約30億円を投じ、チェキ用フィルムの生産能力を2026年度比で約2割引き上げる計画を、富士フイルムが2026年10月20日に発表しました。新しい設備は神奈川事業場足柄サイト(神奈川県南足柄市)で2027年春から順次動き出し、2028年春にフル稼働する予定です。
チェキ(instax)のフィルム設備の増強は2022年から続いており、公表されている投資は今回で4回目です。スマートフォンで誰でも写真を撮れる時代に、なぜその場で1枚だけ出てくるアナログの写真が伸び、なぜ工場への投資を重ねる必要があるのかが、この記事の焦点です。
この記事では、発表の要点、需要が伸びている理由、2022年からの投資の流れ、本体の普及がフィルム需要を積み上げる仕組み、18層のフィルムをつくる難しさを順に整理します。最後に、取引先・働く人・使う人の立場から、発表で分かることとまだ分からないことを分けて示します。
チェキフィルム増産で何が決まったか

今回の発表で決まったのは、足柄サイトでのチェキフィルム生産ラインの増設と付帯設備への約30億円の投資です。富士フイルムのニュースリリースによると、増強した設備は2027年春から順次稼働し、2028年春にフル稼働します。
増える量は、フル稼働後の生産能力で見て2026年度比の約2割です。2022年度と比べると約7割増になり、6年かけて生産能力を1.7倍近くまで積み上げる計画だと読めます。
投資額・場所・時期・能力の4点を押さえれば、発表の中身はつかめます。
※出典:富士フイルム ニュースリリース(2026年10月20日)。
注意したいのは、稼働が段階的に始まる点です。2027年春から少しずつ能力が増え、2割増がそろうのは2028年春なので、発表の翌日から店頭のフィルムが増えるわけではありません。
チェキの需要が伸び続ける理由
増産の背景にあるのは、世界的な需要の高まりです。富士フイルムが示した販売台数・売上の数字と、使われ方の広がりが、その中身をよく表しています。
累計1億台・売上2,000億円という規模
チェキは1998年に初代機「instax mini 10」が発売されたインスタントカメラのシリーズで、今は世界100カ国以上で販売されています。2024年度末には世界累計販売台数が1億台を突破しました。
売上の伸びも続いており、2025年度のinstaxの売上は2,000億円で、2021年度から5期連続で過去最高を更新しています。富士フイルムはこの需要に応えるため、2022年から生産設備への投資を続けてきたと説明しています。
撮ってすぐ手渡せる1枚
撮った写真がその場でモノになり、人の手に渡る点が、スマートフォンの写真との違いです。
※富士フイルムのリリースが挙げる使われ方(手渡す、持ち歩く、SNSで共有する)をもとに作図。
リリースが挙げる使われ方は、撮った写真をその場でプリントし、手渡したり持ち歩いたり、SNSで共有したりするものです。スマートフォンの写真は画面の中にとどまりますが、チェキは撮った瞬間に手に取れるモノになる点がほかの手段と違います。
データはいくらでも複製できる一方で、チェキのプリントは基本的にその1枚きりです。その場にいた人に渡す、手帳や部屋に飾るといった使い方はこの性質と相性がよく、デジタルが当たり前になったことで、かえって1枚の価値が見直されていると編集部はみています。
個人の撮影からイベント・店舗・ファンの場へ
利用の場は個人の撮影にとどまらず、イベントやエンターテインメント、店舗、ファンコミュニティにも広がっています。富士フイルムはイベント向けのアプリ「instax Biz」や、アーティストとファンをつなぐ「Favsquad」といった法人向けのサービスも展開中です。
来場者へのお土産や、ファンとの交流の場で写真を渡す使い方は、1回の催しでまとまった枚数のフィルムを使います。個人の趣味に加えて、企業の販促やイベントの道具になったことも、フィルムの需要を押し上げている背景の一つです。

2022年から4回目|段階的に続く増強の流れ
チェキフィルムの増強は今回が初めてではありません。2025年12月の発表によると、2022年に約20億円、2023年に約45億円を投じ、2025年12月にも約50億円の追加投資を決めています。
