2026年10月19日、川崎重工業は川崎市川崎区扇島の「川崎LH2ターミナル」で、液化能力50トン/日の水素液化プラントの建設に着手したと発表しました。完成は2028年末の予定で、試運転を経て2030年から液化水素サプライチェーンの商用化実証に使われます。
同社によると、国内でこれまで公表されている最大の液化能力は15トン/日で、今回の設備はその3倍を超えます。この記事の焦点は、日量50トンという数字が何を意味するのか、そして液化水素の供給網が動き出すとプラント・機械メーカーの仕事に何が起きるのかの2点です。
この記事の内容は、動画でも解説しています。
川崎重工が扇島で着手した水素液化プラントの概要
今回の設備は、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)のグリーンイノベーション基金事業(GI基金)の一部です。
テーマは「大規模水素サプライチェーンの構築」のうち「液化水素サプライチェーンの商用化実証」で、日本水素エネルギー(JSE)が建設を進める川崎LH2ターミナルの中に置かれます。
つまり液化プラントは単独の工場ではなく、水素を受け入れ、液化し、貯め、船やローリーで送り出す基地の一工程を担います。発表の要点は次の図のとおりです。
能力・場所・完成時期・使い道を、発表の内容どおりにまとめました。
※出典:川崎重工業ニュースリリース(2026年10月19日)。投資額は公表されていません。
完成、試運転、実証は時期がずれる点に注意が要ります。2028年末に設備が完成し、試運転で性能を確かめたうえで、2030年からの商用化実証で供給網全体の成立性を確かめるという順番です。NEDOの資料では、発電などに向けた本格的な社会実装は2030年度以降の構想として描かれています。
日量50トンはどれくらいの規模か
50トン/日を国内のほかの液化設備と並べると、規模の差がはっきりします。比較に使うのは、川崎重工が「国内で公表されている最大」とした15トン/日と、同社が2020年に商品化した5トン/日の液化機、そして2030年稼働予定の千葉製油所の計画値です。
扇島の設備は、国内で公表済みの最大能力の3倍を超えます。
※いずれも設備の液化能力(計画値を含む)で、実際の運転量ではありません。用途や稼働状況はそれぞれ異なります。出典:川崎重工業ニュースリリース(2026年10月19日・2020年6月10日)、千葉製油所の値は既存記事で扱ったコスモエネルギーHD・岩谷産業の発表。
2020年の液化機は1日5トンで、同社は燃料電池車(FCV)約1,000台分の燃料にあたると説明していました。
単純に比べると、扇島の設備はその10倍の能力を1か所に持つことになります。同じ2030年ごろ稼働する千葉製油所の液化水素プラントが11.6トン/日なので、国内の液化能力の中で扇島が飛び抜けた存在になります。
一方で、50トン/日は1基の能力ではありません。NEDOの成果報告会(2026年7月)の資料では、商用化実証の液化設備は25トン/日×2基の構成と示されており、設備全体で50トン/日になります。
同じ資料は、2030年度以降の社会実装では海外側に100トン/日規模の液化設備を置く構想も描いています。50トン/日は国内では最大でも、商用の国際供給網から見ればまだ実証の規模であり、大型化の途中段階と読むのが妥当です。
なぜ水素を液化して運ぶのか

水素は−253℃まで冷やすと液体になり、体積は気体のときの約800分の1になります。
体積が小さくなるほど1回で運べる量が増えるため、液化は大量・長距離の貯蔵と輸送に向いた運び方です。天然ガスも約−162℃まで冷やしてLNGとして船で運ばれており(資源エネルギー庁)、液化水素はそれよりさらに約90℃低い温度を扱います。
−253℃まで冷やすと、同じ量の水素がずっと小さな容器に収まります。
