サリチル酸メチルとアセチルサリチル酸の性質と覚え方|製法の違いと工場での作り方

ステンレスの反応槽が並ぶ医薬品原薬の製造室

湿布のつんとしたにおいの成分と、解熱鎮痛薬の成分は、どちらもサリチル酸から1段の反応でつくられます。カルボキシ基をメタノールでエステルにしたのがサリチル酸メチル(湿布や塗り薬の成分)、ヒドロキシ基を無水酢酸でアセチル化したのがアセチルサリチル酸(アスピリン、飲み薬の成分)です。

2つは、塩化鉄(III)水溶液で紫色になるかどうか(フェノール性のOHが残っているか)と、名前の語尾が「酸」かどうか(カルボキシ基が残っているか)で見分けられます。工業では、原料のサリチル酸そのものをフェノールと二酸化炭素からつくっています。

この記事では、まず3つの物質の違いを表で並べ、2つの製法を反応式と電子の動きで整理して、名前から官能基を読む覚え方につなげます。後半は実務向けに、工場でのサリチル酸とアスピリンの製造、日本薬局方の試験と保管、用途と取り扱い、ラボでの合成と確認までを見ていきます。

目次

サリチル酸をエステル化する意味:2つの官能基のどちらを変えるか

サリチル酸(C6H4(OH)COOH)は、ベンゼン環の隣り合った位置にカルボキシ基(−COOH)とヒドロキシ基(−OH)をもつ化合物です。カルボン酸とフェノールの両方の性質をもつので、どちらの官能基をエステルに変えるかで2つの物質に分かれます。

項目サリチル酸サリチル酸メチルアセチルサリチル酸(アスピリン)
示性式C6H4(OH)COOHC6H4(OH)COOCH3C6H4(OCOCH3)COOH
分子量138.12152.15180.16
変えた官能基(原料)カルボキシ基をメチルエステルにヒドロキシ基をアセチル化
残っている官能基カルボキシ基とフェノール性OHフェノール性OHカルボキシ基
常温の状態白色の結晶(融点158〜161℃)無色〜淡黄色の液体(沸点219〜224℃)白色の結晶(融点約136℃)
塩化鉄(III)水溶液赤紫〜紫色紫色そのままでは呈色しない(煮沸して加水分解すると赤紫色)
主な使われ方医薬品の原料、皮膚用薬、防腐剤外用の消炎鎮痛薬、香料解熱鎮痛薬の成分
出典:分子量・状態・融点・沸点・塩化鉄(III)の呈色は第十八改正日本薬局方(2026年4月10日に第十九改正が施行。最新の各条は日本薬局方のサイトで確認)の各条と一般試験法、用途は厚生労働省 職場のあんぜんサイトのモデルSDS(NITE-CHRIPの引用)による

カルボキシ基はアルコールと、フェノール性のOHはカルボン酸の無水物と反応してエステルになります。どちらも「カルボニル基の炭素に酸素の非共有電子対が結合し、小さな分子が外れる」という同じ型の反応で、相手の分子をどちら側に付けるかだけが違います。

図1:サリチル酸からの2本の道

中央のサリチル酸の、右上のCOOHを変えるとサリチル酸メチル、上のOHを変えるとアセチルサリチル酸になります。

OHCOOCH₃OHCOOHOCOCH₃COOHサリチル酸メチルサリチル酸アセチルサリチル酸COOHをエステルにCOOHとOHをもつOHをアセチル化メタノール(濃硫酸)無水酢酸

※構造は簡略化した線画です。色の帯が、反応で変わった官能基を示します。

わざわざエステルにする理由は、医薬品としての使いやすさにあります。英国王立化学会の年表によると、19世紀に解熱に使われたサリチル酸は口や食道、胃の粘膜を強く刺激し、ナトリウム塩にすると刺激は減ったものの、味がひどく、リウマチの治療のような大量では嘔吐を招きました。