2025年12月の発表分は2026年春から順次稼働し、秋以降にフル稼働する計画で、能力は2025年度比で約1割の向上でした。今回の約30億円を足すと、4回の投資額の合計は約145億円になります。
2022年から4回にわたり、生産設備への投資が続いています。
※2022年・2023年の金額は2025年12月18日の富士フイルム発表による。合計は編集部の計算。
投資額と生産能力は別の物差しです。2025年12月の計画がフル稼働した後の能力は2022年度比で約5割増、今回の計画がフル稼働した後は約7割増と、富士フイルムはそれぞれ発表しています。
2回の計画がフル稼働すると、2022年度の約1.7倍の能力になります。
※富士フイルムが発表した「2022年度比 約5割増」「約7割増」を、2022年度を100として指数にしたもの。実際の生産量ではなく能力の比較。
なぜ一度に大きく増やさないのか
段階的に投資する理由を富士フイルムは公表していないため、ここでは一般的な設備投資の考え方として説明します。新しいラインを一度に大きく増やすと、需要が鈍ったときに動かない設備の費用(減価償却費)が利益を圧迫します。
既存の拠点にラインを少しずつ足していく方法なら、需要の伸びを確かめながら次の投資を判断でき、立ち上げの人員や品質の確認も順番に進められます。2025年12月と今回の増強はどちらも足柄サイトで、既にある設備や技術者を生かしながら能力を積み上げる形になっています。
本体が増えるとフィルムの需要が積み上がる仕組み
チェキの事業は、カメラやプリンターの本体と、撮るたびに使うフィルムの組み合わせで成り立っています。本体は一度買えば何年も使えますが、フィルムは1枚撮るごとに1枚減るため、使われている本体の台数が増えるほどフィルムの需要が積み上がる仕組みです。
アナログ機もデジタルの機器も、手元に残す1枚はチェキのフィルムです。
※シリーズには、このほか手のひらサイズのカメラもあります(富士フイルム発表)。
ハイブリッド機は撮った写真を画面で確かめてから選んで印刷でき、スマホプリンターはスマートフォンの写真をチェキのフィルムに出力します。デジタルの機器を入口にしても、最後に手元に残るのはフィルムという点が、この事業の特徴です。
フィルムには小型のmini、正方形のSQUARE、横長のWIDEといった種類があり、機種ごとに使うフィルムが決まっています。種類ごとに別の製品として生産・包装するので、つくる側は種類ごとの需要の振れにも合わせて生産量を決めます。
2026年4月のフィルム値上げとの関係
富士フイルムイメージングシステムズは2026年4月1日、チェキ用フィルムの国内出荷価格をminiで約22〜27%、SQUAREで約8〜22%、WIDEで約3〜13%引き上げました。理由は部材費・原材料費・物流費の高騰で、企業努力だけでは吸収できなかったとしています。
同社は2026年10月1日にも、インスタントカメラを約6〜23%、スマホプリンターを約7〜12%値上げしました。どちらもコスト高が理由とされているので、値上げを需要の強さや供給不足の証拠として読むのは早計です。
チェキフィルムは何がつくりにくいのか

instaxの公式サイトによると、チェキのフィルムは厚さわずか数十マイクロメートルの中に、感光部分など18もの層が重なっています。撮影するとレンズを通った光がフィルムの裏側から当たり、カメラから出るときに現像液の袋が破れて全体に広がり、化学反応で現像が始まります。
現像液が黒いのは薄いフィルムの中に暗室をつくり出すためで、写真は約90秒でじわじわと浮かび上がります。1枚のフィルムの中に、写真の材料と現像の薬品、光をさえぎる仕組みまでが組み込まれているわけです。
撮影から約90秒で、フィルムの中だけで露光から現像までが進みます。
※出典:instax 公式サイト「instax technology」。各層の詳しい役割は公表されていない範囲があるため、図では示していません。
18層を同時に、均一に塗る
公式サイトは、多くの層を同時かつ高速・均一に塗布できるのは長年積み重ねてきた技術があるからだと説明しています。機能の違うナノレベルの微細な物質を制御し、ベースの上の狙った位置に何層も重ねるという書き方です。
