脱炭素(温室効果ガスの排出を減らす取り組み)は、いまや製造業の重要テーマです。国の制度、取引先からの要請、エネルギーのコストなど、複数の方向から対応を迫られているためです。
大手メーカーは材料や部品の調達先にも削減を求めるようになり、中小の部品メーカーや加工会社にまで影響が広がっています。
2026年度からは、CO2の直接排出量が多い事業者に、排出した量と同じだけの「排出してよい量の枠」を持つことを義務づける、排出量取引制度も始まります。
工場の中の省エネだけでなく、取引先の目標や国の制度まで含めて、取り組みを考える必要が出てきました。
脱炭素・カーボンニュートラルが注目される背景

脱炭素が製造業の重要テーマになった理由は1つではなく、政策、取引、コスト、金融という複数の方向から、同時に圧力と機会が生まれています。
しかも、これらは互いに結びついており、国の制度が変われば大手企業の目標が変わり、その目標が取引先への要請となって、中小の部品メーカーや加工会社にまで波及するという構図です。
まず、どこから排出が出ているかを確認しておきます。環境省の集計によると、2024年度の日本のエネルギー起源CO2は、産業部門が3億3,400万トンと最も大きく、全体の約3分の1を占めています。
電気・熱の使用分を各部門に配分した、エネルギー起源CO2の排出量です。
※出典:環境省「2024年度の我が国の温室効果ガス排出量及び吸収量について」。電気・熱配分後の値。
国の目標と法規制の強化
日本政府は2020年10月に2050年カーボンニュートラルを宣言し、2030年度に温室効果ガスを2013年度比46%削減する目標を掲げています。2025年2月の地球温暖化対策計画では、2035年度に60%、2040年度に73%削減を目指すことが示されました。
これに合わせて、工場に関わる制度も変わりつつあります。経済産業省によると、2026年度からCO2の直接排出量が前年度までの3年度平均で10万トン以上の事業者を対象に排出量取引制度が始まります。対象事業者には、排出実績と同量の排出枠を保有することが義務づけられます。
対象となるのは大規模な排出事業者ですが、影響はそれにとどまらず、排出にコストがかかるようになれば、素材や部品の価格、調達先の選び方にも反映されていくと考えられます。
取引先からの要請とScope3
大手メーカーの多くは、自社の排出だけでなく、部品や材料の調達先を含むサプライチェーン全体の削減目標を掲げています。購入した部品の製造時の排出は、買い手から見ればScope3にあたるためです。
その結果、部品メーカーや加工会社にも、排出量の算定や削減計画の提出を求める依頼が届くようになりました。規模の小さい企業でも、脱炭素への対応が取引の条件になり得る時代と言えます。
依頼の内容は、年間の電気・燃料の使用量の報告から、製品1個あたりの排出量の算定、削減目標の設定までさまざまです。まず自社の排出量を把握しておくことが、どの依頼にも共通する準備になります。
エネルギーコストと安定調達
日本はエネルギーの多くを輸入に頼っており、燃料価格や為替の変動が電気代・ガス代に直結します。エネルギーの使用量を減らすことは、CO2の削減であると同時に、コスト変動に強い工場をつくることでもあります。
自家消費型の太陽光発電などを導入すれば購入電力の一部を置き換えられ、脱炭素の取り組みが、エネルギーの安定確保という経営課題にもつながる点は見逃せません。
投資と支援策の拡大
政府は2023年2月のGX実現に向けた基本方針で、今後10年間で150兆円を超えるGX(グリーントランスフォーメーション)投資を官民で実現する方針を示しました。
そのために「GX経済移行債」を創設し、国として20兆円規模の先行投資支援を行うとしています。
同方針では、水素還元製鉄などの革新技術や、高炉から電炉への転換といった製造業のプロセス転換も重点的な支援対象です。脱炭素は、規制への対応だけでなく、新しい設備や技術への投資の機会でもあります。
中小企業向けにも、省エネ設備の更新や排出量の算定を支援する補助金・相談窓口が用意されており、こうした支援策を上手に使えるかどうかが、取り組みのスピードを左右します。
脱炭素の歴史と進化

工場のエネルギー対策は、脱炭素という言葉が広まる前から長く続いてきました。流れをたどると、目的が「省エネ」から「温暖化対策」、そして「実質ゼロ」へと移り変わってきたことがわかります。
石油危機への対応から始まり、実質ゼロへの取り組みへと広がってきました。
※主な出来事を抜粋しています。年は制度の成立・施行・閣議決定などの時期です。
1979年に制定された省エネ法は、石油危機を契機に生まれた法律です。
資源エネルギー庁の資料でも、日本の製造業は1973年度から2023年度にかけて生産が約1.5倍になった一方、エネルギー消費は約0.7倍に減ったとされています。長年の省エネが大きな成果を上げてきたことがわかります。
1997年の京都議定書や2015年のパリ協定によって、エネルギー対策は温暖化対策という国際的な枠組みの中に位置づけられるようになりました。パリ協定では、先進国だけでなくすべての国が削減に取り組むことが合意されています。
転機となったのが2020年のカーボンニュートラル宣言です。それまでの「効率を上げて減らす」だけでは、排出を実質ゼロにすることはできません。
2023年4月施行の改正省エネ法では、化石エネルギーだけでなく非化石エネルギーを含むすべてのエネルギーが対象となりました。あわせて、非化石エネルギーへの転換に関する中長期計画と定期報告が求められるようになりました。
さらに2026年度からは排出量取引制度が始まり、排出量そのものに価格がつく段階へと進みます。約半世紀をかけて、工場のエネルギー対策は「努力目標」から「経営の前提条件」へと変わってきたと言えます。
従来技術との違い