1890年代にドイツのバイエル社でつくられたアセチルサリチル酸は、粘膜への刺激が少なく、味も受け入れやすい飲み薬として広まりました。ただし同じ年表は、1932年の胃の内視鏡(胃カメラ)の登場で、アスピリンも胃の粘膜の刺激と関係すると分かったとしています。

サリチル酸メチルの製法:メタノールと濃硫酸でエステル化

サリチル酸メチルは、サリチル酸のカルボキシ基とメタノールを、濃硫酸を触媒にしてエステル化してつくります。酢酸とエタノールから酢酸エチルができるのと同じ反応で、水が1分子取れて、−COOHが−COOCH3に変わります。

サリチル酸のエステル化(濃硫酸を触媒に加熱)
C6H4(OH)COOH + CH3OH ⇄ C6H4(OH)COOCH3 + H2O
C6H4(OH)COOCH3がサリチル酸メチル(分子量152.15)です。⇄は両方向に進む可逆反応を表します。検算:Cは8=8、Hは10=10、Oは4=4で釣り合い、質量も138.12+32.04=152.15+18.02と一致します。

電子の動きで見ると、カルボキシ基のC=Oの炭素はわずかにプラス(δ+)を帯びており、そこへメタノールの酸素の非共有電子対が結合します。カルボニル炭素への攻撃という点で、アセタールやヘミアセタールができる反応とも共通しています。

この反応は可逆なので、できた水が多いと逆向きの加水分解も進みます。そのためメタノールを多めに使い、濃硫酸に水を引き受けさせて、平衡をエステルの側へ寄せます。PubChemに収録された製法の情報では、市販のサリチル酸メチルの大部分がこのエステル化でつくられ、純度は約99%です。

生成物は無色から淡黄色の液体で、日本薬局方では沸点219〜224℃、水には極めて溶けにくいとされています。モデルSDSはにおいを「ヒメコウジ様」と書いており、ヒメコウジ(ウィンターグリーン)の葉に含まれる配糖体を分解し、水蒸気蒸留で取り出す天然品もあります。

天然品のもとになるゴールテリンは、サリチル酸メチルに糖がグリコシド結合でつながった物質です。葉をしばらく水に浸して糖を切り離してから蒸留すると、5〜6時間で葉の重さの約0.7%の精油が得られると報告されています。

変わったのはカルボキシ基だけで、ベンゼン環に直接付いたフェノール性のOHはそのまま残ります。日本薬局方の確認試験でも、サリチル酸メチル1滴を水と振り混ぜて塩化鉄(III)試液を加えると紫色になることを確かめます。

用途は、外用の消炎鎮痛薬(湿布や塗り薬)の成分のほか、香料や化粧品の原料です。日本薬局方には、サリチル酸メチルにトウガラシチンキやカンフルを合わせた「複方サリチル酸メチル精」という塗り薬の処方も収載されています。

一方で、液体のまま飲み込むのは危険な物質です。モデルSDSでは経口の急性毒性が区分4、神経系と肝臓への影響が単回ばく露で区分1、生殖毒性が区分1Bとされ、口に入れる用途には使わず、皮膚に使う製品の成分として扱われます。

アセチルサリチル酸の製法:無水酢酸でヒドロキシ基をアセチル化

アセチルサリチル酸は、サリチル酸のフェノール性のOHに無水酢酸を反応させてつくります。OHの酸素の非共有電子対が無水酢酸のカルボニル炭素に結合し、アセチル基(CH3CO−)が移って、酢酸が1分子外れます。

サリチル酸のアセチル化(少量の酸を触媒に加温)
C6H4(OH)COOH + (CH3CO)2O → C6H4(OCOCH3)COOH + CH3COOH
C6H4(OCOCH3)COOHがアセチルサリチル酸(分子量180.16)、(CH3CO)2Oが無水酢酸です。検算:Cは11=11、Hは12=12、Oは6=6で、質量は138.12+102.09=180.16+60.05=240.21と一致します。