※出典:川崎重工業ニュースリリース(2026年10月19日)。容器の大きさは比率を正確に描いたものではありません。
ただし、液化には水素を極低温まで冷やす電力がかかり、貯めている間もタンクに入る熱で少しずつ気化します。
このため液化機の効率と、タンク・配管の断熱性能が、運ぶ水素のコストを左右します。今回の発表で川崎重工が「同等容量の設備で世界トップクラスの液化効率」と強調したのも、この点が供給コストに直結するためです。
運ばれた液化水素は受入基地で気化させ、発電所や工場の燃料、燃料電池の燃料などとして使われます。液化は「運ぶための形」であり、使う場面ではふたたび気体に戻すのが基本です。
扇島で実証する設備と、将来構想の境界
商用化実証の範囲は、液化プラントだけではなく、NEDOの資料によると、川崎LH2ターミナルには液化機のほかに次の設備が並びます。
- 5万m³の液化水素貯蔵タンクと液化水素ポンプ
- ボイルオフガス(BOG、タンク内で自然に気化した水素)を処理する圧縮機と気化器
- 船との荷役設備(ローディングアーム)とローリー出荷設備
液化から貯蔵、出荷までを1か所でまとめて確かめられるのが、この基地の特徴です。
見落としやすいのは、実証で液化する水素は国内で調達する水素だという点です。国内の水素製造事業者から高圧パイプラインで基地へ送り、扇島で液化して貯め、4万m³型の液化水素運搬船で航海試験をする流れが計画されています。
下の枠が2030年度までの実証範囲、上の段は2030年度以降の社会実装の構想です。
※出典:NEDO成果報告会2026 発表e-05(日本水素エネルギー・ENEOS、2026年7月21日)。海外での水素製造は天然ガスとCO2回収・貯留(CCS)を組み合わせる構想として示されています。
設備ごとに担い手と時期も異なります。液化プラントの建設は川崎重工、基地全体と5万m³タンクの建設はJSE、運搬船はJSEとの造船契約にもとづき川崎重工が建造する、という分担です。
液化プラントは、2025年から先に進んでいる基地建設の後に加わる設備です。
※出典:NEDO成果報告会2026 発表e-05(2026年7月21日)、川崎重工業ニュースリリース(2026年10月19日)。
川崎重工にとって扇島は、神戸での実証の次の段階にあたります。
同社が建造した世界初の液化水素運搬船「すいそ ふろんてぃあ」は、2022年2月に豪州から液化水素を積んで神戸へ戻り、技術研究組合HySTRAによる日豪間の国際輸送の実証を終えました。
扇島はこの経験を、商用に近い規模の基地と液化設備で確かめ直す場になります。
水素液化機の中身と、プラント・機械メーカーへの影響

液化プラントの心臓部は、水素を極低温まで冷やす水素液化機です。発表によると、液化機は「コールドボックス」と呼ばれる容器の中に熱交換器、膨張タービン、配管・弁類を収めた構造で、極低温で高い断熱性能と安定運転を両立させる設計・製造技術がいります。
コールドボックスは外からの熱を断つため、機器を真空断熱の容器に収める構造が一般的です。
川崎重工は極低温・保冷技術に加え、ガスタービンや航空機用ジェットエンジンの開発で培った高速回転機械の技術を合わせて大型化したと説明しています。
真空断熱の容器が法的にどう扱われるかは真空容器と圧力容器の区分の記事が詳しく、設計側が最初に確かめる論点の一つです。
機器ごとに必要な技術が違い、設計・製造・調達・保全の仕事が生まれます。
※機器の構成はNEDO成果報告会2026 発表e-05と川崎重工業ニュースリリースにもとづく。関わる仕事は編集部の整理です。
大型化そのものも、メーカーにとって新しい課題を生みます。GI基金で川崎重工が進める「水素液化機向け大型高効率機器の開発」(事業戦略ビジョン、2024年9月時点)は、次の4テーマを挙げました。
大型高効率の水素圧縮機、動力回収型の膨張タービン、Wetタービン、磁気冷凍機の4つで、いずれも液化効率の向上を狙う開発です。
