田中貴金属のマレーシア新工場|半導体の金をASEANで回収・精製する狙い

白い磁器皿に盛られた精製済みの金の粒の接写

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金地金やジュエリーの販売で名前を知られる田中貴金属ですが、グループの中で半導体や電子部品向けの材料を担うのは田中貴金属工業です。その田中貴金属工業が2026年10月21日、マレーシアのペナン州に貴金属をリサイクルする合弁会社を設けると発表しました。

新工場は新しい材料を一から量産する設備ではなく、工場で出たスクラップや廃液から金を取り出し、純度99.99%に精製し直す拠点です。半導体の後工程が集まるマレーシアで、使い終えた金を地域の中で回して使う仕組みを整える狙いがあります。

この記事では、新工場の概要と回収から製品に戻るまでの流れ、取引先から見た影響、マレーシアを選んだ背景の順に整理します。発表から1週間あまりたったため、後半は台湾での先例も含めた背景の解説に重きを置きます。

目次

田中貴金属工業のマレーシア新工場の概要

金めっきのリードフレーム片や端子くずを並べたトレーの俯瞰

新会社「TANAKA MEP REFINERY SDN. BHD.」には、田中貴金属工業が66.7%、マレーシアの資源回収企業MEPが33.3%を出資します。場所はペナン州のバトゥカワン工業団地で、工場の操業開始は2029年4月の予定です。

事業は、回収物の分析から純度99.99%(4N、フォーナイン)までの精製、貴金属製品の製造・輸出入・販売、地金の売買・リース・保管までを含みます。操業当初は、4N金とシアン化金カリウム(PGC)を電気・電子(E&E)と半導体の産業向けに生産すると説明しています。

起工式は2026年10月8日に建設予定地で開かれ、ペナン州首相のチョウ・コン・ヨウ氏や在ペナン日本国総領事も出席しました。現地通信社ベルナマの報道では、投資額は総額7,000万リンギット(第1期は3,500万リンギット)、敷地は約3エーカーとされています。

図1:新会社「TANAKA MEP REFINERY」の概要

回収物を受け入れて金を精製し、半導体向けの材料として出荷する会社です。

出資田中貴金属工業66.7%、MEP 33.3%の合弁
場所マレーシア・ペナン州のバトゥカワン工業団地
操業開始2029年4月の予定。起工式は2026年10月8日
精製の純度回収物を分析し、4N(99.99%)まで精製
当初の製品4N金とPGCを、電気・電子と半導体の産業向けに
投資額総額7,000万リンギット、第1期3,500万リンギット

※投資額は現地通信社ベルナマの報道(2026年10月8日)。それ以外は田中貴金属の発表(2026年10月21日)による。

年間の処理量や雇用人数は公表されておらず、規模をほかの精製所と比べる材料はまだそろっていません。はっきりしているのは、マレーシア国内で貴金属リサイクルを一貫して行える体制をつくる、という目的です。

回収物が4N金に戻るまでの流れ

新工場の役割は、MEPとの分担を見ると分かりやすくなります。MEPが電子部品の工場などから回収物を集めて貴金属を濃縮する前処理を済ませ、それを新会社が受け入れて分析と精製を担う、という分け方です。

図2:工場から出た金が、材料に戻るまで

回収・前処理・精製・出荷が、同じ地域の中でひと回りします。

工場のスクラップMEPが前処理新会社が精製4N金・PGC材料として再び工場へ

※MEP(MEP Enviro Technology)は2005年創業の資源回収企業で、マレーシアに4工場を持つ(田中貴金属の発表による)。

精製で取り出した金は、4N金やPGCとして再び電子部品・半導体の工場へ供給されます。工場から出た金が、同じ地域の工場に材料として戻るので、国をまたぐ輸送や手続きを減らせる点が新しい仕組みの特徴です。

両社の連携は今回が初めてではなく、2024年8月にMEPがペナン州ブキット・ミニャック工業団地に回収工場を建てた際、田中貴金属工業は貴金属回収の技術援助契約を結びました。

