました。稟議の課題として最も多かったのは、「承認完了までに関わる人が多すぎる」の41.0%でした。
承認は多くの場合、並行ではなく順番に進みます。1人あたりの確認は数分でも、机に届いてから開くまでの待ち時間が人数分だけ積み上がります。
一般に、組織の階層が多い大手ほど回る席も多くなりがちです。
会社の規模による働き方の違いは大手メーカーと中小メーカーの違いでも整理しています。中小メーカーでは社長まで数日で届くのに対し、大手では同じ金額でも回議先が多いという差が出やすくなります。
差し戻しは「出直し」になりやすい
途中の承認者が疑問を持つと、書類は起案者へ戻ります。直して再提出すると、すでに印をもらった人にも改めて確認してもらう運用の会社は少なくありません。1回の差し戻しで、それまでにかかった日数がほぼ丸ごと上乗せされることもあります。
決裁者の予定に左右される
部長や役員は出張や会議が多く、席にいる時間が限られます。金額の大きい案件は経営会議や取締役会の開催日に合わせて審議されるため、書類が完璧でも次の会議まで待つことになります。
締め切りから逆算して、いつの会議に間に合わせるかを最初に決めておくことが大切です。
書類が「判断材料」になっていない
いちばん多く、しかも自分で直せるのがこの原因です。「作業が楽になるので購入したい」という書き方では、承認者は判断できません。
費用に見合う効果があるのか、他の方法はなかったのか、うまくいかなかったらどうするのか。書かれていない部分は、承認者が質問として返してきます。
上司が「前例は?」「実績は?」「リスクは?」と聞く理由
「前例は?」と聞かれると、新しいことを嫌がられているように感じるかもしれません。しかし承認者の立場から見ると、この質問には理由があります。稟議書に印を押すことは、その判断に自分も責任を持つと表明することだからです。
課長は部長に、部長は役員に、同じ稟議について説明を求められる立場にあります。上の人に聞かれたときに答えられるかを確かめるため、先に同じ質問をしているわけです。
つまり上司の質問は、決裁者が最後に聞くことの予行演習だと考えると分かりやすくなります。
質問の裏にある意図が分かれば、稟議書の中で先に答えられます。
※質問の言い回しは会社や上司によって違いますが、確かめたい中身はおおむねこの6点に集約されます。
前例は「失敗したときの説明材料」
製造業では、品質や安全に関わる変更で問題が起きると、影響が顧客や生産ライン全体に及びます。前例があれば「同じやり方で問題がなかった」と説明できるため、承認者は安心して判断できます。
前例がない場合は、ないことを隠す必要はありません。「初めてなので、1ラインで3か月だけ試し、結果を見て判断する」のように、小さく試す計画にすれば、承認者が負うリスクを小さくできます。
実績は「効果の見込みの根拠」
「工数が減るはず」という見込みだけでは、承認者は数字を信じる根拠を持てません。メーカーの導入事例、デモ機や無償試用で測った結果、似た工程での実測値などを添えると説得力が上がります。
自分で測った小さな数字は、他社の大きな数字より強い根拠になることが多くあります。
リスクは「最悪の場合の損失と止め方」
リスクを聞かれて「特にありません」と答えるのは逆効果です。承認者は、リスクがないことではなく、リスクを把握して手を打っているかを見ています。
設備導入なら作業者の安全、品質への影響、納期遅れ、費用の超過などを洗い出し、それぞれの対策を書きます。
危険源の洗い出し方は工場のリスクアセスメントのやり方が参考になります。起きる可能性と影響の大きさで並べ、上位のものに対策を書くだけでも、稟議書の説得力は大きく変わります。
通る稟議書の書き方|1枚目で判断できる構成にする
承認者は多くの稟議を抱えており、1件に使える時間は限られます。そのため稟議書は、1枚目だけ読めば判断できる構成にするのが基本です。会社の様式が決まっている場合も、各欄に書く順番と中身を次のように意識すると伝わりやすくなります。
結論を先に置き、承認者の質問に上から順に答えていく並びにします。
※会社の様式に欄がない項目は、備考欄や添付資料で補います。
件名と冒頭で「何を決めてほしいか」を示す
