2026年10月30日、TOTOは福岡県豊前市のTOTOファインセラミックス豊前工場に約600億円で新しい生産棟を建てると発表しました。つくるのはトイレではなく、半導体製造装置に組み込む静電チャックとAD部材の次世代品で、2029年度上期の生産開始を予定しています。
静電チャックは、半導体の材料であるシリコンウエハーを静電気の力で固定するセラミック部品です。AI半導体やデータセンター向けの需要拡大を受けて、売上の約1割にすぎないセラミック事業が、いまではセグメント利益の合計の約半分を稼いでいます。
この記事では、今回の投資で決まったこと、静電チャックの役割、投資を急ぐ理由、衛生陶器の技術とのつながり、競合と市場の見方を順に整理します。最後に、購買や営業、就職・転職を考える人がこれから確認したい点をまとめます。
TOTOの600億円投資で決まったこと
今回の発表の金額は3つあり、関係を押さえると内容がつかめます。豊前の約600億円は、2026年4月に公表した成長投資の枠とは別の大規模増強で、中津の約110億円はその枠の内側に入ります。枠の総額は当初の約300億円から約330億円に増えました。
豊前の約600億円は、4月に公表した枠の外にある別の増強です。
※10月30日に新たに決まった設備投資として、報道では豊前と中津を合わせた約710億円の数字も使われています。
豊前の新棟は建築面積が約1万2000㎡、延べ床面積が約3万6000㎡の鉄骨造3階建てで、セラミック事業で最大規模の建屋になります。2018年に発表した中津工場第4棟の投資額は約118億円だったので、1棟あたりの金額は約5倍に膨らんだ計算です。
生産能力について、電波新聞は2030年度に2026年度比で1.7倍へ広げる計画だと報じました。TOTOのリリースに個数などの生産量は書かれていないため、どの製品がどれだけ増えるのかは公表の範囲では分かりません。
設備投資は発表してすぐに製品が増えるものではなく、今回の計画も複数の案件が年をまたいで順に立ち上がります。先に動いているのが豊前の焼成棟で、TOTOの最高技術責任者は、完成すると静電チャックの能力が今より2割以上増えると海外メディアに語っています。
焼成棟が先に完成し、次世代品の新棟は約3年後に動き始めます。
静電チャックとは|ウエハーを静電気で固定する部品

静電チャックは、真空とプラズマの環境でウエハーを静電気で固定するセラミック部品で、半導体製造装置の重要部品です。TOTOが主戦場とするのは、ガスやプラズマでウエハーを削るエッチング工程で、半導体の回路をつくる前工程の一つです。

ウエハーを押さえるだけなら別の方法もありそうですが、装置の中の条件がそれを許しません。ウエハーの固定方法を比べると、静電気を使う理由が見えてきます。
- 真空吸着:空気で吸い付ける方式で、減圧された処理室の中では使えない
- 機械的な押さえ:爪などで押さえる方式で、ウエハーに応力や歪みが生じる
- 静電チャック:静電気で裏面全体を吸着するため、真空中でも面で固定できる
もう1つの役割がウエハーの温度を整えることです。プラズマ処理では熱の管理が加工の精度を左右するため、TOTOはセラミックにヒーターと冷却ジャケットを組み合わせ、まとめて供給できる体制をとっています。
プラズマの真下でウエハーを支え、下から温度を整えます。
※構成を単純化した模式図です。実際の構造は装置や工程で異なります。
吸着の方式には、JR(ジョンセン・ラーベック)力型とクーロン力型の2種類があります。TOTOは両方を製品ページに掲げており、どちらが優れているというより、装置やプロセスの条件に合わせて選ぶ部品だと分かります。
TOTOの製品ページでは、方式ごとの利点を次のように示しています。
※特許文献では、JR力型はアルミナなどのセラミック製に多いと説明されています(JP5851131B2)。
なぜ今、過去最大の投資なのか
理由はまず業績に表れています。セラミック事業の売上は2024年3月期の365億円から2026年3月期の674億円へ、2年で約1.8倍に伸びました。2027年3月期の上期も396億円と、前年同期から34%増えています。
売上の規模は小さくても、利益の半分を稼ぐ事業になりました。
売上は10人中1人分(9%)
セグメント利益の合計では10人中5人分(51%)
※2026年3月期。比率は決算説明資料の要約から。利益の51%は、セラミックと住設などのセグメント利益を合わせた額に占める割合で、全社の営業利益(538億円)で割ると約54%になります。2024年3月期はTOTOの資料、ほかは報道の数字です。
2026年3月期の営業利益は、セラミックの289億円に対して、売上がほぼ10倍ある住設事業が279億円でした。単純に計算した営業利益率はセラミックが約43%、住設が約4%で、利益の稼ぎ方に大きな開きがあります。
この差を受けて、設備投資の配分も変わりつつあります。半導体関連は2026年3月期に全設備投資の11%でしたが、米国と中国の大型投資が一巡し、今後は半分を超えると報じられました。
メモリーの多層化で耐久性の価値が上がる
需要の背景にあるのはAIだけではありません。TOTOはメモリー半導体の多層化を挙げており、深い層まで貫通させるためにプラズマの出力が上がるほど、プラズマに耐える静電チャックの価値が高まると説明しています。多層化はキオクシアなどのNAND型フラッシュメモリーで進む流れです。
海外報道では、TOTOは米ラムリサーチの極低温エッチング装置向けの主な静電チャック供給元とされ、ウエハーをマイナス100℃以下に冷やして深い穴を掘る工程を支えています。TOTOの耐プラズマ性素材は、一般的な純度99.9%の高純度アルミナより耐プラズマ性に優れるとされます。
新しい装置に加えて交換の需要がある
静電チャックは長時間プラズマにさらされる部品で、年単位の交換需要があります。TOTOが中期計画で「交換需要の取り込み」を掲げているのはこのためで、装置の新規販売に加えて、工場が動き続ける限り繰り返し売れる構図です。
TOTOは現行品で増産投資を続けてきましたが、次世代品でも将来の必要量に先手を打って投資すると説明しています。データセンター向けの部品では村田製作所が5年で約1兆円をMLCCに投じる計画もあり、AI需要で恩恵を受ける電子部品全体で増産の動きが広がっています。
もう1つの主力、AD部材も同じ棟でつくる
新棟で静電チャックと並んで量産するAD部材は、エッチング装置の内部を保護する膜をつけた部品です。AD(エアロゾルデポジション)法はセラミックの微粒子をガスに混ぜ、音速に近い速さで部材にぶつけて緻密な膜をつくる技術で、TOTOが世界で初めて実用化・量産化しました。
焼成しないのでプラズマ浸食の起点になる気孔ができず、チリの発生を抑えられる点が強みです。2023年度の時点でセラミック事業の売上の約7割を静電チャックが占めており、ウエハーを支える部品と装置の内壁を守る部品の両方で、プラズマへの強さを売りにしています。
衛生陶器の技術はどこで生きるのか

