フッ化水素の性質とは?弱酸である理由と製法、ガラスとの反応・用途・毒性

化学工場の防液堤の中に並ぶ横置きの貯槽と配管

フッ化水素(HF)は塩化水素と同じハロゲン化水素の仲間ですが、水に溶かしたフッ化水素酸は仲間の中でただ1つの弱酸です。それでいてガラスを溶かし、皮膚に付くと体の奥までしみ込んで骨や血液のカルシウムを奪うという、ほかの酸にはない顔を持っています。

弱酸であること、ガラスを溶かすこと、人体を深く傷つけることは、それぞれ別の仕組みから来ています。

工業では、半導体の洗浄やエッチング、フッ素樹脂や冷媒の原料、ステンレスの酸洗い、アルミニウム製錬を支える基礎原料です。2019年には韓国向けの輸出管理の見直しで、一般にも名前が広く知られました。

この記事では、弱酸である理由と沸点が高い理由、ホタル石と濃硫酸からの製法、ガラスとの反応式と保存容器、触れたときの応急処置と法令の順に確かめます。後半では、工場での製造工程と原料の計算、半導体やフッ素樹脂での用途、2019年の輸出管理の経緯まで、現場で働く人向けに整理します。

目次

フッ化水素はかなり変な物質:水溶液が弱酸になるのは HF だけ

ハロゲン化水素は、フッ化水素 HF、塩化水素 HCl、臭化水素 HBr、ヨウ化水素 HI の4つです。どれも水によく溶けて酸性を示しますが、塩酸・臭化水素酸・ヨウ化水素酸が水の中でほぼ完全に電離する強酸なのに対し、フッ化水素酸だけは一部しか電離しない弱酸です。

フッ化水素の電離(25℃)
HF ⇄ H+ + F−
Ka = 6.8 × 10−4 mol/L(pKa ≒ 3.17)
Ka:電離定数。値が小さいほど電離しにくい弱い酸です。世界大百科事典の値(6.76 × 10−4)から計算。塩酸などの強酸は水中でほぼ全部が電離するため、同じ形の数字では比べにくいほど大きくなります。

フッ化水素の水溶液はフッ化水素酸、現場ではフッ酸と呼ばれます。試薬のフッ化水素酸は46〜50%前後、工業品には約70%のものもある濃い液で、弱酸という言葉の印象とは逆に、扱いには塩酸や硫酸以上の注意が要ります。

弱酸である理由:H–F の結合とフッ化物イオンの結びつき

高校化学では、まず結合の強さで弱酸の理由を説明します。

フッ素は全元素の中で電気陰性度(電子を引きつける強さ)が最も大きく、原子も小さいため、H–F の結合は短く、ハロゲン化水素の中で飛び抜けて強い結合になります。結合を切って H+ を手放すのに大きなエネルギーがかかるので、電離が進みにくいという考え方です。

比べる観点HFHClHBrHI
結合エネルギー(kJ/mol)565427363295
沸点(℃)19.5−85.0−66.8−35.5
水溶液の酸の強さ弱酸(Ka 約7 × 10−4)強酸強酸強酸
分子どうしの水素結合強いほとんどないほとんどないほとんどない
出典:結合エネルギーは LibreTexts「Bond Energies」の平均値、沸点は化学辞典(コトバンク)・Chemguide、電離定数は世界大百科事典をもとに作成

ただし、結合の強さだけでは説明しきれないことも分かっています。英国の化学教材 Chemguide は、小さなフッ化物イオン F− が水分子を強く引き寄せて大きなエネルギーを出すため、結合を切るエネルギーはほぼ打ち消されると説明しています。

それでも弱酸になるのは、電離してできたオキソニウムイオン H3O+ と F− が強く引き合ってイオン対のまま離れにくいからです。自由に動ける H3O+ が少ないので、酸としての働きは弱く見えます。

高校の説明は入口として正しく、詳しく見るとイオンの結びつきが効いている、という二段で理解すると、教科書の説明と専門書の説明がつながります。

濃い液では、F− がもう1つの HF と結びついて二フッ化水素イオン HF2− をつくります(HF + F− ⇄ HF2−)。この反応で F− が取り除かれると電離の平衡が右へ進むため、濃いフッ化水素酸は薄い液より酸として強くふるまいます。