一般的な写真フィルムでも事情は似ています。日本機械学会誌の工場訪問記(コニカミノルタ日野工場)は、14層のカラーフィルムを、層どうしが混ざらないよう液の性質を変えながら一括で塗る様子を紹介しています。
一括で塗れば層ごとに乾かす手間は省けますが、その分、薄く均一に塗ることがそのまま品質と生産性を左右します。同じ記事は、塗った後のフィルムをエアーで浮かせ、ローラーに触れさせずに乾かす工夫にも触れています。
材料づくり、多層の塗布、光を管理した部屋での加工の3段階に分かれます。
※日本機械学会誌(2003年)のコニカミノルタ日野工場訪問記などをもとにした一般的な写真フィルムの流れで、富士フイルムの実際の工程や設備を示すものではありません。
光で性質が変わる材料を薄く重ねて扱う点は、半導体の回路づくりに使う感光性高分子とも共通します。材料の種類は違っても、塗る厚みと光の管理が品質を決める点は同じです。
光を嫌う材料を暗い部屋で扱う
写真フィルムは光に当たると感光してしまうため、塗った後の加工も光を管理した部屋で進めます。前述の工場訪問記では、裁断と包装の暗室が光の漏れない密閉構造で二重扉に仕切られ、感光しにくい赤いランプだけで作業する様子が描かれています。
チェキの工程の細かな条件は公表されていませんが、感光材料を扱う以上、光を入れずに切る・組む・包む工程が欠かせない点は、感光材料を扱う工場に共通します。暗い中で機械を動かし、止まったときに原因を突き止めるには、設備に慣れた技術者の経験が要ります。
現像液の袋を組み込む組立と個装
チェキのフィルムには、1枚ごとに現像液の袋が付いています。塗ったシートを切り分けて包めば済む一般のフィルムと違い、薬品の袋を組み込んで1枚の写真として組み立てる工程がある点が、インスタントフィルムならではの特徴です。
今回のリリースには「チェキフィルム個装過程の様子」の写真が、2025年12月の発表には梱包ラインの写真が添えられていました。投資内容が生産ラインの増設と付帯設備とされているのは、塗る工程だけでなく組立や包装、それを支える設備までそろえないと能力が上がらないためとみられます。
増産は取引先・働く人・使う人にとって何を意味するか

今回の発表が示したのは投資額と時期、能力の伸びで、設備の細かな中身や調達先までは書かれていません。立場ごとに、発表から読み取れることとまだ分からないことを分けておくと、判断を誤りにくくなります。
公表された事実と未公表の部分を分けて読むのがポイントです。
※富士フイルム ニュースリリース(2026年10月20日)をもとに編集部が整理。
使う人:供給が増え始めるのは2027年春から
新しい設備が動き出すのは2027年春からで、2割増の能力がそろうのは2028年春です。それまでの店頭の在庫や価格がどうなるかは発表で触れられていないため、店頭で入手しやすくなる時期は今の時点では分からないと見ておくのが妥当です。
取引先:ライン増設で薬品・包材・設備が動く
フィルムの生産ラインを増やすと、塗る薬品やベースフィルム、個装・梱包の資材、搬送や乾燥の設備まで、関わる部材が広く動きます。ただし発注先や調達の規模は公表されていないので、営業の立場では足柄サイトの動きを続けて追うのが現実的です。
製造業全体でどの業種が投資を増やしているかは、製造業の設備投資2026年度計画で調査ごとに整理しています。チェキのような消費者向け製品の増強も、こうした大きな流れの中に位置づけて見ると比べやすくなります。
働く人:化学と機械の両方の技術が要る現場
ラインを増やすたびに、設備を選んで立ち上げる生産技術や、塗った層や仕上がりを確かめる品質保証・品質管理の仕事が動きます。種類ごとの需要に合わせて生産量を決める生産管理の役割も大きくなります。
富士フイルムは統合報告書で、チェキなどのインスタントカメラには長年の写真技術で培った酸化還元制御技術(化学反応の進み方を制御する技術)が集約されていると説明しています。アナログの製品でも、つくる現場では化学と機械の両方の技術が要ることが、この増産の話から見えてきます。
同社は米国アリゾナ州でも、半導体の研磨に使うCMPスラリーの生産設備を増強しています。写真の材料で培った技術をほかの事業にも広げている点は、企業研究の材料になります。

チェキフィルム増産のよくある質問
チェキフィルムの増産分はいつから出回りますか?