脱炭素の技術は、これまでの省エネ技術と地続きです。ただし、目標の置き方と対策の範囲が変わったことで、求められる技術や考え方にもはっきりした違いが出ています。
省エネは脱炭素の一部であり、そこに新しい打ち手が加わっています。
※実際の現場では、省エネを土台に、転換や再エネを段階的に上乗せしていく形が一般的です。
従来の省エネと脱炭素の違いを、工場で取り組みを考える目線で観点ごとに表で整理すると次のとおりです。
| 観点 | 従来の省エネ | 脱炭素・カーボンニュートラル |
|---|---|---|
| 目標 | エネルギー効率を毎年改善 | 2050年に排出を実質ゼロ |
| 主な打ち手 | 化石燃料を前提に効率化 | 電化・再エネ・水素への転換 |
| 対象範囲 | 自社の工場・事業所 | Scope3を含むサプライチェーン |
| 関わる人 | 工場の設備担当者が中心 | 設計・購買など全社に広がる |
| 計画の立て方 | できる改善を積み上げる | 長期目標から逆算して設備を更新 |
「効率化」から「エネルギー源の転換」へ
従来の省エネは、化石燃料を使い続けることを前提に、その使い方を効率化するものでしたが、どれだけ効率を上げても、燃料を燃やす限りCO2はゼロになりません。
脱炭素では、エネルギーそのものを排出の少ないものに替えることが求められます。次のような転換が、対策の中心に加わりました。
- ボイラーをヒートポンプに替える
- 燃料を水素に替える
- 購入電力を再エネ電力に替える
自社から「サプライチェーン全体」へ
省エネ法の対象は、主に自社の工場や事業所のエネルギー使用でした。脱炭素では、調達した材料の製造や、出荷した製品の使用・廃棄まで含めた排出が問われます。
そのため、設計段階で材料を選び直す、軽量化して輸送や使用時の排出を減らすといった、製品そのものの設計にまで踏み込んだ取り組みが必要になっています。
工場の設備担当者だけでなく、設計者や購買担当者も当事者になる点が従来の省エネとの大きな違いで、部門をまたいだ取り組みになるため、全社的な目標の共有が欠かせません。
「積み上げ」から「逆算」へ
従来は、できる改善を毎年積み上げていく考え方が中心でしたが、脱炭素では、2030年や2050年の目標から逆算し、いつまでにどの設備を転換するかを計画します。
設備の更新時期は十数年単位で訪れるため、次の更新で何を選ぶかが将来の排出を決めることになります。長期の視点で投資を判断する点が、従来との大きな違いです。
たとえば、今年ボイラーを重油焚きの新品に更新すると、その設備は長く使われ、次の転換の機会はかなり先になります。更新のたびに脱炭素の選択肢を検討しておくことが重要です。
脱炭素のメリット

脱炭素はコストがかかる面ばかりが強調されがちですが、工場や企業にとって得られるものも少なくありません。代表的なメリットを3つ挙げます。
エネルギーコストの削減
省エネや自家消費型の再エネは、CO2と同時に電気代や燃料費を減らします。特に、エア漏れ対策や設備の待機電力の削減などは、少ない投資で効果が出やすい取り組みです。
計測によって無駄が見つかれば、大きな設備投資をしなくても削減できる場合があります。まずは運用の改善から始め、その成果を確かめながら設備更新へ進むのが、無理のない順序です。
削減したエネルギー費用を、次の脱炭素投資の原資に回すという好循環をつくれるのも利点です。
取引先からの評価と受注機会
排出量を算定し、削減の計画と実績を示せる企業は、サプライチェーン全体の削減を目指す大手メーカーにとって頼りになる取引先です。環境対応が、価格や品質と並ぶ選定理由の1つになりつつあります。
早めに体制を整えておけば、取引先からの問い合わせにも落ち着いて対応できます。環境への取り組みを具体的な数字で説明できることは、新規の取引先を開拓する際の強みにもなります。
また、脱炭素への取り組みは、学生や転職希望者が企業を選ぶ際の判断材料にもなりつつあり、採用やブランドの面でも、プラスに働く可能性があります。
設備の更新と生産性の向上
エネルギーの使用状況を細かく計測すると、設備の無駄な運転や不具合の兆候も見えてきます。脱炭素の取り組みが、稼働率の向上や設備保全の高度化につながる例も少なくありません。
電力の計測データは設備ごとの稼働状況を映す鏡のようなもので、省エネのために集めたデータを、生産計画や保全計画の見直しに活かしている工場もあります。
また、古い設備を高効率のものに入れ替えることで、品質の安定や作業環境の改善といった副次的な効果が得られる場合も見られます。
脱炭素の課題と導入時の注意点

