ベンゼンと塩素の反応が置換と付加に分かれる理由|鉄触媒と光、クロロベンゼンとBHC

ガラスライニングの反応器と蒸留塔、配管ラックが並ぶ臨海部の化学プラント

ベンゼンと塩素は、塩化鉄(III)などの触媒があると置換反応を起こしてクロロベンゼンになり、触媒なしで光(紫外線)を当てると付加反応を起こしてヘキサクロロシクロヘキサンになります。

同じ2つの物質から別の化合物ができるのは、塩素が「プラスに偏った求電子剤」として近づくか、「不対電子をもつラジカル」として近づくかが条件で変わるからです。この違いは教科書の中だけの話ではありません。

置換でつくるクロロベンゼンやジクロロベンゼンは、溶剤や医薬・農薬の中間体、防虫剤、樹脂原料として工場で生産されています。付加でできるヘキサクロロシクロヘキサンはBHCという殺虫剤として使われたのち、残留性の高さから国際条約で禁止されました。

目次

置換と付加の違い:分かれ目は触媒か光か

2つの反応は、加える塩素の量や温度より先に、触媒を入れるか光を当てるかで決まります。置換ではベンゼンの水素1つが塩素に入れ替わり、付加ではベンゼン1分子に塩素3分子が付いて、環の二重結合がすべてなくなります。

置換反応(塩化鉄(III)を触媒に、暗い所・室温付近で)
C6H6 + Cl2 → C6H5Cl + HCl
付加反応(触媒なしで光を当てる)
C6H6 + 3Cl2 → C6H6Cl6
C6H5Clがクロロベンゼン、C6H6Cl6が1,2,3,4,5,6-ヘキサクロロシクロヘキサン(ベンゼンヘキサクロリド、BHC)です。検算:置換はCが6=6、Hが6=5+1、Clが2=1+1、付加はC・H・Clがいずれも6=6で釣り合います。

「光が触媒になる」という説明を見かけますが、光は触媒ではありません。触媒は反応の前後で元に戻る物質で、光は塩素分子の結合を切るためのエネルギーとして使われます。この分かれ方はベンゼンでの話で、メチル基をもつトルエンでは光を当てると環ではなく側鎖が塩素化されます(後半で扱います)。

比べる観点置換反応付加反応
条件塩化鉄(III)(または鉄)・塩化アルミニウムなどの触媒、光を当てない触媒なし、紫外線などの光を当てる(ベンゼンは温める)
環に近づく塩素の形触媒に引き寄せられ、プラスに偏った塩素(求電子剤)結合が均等に切れて不対電子を1つもつ塩素原子(ラジカル)
環の6個のπ電子途中でいったん崩れるが、H+が抜けて元に戻る最初の付加で崩れ、元に戻らない
生成物クロロベンゼン(さらに進むとジクロロベンゼン)ヘキサクロロシクロヘキサン(複数の立体異性体の混合物)
一緒にできるもの塩化水素(HCl)なし(塩素原子はすべて生成物に入る)
反応の型求電子置換反応ラジカル付加反応
chemguide「Halogenation of benzene and methylbenzene」などをもとに作成

図1:同じベンゼンと塩素の分かれ道

触媒があればπ電子の輪を残したまま水素が塩素に入れ替わり、光を当てると輪が崩れて塩素が6個付きます。

ClClClClClClCl+ HClベンゼンクロロベンゼンヘキサクロロシクロヘキサン塩化鉄(III)光(紫外線)置換・暗所付加・触媒なしπ電子の輪(○)が残る○が消え、二重結合がなくなる

※環の中の○は6個のπ電子が環全体に広がっていることを表します。付加の生成物は塩素の向き(環の上か下か)が違う異性体の混合物になります。

ベンゼンへの置換反応:塩化鉄(III)が塩素を引き寄せてクロロベンゼンに

ベンゼン環の上下には6個のπ電子が雲のように広がっていて、この電子は、電子を受け取れる相手とでなければ新しい結合をつくれません。塩化物イオン(Cl−)のように電子を余分にもつ粒子では反応が起こらず、環と結合できるのは陽イオンに近い求電子剤かラジカルに限られます。

