最低賃金の引上げは、工場の人件費や取引価格にどこまで響くのか。2026年度の最低賃金は全国加重平均(働く人の数で重み付けした平均)で1,177円となりました。
前年度からの引上げ幅56円は、国が目安を示す今の仕組みが始まって以降で2番目の大きさです。
パートや派遣社員を多く抱える工場ほど影響が大きく、都道府県によって金額も、新しい金額が適用される日も異なります。取引先から「値上げの根拠」として持ち出されるのも、この最低賃金の動きです。
この記事では、2026年度の最低賃金の全体像、主要な工業県の改定額と発効日、製造業が受ける影響の大きさを整理します。あわせて、人件費の試算方法、価格転嫁の現状、工場がいま準備することを、公的なデータをもとに順に見ていきます。
2026年度の最低賃金は全国平均1,177円
厚生労働省は2026年9月3日、全47都道府県の地方最低賃金審議会が答申した改定額を取りまとめて公表しました。全国加重平均は1,177円で、前年度の1,121円から56円の引上げです。
引上げ率は約5.0%で、1978年度に目安制度が始まって以降、2025年度の66円に次ぐ2番目の高さとなりました。
「加重平均」は、各都道府県の最低賃金をその地域で働く人の数で重み付けした平均です。東京や大阪、愛知のように労働者が多い地域の金額が強く反映されるため、地方の工場にとっては実感より高い数字に見えるかもしれません。
改定額は、国の中央最低賃金審議会が示す「目安」をもとに、各都道府県の審議会が決めます。
2026年度の目安は7月28日に示され、Aランク(東京・愛知など6都府県)が54円、Bランク(28道府県)とCランク(13県)が56円でした。
目安どおりなら全国加重平均は1,176円、55円増になる計算です。
引上げ額は過去最大だった前年度に次ぐ水準で、全国平均は5年で200円以上上がりました。
※全国加重平均(円)。棒の上の数字は前年度からの引上げ額。2022年度の引上げ額は前年度930円との差。出典:厚生労働省
地方の審議会では、目安に上乗せする動きが目立ちました。47都道府県のうち33道府県が目安を上回る金額で答申しており、引上げ額は最も小さい東京・神奈川・大阪の54円から、最も大きい佐賀の65円まで幅があります。
上乗せが多かったのは、東北・四国・九州などのCランク県で、13県のうち12県が目安を上回りました。
その結果、最高額(東京1,280円)に対する最低額(宮崎1,085円)の比率は84.8%と、前年度の83.4%から縮まりました。地域間の差は、少しずつ小さくなっています。
主要な工業県の改定額と発効日
工場の人件費を考えるうえでは、全国平均よりも自社の工場がある都道府県の金額と発効日が重要です。最低賃金は事業場(工場や事務所)の所在地ごとに適用されるため、本社が東京でも、群馬の工場で働く人には群馬の最低賃金が適用されます。
製造業の出荷額が大きい県を中心に、改定額と発効日を並べると次のとおりです。
同じ工業県でも、金額には100円以上、発効日には約2か月の差があります。
※発効日は答申時点(2026年9月)の予定。実際の発効日は各都道府県労働局の決定・公示で確認してください。出典:厚生労働省「令和8年度 地域別最低賃金 答申状況」
発効日は10月1日から12月2日まで分かれる
ここ数年は、発効日を11月以降に遅らせる県も出ています。2026年度の発効時期は次のとおりです。
- 10月1日:愛知・大阪・神奈川など15都道府県
- 10月中:計37都道府県
- 11月:7府県
- 12月:岩手・熊本・沖縄の3県
発効日が遅い県の工場にとっては、準備期間が少し長くなります。一方で、複数の県に工場を持つ会社は、拠点ごとに給与改定の時期がずれる点に注意が必要です。
勤怠・給与システムの単価を一律の日付で切り替えると、発効前の県では過払い、発効後の県では未払いが起きかねません。
地方ほど引上げ額が大きい
ランクごとに単純平均すると、引上げ額はAランクが約55円、Bランクが約58円、Cランクが約61円です。金額そのものは都市部が高いままですが、引上げの幅と率は地方の方が大きくなっています。
地方に生産拠点を置く理由の一つだった「人件費の安さ」は、少しずつ薄れつつあります。熊本の1,092円と愛知の1,195円の差は103円で、前年度の106円からわずかに縮みました。
半導体工場の進出が続く九州でも、賃金水準の底上げは避けられない流れです。
製造業はどれくらい影響を受けるのか

最低賃金の引上げで実際に賃金を上げなければならない人がどれくらいいるかは、「影響率」という指標で見ることができます。影響率とは、最低賃金を改定したあとに、改定後の金額を下回ることになる労働者の割合です。