弱酸がどのくらい電離するかは、濃度を決めて計算すると実感できます。0.1 mol/L のフッ化水素酸と塩酸の pH を比べてみます。

① 電離度 α を求める式(0.1 mol/L)
cα21 − α = Ka → 0.1α2 + 6.8 × 10−4α − 6.8 × 10−4 = 0
α = 0.079(約8%)
② 水素イオン濃度と pH
[H+] = cα = 0.1 × 0.079 = 7.9 × 10−3 mol/L
pH = −log(7.9 × 10−3) ≒ 2.1(同じ濃度の塩酸は pH 1.0)
c:酸の濃度[mol/L] α:電離度(電離した割合) Ka:電離定数。二次方程式の正の解をとりました。水の電離と HF2− の生成は無視した概算です。

0.1 mol/L のフッ化水素酸では、電離しているのは全体の約8%で、pH は塩酸より約1高くなります。ただしこれは H+ の量の話で、残りの約92%は電離していない HF 分子として液の中にあり、この分子がガラスを侵し、皮膚を通り抜けます。

水素結合で会合し、沸点が19.5℃と高い

フッ素が電子を強く引きつけるため、HF 分子では F がマイナス、H がプラスに大きく偏ります。電気陰性度の差が分子の極性を生む考え方は極性分子と無極性分子の見分け方と同じで、HF はその偏りが特に大きい分子です。

プラスに偏った H は、となりの分子のマイナスの F に引き寄せられ、水素結合で分子どうしが次々とつながります。このように分子が集まってまとまりをつくることを会合と呼びます。

日本大百科全書によると、気体のフッ化水素は32℃付近で (HF)2〜(HF)3 に相当する重さを示し、90℃以上でようやく HF 1分子ずつになります。

図1:水素結合でジグザグにつながるフッ化水素の分子

H と F の強い偏りが、となりの分子との水素結合(点線)を生みます。

FFFFHHHHδ−δ+水素結合共有結合液体や低温の気体では、HF が (HF)ₙ のようにつながったまとまりで動く

※化学辞典・世界大百科事典・日本大百科全書(コトバンク)の記述をもとに作成した模式図。角度や長さは実際の値ではありません。

分子どうしがつながっているぶん、液体から気体へ引き離すのに余分なエネルギーが要り、沸点は19.5℃と、分子量の大きい HCl・HBr・HI より55〜105℃も高くなります。HCl から HI へは分子が大きくなるほど沸点が上がりますが、HF だけがこの流れから外れています。

図2:ハロゲン化水素の沸点

分子量は最も小さいのに、HF だけが室温付近で沸騰します。

19.5℃−85.0℃−66.8℃−35.5℃HF(20)HCl(36.5)HBr(81)HI(128)0℃

※かっこ内は分子量。0℃の線から上・下への棒の長さで沸点を表しています。値は化学辞典(コトバンク)・Chemguide による。

フッ化物イオンが小さく、相手と強く結びつく性質は、塩の溶けやすさにも表れます。ハロゲン化銀の性質でも、塩化銀・臭化銀・ヨウ化銀が沈殿するなかで、フッ化銀だけが水によく溶けます。

ここまでの結論は、弱酸かどうかは H+ の出しやすさの話にすぎない、という点です。ガラスを溶かす力は後で見るケイ素とフッ素の結びつきから、人体への害はフッ化物イオンがカルシウムを奪う働きから来ているので、酸の強さで危険度を判断してはいけない物質です。

フッ化水素の製法は揮発性酸の遊離:ホタル石と濃硫酸

フッ化水素は、ホタル石(蛍石)に濃硫酸を加えて加熱するとできます。この章では反応の原理と実験室での扱いを、後の「実際の工場では」の章で工業の工程と製品・副生物を扱います。

ホタル石(蛍石)とは:フッ素化学の出発原料

ホタル石は、フッ化カルシウム CaF2 を主成分とする鉱物です。紫や緑の透き通った結晶が美しく、昔から観賞用の石としても扱われてきましたが、産業ではフッ素を含むほぼすべての化学品の出発点になる資源です。

米国環境保護庁(EPA)の資料では、ホタル石は CaF2 の含有量で3つの等級に分けられています。製鉄の融剤などに使う金属用(85%以上)、セラミック用(85〜96%)、フッ化水素の原料になる酸用(97%以上)です。浮遊選鉱で不純物を除き、純度を上げてから化学工場に送られます。

米国地質調査所(USGS)の2026年版によると、2025年の世界の生産量は推定1,000万トンで、そのうち600万トン、約6割を中国が占めています。メキシコとモンゴルが各150万トンで続き、原料の産地が偏っていることも、フッ素化学のサプライチェーンを考えるうえでの論点です。

反応式と「揮発性酸の遊離」の考え方

ホタル石に濃硫酸を加えて熱すると、カルシウムは硫酸カルシウムになり、フッ素は水素と結びついてフッ化水素の気体として出てきます。反応式は次のとおりで、左右の原子の数はそろっています。