便器と半導体部品は無関係に見えますが、TOTOの説明では水まわり製品の製造ノウハウをもとに1984年にセラミック事業を始めました。複雑な形の便器を均一に焼く焼成の技術と、削って磨く加工の精度が、ファインセラミックスでも生きると判断したのが出発点です。
セラミックは焼くと縮むので、狙った寸法と均一な品質に仕上げるには、原料から焼成までを管理する経験がものを言います。便器づくりで長年積み重ねてきたのも、この管理の経験です。
ただし管理の単位は大きく変わり、衛生陶器のミリ単位に対してファインセラミックスではミクロン単位の精度が必要です。ファインセラミックスの用途と種類は幅広く、半導体装置向けはその一つです。
焼いて仕上げるという工程は共通でも、求められる水準が違います。

技術を転用すれば、すぐに稼げたわけでもありません。事業の始まりから約30年は赤字か収益がほぼゼロの状態が続き、2024年3月期には営業利益率が30%に届きました。AIブームのはるか前から続けてきた投資と開発が、需要の波に間に合った形です。
耐火物の品川リフラが半導体向けに設備投資する例もあり、窯業の焼成技術を半導体に生かす動きはTOTOだけではありません。研究開発の面でも、TOTOは茅ヶ崎工場に約170億円の研究開発棟を建て、2028年4月に竣工させる計画です。
市場と競合を見るときの注意点