中央最低賃金審議会に示された資料によると、2025年の影響率は産業計で10.8%、製造業は8.9%でした。製造業は正社員の比率が高く、宿泊・飲食サービス業(27.6%)などと比べれば低い水準です。
製造業は産業計より低いものの、およそ11人に1人が引上げの対象になっています。
※影響率=2025年6月の時間当たり所定内給与額が、2025年秋から適用された地域別最低賃金額を下回る労働者の割合(5人以上事業所)。出典:中央最低賃金審議会 目安に関する公益委員見解等の参考資料(厚生労働省「賃金構造基本統計調査」特別集計、「最低賃金に関する基礎調査」)
ただし、この数字は大企業も含めた平均です。中小の部品メーカーや食品工場など、パート比率の高い工場では影響が一気に大きくなります。
小規模事業所の影響率は2015年の9.0%から2025年には27.7%へと約3倍になっており、最低賃金の引上げはもはや一部の業種だけの話ではなくなっています。
賃金構造基本統計調査(2025年)では、製造業で働く短時間労働者の1時間当たり賃金は平均1,298円でした。女性に限ると1,238円で、愛知の新しい最低賃金1,195円との差は43円しかありません。
平均がこの水準なら、最低賃金ちょうど、あるいはわずかに上で働く人が相当数いると考えられます。
パート・派遣・外国人材の扱い
最低賃金は、雇用形態や国籍に関係なく、事業場で働くすべての労働者に適用されます。パート、アルバイト、嘱託、外国人の技能実習生や特定技能の人材も対象です。
製造業の外国人材を受け入れている工場では、日本人の同僚と同じように改定額以上の賃金になっているかを確認します。
派遣社員の場合は、派遣元ではなく派遣先(実際に働く工場)の所在地の最低賃金が適用されます。派遣会社と結んでいる契約単価が、派遣先の新しい最低賃金を前提に見直されているかも、あわせて確認しておきたい点です。
特定(産業別)最低賃金との関係
製造業には、都道府県ごとの地域別最低賃金とは別に、業種ごとの「特定最低賃金」が設けられているケースが多くあります。鉄鋼業、電気機械器具製造業、輸送用機械器具製造業などが代表例で、両方が適用される場合は高い方の金額を支払う決まりです。
ここで注意したいのが改定の時期です。特定最低賃金は例年12月前後に改定されるため、10月に地域別最低賃金が上がると、それまで高かった特定最低賃金が、新しい地域別最低賃金を下回ることがあります。
多くの製造業では、10月以降は地域別最低賃金の方が高くなります。
※特定最低賃金は令和7年度に決定された額(2026年9月26日時点)。今後の改定で変わります。出典:厚生労働省 最低賃金制度「特定(産業別)最低賃金全国一覧」、同「令和8年度 地域別最低賃金 答申状況」
鉄鋼業のように特定最低賃金が高い業種では、地域別の改定だけを見て「うちは余裕がある」と判断すると、年末の特定最低賃金の改定で再び対応が必要になることがあります。
自社の業種に特定最低賃金があるかどうかは、労働局のページで一度確認しておくと安心です。
人件費はどれくらい増えるのか

最低賃金の引上げによる人件費の増加は、対象者の人数、現在の時給と新しい最低賃金の差、年間の労働時間の3つでおおよそ計算できます。
ここでは、愛知県の工場で時給1,140円(改定前の最低賃金)のパートが30人、1人あたり年1,600時間働いているケースで試算してみます。
直接の差額に、周辺の賃金調整と会社負担の保険料が上乗せされます。
※数字は説明のための試算です。実際の対象者数・労働時間・賃金分布で計算してください。
大切なのは、差額を製品1個あたりの加工費に換算しておくことです。年264万円という総額だけでは、取引先に値上げを説明しにくいためです。対象ラインの年間生産数で割れば、1個あたり何円の上昇かが分かり、見積の根拠として使えます。
最低賃金の計算に含まれる賃金・含まれない賃金
月給制や日給制の人も、時間あたりに換算して最低賃金を上回っているかを確認します。月給の場合は、対象となる賃金を1か月の平均所定労働時間で割って時間額を出します。
このとき、すべての手当が計算に入るわけではありません。通勤手当や精皆勤手当、家族手当、残業代などは除いて計算するため、手取りでは余裕があるように見えても、基本給だけでは下回っていたというケースが起こります。
毎月決まって支払われる基本的な賃金だけで比べます。
毎月決まって支払われる職務手当・役職手当など
月給制は「対象の賃金÷月平均所定労働時間」で時間額に換算
精皆勤手当、通勤手当、家族手当
賞与など1か月を超える期間ごとの賃金、結婚手当など臨時の賃金
