極性分子とは、分子全体で電荷の偏りが残る分子のことで、偏りが打ち消されて残らない分子を無極性分子と呼びます。見分けるには、電気陰性度の差で結合に極性があるかと、分子の形でその偏りが打ち消し合うかの2つを確かめれば足ります。
たとえば塩化水素(HCl)・水(H2O)・アンモニア(NH3)は極性分子、水素(H2)・二酸化炭素(CO2)・メタン(CH4)は無極性分子です。CO2 も H2O も結合には極性があるのに、形の違いで結果が分かれる点が、見分け方のいちばんの山場になります。
この記事では、2つの知識を整理したうえで、2原子分子と多原子分子(CO2・NH3・CH4)の見分け方を順に確かめます。後半では極性の強さを数字で比べ、溶媒選びや洗浄、接着、分析、マイクロ波加熱といった工場や実験室で極性が効く場面を見ていきます。
- 手順1 結合に極性があるか:結ぶ原子の電気陰性度に差があるかを見る。H2・O2・N2・Cl2 のように同じ原子どうしなら無極性分子
- 手順2 形で打ち消し合うか:偏りの向きが対称なら打ち消され、対称でなければ偏りが残る
- 打ち消す例(無極性分子):CO2(直線形)、CH4(正四面体形)
- 残る例(極性分子):H2O(折れ線形)、NH3(三角錐形)
極性分子と無極性分子を見分ける2つの知識
分子が極性をもつかどうかは、共有電子対を引っ張る力とその向きに対称性があるかで決まります。引っ張り合いが対称なら偏りは打ち消されて無極性分子、対称性が崩れていれば偏りが残って極性分子です。
その対称性は、結合ごとの「電子を引く力の差」と、分子の「形(引く向き)」の2つを見れば判断できます。先に代表的な分子の答えを並べておくと、次のとおりです。
- 極性分子:HCl、HF、H2O、NH3、CH3Cl、CH2Cl2、CHCl3、アセトン、メタノール
- 無極性分子:H2、O2、N2、Cl2、CO2、CH4、CCl4、BF3、ベンゼン
- 分子ではないもの:NaCl など金属と非金属のイオン結合の物質(極性分子の仲間には入れない)
結合に極性があるか→形で打ち消し合うか、の順に見ます。2原子分子は形が直線に決まるので、1つ目だけで答えが出ます。
※代表的な分子を判定するための手順です。大きな有機分子は、極性の強い部分(−OH、C=O など)と弱い部分(炭化水素の鎖)の両方をもつので、性質は全体のバランスで決まります。
電気陰性度の差による結合の極性
共有結合では、2つの原子が共有電子対を引っ張り合っています。この引っ張る強さを数値にしたものが電気陰性度で、値の大きい原子ほど共有電子対を自分の側へ強く引き寄せます。
電気陰性度に差がある2つの原子が結合すると、電子対は大きい側へ寄り、その原子はわずかにマイナス(δ−)、相手はわずかにプラス(δ+)を帯びます。この電荷の偏りがある状態を「結合に極性がある」といい、差が大きいほど偏りも大きくなります。
主な元素の電気陰性度は、F 3.98、O 3.44、Cl 3.16、N 3.04、C 2.55、H 2.20 の順です。よく出る結合について差を計算すると次の表のようになり、炭素と水素の結合(C−H)は差が0.35と小さいことが分かります。
| 結合 | 電気陰性度 | 差 | 結合の極性 |
|---|---|---|---|
| H−H、Cl−Cl | 同じ原子どうし | 0 | なし |
| C−H | C 2.55/H 2.20 | 0.35 | ごく小さい |
| C−Cl | C 2.55/Cl 3.16 | 0.61 | ある(Cl が δ−) |
| N−H | N 3.04/H 2.20 | 0.84 | ある(N が δ−) |
| C−O | C 2.55/O 3.44 | 0.89 | ある(O が δ−) |
| H−Cl | H 2.20/Cl 3.16 | 0.96 | ある(Cl が δ−) |
| O−H | O 3.44/H 2.20 | 1.24 | 大きい(O が δ−) |
| H−F | H 2.20/F 3.98 | 1.78 | 非常に大きい(F が δ−) |
| Na−Cl | Na 0.93/Cl 3.16 | 2.23 | イオン結合とみなす |
分子の形(電子を引く向き)