このときの体制は、MEPがマレーシアで集荷と前処理を担い、濃縮した貴金属を日本の田中貴金属の拠点へ送って高純度に精製する形でした。

新工場が動き出せば、日本へ運んでいた精製の工程がマレーシア国内に移ることになります。2024年の体制と、2029年以降の計画を並べると次のとおりです。

図3:2024年の体制と、新工場の操業後の計画

変わるのは、濃縮した貴金属を精製する場所です。

2024年の技術援助契約から
2029年4月以降(計画)
集荷・前処理
MEPがマレーシアで集荷し、貴金属を濃縮
同じくMEPが前処理を担う
分析・精製
濃縮物を日本へ送り、田中貴金属の拠点で精製
新会社がペナンで分析し、4Nまで精製
製品化・販売
日本で精製した金を再利用
新会社が4N金・PGCをつくり、販売
国をまたぐ輸送
マレーシアから日本への輸送が要る
マレーシア国内で一貫して完結

※日本での精製がどこまで置き換わるかは、発表時点では公表されていない。

取引先・業界から見た影響

影響を受けそうなのは、マレーシアやASEANに工場を持ち、金めっきや金線を使う電子部品・半導体メーカーです。ただし操業は2029年4月の予定で、今すぐ取引の条件が変わる話ではありません。

ペナン州首相は起工式で、近くでつくられたものが生産ラインを動かし続けるという趣旨の発言をしています。供給網が短くなれば納期やコストに効く可能性はあるものの、具体的な条件はまだ示されていないため、確定したことと確かめたいことを分けて見ておくと実務で迷いません。

図4:立場ごとに見た「確定していること」と「確かめたいこと」

発表で決まっているのは枠組みまでで、取引の条件はこれからです。

発表で確定していること
確かめたいこと
購買・調達
4N金とPGCを現地で生産する計画
価格や契約の形、今の調達ルートとの関係
生産技術
回収・前処理・精製をマレーシア国内で一貫して行う
受け入れる回収物の種類、MEPを通さない持ち込みの可否
品質保証
4N(99.99%)まで精製する
材料の認定評価にかかる期間と、評価用サンプルの時期
就職・転職
2029年4月にペナンで操業する予定
現地採用や日本からの派遣の規模

※「確かめたいこと」は発表時点で公表されていない項目。

購買・調達の立場では、スクラップの売却と再生材の購入が同じ地域で完結するかが関心事になります。PGCはめっき液に金を補う薬品の原料なので、自社のめっき工程の仕様に合うかを早めに確かめておくと、切り替えの判断が速くなります。

品質保証の立場では、精製元が変わった材料も、顧客の認定評価を通り直すのが一般的です。電子部品のデザインインと同じく、採用が決まるまでには評価の時間がかかると見ておく必要があります。

半導体の工場で回収される金と、4N金・PGCの使い道

金めっきされたコネクタ端子が並ぶ様子の接写

半導体や電子部品の工場では、金は主にチップと外部をつなぐ配線や、接点の表面処理に使われます。田中貴金属はボンディングワイヤ(チップと端子をつなぐ極細の金属線)や貴金属めっきの薬品、スパッタリングターゲット(薄膜の材料になる金属の板)を半導体メーカーへ供給しています。

使った金のすべてが製品に残るわけではなく、加工の途中でくずや廃液が出ます。田中貴金属は回収の対象としてめっき廃液や生産スクラップ、使用済みの電気・電子機器などを挙げており、そこに含まれる金を取り出して再び材料に戻すのがリサイクルの役割です。

図5:回収の対象になるものと、精製後の製品

工程から出るくずや廃液も、金を含む「原料」として扱われます。

めっき廃液金めっきの工程で使い終えた液
生産スクラップ加工の途中で出る金属片やくず
使用済み機器e-wasteとして回収される電気・電子機器
4N金・PGC精製して半導体向けの材料に戻す