相手に酢酸ではなく無水酢酸を使うのは、フェノール性のOHが酢酸とはほとんどエステルをつくらないためです。無水酢酸はカルボニル炭素が攻撃を受けやすく、外れるのが水ではなく酢酸なので、反応が一方向に進んで元に戻りにくいという利点もあります。

同じアセチル化は、アニリンと無水酢酸からアセトアニリドができる反応でも使われます。攻撃するのが窒素ならアミド、酸素ならエステルになり、アスピリンは「フェノールの酢酸エステル」にあたります。

生成物は白色の結晶で、日本薬局方では融点が約136℃、水に溶けにくく、エタノールやアセトンに溶けやすいとされています。変わったのはOHの側なので、カルボキシ基は残り、アセチルサリチル酸は弱い酸の性質を保ちます。

フェノール性のOHはふさがれているため、アセチルサリチル酸に塩化鉄(III)水溶液を加えても、そのままでは紫色になりません。ところが日本薬局方の確認試験では、水で5〜6分煮沸してから塩化鉄(III)試液を加え、赤紫色になることを確かめます。

図2:塩化鉄(III)水溶液での見分け方

フェノール性のOHが残っていれば紫系に色づきます。アスピリンも煮沸して加水分解すると、できたサリチル酸で赤紫色になります。

OHが残るOHが残るOHがふさがれている加水分解でOHが戻る赤紫〜紫色紫色変化しない赤紫色サリチル酸サリチル酸メチルアスピリンアスピリン(煮沸後)

※色は代表的な見え方です。サリチル酸メチルとアスピリンの呈色は日本薬局方の確認試験、サリチル酸塩の色の変化は同じく一般試験法(定性反応)の記述によります。塩化鉄(III)水溶液そのものは淡い黄色です。

煮沸するとアセチル化の逆の加水分解が起き、サリチル酸と酢酸に戻るからです。この「水でサリチル酸に戻る」性質が、後半で見る品質管理と保管の中心テーマになります。官能基を色で確かめる点では、ヨードホルム反応と同じく構造を推定する手がかりになる反応です。

サリチル酸のエステル化でできる物質の命名法

どちらがどちらか迷ったときは、名前の終わり方を見るのが確実です。「アセチル基が付いているからアセチルサリチル酸」と覚える方法もありますが、名前と官能基の対応が分かると、初めて見る化合物にも同じ考え方を当てはめられます。

語尾に「酸」がつくのはカルボン酸

名前の語尾が「酸」の化合物は、カルボキシ基をもつカルボン酸です。アセチルサリチル酸は「アセチル+サリチル酸」で語尾が酸なので、サリチル酸のカルボキシ基がそのまま残り、OHの側にアセチル基が付いたことが名前から読み取れます。

サリチル酸メチルは「サリチル酸」に「メチル」が後ろから付いた名前で、語尾は酸ではありません。酢酸エチルや酢酸メチルと同じく、酸の名前の後ろにアルキル基の名前を続けるのがエステルの付け方で、カルボキシ基がメチルエステルに変わっていることを表します。

体系的な名前(IUPAC名)でも同じ関係が見えます。日本薬局方はサリチル酸を2-ヒドロキシ安息香酸、アスピリンを2-アセトキシ安息香酸と記載しています。サリチル酸メチルは2-ヒドロキシ安息香酸メチルで、語尾が「安息香酸」か「安息香酸メチル」かで同じ区別ができます。

実際の工場では:フェノールと二酸化炭素からサリチル酸をつくる

2つのエステルの原料になるサリチル酸は、工業的にはコルベ・シュミット反応でつくられます。クメン法などでつくったフェノールを水酸化ナトリウムでナトリウムフェノキシドにし、加熱・加圧した二酸化炭素を反応させてベンゼン環にカルボキシ基を付けます。