ところが塩素分子(Cl2)は同じ原子どうしの結合なので、電子の偏りがほとんどありません。そのままでは環との反応が遅く、塩素の片側をプラスに偏らせる手助けが要ります。電子の偏りの考え方は電気陰性度の解説でも整理しています。

この手助けをするのが塩化鉄(III)(FeCl3)です。鉄の原子には電子対を受け入れる空きがあり、塩素分子の片方のClを引き寄せることで、反対側のClをプラスに偏らせます。このように電子対を受け取る物質はルイス酸と呼ばれ、塩化アルミニウム(AlCl3)も同じ働きをします。

塩化鉄(III)が塩素を分極させる(求電子剤ができる)
Cl2 + FeCl3 → Clδ+…Clδ−…FeCl3(≒ Cl+ + FeCl4−)
環が攻撃し、H+が抜けて触媒が戻る
C6H6 + Cl+ → C6H6Cl+
C6H6Cl+ + FeCl4− → C6H5Cl + HCl + FeCl3
δ+・δ−は電荷のわずかな偏りを表します。Cl+は「プラスに偏った塩素」を分かりやすく書いたもので、実際には触媒と錯体をつくったまま環に渡されると考えます。C6H6Cl+は、Hと Clが両方付いた炭素をもつ中間体(陽イオン)です。

図2:塩化鉄(III)が求電子剤をつくる3段階

触媒は塩素を偏らせ、最後にH+を受け取って元の塩化鉄(III)に戻ります。

01塩素を偏らせるFeCl3が片方のClを引き寄せ、もう片方がδ+になる
02環が攻撃するπ電子がδ+のClと結合し、輪の崩れた陽イオンの中間体ができる
03H+が抜けて戻るFeCl4−がH+を受け取り、HClとFeCl3に。環のπ電子の輪が元に戻る

※chemguide「The halogenation of benzene」の説明(塩化アルミニウムの例、塩化鉄(III)も同じ)をもとに整理しました。

中間体からは、付いた塩素を外すのではなく水素がH+として抜けます。こうすると環の6個のπ電子の輪が元どおりに戻り、安定な芳香族の形を保ったまま水素と塩素が入れ替わるので、置換反応と呼ばれます。

輪が戻ることでどれだけ安定になるかは、ベンゼン環の構造式と共鳴の記事で水素化熱を使って比べています。

実験で塩化鉄(III)の代わりに鉄粉や鉄くぎを入れても反応が進むのは、鉄が塩素と反応して塩化鉄(III)になり、それが触媒として働くためです。反応熱は25℃・すべて気体として計算すると約−121 kJ/molで、置換は熱を出す反応なので、大きな規模では熱をどう除くかが設計の課題になります。

置換の反応熱(25℃・1 bar、すべて気体)
ΔH =(54.42 − 92.31)−(82.9 + 0)≒ −121 kJ/mol
生成エンタルピー(NIST Chemistry WebBook):クロロベンゼン 54.42、塩化水素 −92.31、ベンゼン 82.9、塩素 0(いずれもkJ/mol、気体)。マイナスは熱を出す反応であることを表します。

ベンゼン環への付加反応:光で塩素ラジカルをつくりヘキサクロロシクロヘキサンに

付加反応は、二重結合の2本目にあたるπ結合が切れて、そこに原子が付く反応です。エチレンのような普通の二重結合なら塩素はそのまま付加しますが、ベンゼンのπ電子は6個が環全体で共有されて安定しています。