新しい設備は2027年春から順次稼働し、2028年春にフル稼働する計画です。店頭に並ぶ時期や量は公表されていないため、2027年春以降に少しずつ供給が増えていくと見るのが妥当です。
増産で店頭の在庫や価格は落ち着きますか?
発表は生産能力の増強についてのもので、店頭在庫や価格への言及はありません。2026年4月のフィルム値上げは部材費・原材料費・物流費の高騰が理由と説明されており、増産だけで価格が下がるとは言えません。
チェキフィルムはどこで生産されていますか?
今回と2025年12月の増強は、神奈川県南足柄市の神奈川事業場足柄サイトで行われます。ほかの拠点の生産体制については、今回のリリースでは触れられていません。
チェキのフィルムが普通の写真フィルムより複雑なのはなぜですか?
チェキのフィルムは、感光部分など18層に加えて現像液の袋を1枚ごとに持ち、カメラから出た後にフィルムの中だけで現像が進みます。現像所に頼らず約90秒で写真になるぶん、材料と組立の両方に手間がかかります。
まとめ
- 富士フイルムは足柄サイトに約30億円を投じ、チェキフィルムの生産ラインを増設する
- 2027年春から順次稼働し、2028年春のフル稼働で能力は2026年度比約2割増、2022年度比約7割増
- instaxは累計1億台を超え、2025年度の売上は2,000億円で5期連続の過去最高
- 本体が普及するほど、撮るたびに使うフィルムの需要が積み上がる
- 18層を均一に塗る技術と、現像液の袋を組み込む組立が、増産を簡単にしない
チェキの増産は、アナログの製品が今も化学と機械の技術で支えられていることを示すニュースです。関連する職種は生産技術や品質保証・品質管理、技術テーマとしては材料技術がこの話題と深く関わります。
写真フィルムを含む化学メーカーの全体像は、化学・樹脂・ゴムの業種ページから関連記事もあわせてご覧ください。
出典
出典・参考資料(8件)を開く出典・参考資料を閉じる
- 今回の増強の内容・instaxの販売台数と売上:富士フイルム ニュースリリース「instax“チェキ”フィルムの生産設備を増強」(2026年10月20日)
- 2025年12月の増強・過去の投資額:富士フイルム ニュースリリース「instax“チェキ”フィルムの生産設備を増強」(2025年12月18日)
- フィルムの構造と現像の仕組み:instax 公式サイト「instax technology」
- チェキの発売年・酸化還元制御技術:富士フイルムホールディングス 統合報告書2023(沿革・基盤技術)
- フィルムの価格改定:富士フイルムイメージングシステムズ「写ルンです・instax“チェキ”用インスタントフィルムの国内価格改定のお知らせ」(2026年3月31日)
- カメラ・プリンターの価格改定:富士フイルムイメージングシステムズ「デジタルカメラ・交換レンズ・インスタントカメラ・スマートフォンプリンター国内価格改定のお知らせ」(2026年9月30日)
- 一般的な写真フィルムの製造工程:日本機械学会誌 2003年9月号「画像と技術をみせるフィルム〜コニカミノルタ日野工場訪問記〜」
- 報道:LOGISTICS TODAY(2026年10月21日)
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