コルベ・シュミット反応の条件

フェノールをナトリウム塩にする
C6H5OH + NaOH → C6H5ONa + H2O
二酸化炭素でカルボキシ化する(加熱・加圧)
C6H5ONa + CO2 → C6H4(OH)COONa
硫酸で酸性にしてサリチル酸を取り出す
2C6H4(OH)COONa + H2SO4 → 2C6H4(OH)COOH + Na2SO4
C6H5ONaはナトリウムフェノキシド、C6H4(OH)COONaはサリチル酸ナトリウムです。2つ目の式は116.09+44.01=160.10、3つ目の式はNa 2=2、S 1=1、O 10=10、H 12=12で釣り合います。

PubChemに収録された製法の情報では、乾燥したナトリウムフェノキシドに二酸化炭素を流し、150〜160℃・5 barで反応させると収率は約90%になります。加圧しないとサリチル酸二ナトリウムとフェノールが同じ量ずつでき、収率は50%を超えないとされています。

条件は資料によって幅があり、1978年の米国特許(Merck社)は従来法を「加圧下で120〜140℃」と説明しています。同じ特許は少量のパラ体が同時にでき、140℃を超えるとパラ体が主な生成物になるとしており、温度が生成物の割合を決める大事な条件です。

フェノールのOHは、ベンゼン環のオルト位とパラ位に置換を起こしやすい基です。ナトリウムフェノキシドの反応では主にOHの隣(オルト位)にカルボキシ基が入り、これがサリチル酸になります。

2024年の総説によると、この反応はふつう粉末の固体と二酸化炭素の気体を回分式の反応器で反応させます。気体と固体の間で物質と熱が伝わりにくいため反応時間が長く、高い圧力が要るうえ、水分があるとフェノールに戻るので、原料のフェノキシドはよく乾かしておきます。

図3:サリチル酸工場の流れ

フェノール→ナトリウムフェノキシド→サリチル酸ナトリウム→サリチル酸と進み、最後に不純物を確かめて医薬品の原料にします。

サリチル酸ナトリウムをつくる
01原料フェノールと水酸化ナトリウムからナトリウムフェノキシドをつくる
02乾燥水分を除いて乾いた粉末にする。水があるとフェノールに戻る
03カルボキシ化二酸化炭素を加圧して加熱(例:150〜160℃・5 bar)。温度でオルト体とパラ体の割合が変わる
酸にして仕上げる
04酸析サリチル酸ナトリウムの水溶液に硫酸を加え、サリチル酸を析出させる。硫酸ナトリウムが副生
05精製医薬品向けは、晶析や減圧での昇華でさらに純度を上げる
06試験・出荷フェノールや副生する異性体などの不純物を液体クロマトグラフィーで確かめる

※PubChem(HSDB)の製法の情報、米国特許US4131618A、Kojčinovićら(2024年)、第十八改正日本薬局方「サリチル酸」をもとにまとめたものです。条件や工程の分け方は工場によって異なります。

副生物と精製:医薬品グレードにするまで

同じ資料によると、コルベ・シュミット法の工業品はすでにサリチル酸99.5%と純度が高く、不純物はフェノール、パラヒドロキシ安息香酸、4-ヒドロキシイソフタル酸で0.05〜0.1%です。パラ体と、カルボキシ基が2つ付いたものが副生するわけです。

医薬品グレードにするには、サリチル酸ナトリウムを20℃以下で水から晶析するか、20 mbar・154℃でサリチル酸を昇華させます。日本薬局方の「サリチル酸」も、類縁物質の試験でこの3つの不純物を液体クロマトグラフィーで名指しして調べ、標準液のピークを超えないことを求めています。

計算例:サリチル酸1トンに要る原料(理論量)

3本の式をまとめると、フェノール・水酸化ナトリウム・二酸化炭素が1 molずつと硫酸0.5 molから、サリチル酸1 molと硫酸ナトリウム0.5 molができます。分子量から収率100%の理論量を求めると、次のようになります。