そのため、ベンゼンに付加させるにはもっと反応性の高い塩素が必要になります。π結合の中身はσ結合とπ結合の違いで詳しく扱っています。

そこで光を当てます。光のエネルギーで塩素分子の結合が真ん中で均等に切れると、共有していた2個の電子が1個ずつ分かれ、不対電子を1つもつ塩素原子(塩素ラジカル、Cl・)が2つできます。ラジカルは電子を1つ補って安定になろうとするため、安定なベンゼンのπ電子にも攻撃をしかけます。

光で塩素分子を均等に切る
Cl2 + 光 → 2Cl・
結合を切るのに要るエネルギーと光の波長の目安
Cl–Clの結合エネルギー = 2 × 121.30 ≒ 242.6 kJ/mol
λ = 119,627 kJ·nm/mol242.6 kJ/mol ≒ 約490 nm
121.30 kJ/molは塩素原子の生成エンタルピー(NIST)。119,627 kJ·nm/molは「アボガドロ定数×プランク定数×光速」で、光1 molあたりのエネルギーを波長から求めるときの定数です。約490 nm(青緑色)より短い波長の光には、計算上、光の粒1個でCl–Clを切れるエネルギーがあり、実際には紫外線がよく使われます。

塩素ラジカルが環の炭素に付くと、その時点で6個のπ電子の輪は崩れ、残った部分は普通の二重結合と同じように反応しやすくなります。置換のようにH+が抜けて輪が戻る道はないので、塩素原子が次々に付いて6個すべての炭素に1個ずつ付いたところで止まります。

図3:光で始まるラジカルの付加

光で切れた塩素原子が環に付くと輪が崩れ、残りの二重結合にも塩素が付いていきます。

ClClClClClClClClClClCl光① 光で均等に切る② 環に付いて輪が崩れる③ 6か所に付いて止まる不対電子(●)をもつCl・が2つπ電子の輪が切れ、反応しやすくなるC₆H₆Cl₆(塩素3分子分)

※途中の段階はまとめて描いています。光で生じた塩素原子が反応を続けて広げていく、ラジカルの連鎖反応として進みます。

こうしてできるのが1,2,3,4,5,6-ヘキサクロロシクロヘキサン(C6H6Cl6)で、ベンゼンヘキサクロリドの頭文字からBHCとも呼ばれます。環には二重結合が残らないので、名前のとおり芳香族ではなくシクロヘキサンの仲間です。

6個の炭素にはそれぞれ水素と塩素が1個ずつ付いていて、塩素が環の面の上を向くか下を向くかの組み合わせで、性質の違う立体異性体がいくつもできます。付加では塩化水素が出ず、加えた塩素原子がすべて生成物に入る点も、置換との大きな違いです。

実際の工場では:クロロベンゼンとジクロロベンゼンをつくり分ける

工業で大量につくられているのは、置換でできるクロロベンゼンとジクロロベンゼンです。原料の塩素は、食塩水を電気分解するイオン交換膜法で、水酸化ナトリウムと一緒につくられています。

塩素化の工程と、一緒にできる塩化水素

米国の毒性物質疾病登録局(ATSDR)の資料によると、クロロベンゼンは塩化鉄(III)・塩化アルミニウム・塩化スズ(IV)などの触媒の存在下でベンゼンを塩素化してつくります。できるのはジクロロベンゼンやさらに塩素の多い化合物を含む混合物で、これを蒸留と晶析で分けます。

混合物になるのは、できたクロロベンゼンもまた塩素と反応するからです。塩素原子は2つ目の塩素をオルトとパラの位置へ導くため、2回置換するとo-ジクロロベンゼンとp-ジクロロベンゼンが主にでき、この入る位置の決まり方はオルトパラ配向性とメタ配向性の考え方で説明できます。