※違反した場合、地域別最低賃金は最低賃金法により50万円以下の罰金の対象になります。出典:厚生労働省 最低賃金制度「対象となる賃金は?」
特に確認したいのは、若手の正社員です。基本給を低めに抑えて各種手当で総額を整えている給与体系では、高卒1年目の正社員が最低賃金を下回っていたということも起こりえます。所定労働時間が長い工場ほど、時間額に換算したときの金額は小さくなります。
すぐ上の層への波及
最低賃金ぎりぎりの人だけを引き上げると、入社したばかりの人と数年勤めた人の時給がほぼ同じになってしまいます。これでは経験者の不満が高まり、定着にも響きます。
そのため多くの工場では、最低賃金の改定にあわせて時給テーブル全体を底上げする対応を取っています。
製造業の人手不足が続くなかで、近隣の工場や物流センター、小売店と人を取り合っている地域では、最低賃金より数十円高い時給でなければ応募が集まらないのが実情です。

価格転嫁はどこまで進んでいるか
人件費の増加を自社だけで吸収するのには限界があります。中小企業の賃上げには、取引価格への転嫁が欠かせません。中央最低賃金審議会の答申でも、価格転嫁対策の徹底を政府に強く求めています。
中小企業庁は約30万社を対象に調査を行いました(2026年3月時点、6万9,625社が回答)。その結果、コスト上昇分のうち価格に反映できた割合(価格転嫁率)は54.2%でした。
コストの種類別に見ると、原材料費が55.7%なのに対し、労務費は50.0%にとどまります。
サプライチェーンの下流ほど、コスト上昇分を価格に反映しにくくなっています。
※価格転嫁率は、コスト上昇分に対して価格に反映できた割合。2026年3月時点。出典:中小企業庁「価格交渉促進月間(2026年3月)フォローアップ調査結果」
製造業の受注企業を業種別に見ると、労務費の転嫁率は次のとおりです。
- 機械製造:60.0%
- 電機・情報通信機器:58.3%
- 化学と自動車・自動車部品:57.1%
- 食品製造:48.4%
- 印刷:43.3%
- 繊維:41.1%
機械製造や電機などは比較的高い水準にある一方で、食品製造・印刷・繊維は低くとどまり、業種による差が大きいのが実情です。
調査に寄せられた声のなかには、資料をそろえて労務費の交渉を申し入れたのに、最低賃金の上昇分すら認めてもらえなかったというものもあります。完成品メーカーから遠い部品加工や表面処理の会社ほど、厳しい交渉を強いられやすい構造です。
取適法と労務費指針が後押しする
2026年1月1日には、下請法を改正した「取適法(中小受託取引適正化法)」が施行されました。新たに、受注側から価格協議を求められたのに応じず、一方的に代金を決めることが禁止されています。
発注側の購買・調達部門にとっても、協議の記録を残す運用が欠かせなくなりました。
また、内閣官房と公正取引委員会は2023年11月に「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」を策定しました(2026年1月改正)。
この指針では、交渉の根拠資料として都道府県別の最低賃金の上昇率や春季労使交渉の妥結額などの公表資料を使うことが示されています。
発注者は、受注者がこうした公表資料をもとに示した希望価格を、合理的な根拠があるものとして尊重することとされています。
つまり、「工場のある県の最低賃金が約5%上がった」という事実は、それだけで交渉の根拠になります。
自社の労務費比率と組み合わせ、「労務費が原価の3割で、その労務費が5%上がるなら、原価への影響は約1.5%」というように、数字で示すと話が進みやすくなります。
工場がいま準備すること

発効日を過ぎてから差額に気づくと、さかのぼって支払うことになり、現場の信頼も損ないます。多くの県で10月中に発効するため、次の流れで早めに確認を進めます。
賃金の確認から、原価への反映と生産性向上までを一続きで進めます。
※助成金・補助金は公募時期や要件が年度ごとに変わります。最新の公募要領で確認してください。
業務改善助成金は発効日の前日までが勝負
中小企業が最低賃金の改定に合わせて使いやすいのが、厚生労働省の業務改善助成金です。事業場内で最も低い時給を50円以上引き上げ、生産性を高める設備投資などを行うと、その費用の一部が助成されます。
引上げ額と人数によって助成上限が決まり、最大は600万円です(90円以上の引上げを10人以上に行う特例事業者の場合)。
注意したいのは期限です。2026年度の申請期間は9月1日から、工場のある都道府県の最低賃金の発効日前日か11月30日のいずれか早い日までです。
賃金の引上げも発効日の前日までに行う必要があり、発効日当日に引き上げた場合は対象外になります。また、交付決定の前に設備を導入すると助成を受けられません。