ホタル石と濃硫酸の反応(加熱)
CaF2 + H2SO4 → CaSO4 + 2HF↑
両辺で Ca 1個、F 2個、H 2個、S 1個、O 4個がそろっています。↑は気体として出ていくことを表します。

水溶液の中で、強い酸が弱い酸の塩から弱い酸を追い出す反応を弱酸遊離と呼びます。この反応も、硫酸のほうがフッ化水素より強い酸なので、その一種と見ることができます。

ただしこの反応は、水をほとんど含まない濃硫酸と固体のホタル石で進めます。働いているのは酸の強さの差よりも、揮発しにくい濃硫酸と、揮発しやすいフッ化水素の沸点の差です。そのため「揮発性酸の遊離」と呼び、食塩と濃硫酸から塩化水素をつくる反応と同じ型に分類されます。

原料の濃硫酸そのものも、硫黄を燃やしてできる二酸化硫黄を酸化してつくる工業製品です。製法の流れは接触法による硫酸の製造で詳しく扱っています。

図3:実験室でのフッ化水素の発生と捕集(学習用の模式図)

加熱で HF だけを気体として追い出し、ガラス以外の容器に下方置換で集めます。

CaF₂+濃H₂SO₄HF の気体樹脂・鉛の容器ガラスは不可加熱底からたまる鉛・白金の容器

※反応と捕集の考え方を示す学習用の図です。HF は猛毒のため、実際の実験室で気体を発生・捕集する操作は、専用の設備と手順がある場合に限られます。

加熱が必要な理由と、残る硫酸カルシウム

この反応を進めるには加熱が欠かせません。温めると沸点19.5℃のフッ化水素は気体になって反応の場から出ていき、濃硫酸はほとんど揮発せずに残るため、生成物が取り除かれ続けて反応が右へ進みます。固体と濃い液体の反応で、混ざりにくい材料どうしの反応を早める意味もあります。

もう一方の生成物の硫酸カルシウムは、水に溶けにくい塩です。Ca2+ と SO42− の組み合わせが沈殿しやすいことは無機化学の基本で、イオンの組み合わせで沈むかどうかが決まる考え方は硫化水素と金属イオンの沈殿とも共通しています。

実験室では反応容器の底に固体の硫酸カルシウムが残るだけですが、工場ではフッ化水素1トンあたり3トンを超える量が出る大きな副生物になります。その行き先は工場の章で計算します。

鉛や白金の容器を使う理由と、下方置換で集める理由

フッ化水素はガラスを溶かすので、ふつうのガラスのフラスコや試験管は使えません。教科書で「鉛か白金の容器で加熱する」とされるのはこのためで、白金はフッ化水素に侵されず、鉛は表面に水に溶けにくいフッ化物の膜ができて内部が守られるので、容器として使えます。

気体の集め方にも注意が要ります。HF の分子量は20で、空気の平均分子量28.8より軽いのに、教科書では空気より重い気体として下方置換で集めます。会合のため、32℃付近の気体は (HF)2〜(HF)3 に相当し、見かけの分子量が40〜60になるからです。

HF は水によく溶けるので、水上置換では集められません。実際には気体のまま集めるより、水に吸収させてフッ化水素酸にすることが多く、いまの実験室ではポリエチレンやフッ素樹脂(PTFE)の器具が使われています。

フッ化水素は工業的に重要な物質:ガラスを溶かす反応と保存容器

フッ化水素が工業で最初に広く使われたのは、ガラスの加工でした。ガラスを溶かす性質は、電球のつや消しやガラス器具の目盛り、半導体の酸化膜の加工まで、表面を狙いどおりに削る技術の土台になっています。

ガラス(SiO2)を溶かす反応式

ガラスの主成分は二酸化ケイ素 SiO2 で、ケイ素と酸素が立体の網目のように共有結合した、酸にも熱にも強い物質です。塩酸や硫酸にはほとんど侵されませんが、フッ化水素とは反応し、ケイ素がフッ素と結びついて網目がほどけていきます。

気体のフッ化水素との反応
SiO2 + 4HF → SiF4↑ + 2H2O
フッ化水素酸(水溶液)との反応
SiO2 + 6HF → H2SiF6 + 2H2O
SiF4:四フッ化ケイ素(気体) H2SiF6:ヘキサフルオロケイ酸(ケイフッ化水素酸、水に溶ける)。どちらも両辺で Si・O・H・F の数がそろっています。水溶液では、できた SiF4 がさらに 2HF と結びついて H2SiF6 になります。