図4:クロロベンゼンの工場の流れ

1つの反応から複数の製品ができるので、分離の工程が工場の大きな部分を占めます。

反応
01原料石油化学由来のベンゼンと、食塩電解でつくった塩素
02塩素化塩化鉄(III)などを触媒にベンゼンと塩素を反応させる。発熱するので除熱が要る
03塩化水素を分ける反応で出る塩化水素のガスを、反応液から分けて取り出す
分離と製品
04蒸留沸点の差で未反応のベンゼン、クロロベンゼン、ジクロロベンゼンに分ける
05晶析沸点の近いo-体とp-体は、p-体が固まりやすい性質を使って分ける
06製品溶剤・中間体のクロロベンゼン、防虫剤や樹脂原料のp-ジクロロベンゼンなど

※ATSDR「Toxicological Profile for Chlorobenzene」(1990年)の製法の記述をもとに要点を図にしたもので、工程の分け方や条件は工場によって異なります。沸点・融点は本文の出典(厚生労働省モデルSDS、米国NTP)によります。

分離のしかたは物性の違いで決まります。沸点はベンゼンが80℃、クロロベンゼンが約132℃、p-ジクロロベンゼンが174℃と離れているので、蒸留で順に分けられます。ただしo-体とp-体は沸点が近いため、融点の高いp-体(約53℃)を結晶にして取り出す晶析を組み合わせます。

計算例:クロロベンゼン1トンに要る原料

反応式から、クロロベンゼン1トンをつくるのに要る原料と、一緒にできる塩化水素の量を計算してみます。収率100%の理論量なので、実際の工場ではジクロロベンゼンへ進む分や回収の損失だけ多くなります。

クロロベンゼン1トンの物質量
1,000,000 g112.56 g/mol ≒ 8,884 mol
原料と副生物(どれも8,884 mol)
ベンゼン 8,884 × 78.11 ≒ 694 kg 塩素 8,884 × 70.90 ≒ 630 kg
塩化水素 8,884 × 36.46 ≒ 324 kg 反応熱 8,884 × 121 kJ ≒ 約1.1 GJ
分子量はC 12.011、H 1.008、Cl 35.45から:C6H6 78.11、Cl2 70.90、C6H5Cl 112.56、HCl 36.46。検算:694+630=1,324 kg、1,000+324=1,324 kgで質量が保存されています。

この計算で分かるのは、加えた塩素原子の半分は製品に入らず塩化水素になることです。置換を使う塩素化の工場では、塩化水素をどう回収し、何に使うかが原料費と排ガス処理の両方に効いてきます。塩化水素の性質と工場での使い道は塩化水素(HCl)とはで詳しく扱っています。

クロロベンゼンとジクロロベンゼンの使い道

環境省のPRTRファクトシートによると、クロロベンゼンは主にビタミン・医薬品・農薬などの原料となる化学物質の原料で、有機合成の溶剤や、塗料・インキ・電子機器の洗浄の溶剤にも使われます。国内の生産量は2010年時点の生産能力で約1万トンです。

ジクロロベンゼンは異性体ごとに用途が分かれます。o-ジクロロベンゼンは農薬の原料や熱媒体のほか、ウレタン原料のトリレンジイソシアネート(TDI)をつくる工程の溶剤にも使われます。

一方、p-ジクロロベンゼンは用途の半分が衣類の防虫剤とトイレなどの防臭剤です。2010年の国内の生産能力は、o-体が1.2万トン、p-体が3.6万トンでした。

図5:塩素化ベンゼンの行き先

置換でできる3つの製品は、溶剤・中間体から家庭用品、エンジニアリングプラスチックまで広がります。

溶剤クロロベンゼン:有機合成、塗料・インキ、電子機器の洗浄
医薬・農薬の中間体クロロベンゼン、o-・m-ジクロロベンゼン:ビタミン・医薬品・農薬・染料の原料
防虫剤・防臭剤p-ジクロロベンゼン:固体のまま気化する性質を使う
樹脂原料p-ジクロロベンゼン:電気電子部品向けのPPS樹脂