※回収の対象は田中貴金属の発表(2022年・2024年)による。新会社が受け入れる回収物の詳細は公表されていない。

新工場が当初つくる4N金は純度99.99%の金で、ワイヤやターゲットのように高い純度が要る材料の原料になります。PGCは金めっき液に金を供給する化合物で、コネクタの接点や半導体パッケージの金めっきに使われます。めっきの種類のなかでも、金めっきは接点の信頼性を支える工程です。

田中貴金属は金の使用量を減らす工夫も進めており、ボンディングワイヤを金から銅に置き換えたり、金めっきをニッケル・パラジウム・金の3層にして金を最小限にしたりしています。使う量を絞りながら、使った金を回収して戻すという両面の取り組みです。

なぜマレーシアなのか、3つの背景

田中貴金属工業は発表の中で、ASEANで貴金属の回収需要が高まっている理由を説明しています。同社の資料と公的機関のデータから整理すると、背景は大きく3つに分けられます。

図6:マレーシアに精製所を置く3つの背景

工場の集積、廃棄物の規制、顧客の調達方針の3つが重なっています。

01半導体の後工程が集まる世界の後工程の13%を担い、ペナンには多国籍の電子工場が300社以上
02e-wasteを域内で処理する要請バーゼル条約の改正で、非有害なe-wasteも輸出に相手国の同意が要る
03循環型の調達が求められるグローバル企業がリサイクル由来の材料と安定した地金の確保を求める

※13%はJETRO(2024年12月)、300社以上は田中貴金属の発表(2024年9月)による。

後工程の13%を担う半導体の集積

JETROによると、マレーシアは世界の半導体サプライチェーンで、パッケージやテストなどの後工程の13%を担っています。その中心がペナン州で、田中貴金属の2024年の発表では、州内に300社以上の多国籍エレクトロニクス工場があるとされています。

マレーシア政府は2024年5月に国家半導体戦略(NSS)を打ち出し、2023年の製造業の投資認可でも電気・電子産業が56%を占めました。工場が増えるほど工程から出るスクラップも増えるため、需要地の近くに精製所を置く理由になります。

ASEANでは、シンガポールでVSMCの300mm工場が建設されるなど前工程の投資も進んでいます。材料を供給する側も、顧客の工場がある地域へ拠点を寄せる動きを強めています。

e-wasteを発生した地域で処理する流れ

2つ目は廃棄物の規制で、有害廃棄物の国境を越える移動を管理するバーゼル条約では、非有害な電気・電子機器廃棄物(e-waste)も新たに規制対象に加える改正が決まりました。日本では関連する省令が2025年1月1日に施行されました。

環境省の資料では、非有害なe-wasteでも輸出には相手国の同意が要るとされ、国境を越えて運ぶ手続きは重くなりました。田中貴金属工業も、e-wasteは発生した国・地域の中で適切に処理・リサイクルすべきだと発表の中で述べています。

循環型の調達と地金の安定確保

3つ目は顧客側の変化で、グローバル企業が循環型社会に向けた取り組みを進め、資源の回収・再利用を重視する流れが強まりました。田中貴金属は、回収・精製からリサイクル由来の貴金属を使った製品づくりまでを一貫して請け負う仕組みを打ち出しています。

金は採れる量に限りがある資源で、田中貴金属工業も今回の発表で、限りある資源の有効活用と安定的な貴金属の調達を目的に挙げています。工場から出た金を近くで回収できれば、地金の調達を安定させる手段にもなるので、精製所は材料メーカーにとって調達拠点の役割も持ちます。

台湾で先に進めた「現地完結」と、ASEANの拠点

分析用の精密天びんに金の試料を載せる手元

精製を消費地の近くで完結させる方針は、台湾で先に形になっています。台湾田中貴金属は2005年に新竹県の湖口工場で回収・精製を始め、2022年には約35億円を投じて新棟を建て、工場の延床面積を約6倍に広げると発表しました。

このときの狙いも、台湾の外で加工していた工程を台湾の中で完結させ、輸出入の手続きを減らすことでした。半導体の集積地ごとに精製所を置くという考え方は、マレーシアの新会社と共通しています。