できる SiF4 は気体、H2SiF6 は水に溶ける物質なので、固い網目だったガラスの表面が少しずつ取り去られます。シリカの網目がどうつながっているかは、ゾル・ゲル法でガラスやシリカをつくる側から見ると理解しやすくなります。

図4:フッ化水素がガラス(SiO₂ の網目)をほどくしくみ

Si–O の網目にフッ素が入り込み、気体や水に溶ける形で表面から外れていきます。

SiSiSiSiSiSiF₄(気体)H₂SiF₆(水に溶ける)HF が当たる気体の HF との反応フッ化水素酸との反応ガラスの網目(小さい丸は酸素)

※世界大百科事典・化学辞典(コトバンク)の「SiO₂・ケイ酸塩は HF と反応して SiF₄ を生じる」をもとにした模式図です。

この性質を使って、ガラスの表面を細かく荒らす「つや消し」や、電球のすりガラス、ガラス器具の目盛りや模様付けが行われてきました。くもりガラスの一部も、フッ化水素やフッ化物を含む液で表面を処理してつくられます。

保存はポリエチレン容器、無水フッ化水素は鋼の設備で扱う

ガラス瓶に入れられないフッ化水素酸は、ポリエチレンなどの合成樹脂の容器に保存します。百科事典には、少量はポリエチレン、多量は鉛や鉛で内張りした鉄の容器という記述があり、いまはポリエチレンやフッ素樹脂の容器・ライニングが中心です。

一方、水をほとんど含まない無水フッ化水素は、水溶液より金属を侵しにくく、工場ではボンベや鋼製のタンク・配管で扱われます。特許文献には、140〜240℃の反応器では、生成物の皮膜が保たれている間は鋼でも十分な耐食性があるという記述があります。

ただし、同じ材料でも濃度・温度・水分の量で適否が変わります。容器や配管の材質は、安全データシート(SDS)の取扱い・保管の欄と、容器や機器のメーカーの適合情報で確かめるのが実務の基本です。

もし触るとどうなる?皮膚から浸透してカルシウムを奪う

フッ化水素は人体も強く侵します。皮膚や目に付く、蒸気を吸い込む、飲み込むのどれでも重い障害になり、厚生労働省のモデルSDS では急性毒性(吸入)・皮膚腐食性・眼の損傷がいずれも最も重い区分1に分類されています。

応急処置:すぐ水で洗い、グルコン酸カルシウムゼリーを使う

事故のときに最初に読む情報として、応急処置の流れを先に示します。米国の毒性物質疾病登録局(ATSDR)の医療向け指針をもとにした一般向けの目安で、職場では SDS と社内の手順、医療機関の指示を優先してください。

図5:フッ化水素が皮膚に付いたときの応急処置の流れ

痛みがなくても、付いたと分かった時点で洗い始め、必ず受診します。

STEP 1汚れた服を脱ぐ手袋・衣服・時計を外す。助ける人も耐薬品手袋を着ける
STEP 2大量の流水で洗うシャワーで長く洗い流す。ATSDR の現場向けの目安は30分以上
STEP 3カルシウムのゲルを塗る備えがあれば2.5%グルコン酸カルシウムゲルを患部にすり込む
STEP 4症状がなくても受診SDS を持って医療機関へ。濃い液・広い範囲・吸入はすぐ救急要請

※ATSDR「Medical Management Guidelines for Hydrogen Fluoride」をもとに作成。目は流水で洗い続けながら受診します。グルコン酸カルシウムゼリーを目に使うかなどの処置は医師の判断です。

耐薬品手袋で樹脂の瓶から液を樹脂のビーカーに注ぐドラフト内の手元

グルコン酸カルシウムゼリーは、ゲルの中のカルシウムにしみ込んでくるフッ化物イオンを先に結びつけさせるための処置です。ATSDR は、水溶性の潤滑ゼリー100 mL にグルコン酸カルシウム2.5 gを混ぜる調製を示しています。

日本では医療機関が院内製剤として用意する例があり、熊本赤十字病院もフッ化水素の作用を中和するためにゼリー状にして塗布すると説明しています。フッ酸を扱う事業場では、どこにゲルを置き、誰が搬送するかまで、事前に医療機関と決めておくことが大切です。

痛みが遅れて来る理由と低カルシウム血症

フッ化水素の害の主役は、酸としての H+ ではなくフッ化物イオンです。電離していない HF 分子は皮膚の表面を通り抜けて組織の奥へ入り込み、そこで F− になって細胞の中のカルシウムやマグネシウムと結びつき、細胞を壊していきます。