※環境省 PRTRファクトシート「クロロベンゼン」「ジクロロベンゼン」(2012年作成)、米国NTP「Report on Carcinogens, 15th Edition」(1,4-ジクロロベンゼン)をもとに作成。

p-ジクロロベンゼンの樹脂原料としての用途はポリフェニレンスルフィド(PPS)です。米国NTPの報告書は、2004年の業界資料を引いて、米国ではp-ジクロロベンゼンの52%がPPSの中間体に使われているとしています。

PPSは絶縁性に優れた電気電子向けの樹脂で、同報告書はPPSの成長でp-ジクロロベンゼンの需要が約5%伸びると見込んでいました。

クロロベンゼンの使い道は時代とともに変わってきました。ATSDRの資料によると、米国の生産量は1960年の27.4万トンをピークに、1987年には11.2万トンまで約6割減っています。

主な理由はフェノールの製法がクロロベンゼンを使う方法からクメン法へ置き換わったことと、DDTの製造が止まったことです。

トルエンは光なら側鎖、触媒なら環に塩素が入る

光源を入れたフラスコに塩素を通す光塩素化の実験装置

光と触媒の使い分けは、ベンゼンにメチル基が付いたトルエンで工業的な意味がはっきりします。塩化鉄(III)などの触媒を使い光を当てないと、ベンゼンと同じ求電子置換が環で起こり、メチル基のオルト位とパラ位に塩素が入ったo-クロロトルエンとp-クロロトルエンができます。

一方、触媒なしで光を当てながら沸騰させると、塩素ラジカルは環ではなくメチル基の水素を引き抜き、側鎖の水素が塩素に置き換わります。

ベンゼンでは光が付加を起こしたのに対し、トルエンでは環の水素より先に、メチル基の水素が引き抜かれる点が違います。メチル基の水素は、引き抜かれたあとにできる粒子が安定なため、ラジカルに奪われやすいと説明されます。

側鎖の塩素化(光、触媒なし)
C6H5CH3 + Cl2 → C6H5CH2Cl + HCl
→ C6H5CHCl2 → C6H5CCl3(塩素が続けて入る)
環の塩素化(塩化鉄(III)などの触媒、光を当てない)
C6H5CH3 + Cl2 → ClC6H4CH3(o-体・p-体)+ HCl
C6H5CH2Clが塩化ベンジル、C6H5CHCl2が塩化ベンザル、C6H5CCl3がベンゾトリクロリドです。検算(1段目):Cは7=7、Hは8=7+1、Clは2=1+1。

側鎖の塩素化は1つで止まらず、塩素の量に応じて塩化ベンジル・塩化ベンザル・ベンゾトリクロリドの混合物になります。塩化ベンジルは染料・顔料・香料・殺菌洗浄剤などの原料で、狙った製品を多く得るには、塩素を入れる量と反応を止めるところを管理して比率を調整します。

同じ原料でも、光源の有無と触媒の混入で生成物が入れ替わります。側鎖の塩素化に鉄などが混じると、塩化鉄(III)ができて環の塩素化が起こりうるため、装置の材質や原料の純度も管理の対象になると考えられます。

BHC(ヘキサクロロシクロヘキサン)は殺虫剤から残留性有機汚染物質へ

付加反応でできるBHCは殺虫剤として使われ、食品安全委員会の資料では1949年2月に農薬登録、1971年12月に農薬登録が失効しています。分解されにくく生物に蓄積しやすい性質は、のちにPOPs(残留性有機汚染物質)として国際的に規制される理由になりました。

ストックホルム条約事務局が配布したメキシコの提案書(2006年)によると、HCHの異性体は工業用HCHをベンゼンの光塩素化でつくるときにできます。工業用HCHは、α体53〜70%、β体3〜14%、γ体11〜18%などの混合物です。殺虫の効き目があるのはγ体だけで、精製したものをリンデンと呼びます。

図6:リンデン1トンを取り出すと出る異性体

効き目のあるγ体を精製するたびに、その何倍もの効き目のない異性体が残りました。

青1本がリンデン1トン、灰色8本がほかの異性体(資料では6〜10トン、図は中間の8トンで表示)