承認者が最初に知りたいのは、自分が何を判断すればよいかです。
件名は「測定器購入の件」ではなく、「検査工数削減のための三次元測定機の購入(金額を併記)」のように目的と金額まで入れると、机に届いた時点で重要度が伝わります。
冒頭の1〜2行で、依頼事項と希望する決裁日を書いておきましょう。
効果は数字で、前提もあわせて書く
効果は「作業が楽になる」ではなく、数字で示します。たとえば、検査1件あたりの時間が何分短くなり、月に何件あるから月何時間の削減になる、という積み上げです。人件費に換算すれば投資額と比べられ、何年で回収できるかも示せます。
大切なのは、数字だけでなく計算の前提も書くことです。前提が見えていれば、承認者は「件数がもっと少ないのでは」と具体的に指摘でき、差し戻しではなく修正で済むことが増えます。
設備投資では製造業で使える補助金の活用可否も費用欄に書いておくと、経理や上位の決裁者から評価されやすくなります。
比較した選択肢を並べる
1つの案だけを出すと、承認者は「他にもっと安い方法はないのか」と考えます。複数社の見積、既存設備の改造やリースといった別の方法、そして「今回は見送る」案を並べ、費用・効果・リスクで比べます。
やらない案と比べることで、今やる理由がはっきりします。
下の図は、同じ内容の稟議を差し戻されやすい書き方と通りやすい書き方で比べたものです(内容は説明のための例です)。
同じ案件でも、書き方で承認者の質問の数が変わります(説明のための例)。
※数値は書き方を示すための架空の例です。
リスクは「起きたらどうするか」まで書く
リスク欄には、起きうる問題を並べるだけでなく、対策と撤退の条件まで書きます。「効果が月40時間を下回ったら本導入を見送る」「試用期間中は従来の方法と並行する」のように、判断の基準を決めておきます。
そうすれば承認者は、失敗しても損失が限られると判断できます。
根回しのコツ|起案前に「最初の質問」を済ませておく
根回しという言葉には、裏で話をつけるような印象があるかもしれません。しかし稟議でいう根回しは、起案する前に関係者の疑問や懸念を聞き、稟議書に反映しておくことです。
先の調査でも「稟議書作成前の相談や根回しに時間がかかる」が35.9%と課題の上位に入っており、それだけ実務では欠かせない工程になっています。
順番を工夫すれば、根回しにかかる時間そのものも短くできます。
起案前に質問を出し切っておくと、回議中の差し戻しが減ります。
最初に相談するのは直属の上司
いきなり書類を作り込む前に、直属の上司へ「こういうことをやりたい」と口頭で相談します。
社内のどの規程で誰が決裁者になるのか、いつの会議に間に合わせるべきか、過去に似た稟議があったかなど、上司は社内の事情を起案者より知っていることが多いためです。
上司を最初の味方にしておくと、その後の回議でも説明を手伝ってもらえます。
横の部署を先に巻き込む
製造業の稟議では、横の部署の確認が入ることがよくあります。経理(予算・資産計上)、品質保証(品質への影響)、情報システム(ネットワークやセキュリティ)、安全衛生(作業者の安全)などです。
起案後に初めて知った部署は、ゼロから確認を始めるため時間がかかります。先に相談しておけば、回議中は「聞いていた内容の確認」だけで済みます。
回っている間は補足を持って進捗を確認する
稟議が数日止まっているときは、承認者の手元で疑問が残っている可能性があります。「いつ終わりますか」と催促するより、「分かりにくい点があれば補足します」と声をかけるほうが、相手も質問を出しやすくなります。
起案前には、次の点を自分で確認しておくと差し戻しを減らせます。
- 件名と冒頭だけで、何をいくらで決めてほしいかが分かるか
- 効果を数字で示し、計算の前提を書いたか
- 代替案と見送り案を比べたか
- 前例の有無と、ない場合の試し方を書いたか
- リスクごとに対策と撤退の条件を書いたか
- 関係部署に事前相談し、その結果を記載したか
- 予算の有無・費目・支払時期を確認したか
- 間に合わせたい会議や締め切りから逆算したか

お辞儀ハンコから電子決裁へ|押印見直しで何が変わったか
紙の稟議書には、決裁欄に承認者の印が並びます。部下が上司の印に向かって斜めに傾けて押す「お辞儀ハンコ」という言葉を聞いたことがある人もいるかもしれません。