結合に極性があるだけでは、分子が極性分子になるかどうかは決まりません。綱引きにたとえると、同じ力で真逆の方向に引けば綱は動かず、同じ力でも違う向きに引けば、2本の力を合わせた向きに綱が動きます。
分子でも同じで、結合の極性を向きと大きさをもつ矢印(ベクトル)として足し合わせ、合計が残るかどうかで分子の極性が決まります。合計の大きさが、後で見る双極子モーメントです。
同じ大きさの極性でも、真逆に並べば合計は0、角度をもって並べば合計の矢印が残ります。
※矢印は電子が引き寄せられる向き(δ+ から δ− の向き)で描いています。
分子の形は、中心の原子のまわりにある電子対どうしができるだけ離れるように決まります。電子式を書き、中心原子のまわりの電子対の組の数と、そのうち結合していない非共有電子対の数を数えれば、形を覚えていなくても導けます。
2原子分子の見分け方
原子2個でできた分子は、形が直線しかありえないので、結合の極性がそのまま分子の極性になります。同じ原子どうしの H2・O2・N2・Cl2 は電気陰性度の差が0で無極性分子、違う原子どうしの HCl・HF・CO は極性分子です。
HCl では電気陰性度の大きい Cl が δ−、H が δ+ になり、分子全体として片側がマイナス、反対側がプラスに偏ります。HF は差が1.78とさらに大きく、偏りも HCl より大きくなります。
注意したいのは、差が大きすぎると電子が片方へ移りきり、分子ではなく陽イオンと陰イオンになることです。電気陰性度の差がおよそ1.7を超えるあたりからイオン性が強くなるとされますが境目は厳密ではなく、Na と Cl(差2.23)がつくる塩化ナトリウムはイオン結合の結晶です。
これは極性分子の判定とは別の目安で、イオン結合の物質は「極性の強い分子」ではなく、そもそも分子をつくりません。水に溶けるとイオンに分かれて振る舞うので、反応はイオン反応式で考え、水酸化ナトリウムのような物質も同じ見方で扱います。
多原子分子の見分け方
原子が3個以上の分子は、結合の極性に加えて形の影響を受けます。電子式を書く→電子式から分子の形を決める→結合の極性の矢印が打ち消し合うかを確かめる、の順に進めると、どの分子も同じ見方で判定できます。
分子全体として電荷に偏りがあれば極性分子、なければ無極性分子という考え方は2原子分子と変わりません。代表的な4つの分子を並べると、次の図のように形と極性の関係がひと目で分かります。
CO2 と CH4 は矢印が打ち消し合い、H2O と NH3 は合計の矢印(太線)が残ります。
※平面に描いた模式図です。NH3 の上の点線は非共有電子対、CH4 は立体の正四面体を平面に写しています。D(デバイ)は双極子モーメントの単位で、値は NIST CCCBDB の実測値です。
二酸化炭素(直線形):逆向きで打ち消す
CO2 の電子式は O::C::O で、中心の C は2つの O とそれぞれ二重結合をつくり、C のまわりの電子対の組は2つです。2組が最も離れるのは反対向きなので、分子は O=C=O の直線形(180°)になります。
C と O の電気陰性度の差は0.89あり、C=O の結合1本1本には極性があります。ところが2本の極性は同じ大きさで真逆を向くため打ち消し合い、分子全体の双極子モーメントは0になるので、CO2 は無極性分子です。
2原子分子では違う原子どうしなら必ず極性分子でしたが、多原子分子では結合に極性があっても分子としては無極性になるものがあります。同じ考え方で、平面三角形の三フッ化ホウ素(BF3)も3本の極性が120°ずつ広がって打ち消し合い、無極性分子になります。
アンモニア(三角錐形):非共有電子対が形を決める
NH3 の N のまわりには、H と共有する電子対3組と、結合していない非共有電子対1組の合わせて4組があります。4組は四面体の向きに広がりますが、原子の並びだけを見ると N を頂点にした三角錐形で、H−N−H の角度は約107°です。
3本の N−H 結合の極性はいずれも N の側を向き、三角錐の底面から頂点へ向かう合計の矢印が残ります。3本が同じ平面に広がっていないので打ち消し合わず、NH3 は双極子モーメント1.48 D の極性分子になります。