※UNEP/POPS/POPRC.2/INF/7(2006年)。99%のリンデンを得る精製(分別結晶と濃縮)の収率は10〜15%とされています。

同じ資料は、99%のリンデンを得る精製は収率10〜15%と効率が悪く、リンデン1トンにつき6〜10トンのほかの異性体が出るとしています。主な副生物はα体で、POPs条約ではリンデンだけでなく、精製で残るα体とβ体も規制の対象になりました。

2009年5月のストックホルム条約(POPs条約)第4回締約国会議では、リンデン・α-HCH・β-HCHが製造と使用を原則として廃絶する附属書Aに加わりました。リンデンには頭じらみと疥癬の第二選択の医薬品としての適用除外がありますが、α体とβ体には除外がありません。

日本ではこれを受け、α・β・γの3つのヘキサクロロシクロヘキサンを化審法の第一種特定化学物質に指定しました。環境省の資料では、BHCに化審法による規制措置を2010年に講じたとされています。

厚生労働省のモデルSDSでも、リンデンは農薬取締法の販売禁止農薬、毒物及び劇物取締法の劇物に当たり、有害な廃棄物の国境を越える移動を規制するバーゼル法の対象にもなっています。

塩素系の芳香族と排水・VOCの規制

いまも工場でつくられているクロロベンゼン類は、揮発しやすく分解しにくいため、大気と水の両方への排出が管理の対象になります(BHCの規制は前の章のとおりです)。主な物質の規制を、厚生労働省のモデルSDSと環境省のPRTRファクトシートから並べると次のとおりです。

物質主な法令上の区分工場・製品で押さえる点
クロロベンゼン有機溶剤中毒予防規則の第2種有機溶剤等、消防法 第4類第二石油類(非水溶性)、化管法 第一種指定化学物質引火点27〜29℃で常温でも引火しうる。作業環境の管理濃度10 ppm、大気へはVOCとして出る
p-ジクロロベンゼン化管法 第一種指定化学物質、化審法 優先評価化学物質、消防法 指定可燃物(可燃性固体類)室内空気濃度の指針値0.24 mg/m3(0.04 ppm)、水質の要監視項目の指針値0.2 mg/L
塩化ベンジル毒物及び劇物取締法 毒物、化管法 第一種指定化学物質、化審法 優先評価化学物質刺激臭のある液体。安衛法の「強い変異原性が認められた化学物質」
出典:厚生労働省 職場のあんぜんサイト モデルSDS「クロロベンゼン」「p-ジクロロベンゼン」(2016年3月31日改訂)「塩化ベンジル」(2019年3月15日改訂)、環境省 PRTRファクトシート(2012年作成)。区分は各資料の作成・改訂時点のもので、取扱量や用途で義務が変わるため、実務では最新の法令とSDSで確かめてください

大気については、2004年の大気汚染防止法の改正で揮発性有機化合物(VOC)の排出規制が設けられ、2006年4月から施行されています。浮遊粒子状物質と光化学オキシダントを防ぐのがねらいで、法による排出規制と事業者の自主的な取組を組み合わせる仕組みになっています。

PRTRの集計(2010年度)を見ると、排出の出どころは物質で大きく違います。クロロベンゼンの環境排出は約360トンで、多くは化学工業の事業所から大気へ出たものでした。

ジクロロベンゼンは約1万2千トンのうち99%が家庭での防虫剤・防臭剤などの使用によるもので、家庭で揮発させて使う製品の性質そのものが排出になっています。

水については、水質汚濁防止法の一般排水基準にベンゼン(0.1 mg/L)はありますが、クロロベンゼンとジクロロベンゼンは排水基準の項目に入っていません。それでも原料のベンゼンは基準の対象なので、排水の水質管理では、ベンゼンを含め芳香族を排水に出さない運用が必要になる場面があります。