サリチル酸1トン(138.12 g/mol)に要る原料
フェノール 1,000 kg × 94.11138.12 = 約681 kg
二酸化炭素 1,000 kg × 44.01138.12 = 約319 kg
水酸化ナトリウム 1,000 kg × 40.00138.12 = 約290 kg
酸析で副生する硫酸ナトリウム
1,000 kg × 142.04 × 0.5138.12 = 約514 kg
すべて反応式どおりに進んだときの理論量です。硫酸は 1,000 kg × 98.08 × 0.5 ÷ 138.12 = 約355 kg 要り、実際の工場では収率や回収の損失の分だけ原料が多くなります。

注目したいのは、製品1トンに対して硫酸ナトリウムが半トン以上できることです。副生する塩をどう分けて処理するかが、原料の二酸化炭素を安く使えるこの方法のもう1つの設計課題になります。

アスピリンの製造工程と品質管理

ブフナー漏斗の上で吸引ろ過される白い結晶と手袋の手元

アスピリンの工場でも、反応そのものは教科書と同じサリチル酸と無水酢酸のアセチル化です。工場で大事になるのは、原料が残っていないこと、できた製品が水でサリチル酸に戻らないことの2点で、工程と試験と保管がこの2点を軸に組み立てられています。

工場でのアセチル化と物質収支

PubChemに収録された製法の情報によると、無水酢酸とサリチル酸を90℃未満で、酢酸や炭化水素などの溶媒の中で、または酸や第三級アミンを触媒に加えて反応させます。反応後は結晶として取り出し、アセトンからの結晶化で純度を上げる方法も記載されています。

アスピリン1トン(180.16 g/mol)に要る原料と副生する酢酸
サリチル酸 1,000 kg × 138.12180.16 = 約767 kg
無水酢酸 1,000 kg × 102.09180.16 = 約567 kg
酢酸(副生) 1,000 kg × 60.05180.16 = 約333 kg
収率100%の理論量です。原料の合計767+567=1,334 kgは、製品1,000 kgと酢酸333 kgの合計と一致します(質量保存)。フェノールまでさかのぼると、アスピリン1トンに約522 kgのフェノールが要ります。

図4:アスピリン1トンの物質収支(理論量)

原料1.33トンから、アスピリン1トンと酢酸0.33トンができます。製品の3分の1にあたる酢酸が必ず出てきます。

使う原料できるものサリチル酸 0.77 t無水酢酸 0.57 tアスピリン 1.00 t酢酸 0.33 t合計 1.33 t合計 1.33 t(質量は保存される)

※分子量から求めた理論量です。帯の長さは重さに比例させています。

英国王立化学会の年表には、1990年代に米国だけで年1,000万kgを超えるアスピリンがつくられたとあります。計算どおりなら、その3分の1にあたる量の酢酸が副生する計算で、副生する酢酸の回収や再利用が原料費と排水の量を左右します。

遊離サリチル酸の試験:日本薬局方の基準

日本薬局方の「アスピリン」は、乾燥したものがアスピリンを99.5%以上含むことを求め、そのために何を確かめるかを試験ごとに決めています。どの試験が何を見ているかを並べると、製造と保管の管理点がそのまま浮かび上がります。

図5:アスピリンの品質を確かめる4つの試験

本物か、原料のサリチル酸が残っていないか、湿っていないか、量は足りているかを、それぞれ別の試験で確かめます。

確認試験本物かどうか。煮沸後に塩化鉄(III)で赤紫、酢酸と酢酸エチルのにおい
純度試験遊離サリチル酸が0.1%に相当する比較液より濃くないこと。ほかに塩化物・硫酸塩・重金属など
乾燥減量水分などの量。0.5%以下(シリカゲルで5時間乾燥)
定量法含量99.5%以上。水酸化ナトリウムで分解して逆滴定

※第十八改正日本薬局方「アスピリン」の確認試験・純度試験・乾燥減量・定量法の要点です。強熱残分などほかの項目は省いています。

中心になる純度試験の「サリチル酸」では、アスピリンのエタノール溶液を硫酸鉄(III)アンモニウムの薄い液に加え、30秒後の色を比較液と比べます。遊離サリチル酸がフェノール性のOHで色を出す性質を、そのまま検査に使っているわけです。