ATSDR の指針によると、20%未満の薄い液は付いた直後にはほとんど痛まず、12〜24時間たってから、ときに数日たってから深い傷害が表に出ます。日本大百科全書にも指先の爪の間が痛むという記述があり、痛くないから大丈夫と判断して洗うのが遅れることが、フッ酸の事故を重くしてきました。

吸収された量が多いと、血液中のカルシウムとマグネシウムが減り、カリウムが増えて不整脈を起こすことがあります。これが低カルシウム血症で、ATSDR は皮膚の傷が約160 cm²(25平方インチ)を超える場合や、濃い液に触れた場合は全身への影響を疑うよう求めています。

蒸気を吸い込むと、のどや気管が腫れたり肺水腫を起こしたりして、命に関わります。少量でも飲み込むと死亡するおそれがあり、皮膚・目・呼吸器のどこから入っても全身の中毒につながる点が、塩酸や硫酸との大きな違いです。

毒物・特定化学物質としての法令

こうした危険性から、フッ化水素は日本の化学物質の法令で最も厳しい側に置かれています。毒物及び劇物取締法では別表第一の「毒物」で、毒物及び劇物指定令によりフッ化水素を含む製剤も濃度に関係なく毒物として扱われます。

法令フッ化水素の扱い対象になる条件職場で確かめること
毒物及び劇物取締法毒物フッ化水素と、それを含む製剤(濃度による除外なし)製造・輸入・販売の登録、容器と保管場所の「医薬用外毒物」の表示、盗難・紛失の防止、譲渡の記録
特定化学物質障害予防規則特定第2類物質フッ化水素と、重量の5%を超えて含む製剤など局所排気装置、排ガス処理(吸収方式か吸着方式)、作業環境測定(管理濃度0.5 ppm)、6か月以内ごとの特殊健康診断、作業主任者
労働安全衛生法施行令 第22条歯に有害な物質フッ化水素のガス・蒸気・粉じんが出る場所での業務歯科医師による健康診断
化学物質排出把握管理促進法(化管法)第一種指定化学物質「ふっ化水素及びその水溶性塩」として、取扱量などの要件を満たす事業者排出量・移動量の届出(PRTR)、SDS の提供
水質汚濁防止法ふっ素及びその化合物工場・事業場の排水一律排水基準 8 mg F/L(海域以外)、15 mg F/L(海域)。上乗せ基準も確認
出典:e-Gov 法令検索(毒物及び劇物取締法・毒物及び劇物指定令・特定化学物質障害予防規則・労働安全衛生法施行令)、厚生労働省 モデルSDS「ふっ化水素」、環境省「一律排水基準」・PRTR の対象物質 Q&A をもとに作成。届出の要件や自治体の上乗せ基準は事業場ごとに異なります

空気中の濃さの目安として、日本産業衛生学会は最大許容濃度3 ppm(作業中のどの時点でも超えてはいけない値)を、特化則の作業環境測定では管理濃度0.5 ppm を定めています。においで気づく前に有害な濃さになりうるので、局所排気と測定で濃度を管理し、保護具は最後の守りと考えます。

排ガスは、特化則が定める吸収方式や吸着方式の装置で処理してから外へ出します。半導体工場で使われる処理装置の方式は除害装置の仕組みと方式比較にまとめています。

排水は、消石灰などのカルシウム化合物を加えて、水に溶けにくいフッ化カルシウム CaF2 として沈殿させて除くのが基本です。ホタル石と同じ物質に戻して取り除く処理で、沈殿のイオン反応式の立て方はイオン反応式と排水処理での使われ方で確かめられます。

新しくフッ酸を使う工程を立ち上げるときや、濃度・使用量を変えるときは、作業ごとに危険性を洗い出して対策を決めておきます。進め方は工場のリスクアセスメントのやり方が参考になります。

実際の工場では:ホタル石から無水フッ化水素ができるまで

工場の反応は実験室と同じ CaF2 + H2SO4 ですが、何トンもの原料を連続で流し、製品の純度を上げ、副生物を処理する工程が加わります。EPA の資料と特許文献をもとに、工程ごとの役割を整理します。

図6:ホタル石から無水フッ化水素までの工程

反応で出た粗いガスを冷やし、洗い、凝縮・蒸留して不純物を順に取り除きます。

原料キルン冷却・洗浄凝縮・蒸留製品無水石膏ケイフッ化水素酸酸用ホタル石・硫酸外から加熱 150〜300℃硫酸・水・SiF₄を除く無水HF・約70%品建材などへ回収または処理