水(H2O)も同じ見方で判定できます。O のまわりには共有電子対2組と非共有電子対2組があり、原子の並びは約104.5°の折れ線形になるため、2本の O−H 結合の極性が足し合わされて1.86 D の極性分子です。
非共有電子対は共有電子対より強く反発するので、正四面体の109.5°より、NH3(1組)は約107°、H2O(2組)は約104.5°と角度が狭くなります。
メタン(正四面体形):4方向で打ち消す
CH4 の C は4つの H と共有電子対を1組ずつつくり、4組が最も離れる正四面体形(結合角109.5°)になります。C−H 結合の極性はもともと小さいうえ、4方向に同じ大きさで並ぶので打ち消し合い、メタンは無極性分子です。
4つの H をすべて Cl に替えた四塩化炭素(CCl4)も、C−Cl 結合に極性はありますが4方向で打ち消し合うので無極性です。一方、H の一部だけを Cl に替えると、引っ張る力の大きさが方向によって違うので打ち消しきれず、極性分子になります。
ジクロロメタン(CH2Cl2、別名塩化メチレン)は2つの Cl の側へ偏りが残り、双極子モーメントは1.62 D です。
クロロメタン(CH3Cl)1.87 D、クロロホルム(CHCl3)1.04 D と、Cl の数が増えるほど反対側の矢印と打ち消し合う分が増え、CCl4 で0になります。
極性の強さを数字で見る:分子の双極子モーメントと液体の比誘電率
「極性分子か無極性分子か」は二択ですが、実際の分子の極性には強弱があります。強さを表す数字は2種類あり、分子1個の偏りを表すのが双極子モーメント、液体全体が電界にどれだけ応えるかを表すのが比誘電率で、見ているものが違います。
双極子モーメントは、ほかの分子の影響を受けない気体の分子1個について測った値です。0なら無極性分子で、値が大きいほど偏りが大きい極性分子と読みます。
| 分子 | 形 | 双極子モーメント(D) | 判定 |
|---|---|---|---|
| N2、CO2、CH4、CCl4、BF3、ベンゼン | 直線・正四面体・平面三角形・正六角形 | 0 | 無極性 |
| トルエン | ベンゼン環に CH3 | 0.33 | ごく弱い極性 |
| HCl | 直線(2原子) | 1.09 | 極性 |
| CHCl3(クロロホルム) | 四面体 | 1.04 | 極性 |
| NH3 | 三角錐 | 1.48 | 極性 |
| CH2Cl2(ジクロロメタン) | 四面体 | 1.62 | 極性 |
| メタノール | −OH をもつ | 1.67 | 極性 |
| HF | 直線(2原子) | 1.83 | 極性 |
| H2O | 折れ線 | 1.86 | 極性 |
| CH3Cl(クロロメタン) | 四面体 | 1.87 | 極性 |
| アセトン | C=O をもつ | 2.88 | 強い極性 |
比誘電率は、物質を電極の間に入れたときに、真空に比べて何倍の電気をためられるかを表す値で、液体の溶媒の極性の目安によく使われます。仕組みは誘電率と比誘電率の解説で詳しく扱っています。
水だけが飛び抜けて大きく、アルコール・アセトンが中ほど、トルエン・ヘキサンは2前後です。
※比誘電率は20〜25℃付近の値(Murov「Common Organic Solvents: Table of Properties」、CRC Handbook 87版などから)。水とよく混ざるかどうかは極性だけでなく、水素結合をつくれるかや分子の大きさにも左右されます。
2つの数字の順番は一致しません。アセトンは分子1個の双極子モーメントが水より大きいのに、比誘電率は水の約4分の1です。水は分子どうしが水素結合で網目のようにつながり、電界がかかると網目ごと向きをそろえるので、液体全体としての極性が飛び抜けて大きくなります。
比誘電率の大きい液体は、電気を帯びた粒子どうしの引力を弱めるので、塩などのイオン性の物質を溶かしてイオンに分けやすくなります。
高周波の信号を扱う基板や電線の被覆では逆に比誘電率の小さい無極性の樹脂が好まれ、コンデンサの誘電体では大きな材料が選ばれるなど、用途によって欲しい極性の強さが変わります。
実際の工場では:溶媒選び・洗浄・塗装と接着