試料液と比較液の1.0 mLに入っている量
アスピリン:2.5 g25 mL × 1.0 mL = 100 mg
サリチル酸(比較液):0.100 g1,000 mL × 1.0 mL = 0.100 mg
試料の色が比較液より濃くなければ合格
0.100 mg100 mg × 100 = 遊離サリチル酸 0.1%以下
日本薬局方の手順(アスピリン2.5 gをエタノール25 mLに溶かした液、サリチル酸0.100 gを1,000 mLにした液の各1.0 mLを、希硫酸鉄(III)アンモニウム試液1 mLを水で50 mLにした液に加える)から求めた限度です。

定量法も同じ性質を使っています。アスピリンに一定量の水酸化ナトリウム液を加えて10分間煮沸すると、カルボキシ基の中和とエステルの分解が同時に進みます。アスピリン1 molあたり水酸化ナトリウム2 molが使われるので、残った分を硫酸で逆滴定して含量を求めます。

水酸化ナトリウムで中和とけん化が同時に進む
C6H4(OCOCH3)COOH + 2NaOH → C6H4(OH)COONa + CH3COONa + H2O
0.5 mol/L 水酸化ナトリウム液1 mLにあたるアスピリン
0.5 mmol × 12 × 180.16 mg/mmol = 45.04 mg
日本薬局方の定量法の換算値(0.5 mol/L水酸化ナトリウム液1 mL=45.04 mg C9H8O4)と一致します。検算:Naは2=2、Cは9=9、Hは10=10、Oは6=6です。

加水分解による劣化と保管

日本薬局方は性状の欄に、アスピリンが湿った空気中で徐々に加水分解してサリチル酸と酢酸になると書いています。乾燥減量の上限を決め、遊離サリチル酸を試験するのは、作った直後だけでなく保管中にもこの分解が進むからです。

アスピリンの加水分解(アセチル化の逆反応)
C6H4(OCOCH3)COOH + H2O → C6H4(OH)COOH + CH3COOH
検算:Cは9=9、Hは10=10、Oは5=5です。できた酢酸がにおいの原因になり、サリチル酸は塩化鉄(III)で色を出します。

分解が進んだアスピリンは、酢酸のにおいで気づけます。日本薬局方の容器の規定は「密閉容器」で、工場の倉庫や原薬の容器では湿気を入れない包装と乾燥剤、温湿度の記録で劣化を防ぎます。

同じ考え方は、原料のサリチル酸メチルにも当てはまります。こちらはエステルの液体なので、日本薬局方の容器の規定は「気密容器」で、モデルSDSも直射日光を避けて冷暗所に保管するよう求めています。

ラボでの合成と再結晶・融点での確認

アスピリンの合成は、大学の学生実験でもよく行われます。ミズーリ大学セントルイス校の手順(LibreTextsに収録)は、サリチル酸2.0 gに無水酢酸5 mLと濃硫酸5滴を加え、蒸気浴で10分以上温めるところから始まります。

図6:ラボでのアスピリン合成の流れ

反応・結晶化・ろ過・再結晶と進め、最後に融点と塩化鉄(III)で出来を確かめます。

つくる
01混ぜるサリチル酸2.0 g、無水酢酸5 mL、濃硫酸5滴を三角フラスコに
02温める溶けるまで回し、蒸気浴で10分以上穏やかに加熱
03結晶化室温で結晶を出してから水50 mLを加え、氷で冷やす
仕上げる・確かめる
04吸引ろ過ブフナー漏斗でろ過し、冷水で洗って乾かす
05再結晶少量の熱い溶媒に溶かし、冷やして結晶を取り直す
06確かめる融点(文献値135〜136℃)と塩化鉄(III)の呈色、収率を求める

