「工場の安全」と聞くと、多くの方はヘルメットや安全靴、壁に貼られた「安全第一」の標語を思い浮かべるのではないでしょうか。
実際には、製造業の安全衛生は、機械に巻き込まれる事故や転倒の防止から、化学物質や暑さへの対策、心と体の健康管理まで、幅広い取り組みで成り立っています。法律で決められたルールも、ここ数年で大きく変わってきました。
この記事では、製造業の職場環境と安全衛生を、労働災害の現状、多い災害とその原因、安全管理の基本、管理体制と法令、健康管理と職場環境、企業と働く人ができることという順で整理します。
製造業の労働災害の現状

労働災害とは、仕事が原因で働く人がけがをしたり、病気になったり、亡くなったりすることです。製造業は機械や重量物、化学物質を扱うため、災害の防止が特に重視されてきた産業です。
厚生労働省の令和7年労働災害発生状況(確定値)によると、全産業の死亡者数は700人で、前年から46人減って過去最少となりました。一方で、休業4日以上の死傷者数は135,333人と、前年とほぼ同じ水準が続いています。
製造業では、死亡者数が115人(前年比27人・19.0%減)、休業4日以上の死傷者数が26,371人(同305人・1.1%減)でした。亡くなる人は減っているものの、けがをする人は年間2万人を超えているのが現状です。
製造業の死傷災害を事故の型別に見ると、最も多いのは「はさまれ・巻き込まれ」で、「転倒」「動作の反動・無理な動作」が続きます。
休業4日以上の死傷者数のうち、多い3つの型です。
※厚生労働省「令和7年における労働災害発生状況(確定値)」別表をもとに作成。製造業全体の死傷者数は26,371人。
はさまれ・巻き込まれは、機械を扱う製造業ならではの災害です。一方、転倒や無理な動作による腰痛などは、産業全体でも多い災害です。全産業では転倒が37,195人(前年比2.2%増)と、事故の型の中で最も多くなっています。
休業4日以上の災害の裏には、休業に至らなかったけがや、けがにならなかった危ない出来事が数多くあります。統計に表れる数字は氷山の一角と捉えて、日々の小さな危険に目を向けることが大切です。
製造業で多い災害とその原因

製造業で多い災害には、それぞれ起きやすい場面と、効果のある対策があります。代表的なものを整理します。
災害の型ごとに、起きやすい場面と対策の方向が異なります。
※対策は一例です。職場ごとのリスクアセスメントで優先順位を決めます。
はさまれ・巻き込まれ
機械の可動部に手や体がはさまれたり、回転部に衣服ごと巻き込まれたりする災害です。多くは、正常に運転しているときではなく、詰まりを取る、清掃する、調整するといった「非定常作業」の最中に起きています。
「少しだけだから」と機械を止めずに手を入れることが、重大な事故につながります。機械を止め、動かないことを確かめてから作業するという基本を、全員が守ることが何より大切です。
国の第14次労働災害防止計画でも、製造業における機械によるはさまれ・巻き込まれの死傷者数を、令和9年までに令和4年比で5%以上減らすことが目標に掲げられています。
機械を止めて作業するときは、ほかの人が誤って運転を再開しないよう、スイッチに鍵や札をかけるなどの措置も欠かせません。「止める・表示する・確かめる」を習慣にすることが、はさまれ災害を防ぐ基本です。
転倒
油や水で濡れた床、段差、通路に置かれた部品や工具などが、転倒の主な原因です。一見ささいな災害ですが、骨折などで長く休むことになる例も少なくありません。
特に、年齢が上がるほど転倒によるけがは重くなりやすいと言われます。ベテランが多い工場では、床や通路の状態を整えることが、そのまま人を守る対策になります。
動作の反動・無理な動作
重い部品を持ち上げる、中腰で作業を続けるといった動作から起きる、腰痛などの災害です。一度の動作で起きることもあれば、負担が積み重なって起きることもあります。
持ち上げを補助する機器を使う、作業台の高さを人に合わせるなど、体に無理をさせない工夫が効果的です。
作業前のストレッチや、正しい持ち上げ方の教育も効果があります。一人で無理に持たず、補助機器や二人作業に切り替える判断ができる職場の雰囲気づくりも大切です。
暑さと化学物質
炉や乾燥設備の近く、空調の効きにくい建屋などでは、夏場の熱中症のおそれがあります。塗装や洗浄、樹脂の成形などでは、化学物質を吸い込んだり、皮膚に触れたりする危険もあります。
どちらも、目に見えにくい危険であることが特徴です。温度や濃度を測って状態を知ることから対策が始まります。
暑さや化学物質による体調の変化は、本人も気づきにくいことがあります。周りの人が声をかけ合える職場ほど、重い症状になる前に手を打てます。
安全管理の基本