極性の考え方がいちばん身近に効くのは、液体どうしや液体と固体の「なじみやすさ」です。極性の近いものどうしは引き合ってなじみ、離れたものどうしははじき合うという性質が、溶媒の選び方、部品の洗い方、塗料や接着剤のつき方を左右します。
溶媒の選び方:似たものは似たものを溶かす
化学の現場には「似たものは似たものを溶かす(like dissolves like)」という経験則があります。極性の溶質は水やアルコールのような極性の溶媒に、油や樹脂のような無極性の溶質はヘキサンやトルエンのような無極性の溶媒に溶けやすいという意味です。
理由は、溶けるときに溶媒分子どうしの引き合いを断ち切る必要があるからです。水の分子は水素結合で強く引き合っているので、水と引き合う力の弱い無極性の油が割り込めず、油は水の中で寄り集まって分かれることになります。
| 溶媒 | 比誘電率 | 水への溶け方(g/100 g) | 極性の目安 |
|---|---|---|---|
| 水 | 78.5 | − | 極性(水素結合が強い) |
| メタノール | 32.6 | 任意に混ざる | 極性 |
| エタノール | 24.6 | 任意に混ざる | 極性 |
| アセトン | 21.0 | 任意に混ざる | 極性 |
| 2-プロパノール(IPA) | 18.3 | 任意に混ざる | 極性 |
| ジクロロメタン | 9.1 | 1.32 | 中程度 |
| 酢酸エチル | 6.0 | 8.7 | 中程度 |
| トルエン | 2.4 | 0.05 | ほぼ無極性 |
| ヘキサン | 1.9 | 0.0014 | 無極性 |
この性質は、反応後の混合物から目的の物質を取り出す抽出に使われます。水と混ざらない有機溶媒を加えて振ると、塩や極性の高い不純物は水の層へ、無極性に近い目的物は有機溶媒の層へ移るので、2層を分けるだけで大まかに精製できます。
一方、エタノールやアセトンは −OH や C=O の極性の部分と炭化水素の部分を両方もつので、水とも多くの有機溶媒とも混ざります。
水とエタノールは水素結合で強く引き合うため、蒸留では約95.6質量%の共沸組成から先に濃くできず、溶剤を加えて蒸気圧の差を広げる抽出蒸留などが使われます。
ただし「似たものは似たものを溶かす」は候補を絞る目安で、実際の溶けやすさは分子の大きさ、水素結合、温度でも変わります。溶媒を決めるときは、極性で候補を挙げたうえで溶解試験をし、引火点や毒性、排気・回収の設備まで含めて選ぶのが現場の進め方です。
洗浄・脱脂:汚れの極性に合わせて洗い方を選ぶ
金属部品の洗浄では、まず落としたい汚れの性質を見ます。切削油やプレス油などの鉱物油は炭化水素が主成分のほぼ無極性の汚れで、水だけでは落ちず、炭化水素系や塩素系の溶剤なら溶かして落とせます。
逆に、手の汗や水溶性の切削液の残り、塩類のような極性・イオン性の汚れは水によく溶けます。油と水溶性の汚れが混ざった部品を水で洗うときに使われるのが界面活性剤で、1つの分子の中に水になじむ部分(親水基)と油になじむ部分(親油基)をもっています。
油になじむ尾を油に刺し、水になじむ頭を外へ向けて包むので、水と混ざらない油が水の中へ運び出されます。
※さいたま市「石けんと洗剤の科学」などの解説をもとにした模式図です。実際の洗浄では、温度・こすり洗い・超音波などの物理的な力と組み合わせて落とします。
油をよく溶かす塩素系溶剤は燃えにくく乾きやすい反面、健康への影響が問題になってきました。ジクロロメタンやトリクロロエチレンなど有機溶剤10物質は、2014年11月から特定化学物質障害予防規則(特化則)の対象に移り、作業環境の測定や評価などの管理が義務になっています。
そのため洗浄方法は、汚れの極性だけでなく、部品の材質や形、乾かし方、作業者の安全、排水・排気の処理まで含めて選びます。めっきや塗装の前の脱脂で油が残ると、皮膜がはがれる不良の原因になるので、洗浄は仕上がりを決める工程の1つです。
塗料・接着剤のぬれとコロナ処理

塗料や接着剤、印刷インキがしっかりつくには、まず液体が表面に広がる(ぬれる)ことが必要です。液体と表面の分子が引き合うほどよくぬれるので、表面の極性と液体の極性の相性がそのまま密着のしやすさに表れます。