これは金融業界や官公庁の一部で見られるとされるものの、由来ははっきりせず、明文化されたルールや一般的なビジネスマナーではないと説明されています。一部で言われる慣習と受け止めておくのがよいでしょう。
ハンコをめぐる状況は、2020年以降に大きく変わりました。
内閣府・法務省・経済産業省は、2020年6月の「押印についてのQ&A」で押印の扱いを整理しました。特段の定めがある場合を除き、契約書に押印をしなくても契約の効力に影響は生じないとしています。
テレワーク推進の観点から、不要な押印を省いたり押印以外の手段で代替したりすることが有意義だとしています。
行政手続でも、押印を求めていた14,992種類のうち14,909種類、99%以上について押印の廃止が決まるか、廃止の方向で準備が進められました。
2021年9月には、押印や書面の交付を求める手続を見直す48の法律の改正が(準備期間が必要なものを除き)施行されています。
社内の稟議は法律で決まっているものではありませんが、こうした流れを受けて社内決裁を電子化する企業も増えています。
先に紹介したプロフェッショナルテック総研の調査では、稟議の手段は「ワークフローシステム」が67.6%、「紙とハンコ」は7.4%でした。
回答者が電子契約サービスの利用者のため、電子化が進んだ層の数字ではあります。それでも承認までに1日以上かかる人が73.5%おり、「関わる人が多すぎる」「根回しに時間がかかる」という課題も上位に残っています。
電子化で消えるのは「運ぶ時間」。判断にかかる時間は書類の中身と根回しで決まります。
ワークフローシステムは、生産管理や会計を扱う基幹システムと連携させることで、承認後の発注や資産登録までつなげられます。システムの全体像はMES・ERPの仕組みと違いで整理しています。
ただし図8のとおり、電子化で速くなるのは運ぶ時間で、判断にかかる時間は変わらない点には注意が必要です。
前例や根回しを重んじる文化は、日本の大企業、いわゆるJTC(Japanese Traditional Company)の特徴としてよく語られます。自分がこうした職場にどのくらい合っているかは、JTC適性度診断で気軽に確かめられます。
まとめ
- 稟議は権限を超える事項の承認を求める手続きで、金額や重要度に応じて決裁者が上がる
- 遅くなる主な原因は、承認者の多さ、差し戻し、決裁者の予定、判断材料の不足、根回し不足
- 「前例・実績・リスク」の質問は、承認者が上に説明できるかを確かめる予行演習
- 稟議書は1枚目で判断できる構成にし、効果は数字と前提、代替案と撤退条件まで書く
- 電子決裁で運ぶ時間は減るが、通るかどうかは中身と事前の相談で決まる
稟議が遅いと感じたら、まずどの席で、どんな質問で止まっているかを振り返ってみてください。質問の多くは事前に予想でき、稟議書と根回しで先に答えられます。
主任から社長まで6つの席を回る感覚は、ブラウザゲーム「走れハンコリレー」で遊びながら確かめられます。
稟議を書く機会が多い職種としては生産技術や購買・調達があり、承認する側の視点は工場長・マネジメントの記事が参考になります。
出典
出典・参考資料(7件)を開く出典・参考資料を閉じる
- 稟議の平均日数・悩み:エイトレッド「【起案者に聞いた、稟議の実態とは?】約8割が『稟議に関する悩みあり』」(2022年3月28日)
- 稟議の所要時間・手段・課題:弁護士ドットコム「<社内稟議の実態調査>稟議の承認までの所要時間、1日以上が約7割」(2025年1月16日)
- 取締役会の決議事項:e-Gov法令検索「会社法」第362条
- 押印の効力:内閣府・法務省・経済産業省「押印についてのQ&A」(令和2年6月19日)
- 行政手続の押印廃止:内閣府「河野内閣府特命担当大臣記者会見要旨」(令和2年11月13日)
- 48法律の押印・書面見直し:デジタル庁「デジタル社会の形成を図るための関係法律の整備に関する法律 概要」
- お辞儀ハンコ:GMOサイン「お辞儀ハンコとは?」
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