静電チャックの世界市場は、民間調査のGlobal Reportsによると2025年の約13億ドルから2032年に約20億ドルへ、年平均5.8%で伸びる見通しです。別の調査では2025年を約12億ドルとしており、規模感は13億ドル前後と捉えるのが無難です。
Global Reportsの推計では、日本企業3社が上位に並びます。
※民間調査の推計で、対象範囲の取り方によって順位も数字も変わります。
シェアの数字は調査会社によって順位まで変わるので、確定した順位表として読まないほうが安全です。ReportPrimeは商用市場の首位を新光電気工業とし、シェアを約4分の1としています。主な企業には京セラ、NTKセラテック、住友大阪セメント、エンテグリスなども挙げられます。
もう1つ見落としやすいのが装置メーカーの内製です。同じ調査は内製分を含めるとアプライドマテリアルズだけで約44%と推計しており、外販の部品メーカーが取り合う市場は全体より小さくなります。顧客である装置メーカーが、競合にもなり得る市場です。
各社を比べる軸には、耐プラズマ性、チリの少なさ、温度制御の性能、対応する装置、供給の体制があります。ただし採用の条件や性能の比較データはほとんど公開されていません。製品の優劣は断定せず、どの装置メーカーのどの工程に入っているかを決算資料や報道から追うと、実態に近づけます。
新工場で何が変わるのか、立場別に見る点
新棟の生産開始は約3年先なので、需給がすぐに変わるわけではありません。当面の供給力を左右するのは2027年1月竣工予定の焼成棟で、豊前の新棟は次世代品の量産体制を整える投資です。読者の立場によって、確認したい情報は次のように分かれます。
発表額より、その後の能力と採用先の情報に注目します。
福岡県の服部知事は、今回の決定を県の半導体産業クラスターの形成に役立つものとして歓迎しました。県内では三菱電機の福岡のパワー半導体新工場棟も動いており、九州北部の部材・装置の集積を見るうえでも注目される投資です。
リスクも確認しておきたいところです。TOTOの最高技術責任者は、セラミックの利益率が減価償却や為替の影響を受けやすいことに言及しました。報道では、NAND市況に波がある点も指摘されています。大型の棟が完成するころに市況がどう動くかで、投資の評価は変わります。
全社の2027年3月期上期は売上が4.4%増、営業利益が21.2%増でしたが、通期の売上予想は7,750億円へ100億円引き下げ、営業利益は600億円で据え置きました。上期のセラミックが34%増だったのに対して日本の住設事業は減収減益で、差はさらに広がりました。
材料や生産技術の経験を生かせる会社を転職先として調べたい方は、製造業の転職・キャリアガイドも参考にできます。
TOTOの静電チャックのよくある質問
TOTOの静電チャックはどこでつくっていますか?
製造はTOTOファインセラミックスの本社・中津工場(大分県中津市)と豊前工場(福岡県豊前市)が担い、研究開発はTOTO茅ヶ崎工場(神奈川県茅ヶ崎市)が担当しています。今回の新棟は豊前工場の敷地内に建てます。
TOTOは住宅設備の会社ではなくなるのですか?
売上の約9割は今も住設事業です。セラミック事業は2026年3月期で売上の9%にとどまり、利益で全社を支える位置づけです。TOTOは2030年に向けて、セラミックを第3の事業の柱に育てる方針を掲げています。
静電チャックとAD部材はどう違いますか?
静電チャックはウエハーを固定して温度を整える部品で、AD部材は装置の内部をプラズマから守る部品です。前者は高純度の材料を焼き固めてつくり、後者は焼成せずに微粒子をぶつけて膜をつけます。
TOTOの静電チャックの世界シェアはどのくらいですか?
Global Reportsの推計では、セラミック系の2025年で15.55%です。TOTO自身がシェアを公表しているわけではなく、調査会社によって数字に差があるため、目安として扱ってください。
まとめ
- TOTOは豊前工場に約600億円で新棟を建て、2029年度上期に次世代の静電チャックとAD部材を生産する
- 静電チャックは真空とプラズマの中でウエハーを静電気で固定し、温度も整える部品
- 2026年3月期のセラミック事業は売上の9%、セグメント利益の合計の51%を占め、多層化と交換需要が追い風
- 便器で培った焼成と加工を土台に、約30年の不採算期を経て主力の利益源に育った
- シェアは調査会社で差が大きく、生産量も非公表なので、能力計画と採用先を続けて確認したい
静電チャックは材料、焼成、加工、設計が重なる部品で、生産技術や研究開発の仕事とも関わりが深い分野です。窯業の企業を広く比べたい場合は、窯業・セラミックス業界の主要企業と勢力図もあわせてご覧ください。
出典
出典・参考資料(20件)を開く出典・参考資料を閉じる
- 新棟の投資額・仕様・時期、製品の説明、AD法:TOTO ニュースリリース「セラミック事業の次世代品生産施設を新たに建設」(2026年10月30日)
- 成長投資約300億円、拠点、1984年の事業開始、焼成棟:TOTO ニュースリリース(2026年4月30日)
- 静電チャックの方式と特徴:TOTO 静電チャック製品ページ
- 中津工場第4棟の投資額、静電チャックの説明:TOTO ニュースリリース(2018年12月25日)
- 2024年3月期の売上・利益率、交換需要、第3の柱:TOTO「共通価値創造戦略 TOTO WILL2030」STAGE2資料
- 茅ヶ崎の研究開発棟(約170億円、2028年4月竣工予定):EE Times Japan(2026年8月10日)
- 知事コメント:福岡県 プレスリリース(2026年10月30日)
- 投資の整理:マイナビニュース TECH+(2026年11月2日)
- 生産能力1.7倍、計約710億円:電波新聞デジタル
- 2026年3月期の売上・利益:データ・マックス NetIB-News
- 2027年3月期の期初計画855億円:日刊工業新聞 ニュースイッチ
- 2027年3月期上期の業績:データ・マックス NetIB-News
- 売上構成9%・利益構成51%(セグメント利益合計ベース):EDINET DB 決算説明資料の要約
- 静電チャックが売上の約7割:日刊工業新聞 ニュースイッチ
- 事業の経緯、衛生陶器の技術、2025年3月期の数字、交換需要:Business Insider Japan
- 約30年の不採算期、固定方式の違い、エッチングの位置づけ:プレジデントオンライン
- 能力の2割超増、極低温エッチング、リスク:Tech Times(2026年6月6日)
- 設備投資の配分:Tiger Brokers 掲載の米市場報道(2026年6月3日)
- 市場規模・セラミック系シェア:Global Reports 配信リリース(2026年10月8日)
- 市場規模・商用シェア・内製分の推計:ReportPrime
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