一般に工場の対策は、設備を密閉して蒸気を外に出さないこと、反応器やタンクのベント(排気)のガスを凝縮や吸着で回収し、残りを燃焼などで処理することが中心です。

PRTRでもクロロベンゼンの事業所からの移動は約1,400トンが廃棄物で、廃棄物として事業所の外へ移される量が環境排出量(約360トン)より大きいことが分かります。

作業者の健康を守る面では、作業ごとにばく露の大きさを見積もるリスクアセスメントで優先順位を決めます。塩素そのものの毒性や取り扱いはハロゲン単体の性質の記事で、許容濃度とあわせて整理しています。

ベンゼンと塩素の反応のよくある質問

臭素でも、触媒なら置換・光なら付加に分かれますか?

臭素でも、臭化鉄(III)や鉄を触媒にすると同じしくみで置換が起こり、ブロモベンゼンができます。一方、光によるベンゼンへの付加は主に塩素の例で説明される反応で、この記事で取り上げた工業製品もすべて塩素の反応によるものです。

クロロベンゼンをさらに塩素化すると何ができますか?

2つ目の塩素は主にオルト位とパラ位に入り、o-ジクロロベンゼンとp-ジクロロベンゼンができます。さらに進めるとトリクロロベンゼンなど塩素の多い化合物ができるため、工場では塩素の量と反応の進み具合を管理し、蒸留と晶析で分けています。

ヘキサクロロシクロヘキサンは芳香族化合物ですか?

芳香族化合物ではありません。付加で環の二重結合がすべてなくなり、6個の炭素がすべて単結合でつながったシクロヘキサンの環になっているためです。原料はベンゼンでも、性質はシクロヘキサンの仲間として考えます。

BHCやリンデンはいまも使われていますか?

日本ではBHCは1971年に農薬登録が失効し、いまはα・β・γのヘキサクロロシクロヘキサンが化審法の第一種特定化学物質として製造・使用が原則禁止されています。POPs条約でもリンデンは附属書Aに載り、例外は頭じらみ・疥癬の第二選択の医薬品に限られます。

まとめ

この記事のまとめ
  • ベンゼンと塩素は、塩化鉄(III)などの触媒があると置換してクロロベンゼンと塩化水素に、触媒なしで光を当てると付加してヘキサクロロシクロヘキサン(BHC)になる
  • 置換では、ルイス酸の塩化鉄(III)が塩素を分極させてプラスに偏った求電子剤をつくり、H+が抜けてπ電子の輪が元に戻る
  • 付加では、光で塩素が均等に切れたラジカルが環に付いて輪が崩れ、6か所すべてに塩素が付く。光は触媒ではなくエネルギー源
  • 工場ではクロロベンゼンとo-・p-ジクロロベンゼンを同時につくり、蒸留と晶析で分ける。塩素原子の半分は塩化水素になる
  • トルエンは光なら側鎖(塩化ベンジル)、触媒なら環(クロロトルエン)が塩素化され、同じ使い分けが製品のつくり分けになる
  • BHCは1971年に農薬登録が失効し、リンデンとα・β体は2009年にPOPs条約の附属書Aへ。国内では化審法で規制されている

ベンゼンと塩素の2つの反応は、触媒か光かという条件の違いが、電子の動き方を変え、できる製品や副生物、さらには規制のされ方まで分けている例です。

同じ芳香族の工業化学では、ニトロ化から始まるアニリンの製法を別記事で解説しています。

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プラント機器メーカーとプラントメーカーで約10年、設備の提案・設計・試運転に携わったのち、Webマーケターに転身。現在はBtoB製造業専門のWebコンサルタントとして、メーカーの情報発信を支援しています。エネルギー管理士/第三種電気主任技術者。工業技術ブログを2017年から運営(500本以上執筆)、YouTube登録者約2万人、Xフォロワー約1万人。

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