ポリエチレン(PE)やポリプロピレン(PP)は、C−H と C−C の結合だけでできた無極性に近い樹脂で、表面に極性基がありません。そのため塗料や接着剤をはじきやすく、東ソーの研究報告でも、極性基をもたないことによる接着性の乏しさが工業上の大きな課題とされています。
そこでフィルムの印刷やラミネートの前には、コロナ放電などで表面を処理し、酸素を含む極性の官能基をつくってぬれやすくします。処理の効果は時間とともに弱まるので、水の接触角などで処理の度合いを確かめてから加工するのが一般的です。
反対に、フッ素樹脂のように表面が水も油もはじく材料もあり、焦げつき防止や汚れ防止に使われます。表面の性質を変える方法全体は表面処理の基本で、塗装方式の選び方は粉体塗装・電着塗装・溶剤塗装の違いで整理しています。
実際の工場では:分離・分析とマイクロ波加熱
極性は、物質を分ける・測る場面と、電気で温める場面にも効いています。分析では「どの成分がどちらになじむか」の差を、加熱では「分子が電界に応えて動くか」を利用していて、どちらも極性の強さが結果を左右します。
クロマトグラフィー:極性の差で成分を分ける
クロマトグラフィーは、固定相(詰め物)と移動相(流す液体や気体)への親和力の差で、混合物を成分ごとに分ける方法です。どちらの相になじみやすいかを決める大きな要因が、成分と相の極性です。
液体クロマトグラフィー(HPLC)で広く使われる逆相では、シリカに炭素18個の鎖(C18)を結合した無極性の固定相に、水とメタノールやアセトニトリルを混ぜた極性の移動相を流します。
一般に、極性の高い成分ほど移動相と一緒に早く出て、無極性に近い成分ほど固定相にとどまって遅れて出ます。
極性の固定相に無極性に近い移動相を流す順相では、出てくる順番がおおむね逆になります。実際の順番は移動相の混ぜ方や pH、温度でも変わるので、医薬品や樹脂添加剤の品質管理では、標準物質で出てくる時間を確かめてから成分を特定します。
電子レンジと誘電加熱:極性分子が電界に応えて発熱する
電子レンジで食品が温まるのは、マイクロ波の電界で食品中の水分子が揺り動かされ、その動きが熱に変わるからです。家庭用や工業用のマイクロ波加熱には、主に ISM(産業・科学・医療)用の2,450 MHz 付近が使われ、電界は1秒に約24億5,000万回という速さで振動します。
電界の向きが入れ替わるたびに極性分子が向きを変えようとし、追いつけない分が熱になります。無極性の材料はほとんど応えません。
※温まりやすさは極性の強さだけでなく、周波数、温度、水分量、塩分(イオン)による損失でも変わります。
米国食品医薬品局(FDA)の解説でも、ガラスや紙、陶器、プラスチックの容器はマイクロ波を通して自らはほとんど温まらないとされています。
水のように極性が強く、電界に応えて損失を出す物質ほど温まりやすいのですが、塩分を含むとイオンの動きによる発熱も加わるので、極性の強さだけで温まり方は決まりません。
工場では、材料の内部から直接温められる誘電加熱が、食品の解凍・殺菌、木材の乾燥や接着剤の硬化、ゴムの加熱に使われています。ヒーターで外から温める方式との違いや、加熱に必要な電力の考え方は電気加熱の正味電力の計算とあわせて押さえると、装置の選び方が見えてきます。
樹脂シートどうしを溶かして貼り合わせる高周波ウェルダーでは、13〜100 MHz(典型的には27.12 MHz)の高周波が使われます。
ボローニャ大学の解説によると、塩化ビニル(PVC)やポリウレタンのような極性のある樹脂は溶着できますが、無極性の PE や PP は高周波だけでは溶着できません。C−Cl 結合をもつ PVC が、レインコートや医療用バッグ、文具のビニールケースの溶着に向くのはこのためです。
極性分子と無極性分子のよくある質問
CO2は無極性分子なのに、なぜ温室効果ガスなのですか?
CO2 は止まっているときは双極子モーメントが0ですが、左右の結合が非対称に伸び縮みしたり、折れ曲がったりする振動の瞬間に電荷の偏りが生じ、その振動で赤外線を吸収します。どう振動しても偏りが生じない N2 や O2 は赤外線をほとんど吸収しないので、温室効果ガスになりません。
水の極性が特に強いと言われるのはなぜですか?