※LibreTexts「Synthesis of Aspirin (Experiment)」(Chickos、Garin、D’Souza)の手順の要点です。濃硫酸と無水酢酸は腐食性があるため、保護眼鏡・手袋・ドラフトを使います。

この量でつくったときの収率は、サリチル酸の物質量から求めます。無水酢酸5 mLは約0.05 molでサリチル酸の3倍以上あるため、理論収量は少ないほうのサリチル酸で決まり、得られた結晶の重さと比べて収率を出します。

サリチル酸2.00 gからの理論収量と収率(例)
理論収量 = 2.00 g × 180.16138.12 = 2.61 g
得量2.10 gのとき:2.10 g2.61 g × 100 = 収率 約80%
サリチル酸2.00 gは2.00 ÷ 138.12 = 0.0145 molです。得量2.10 gは計算の例で、実際の値は操作によって変わります。

不純物を含む結晶は、純粋なものより低い温度から融け始め、融ける温度の幅も広がります。そのため融点が文献値の135〜136℃に近く幅が狭いことは、精製がうまくいった目安になり、測定に使う融点測定器の温度計は定期的な校正で正しさを保ちます。

ただし、融点と塩化鉄(III)だけでは、どの不純物がどれだけ入っているかまでは分かりません。医薬品の品質管理では、日本薬局方のように試験項目ごとに基準を決め、必要に応じて液体クロマトグラフィーで不純物を1つずつ分けて量ります。

サリチル酸の用途と工場での取り扱い

サリチル酸そのものも、医薬品以外に多くの用途があります。モデルSDSが引用するNITEの情報は、アゾ染料の中間体、防腐剤、医薬、紫外線吸収剤の原料、食品添加物を挙げています。

  • 医薬品:アスピリンなどの原料のほか、日本薬局方にはサリチル酸を50%含む「サリチル酸絆創膏」や、アルコールに溶かした「サリチル酸精」など皮膚に使う製剤が収載されている
  • 化粧品:化粧品基準(厚生労働省告示)は、防腐剤としてのサリチル酸の配合を化粧品100 gあたり0.20 gまでとしている
  • 紫外線吸収剤:化粧品基準の紫外線吸収剤の表には、サリチル酸オクチルなどサリチル酸のエステルが並ぶ
  • 染料:フェノール性のOHをもつので、ジアゾカップリングの相手としてアゾ染料の中間体になる

医薬品・化粧品・香料は、同じ原料を品質の基準を変えて使い分ける業界です。品質保証の担当者は、原料の規格書やSDSで、どの基準(日本薬局方、化粧品基準など)に適合した品かを確かめてから受け入れます。

取り扱いでは、サリチル酸は粉末で空気と混ざると粉じん爆発を起こすおそれがあり、モデルSDSでは眼への影響が区分1、皮膚感作性が区分1です。光に敏感で日光の下で徐々に変色するため、遮光した容器で保管します。

液体のサリチル酸メチルは、消防法の第4類 引火性液体(第三石油類・非水溶性)、化管法の第一種指定化学物質で、皮膚から吸収されやすい物質として労働安全衛生規則の皮膚等障害化学物質にも当たります。不浸透性の手袋の選定を含め、化学物質のリスクアセスメントで作業ごとの対策を決めます。

物質主な法令上の扱い(モデルSDSの記載)保管・取り扱いの要点
サリチル酸労働安全衛生法・化管法・毒劇法は「該当しない」(2022年3月改訂時点)粉じん爆発に注意、遮光、眼の保護
サリチル酸メチル消防法 第4類 第三石油類(非水溶性)、化管法 第一種指定化学物質、安衛則 皮膚等障害化学物質火気を避け冷暗所、不浸透性の手袋
アセチルサリチル酸労働安全衛生法 名称等を表示・通知すべき危険物及び有害物(安衛則別表第2)、皮膚等障害化学物質、濃度基準値設定物質粉じん爆発に注意、湿気を避けて密閉
出典:厚生労働省 職場のあんぜんサイト モデルSDS「サリチル酸」(2022年3月15日改訂)、「サリチル酸メチル」(2025年3月14日作成)、「アセチルサリチル酸」(2025年3月14日改訂)。法令の対象は改正で変わるため、最新のSDSと法令で確かめてください

サリチル酸メチルとアセチルサリチル酸のよくある質問

サリチル酸とアスピリンは炭酸水素ナトリウム水溶液で分けられますか?