助成率は、事業場内最低賃金が1,050円未満なら5分の4、1,050円以上なら4分の3です。
対象は生産性の向上につながる機械設備の導入やコンサルティングなどで、人手に頼っていた工程を見直すきっかけにもなります。より規模の大きい設備には、省力化投資補助金の活用も選択肢になります。

採用条件と求人票も更新する
見落としやすいのが、求人票や派遣会社との契約です。発効日以降も改定前の時給で求人を出していると、そもそも法律を下回る条件になります。
近隣の求人相場と比べて、最低賃金との差をどれだけ確保するかを決めておくと、採用単価の見通しも立てやすくなります。
今後の見通しと1,500円目標
政府は「2020年代に全国平均1,500円」という目標を掲げてきました。
2026年7月21日に閣議決定された骨太方針2026では、この目標の達成に向けて努力を続けるとしています。そのうえで、遅くとも2030年代前半のできる限り早い時期に全国平均1,500円を達成するという表現に改められています。
1,177円から1,500円までは、あと323円です。仮に2026年度と同じ年56円のペースが続けば、6年ほどで届く計算になります。時期に幅はあるものの、年50円前後の引上げが当面続くと想定して計画を立てるのが現実的です。
一方で、中小企業を取り巻く環境は厳しさを増しています。
中央最低賃金審議会の参考資料には、帝国データバンクの集計が引用されています。原材料やエネルギーなどの価格上昇を背景とした「物価高倒産」は2026年上半期に556件と、上半期として過去最多を更新しました。
このうち製造業は103件でした。製造業の景気動向とあわせて見ると、賃上げ余力には業種や規模による差が広がっていることが分かります。
最低賃金の引上げは、これからも毎年やってくる「決まったコスト増」です。その都度あわてて対応するのではなく、価格交渉の仕組みと省力化投資を毎年の計画に組み込んでおくことが、工場の競争力を保つ近道になります。
まとめ
- 2026年度の最低賃金は全国加重平均1,177円で、56円増と目安制度開始以降2番目の引上げ幅
- 発効日は10月1日から12月2日まで都道府県ごとに異なり、拠点ごとの確認が必要
- 製造業の影響率は8.9%だが、小規模な事業所やパート比率の高い工場では影響が大きい
- 人件費は直接の差額に加え、すぐ上の層の調整や会社負担の保険料も増える
- 労務費の価格転嫁率は50.0%。最低賃金の上昇率は交渉の根拠として使える
最低賃金への対応は、総務・人事だけでなく、原価を管理する工場長や、価格交渉を担う営業・購買の仕事にも直結します。現場の責任範囲については工場長の仕事、人手に頼る工程を減らす考え方は省人化の仕組みで詳しく解説しています。
企業規模による賃金や働き方の違いは、大手メーカーと中小メーカーの違いもあわせてご覧ください。
出典
出典・参考資料(11件)を開く出典・参考資料を閉じる
- 改定額・発効日:厚生労働省「全ての都道府県で地域別最低賃金の改定額が答申されました」(2026年9月3日)、別紙「令和8年度 地域別最低賃金 答申状況」
- 目安・影響率:厚生労働省「令和8年度地域別最低賃金額改定の目安について」、目安についての答申、公益委員見解・参考資料(物価高倒産の件数を含む)
- 過去の全国加重平均:厚生労働省「2023年度の最低賃金決定額について」、厚生労働省「地域別最低賃金の全国一覧」
- 特定最低賃金:厚生労働省 最低賃金制度「特定(産業別)最低賃金全国一覧」
- 対象となる賃金・罰則・派遣労働者:厚生労働省 最低賃金制度「対象となる賃金は?」、厚生労働省「最低賃金の適用される労働者の範囲」、厚生労働省 最低賃金制度「派遣労働者の最低賃金は?」、同「最低賃金のチェック方法は?」、大阪労働局「最低賃金法の違反の罰則について」
- 短時間労働者の賃金:厚生労働省「令和7(2025)年賃金構造基本統計調査の概況」
- 価格転嫁率:経済産業省「価格交渉促進月間(2026年3月)フォローアップ調査の結果を公表します」、同 調査結果(PDF)
- 取適法:政府広報オンライン「2026年1月から下請法が『取適法』に!」
- 労務費指針:公正取引委員会「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」
- 業務改善助成金:厚生労働省「令和8年度業務改善助成金のご案内」
- 1,500円目標:内閣府「経済財政運営と改革の基本方針2026」(2026年7月21日閣議決定)
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