O−H 結合の電気陰性度の差が1.24と大きく、分子が折れ線形なので偏りが打ち消されないからです。さらに水分子どうしは水素結合で網目のようにつながるため、液体としての比誘電率が約78.5と大きくなり、多くの塩をイオンに分けて溶かします。
ベンゼンやトルエンは極性分子ですか?
ベンゼンは正六角形の平面分子で C−H の極性が打ち消し合うので無極性分子です。トルエンはメチル基の分だけ対称性が崩れて0.33 D とわずかな極性がありますが、比誘電率は2.4で、実用上は無極性の溶媒として扱われます。
極性分子と無極性分子はまったく混ざらないのですか?
まったく混ざらないわけではありません。O2 や CO2 のような無極性分子も水に少しは溶け、炭酸水や石灰水に二酸化炭素を通す反応はその溶けた分が働いています。エタノールのように極性の部分と無極性の部分を両方もつ分子は、水とも油ともよく混ざります。
まとめ
- 極性分子と無極性分子は「電気陰性度の差による結合の極性」と「分子の形」の2つで、電荷の偏りが打ち消し合うかを見て判断する
- 2原子分子は結合の極性がそのまま分子の極性になり、同じ原子なら無極性、違う原子なら極性。差が大きすぎるものはイオン結合で分子ではない
- 多原子分子は電子式→形→結合の極性の打ち消し合いの順に確かめる。CO2(直線形)・CH4(正四面体形)は無極性、NH3(三角錐形)・H2O(折れ線形)は極性
- 極性の強さは、分子1個なら双極子モーメント、液体全体なら比誘電率で比べ、2つは見ているものが違う
- 工場では溶媒選び・洗浄・ぬれと接着・クロマトグラフィー・誘電加熱に極性が効くが、極性は候補を絞る目安で、溶け方や温まり方は試験と安全面の確認で決める
極性分子と無極性分子の見分け方は、覚える分類ではなく、電子の偏りを矢印として足し合わせる手順です。この見方が身につくと、溶剤が混ざるかどうか、汚れがどの洗浄液で落ちるか、樹脂に塗料がつくかといった現場の疑問にも、理由から答えられるようになります。
分子の結びつき方が性質を決める例には、共有結合の結晶と分子結晶の違いや、水と強く引き合う網目で水を抱える高吸水性ポリマーがあります。表面の性質が論点のPFAS規制の製造業への影響とあわせて読むと、化学の基礎と製品のつながりがつかみやすくなります。
出典
出典・参考資料(15件)を開く出典・参考資料を閉じる
- 電気陰性度:PubChem「Electronegativity | Periodic Table of Elements」
- 分子の双極子モーメントと結合の極性、デバイの定義:LibreTexts Chemistry「9.3: Molecular Shape and Molecular Polarity」
- 分子の形と結合角:The University of Texas at Austin「VSEPR: Tetrahedral」、Davidson College「Valence-Shell Electron-Pair Repulsion (VSEPR) Model」
- 双極子モーメントの実測値:NIST CCCBDB「Experimental dipole moments」
- 溶媒の比誘電率・水への溶解度:Murov「Common Organic Solvents: Table of Properties」(organicchemistrydata.org)
- 似たものは似たものを溶かす:LibreTexts Chemistry「4.4 Solubility」
- 界面活性剤のはたらき:さいたま市「サイエンスなび 石けんと洗剤の科学」
- ジクロロメタンなど有機溶剤10物質の特化則への移行:厚生労働省「平成26年11月の特定化学物質障害予防規則・作業環境測定基準等の改正」
- ポリオレフィンの接着性とコロナ処理:白木善彦「新規相溶化技術を利用したポリオレフィンへの接着」東ソー研究・技術報告 Vol.68(2024)
- HPLC の順相と逆相:LibreTexts Chemistry(Harvey)「12.5: High-Performance Liquid Chromatography」
- 電子レンジの加熱の仕組み:U.S. Food and Drug Administration「Microwave Ovens」
- マイクロ波加熱の周波数と仕組み:Püschner「マイクロ波加熱」
- 誘電加熱の用途:山本ビニター「誘電加熱(マイクロ波)」(イプロス)
- 高周波ウェルダーの周波数と溶着できる樹脂:University of Bologna Pack Innovation Lab「Radio Frequency (RF) Welding」
- CO2 の赤外線吸収と双極子:University of Maryland AOSC680「Lecture 7」(2024年)
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