製造業の安全管理は、事故が起きてから対策するのではなく、起きる前に危険を見つけて取り除くことが基本です。その中心になるのがリスクアセスメントです。
危険を洗い出す段階と、対策する段階の2つに分かれます。
※新しい設備や作業を始めるとき、作業の方法を変えるときなどに実施します。
リスクアセスメント
リスクアセスメントは、作業や設備に潜む危険を洗い出し、その大きさを見積もって、対策の優先順位を決める手法です。新しい設備を入れるとき、作業の手順を変えるときに行うのが基本です。
ポイントは、現場で実際に作業する人を加えて進めることです。毎日その作業をしている人にしか気づけない危険が、必ずあるからです。
リスクアセスメントは一度やって終わりではありません。設備や人が変われば危険も変わるため、定期的に見直すことで効果が続きます。
対策の優先順位
危険を見つけたら、どの順番で対策するかも大切です。基本は、危険そのものをなくす対策を最優先にし、それができない場合に、ほかの対策で補っていく考え方です。
上から順に、効果が高く、人の注意に頼らない対策です。
機械の安全設計や、ロボットの安全柵などは生産技術の担当者が設備の導入時から考えるテーマです。産業用ロボットとの協働作業が広がるなかで、設備で人を守る考え方はますます重要になっています。
4S・KY活動・ヒヤリハット
日々の職場で続けられているのが、整理・整頓・清掃・清潔の4Sや、作業前に危険を話し合うKY(危険予知)活動です。どれも地味な取り組みですが、転倒やはさまれを防ぐ土台になります。
「ヒヤリとした」「ハッとした」けれど、けがには至らなかった出来事を報告し合うヒヤリハット活動も大切です。小さな出来事のうちに手を打つことが、大きな災害を防ぐことにつながります。
こうした活動は、形だけになると効果が薄れます。出てきた意見に必ず答え、改善につなげることが、活動を続けるための鍵です。
安全衛生の管理体制と法令

職場の安全と健康を守るために、労働安全衛生法では、事業場の規模や業種に応じて、安全衛生を管理する人を選ぶことが決められています。
経営者から現場の作業者まで、役割を分けて安全と健康を守ります。
※選任が必要な人や委員会は、業種と事業場の規模によって異なります。
管理体制の基本
たとえば、常時50人以上の労働者がいる事業場では、衛生管理者や産業医を選ぶことが必要です。製造業では、規模に応じて総括安全衛生管理者や安全管理者を選び、安全委員会や衛生委員会を設けて、働く人の意見も聞きながら対策を進めます。
どの人を選び、どの委員会を設けるかは、業種と常時働く人の数によって決まります。自分の工場で誰がどの役割を担っているかを知っておくと、困ったときの相談先がはっきりします。
現場では、作業者を直接指導する職長が安全の要です。職長には、作業の手順や危険の防ぎ方について教育を受けることが求められています。
化学物質の新しいルール
化学物質の管理は、令和6年4月1日に新しい規制が全面施行されました。リスクアセスメントが必要な物質を扱う事業場では、業種や規模にかかわらず化学物質管理者の選任が義務になり、保護具を使わせる事業場では保護具着用管理責任者の選任も必要になりました。
一部の物質には、働く人がさらされる濃度の基準値も設けられています。塗料や洗浄剤、接着剤などを使う工場は多く、化学・樹脂業界に限らず多くの製造業に関わるルールです。
熱中症対策の義務化
令和7年6月1日からは、改正された労働安全衛生規則により、職場の熱中症対策が強化されました。暑さ指数(WBGT)28度以上または気温31度以上の環境で一定時間以上行う作業が対象です。
事業者には、熱中症のおそれがある人を見つけたときの報告体制を整えること、作業からの離脱や体の冷却、医療機関への搬送などの手順を決めること、それらを関係者に周知することが求められています。
暑さが厳しくなる前に、体制と手順を決めておくことが大切です。空調や送風機の整備、休憩場所の確保、こまめな水分・塩分の補給も、あわせて進めたい対策です。