※米国 EPA「Fluorspar and Hydrofluoric Acid」、特許 US4491571 をもとに作成した一般的な流れ。前段の反応器の有無や精製の順序は工場ごとに異なります。

ロータリーキルンでの反応と精製

原料は、CaF2 97%以上の酸用ホタル石と、純度93〜99%の硫酸(発煙硫酸も使う)です。混ぜた原料はゆっくり回る横長の筒、ロータリーキルンに送られ、外側から燃料の燃焼熱で加熱されながら反応します。特許文献では反応温度を150〜300℃としています。

実験室で鉛や白金の容器を使っていたのに対し、工場では水分の少ない条件で温度を管理し、鋼でも耐えられるとする特許文献があります。材料の選び方が「何に溶けないか」から「どの条件なら持つか」に変わるのが、実験と工業の大きな違いです。

キルンから出る粗いガスには、HF のほかに硫酸のミストや水分、ホタル石に混じったシリカから生じる SiF4 などが含まれます。ガスを冷やして洗い、硫酸は回収して原料側へ戻し、SiF4 は水で吸収してケイフッ化水素酸として取り出します。

精製したガスは冷やして液化し、蒸留で残りの水分と不純物を除いて無水フッ化水素にします。一部は水で薄めて約70%のフッ化水素酸として出荷され、半導体向けにはさらに金属などの不純物を極めて少なくした高純度品がつくられます。

反応式から、フッ化水素を1トンつくるのに必要な原料と、出てくる副生物の量を計算できます。原料がすべて反応したと考えた理論上の値です。

HF 1 t あたりの原料(理論量)
CaF2 = 1 t × 78.072 × 20.01 ≒ 1.95 t(酸用ホタル石 CaF2 97%なら 2.01 t)
H2SO4 = 1 t × 98.082 × 20.01 ≒ 2.45 t
副生する硫酸カルシウム(無水石膏)
CaSO4 = 1 t × 136.142 × 20.01 ≒ 3.40 t
分子量:CaF2 78.07、HF 20.01、H2SO4 98.08、CaSO4 136.14。CaF2 1 mol から HF が 2 mol できるので、分母は HF 2 mol 分の質量です。実際には反応しきれない分や不純物の分だけ原料が多く要ります。

製品の3倍を超える重さの無水石膏は、フッ酸石膏とも呼ばれる副産石膏で、EPA の資料にも建材向けに加工する例があります。発電所や化学工場から出る石膏の行き先は石膏の種類と用途で整理しています。

USGS は、リン鉱石からリン酸をつくるときに出るケイフッ化水素酸も、フッ化水素やフッ化アルミニウムの原料になると紹介しています。ホタル石の産地が偏るなかで、副生物からフッ素を回収する方法は原料を分散させる手段の1つです。

フッ化水素の用途:半導体からフッ素樹脂、アルミまで

USGS は、フッ化水素を「事実上すべての含フッ素化学品の原料」と説明しています。主な用途を工程の中での役割で並べると、次のようになります。

図7:フッ化水素の主な用途と、工程での役割

表面を溶かす、フッ素を渡す、酸化膜を落とす、の3つの働きで使われます。

半導体酸化膜のエッチング、自然酸化膜を落とす洗浄
フッ素樹脂・冷媒フロン類をつくり、PTFE などの原料へ
金属の酸洗いステンレスの表面のスケールを落とす
アルミ製錬電解浴の氷晶石やフッ化アルミニウムの原料
ガラス加工つや消し、目盛りや模様の刻み
電池材料リチウムイオン電池の電解質塩やバインダー

※USGS「Mineral Commodity Summaries 2025: Fluorspar」、日本大百科全書・化学辞典(コトバンク)をもとに作成。

半導体のウェットエッチングと洗浄(バッファードフッ酸)

半導体の製造では、シリコンウェーハの上に二酸化ケイ素の膜をつくり、必要なところだけ削る工程を何度も繰り返します。フッ化水素は二酸化ケイ素をシリコンよりはるかに速く溶かすので、膜だけを選んで除く薬液として使われ、空気中で自然にできる薄い酸化膜を落とす洗浄にも使われます。

酸化膜を削る液の代表が、フッ化水素酸にフッ化アンモニウム NH4F を加えたバッファードフッ酸(BHF)です。米テキサス大学の実習資料では、49%のフッ化水素酸・水・フッ化アンモニウムをおよそ1:6:4で混ぜ、室温で毎分約100 nm の速さで酸化膜を削るとしています。

フッ化アンモニウムは緩衝剤で、反応で HF が消費されても液の pH を一定に保ち、削る速さを最後まで安定させる役目を持ちます。ウェットエッチングが前工程のどこで使われるかは半導体の前工程の流れで全体を見渡せます。