一方で、脱炭素には特有の難しさもあります。導入を検討する際に、あらかじめ知っておきたい課題を3つ挙げます。
技術だけでなく、コストや体制の面でも準備が必要です。
投資負担と回収の見通し
ボイラーの電化や加熱炉の燃料転換は、設備の入れ替えを伴うため投資額が大きくなり、エネルギー単価によっては、ランニングコストがかえって上がる場合もあります。
また、再エネ電力の購入など、毎年発生するコストもあるため、削減効果と費用を比べ、どの対策から手をつけるかの優先順位をつけることが欠かせません。
国や自治体の補助金、GX関連の支援策を活用しながら、設備の更新時期に合わせて段階的に進めることが現実的な進め方です。
品質と生産への影響
熱処理や乾燥などの工程では、熱源を替えると温度の上がり方や炉内の雰囲気が変わり、製品の品質に影響する可能性があります。転換の前には試験や評価を行い、品質が保たれることを確かめる必要があります。
生産を止めずに切り替えるための段取りも重要で、生産技術や品質保証の担当者を早い段階から巻き込むことが、スムーズな導入につながります。
算定と社内体制の整備
排出量の算定には、エネルギー使用量のデータを継続的に集める仕組みが欠かせません。Scope3まで広げると、取引先からのデータ提供も必要になり、担当者の負担は小さくありません。
担当者任せにせず、経営層が目標と役割分担を示し、部門が連携する体制をつくることが大切であり、設備・生産・購買・経理など、関わる部署は幅広くなります。
最初から完璧な算定を目指す必要はなく、まずは電気や燃料の請求書からScope1・2を把握し、少しずつ精度と範囲を広げていくのが現実的な進め方です。
脱炭素・カーボンニュートラルのよくある質問
脱炭素とカーボンニュートラルは同じ意味ですか?
脱炭素は温室効果ガスの排出を減らす取り組み全体を指し、カーボンニュートラルは排出を実質ゼロにした状態やその目標を指すのが一般的です。日本は2050年カーボンニュートラルを掲げており、脱炭素はそこへ向かうための取り組みと考えると整理しやすくなります。
中小企業でも脱炭素への対応は必要ですか?
大手メーカーがサプライチェーン全体の削減目標を掲げているため、部品メーカーや加工会社にも排出量の算定や削減計画の提出を求める依頼が届いています。規模の小さい企業でも、脱炭素への対応が取引の条件になり得る点は押さえておきたいところです。
排出量の算定は何から始めればよいですか?
まずは電気や燃料の請求書から使用量を集め、自社の直接・間接の排出であるScope1・2を把握するのが現実的な出発点です。最初から完璧を目指さず、取引先の依頼に合わせて製品ごとの算定やScope3へと、少しずつ精度と範囲を広げていけば十分です。
排出量取引制度の対象になるのはどんな企業ですか?
CO2の直接排出量が前年度までの3年度平均で10万トン以上の事業者が対象で、排出実績と同量の排出枠を持つことが義務づけられます。対象外の企業でも、素材や部品の価格、調達先の選び方を通じて間接的に影響を受ける可能性があります。
まとめ
- 産業部門は日本のエネルギー起源CO2で最大の排出源(2024年度、3億3,400万トン)
- 国の削減目標、排出量取引制度、取引先からのScope3要請が脱炭素を後押ししている
- 政策の流れは、石油危機後の省エネから実質ゼロをめざす脱炭素へと進化してきた
- 従来の省エネとの違いは、エネルギー源の転換、サプライチェーン全体、長期目標からの逆算
- コスト削減や受注機会などのメリットがある一方、投資負担や品質への影響に注意が必要
脱炭素の基本的な仕組みやScope1・2・3の考え方は脱炭素・カーボンニュートラルとは?仕組みと基本原理で解説しています。工場での具体的な取り組み例は脱炭素・カーボンニュートラルの主な用途と導入事例をご覧ください。
設備投資の計画に関わる方は生産技術や工場長・マネジメント、排出の大きい素材分野は化学・樹脂業界の記事も参考になります。
脱炭素の最新の動きや関連記事は、脱炭素・カーボンニュートラルの技術ページからあわせてご覧ください。
出典
出典・参考資料(6件)を開く出典・参考資料を閉じる
- 部門別CO2排出量(2024年度):環境省「2024年度の我が国の温室効果ガス排出量及び吸収量について」
- 削減目標:環境省「地球温暖化対策計画(令和7年2月18日閣議決定)」(2030年度目標は脱炭素ポータル「国の取組」)
- 排出量取引制度:経済産業省「排出量取引制度」
- GX投資・GX経済移行債:内閣官房「GX実現に向けた基本方針 ~今後10年を見据えたロードマップ~」(2023年2月)
- 製造業の生産とエネルギー消費:資源エネルギー庁「エネルギー動向(2025年6月版)部門別エネルギー消費の動向」
- 改正省エネ法:資源エネルギー庁「2023年4月施行の『改正省エネ法』、何が変わった?」
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