同じ資料によれば、5トン/日の小型液化機ではレシプロ(往復動)型の水素圧縮機を使い、大型向けの遠心型水素圧縮機はまだ存在しません。
これらは開発中の機器で、扇島の設備にどこまで使われるかは公表されていませんが、2030年以降に液化機の大型化・高効率化の競争が激しくなるとの見通しも示されています。
プラント・機械メーカーの側から見ると、影響は大きく3つに分けられます。
- 極低温の配管・弁・断熱材・真空容器など、LNGより厳しい温度条件に合わせた部材の需要
- 圧縮機・膨張タービンなど高速回転機械の大型化で、設計・試験・部品加工の仕事が増える可能性
- 規格づくりと許認可、長期のEPC管理、運転開始後の保全など、建設前後の工程の仕事
NEDOの資料でも、規格整備と許認可への対応、長期にわたるEPCの進捗管理が課題として挙げられています。実績のない分野では発注者が運転実績と規格への適合を重く見るため、実証の段階から関わった企業が次の案件でも有利になりやすいと見られます。

川崎重工の水素液化機は、どう大きくなってきたか
50トン/日の設備は、10年以上かけた積み上げの延長にあります。
2013年に国産初となる独自技術の液化機のプロトタイプを開発し、2020年には国内メーカーとして初めて5トン/日の液化機を商品化しました。この5トン/日機は3,000時間以上の連続実証運転を経ており、純度99.999%の液化水素をつくれると発表されています。
液化機の開発、運搬船での国際輸送、基地での実証へと段階を上げています。
※出典:川崎重工業ニュースリリース(2020年6月10日・2026年10月19日)、HySTRA(2022年4月)、NEDO成果報告会2026 発表e-05。
同社は豪州や中東など主要な水素供給国への納入も視野に入れ、客先の需要に応じてさらに大型化を検討するとしています。扇島の設備は、国内の実証設備であると同時に、海外の液化プラント向けに液化機を売り込むための実績づくりの意味も持ちます。
実現性を左右する論点

設備ができても、液化水素が商用で回るかどうかは別の問題です。
一つ目の論点はコストで、GI基金の「大規模水素サプライチェーンの構築」は水素供給コストを2030年に30円/Nm³、2050年に20円/Nm³以下にする目標を掲げています。これは液化だけでなく、製造から輸送・受入までを含めた供給全体のコストの目標です。
Nm³は0℃・1気圧に換算した気体の体積で、ガスの量を比べるときの共通の物差しです(Nm³とm³の違いと換算)。液化機の効率が数%上がれば液化にかかる電力が減り、この供給コストの一部を押し下げます。GI基金のプロジェクト全体の予算上限は3,211.2億円です。
二つ目は需要と価格の支えです。
水素社会推進法にもとづく「価格差に着目した支援」は、低炭素水素の基準価格と既存燃料などの参照価格との差を15年間にわたり支援する制度で、資源エネルギー庁は3兆円規模で進められていると説明しています。
発電や製鉄などで大口の使い手が決まらなければ、50トン/日の設備も稼働率が上がりません。
需要側の代表例が鉄鋼で、高炉の還元材を水素に置き換える水素還元製鉄は大量の水素を必要とします。扇島の基地がJFEスチールの製鉄所の敷地内にあることも、臨海部の工業地帯が水素の受け皿になる流れを示しています。
三つ目は規格と許認可です。液化水素を大量に扱う基地は国内でも前例が少なく、NEDOの資料でも業界団体と連携した規格の検討と許認可の対応が課題とされています。
政府の水素基本戦略(2023年6月改定)は、アンモニアなどを含む水素等の導入量を2030年に最大300万トン/年、2040年に約1,200万トン/年、2050年に約2,000万トン/年とする目標です。
扇島の実証は、その量を国内で扱えるかを確かめる最初の大型の試金石になります。

川崎重工の水素液化プラントのよくある質問
扇島の水素液化プラントの投資額は公表されていますか?