半導体用のフッ化水素では、わずかな金属の不純物でも回路の不良につながるため、不純物を極めて少なくした電子工業用の高純度品が使われます。製品だけでなく輸送や保管の容器からの汚染も含めて管理する必要があり、この高純度品が2019年に注目を集めることになります。

フッ素樹脂・冷媒、金属の酸洗い、アルミ製錬

フッ素化学では、フッ化水素がフッ素原子を有機物に渡す役目を担います。

クロロホルムとフッ化水素を反応させると、クロロジフルオロメタン(HCFC-22)ができます。これを650〜800℃に加熱すると、フッ素樹脂 PTFE の原料になるテトラフルオロエチレンが約90%の収率で得られます。

① フッ化水素でフッ素を入れる
CHCl3 + 2HF → CHClF2 + 2HCl
② 熱分解でテトラフルオロエチレンにする(650〜800℃)
2CHClF2 → C2F4 + 2HCl
CHCl3:クロロホルム CHClF2:クロロジフルオロメタン(HCFC-22、R-22) C2F4:テトラフルオロエチレン。C2F4 を重合すると PTFE(ポリテトラフルオロエチレン)になります。①は触媒を使い、条件は工場ごとに異なります。

HCFC-22 は R-22 の名で冷媒としても使われてきた物質で、USGS によると冷媒とフッ素樹脂はフッ化水素の代表的な行き先です。冷媒が機器の中でどう働くかはヒートポンプの原理と冷媒で扱っています。

金属の表面処理では、ステンレスを熱処理や溶接をした後にできる酸化皮膜(スケール)を、硝酸とフッ化水素酸の混酸で落とす酸洗いが行われます。硝酸だけでは溶けにくい皮膜を、フッ化物イオンが溶かし出す組み合わせで、鋼種ごとの性質はステンレスの種類と違いにまとめています。

アルミニウムの製錬では、アルミナを溶かす電解浴に氷晶石やフッ化アルミニウムを使い、それらはフッ化水素からつくられます。電解浴の役割と電力の話は融解塩電解によるアルミニウム製錬で詳しく扱っています。

新しい用途として、USGS はリチウムイオン電池の電解質塩やバインダー、セパレーターのコーティング材料にフッ化水素からつくる材料が使われていると紹介しています。電池の材料と工程の違いは全固体電池とリチウムイオン電池の違いも参考になります。

2019年の輸出管理の見直しで注目された高純度フッ化水素

2019年7月1日、経済産業省は韓国向けの輸出管理の運用を見直すと発表しました。7月4日からフッ化水素・フッ化ポリイミド・レジストの3品目について、韓国向けの輸出を包括許可の対象から外し、1件ごとの個別許可に切り替えています。いずれも半導体やディスプレーの製造に使う材料です。

図8:韓国向け輸出管理の見直しの経緯(2019〜2023年)

禁輸ではなく、許可の手続きが変わり、4年後に元に戻りました。

2019年7月1日見直しを発表3品目の個別許可化と、ホワイト国から外す政令改正の意見募集
2019年7月4日3品目を個別許可にフッ化水素・フッ化ポリイミド・レジストと関連技術
2019年8月28日グループAから除外輸出貿易管理令の改正(旧ホワイト国)を施行
2023年3月23日3品目を包括許可へ特別一般包括許可の対象に戻す通達改正を適用
2023年7月21日グループAに戻す輸出貿易管理令の別表第3に韓国を追加(6月30日公布)

※経済産業省「Update of METI’s licensing policies and procedures in relation to the Republic of Korea」・2023年3月23日の通達改正、JETRO ビジネス短信(2023年6月30日)をもとに作成。

フッ化水素は軍事転用のおそれがある品目として、もともと外為法の輸出管理リストに載っています。経産省は、民生用で転用のおそれがないと確認できれば許可を出すと説明しており、見直しは禁輸ではなく許可の手続きを厳しくする措置でした。

それでも、半導体の製造に欠かせない高純度品の調達が滞る懸念から、半導体メーカーが他国産への切り替えや国産化を急ぐきっかけになりました。

2023年に3品目の扱いと韓国のグループAへの位置づけは元に戻りましたが、特定の材料と国に頼る怖さを示した出来事として、いまも経済安全保障の議論で引き合いに出されることの多い出来事です。

韓国の製造業の得意分野と日本との関係はドイツ・韓国・台湾・インドの製造業の比較で、輸出規制が部材の調達をどう揺さぶるかはレアアース輸出規制の磁石への影響でも見ることができます。

フッ化水素のよくある質問

フッ化水素とフッ酸は同じものですか?