分けられません。サリチル酸(pKa 2.98)もアスピリン(pKa 3.49)も炭酸より強い酸なので、どちらも溶けます。カルボキシ基がなくフェノール性のOH(pKa 9.8)しかもたないサリチル酸メチルは溶けないので、こちらとは分けられます。

サリチル酸が安息香酸より強い酸なのはなぜですか?

隣のOHがカルボキシ基と水素結合をつくり、H+が外れたあとの陰イオンを安定にするためです。PubChemの値ではサリチル酸のpKaは2.98、安息香酸は4.2で、サリチル酸のほうが10倍以上強い酸です。

古いアスピリンが酢のようなにおいになるのはなぜですか?

湿気でアセチル基が外れ、サリチル酸と酢酸に加水分解したからです。日本薬局方も、アスピリンは湿った空気中で徐々にこの分解を起こすとしています。においのする錠剤は成分が変わっている可能性があるので、医薬品なら使わずに薬剤師に相談してください。

サリチル酸は何からつくられますか?

工業的には、フェノールを水酸化ナトリウムでナトリウムフェノキシドにし、二酸化炭素と加熱・加圧して反応させるコルベ・シュミット反応でつくります。昔はヤナギの樹皮などに含まれるサリシンが出発点で、一部はヒメコウジなどの天然油をけん化しても得られます。

まとめ

用法:外用の成分と内服の成分

フェノール性のOHが残るサリチル酸メチルは湿布や塗り薬など外用の消炎鎮痛薬の成分、OHをアセチル化したアセチルサリチル酸は飲み薬の解熱鎮痛薬の成分です。語尾が「酸」で終わる方がカルボキシ基の残るアセチルサリチル酸、と名前から区別できます。

この記事のまとめ
  • サリチル酸はカルボキシ基とフェノール性OHをもち、どちらをエステルにするかで2つの物質に分かれる
  • サリチル酸メチルはカルボキシ基をメタノールでエステル化した液体(可逆、濃硫酸が触媒)。OHが残るので塩化鉄(III)で紫色
  • アセチルサリチル酸はOHを無水酢酸でアセチル化した結晶で、酢酸が副生。そのままでは塩化鉄(III)で呈色しない
  • 名前の語尾が「酸」ならカルボキシ基が残る(アセチルサリチル酸)、「酸の名前+メチル」はエステル(サリチル酸メチル)
  • 工業ではフェノールと二酸化炭素のコルベ・シュミット反応でサリチル酸をつくり、パラ体などの副生物を晶析・昇華で除く
  • アスピリンは湿気でサリチル酸と酢酸に戻るため、日本薬局方の純度試験は遊離サリチル酸を0.1%に相当する限度で調べ、密閉容器で保管する

サリチル酸の2つのエステルは、どの官能基が残るかという1点から、薬としての使われ方、塩化鉄(III)の色、工場での品質試験と保管までが一続きで説明できる物質です。

原薬から製剤までの流れは食品・医薬・日用品業界の構造の解説で、工場の新設の動きは医薬品の国内生産のニュースで読むと、この記事の工程がどこに当たるかをつかみやすくなります。

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プラント機器メーカーとプラントメーカーで約10年、設備の提案・設計・試運転に携わったのち、Webマーケターに転身。現在はBtoB製造業専門のWebコンサルタントとして、メーカーの情報発信を支援しています。エネルギー管理士/第三種電気主任技術者。工業技術ブログを2017年から運営(500本以上執筆)、YouTube登録者約2万人、Xフォロワー約1万人。

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