2026年10月19日の川崎重工の発表では、投資額は公表されていません。設備はNEDOのグリーンイノベーション基金事業「液化水素サプライチェーンの商用化実証」に使われるもので、事業全体の枠組みの中で整備されます。
50トン/日は液化機1基の能力ですか?
設備全体の液化能力です。NEDOの成果報告会(2026年7月)の資料では、商用化実証の液化設備は25トン/日の液化機2基の構成と示されています。
実証で液化する水素は海外から運ぶのですか?
商用化実証では、国内の水素製造事業者から高圧パイプラインで調達した水素を扇島で液化する計画です。海外で製造した水素を液化して船で運ぶ形は、2030年度以降の社会実装の構想として位置づけられています。
液化水素のほかに、水素を運ぶ方法はありますか?
GI基金の「大規模水素サプライチェーンの構築」では、液化水素とMCH(メチルシクロヘキサン)の2つの方式が扱われています。MCHは水素をトルエンに結びつけて常温・常圧の液体として運ぶ方式で、極低温の設備がいらない代わりに、使う場所で水素を取り出す工程が必要です。
まとめ
- 川崎重工は2026年10月19日、扇島の川崎LH2ターミナルで液化能力50トン/日の水素液化プラントの建設に着手した
- 国内で公表済みの最大15トン/日の3倍超で、2028年末に完成し、2030年から商用化実証に使われる
- 50トン/日は25トン/日×2基の構成で、実証では国内で調達した水素を液化する
- 基地には5万m³タンク、BOG圧縮機、荷役設備が並び、4万m³型の運搬船とパイプラインも並行して進む
- 極低温の配管・弁、高速回転機械、規格と許認可、保全まで、プラント・機械メーカーの仕事の幅が広がる
液化水素の供給網は、液化機1台ではなく、配管・タンク・船・計装まで多くの業種がつながって初めて動きます。関わる職種としては機械設計や購買・調達、技術テーマとしては脱炭素・カーボンニュートラルの記事もあわせて読むと、水素案件の全体像がつかみやすくなります。
水素関連の設備を手がける企業の顔ぶれは、プラント業界の主要企業と勢力図やプラントエンジニアリングの業種ページからたどれます。
出典
出典・参考資料(12件)を開く出典・参考資料を閉じる
- 扇島の水素液化プラント:川崎重工業ニュースリリース「日本最大、液化能力50トン/日の水素液化プラントの建設着手」(2026年10月19日)
- 発表の報道:LOGISTICS TODAY(2026年10月20日)
- 商用化実証の設備構成・進捗:NEDO成果報告会2026 発表e-05「液化水素サプライチェーンの商用化実証」(日本水素エネルギー・ENEOS、2026年7月21日)
- コスト目標・予算:NEDO グリーンイノベーション基金「大規模水素サプライチェーンの構築」
- 大型高効率機器の開発:川崎重工業 事業戦略ビジョン「水素液化機向け大型高効率機器の開発」(2024年9月時点)
- 5トン/日の液化機:川崎重工業ニュースリリース「国内メーカー製初の水素液化機を販売開始」(2020年6月10日)
- 日豪の輸送実証:HySTRA ニュースリリース(2022年4月)
- 価格差に着目した支援(規模):資源エネルギー庁「エネルギー基本計画をもっと読み解く②」
- 価格差に着目した支援(15年間の制度設計):水素・アンモニア政策小委員会 中間取りまとめ(2024年1月29日)
- 水素基本戦略の導入目標:資源エネルギー庁「水素基本戦略の概要」(2023年6月)
- LNGの液化温度:資源エネルギー庁「LNGを安定的に供給するための取り組み」
- MCH(SPERA水素)の仕組み:三菱商事ニュースリリース(2021年)の脚注
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