フッ化水素は HF という物質そのもので、気体や液化した無水の状態も指します。フッ酸はフッ化水素の水溶液(フッ化水素酸)の通称で、工場や研究室で単に「フッ酸」と言うときは、多くの場合この水溶液を指します。

フッ素とフッ化水素はどう違いますか?

フッ素は単体の F2 で、フッ化水素よりさらに反応性の高い淡い黄色の気体です。工業的には、フッ化水素とフッ化カリウムを混ぜて融かした液を電気分解してつくるので、フッ素の単体もフッ化水素から生まれます。

フッ素入りの歯みがきにはフッ化水素が入っていますか?

入っていません。厚生労働省の e-ヘルスネットによると、フッ化物配合の歯みがきに使われるのはフッ化ナトリウム、モノフルオロリン酸ナトリウム、フッ化第一スズで、医薬部外品としてむし歯予防の効能が認められています。

フッ化水素酸は強酸と弱酸のどちらですか?

水溶液の酸の強さでは弱酸で、0.1 mol/L で電離しているのは約8%です。ただし、ガラスを溶かす力や皮膚から浸透する毒性は酸の強さと関係がないので、扱いは強酸以上に慎重にします。

まとめ

この記事のまとめ
  • フッ化水素酸はハロゲン化水素で唯一の弱酸(Ka 約6.8 × 10−4)で、H–F 結合の強さとイオン対・水和の効果で電離しにくい
  • 分子どうしが水素結合で会合するため、沸点は19.5℃と高く、気体は空気より重いので下方置換で集める
  • 製法はホタル石と濃硫酸の揮発性酸の遊離(CaF2 + H2SO4 → CaSO4 + 2HF)で、工場では鋼製のロータリーキルンで反応させ、精製して無水フッ化水素にする
  • ガラス(SiO2)を SiF4 や H2SiF6 にして溶かすので、ポリエチレンなどの樹脂容器で保存する
  • 皮膚から浸透してカルシウムを奪う毒物で、すぐの流水洗浄とグルコン酸カルシウムゼリー、受診が基本。半導体・フッ素樹脂・金属・アルミ製錬を支える基礎原料でもある

フッ化水素は、教科書では「弱酸なのにガラスを溶かす例外」として登場しますが、工場ではフッ素を含むあらゆる製品の入口に立つ原料です。

ホタル石から半導体・樹脂・金属へと広がる化学品のつながりは、化学業界のサプライチェーンから見渡せます。安全衛生の基本は製造業の職場環境と安全衛生も参考になります。

出典

出典・参考資料(13件)を開く出典・参考資料を閉じる

TOOLS & SERVICES

製造業で働く人の、仕事の道具・サービス紹介

これからの働き方、資格の勉強、打合せの記録。MONOSCOPE で紹介している3つです。

仕事の道具・サービス紹介をすべて見る ›

NEWSLETTER

生産技術・化学・樹脂・ゴムの記事を、週1回まとめてメールで受け取る

週刊MONOSCOPEは、登録時に選んだ職種・業種に合わせた記事を週1回お届けする無料のメルマガです。

実際に届くメールの例を見る

件名:今週のあなた向け記事|週刊MONOSCOPE 10/9号
登録内容:品質保証・品質管理 × 食品・医薬・日用品

週刊MONOSCOPEの見本(品質保証・品質管理 × 食品・医薬・日用品)

職種3本・業種3本・製造業で働くすべての方へ2本・今週よく読まれた記事3本が届きます。記事は毎週入れ替わります。ほかの見本を見る

生産技術を選んだ状態で登録へ ›

無料・週1回。登録後に届く確認メールのリンクを押すと登録が完了します。配信はメール内のリンクからいつでも停止できます。

WEEKLY NEWS

今週の製造業ニュース10選

メルマガは職種・業種に合わせた記事。LINEとnoteでは、全員共通の10本を毎週土曜の朝にお届けします。

LINEでニュース10選を受け取るnote今週のニュース10選をnoteで読む ›
よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

MONOSCOPEの運営者

プラント機器メーカーとプラントメーカーで約10年、設備の提案・設計・試運転に携わったのち、Webマーケターに転身。現在はBtoB製造業専門のWebコンサルタントとして、メーカーの情報発信を支援しています。エネルギー管理士/第三種電気主任技術者。工業技術ブログを2017年から運営(500本以上執筆)、YouTube登録者約2万人、Xフォロワー約1万人。

▶ お仕事のご依頼はこちら

目次