健康管理と働きやすい職場環境

安全衛生の「衛生」は、けがだけでなく、働く人の心と体の健康を守ることを指します。長く働き続けられる職場をつくるうえで欠かせない取り組みです。
健康診断とストレスチェック
会社には、働く人に健康診断を受けさせることが義務づけられています。粉じんや有機溶剤など、有害な業務に就く人には、それぞれに応じた特殊健康診断もあります。
心の健康を確かめるストレスチェックは、これまで50人以上の事業場で義務とされてきました。法改正により50人未満の事業場にも義務が広がる予定で、中央労働災害防止協会の解説では施行日は2028年4月1日とされています。
作業環境の改善
騒音、粉じん、暑さ、照明の暗さなどは、日々の体調や集中力に影響します。作業環境を測定して数字でつかみ、設備で改善することが基本です。
センサー・計測の技術を使って、温度や粉じんの状態を常に見える化する工場も増えています。
年齢や多様な人に合わせた職場
ベテランが長く働き、女性や外国人の働き手も増えるなかで、一人ひとりの体力や経験に合わせた職場づくりが求められています。重い物を持たずに済む補助機器や、わかりやすい表示・手順書は、誰にとっても働きやすい職場につながります。
日本語に慣れていない人がいる職場では、絵や写真を使った手順書や、多言語の表示を用意するなどの工夫も広がっています。誰が読んでも同じ意味に伝わる表示は、安全の基本です。
交替勤務や残業の負担も、健康に直結するテーマです。働き方の見直しについては製造業の働き方改革で詳しく解説しています。
企業の取り組みと働く人ができること

安全で健康な職場は、会社の仕組みと、働く一人ひとりの行動の両方で成り立ちます。それぞれの立場でできることを整理します。
企業の取り組み
企業には、リスクアセスメントで危険を洗い出し、設備で防ぐ対策を優先して投資することが求められます。新しい設備を入れるときには、導入の段階から安全を組み込むのが最も効果的です。
あわせて、雇い入れ時や作業内容を変えたときの安全衛生教育、職長の教育、ヒヤリハットの報告を責めない雰囲気づくりも大切です。報告が上がりやすい職場ほど、危険に早く気づけます。
派遣社員や協力会社の人、新しく入った人など、職場に慣れていない人ほど災害にあいやすいと言われます。入ったばかりの人への教育を丁寧に行うことは、企業の大切な責任です。
設備の点検と保全も、安全を支える土台です。設備保全の担当者が、安全装置が正しく働くかを定期的に確かめることで、はさまれなどの災害を防ぎます。
働く人ができること
働く人にできる最も大切なことは、決められた手順と保護具のルールを守ることです。急いでいるときほど、機械を止める、確かめるという基本を省かないようにしましょう。
危ないと感じたことは、遠慮せずに報告し、改善を提案することも大切です。自分の気づきが、同じ職場の仲間を守ることになるという意識を持ちたいところです。
体調がすぐれないときに無理をしないことも、安全の一部です。暑い時期の水分補給や、睡眠を十分に取ることも、事故を防ぐ行動と言えます。
安全の知識は、どの職種に進んでも役立つ力です。職長や工場の管理職を目指す人にとっては、安全を管理する力がそのまま評価につながります。
まとめ
- 製造業の死亡者数は115人、休業4日以上の死傷者数は26,371人(令和7年)で、けがをする人は年間2万人を超える
- 製造業で最も多い災害は「はさまれ・巻き込まれ」で、転倒や無理な動作による災害も多い
- 安全管理の基本はリスクアセスメントで、危険をなくす・設備で防ぐ対策を優先する
- 化学物質規制(令和6年4月)や熱中症対策の義務化(令和7年6月)など、ルールの見直しが続いている
- 企業の仕組みと、働く一人ひとりの手順の順守や報告の両方で、安全な職場が成り立つ
働き方の見直しは製造業の働き方改革で、長く働き続けるためのキャリアの考え方は製造業のキャリアパスで詳しく解説しています。
製造業で働く人のキャリアや働き方については、人・キャリアのページから関連記事もあわせてご覧ください。
出典
- 労働災害の発生状況:厚生労働省「令和7年の労働災害発生状況を公表」(事故の型別の値は令和7年における労働災害発生状況(確定値))
- 化学物質規制:京都労働局「令和6年4月1日から新たな化学物質規制が全面施行されます」
- 熱中症対策:厚生労働省「職場における熱中症対策の強化について」(第174回安全衛生分科会資料)(施行日は京都労働局の案内)
- 安全衛生管理体制:愛知労働局「安全衛生管理体制について」
- ストレスチェックの義務化:中央労働災害防止協会「ストレスチェック50人未満義務化 改正Q&A」

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