台湾ではラサ工業が半導体用の高純度リン酸の新工場を建てるなど、日本の材料メーカーが顧客の近くに生産を移す動きが続いています。貴金属のリサイクルも、同じ流れのなかで現地化が進んでいる分野です。

リサイクルで欠かせないのは、回収物にどれだけ貴金属が含まれるかを正しく測る分析の力です。田中貴金属は、貴金属市場の団体LBMAとLPPMの両方から分析の審判役(グッド・デリバリー・レフェリー)に認定された世界5社の1社で、アジアでは唯一だと説明しています(2022年時点)。

ASEANでは、1978年設立の田中エレクトロニクス シンガポールと、1994年設立の田中エレクトロニクス(マレーシア)が材料の製造拠点です。新会社が加わることで、材料をつくる拠点と、使い終えた金を戻す拠点が同じ地域にそろう形になります。

図7:ASEANと台湾での田中貴金属の歩み

材料の製造拠点に、回収・精製の拠点が後から加わってきました。

1978シンガポールに製造拠点田中エレクトロニクス シンガポールを設立
1994マレーシアに製造拠点田中エレクトロニクス(マレーシア)を設立
2005台湾で回収・精製湖口工場で事業を開始。2022年に新棟を発表
2024MEPと技術援助契約マレーシアで前処理し、日本で精製する体制
2026合弁会社を設立10月8日に起工式、10月21日に発表
2029新工場の操業予定4月に操業を始め、4N金・PGCを生産

※年は田中貴金属の発表資料(2022年7月、2024年9月、2026年4月・10月)による。

田中貴金属のマレーシア新工場のよくある質問

既存の取引先は、いつから新工場の材料を使えますか?

工場の操業開始は2029年4月の予定ですが、顧客が4N金やPGCを使い始める時期や契約の条件は公表されていません。材料の認定評価も必要になるため、取引先は田中貴金属の窓口に個別に確かめることになります。

新工場はどんな回収物を受け入れますか?

発表では、MEPが前処理した回収物を受け入れると説明されています。どの種類のスクラップや廃液を対象にするか、MEPを通さずに直接持ち込めるかといった受け入れの条件は、発表時点では示されていません。

日本で精製していた分はなくなりますか?

2024年からの体制では、MEPが濃縮した貴金属を日本の拠点で精製していました。新工場の操業後に日本向けの流れがどこまで置き換わるかは公表されておらず、日本の回収・精製拠点は引き続き同社のグローバル網の一部です。

田中貴金属工業と田中貴金属グループはどう違いますか?

田中貴金属グループは1885年創業で、2025年12月期の連結売上高は1兆978億円、従業員は5,778人です。そのうち半導体・電子部品向けなど産業用貴金属の事業を担うのが田中貴金属工業で、今回の合弁も同社が出資しています。

まとめ

この記事のまとめ
  • 田中貴金属工業はMEPと合弁会社を設立し、ペナン州に貴金属リサイクルの新工場を建てる(操業は2029年4月予定)
  • 新工場は材料の量産工場ではなく、回収物を分析し4N(99.99%)まで精製する拠点
  • 当初は4N金とPGCを、電気・電子と半導体の産業向けに生産する
  • 背景は、後工程の集積、e-wasteを域内で処理する要請、循環型の調達の3つ
  • 取引の条件や受け入れる回収物の詳細は未公表で、取引先は個別の確認が要る

今回のニュースと深く関わる職種は購買・調達や品質保証で、技術テーマでは表面処理が近い分野です。半導体材料が顧客に届くまでの商流は電子部品・半導体業界の構造で、貴金属を含む素材メーカーの顔ぶれは鉄鋼・非鉄金属業界の主要企業で整理しています。

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プラント機器メーカーとプラントメーカーで約10年、設備の提案・設計・試運転に携わったのち、Webマーケターに転身。現在はBtoB製造業専門のWebコンサルタントとして、メーカーの情報発信を支援しています。エネルギー管理士/第三種電気主任技術者。工業技術ブログを2017年から運営(500本以上執筆)、YouTube登録者約2万人、Xフォロワー約1万人。

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