溶解度積Kspとは?導出と沈殿生成の判定・計算方法、排水処理での使い方

工場排水処理施設の凝集槽と円形の沈殿槽

塩化銀は、25℃の水1Lに約1.9 mgしか溶けない「水に溶けにくい塩」です。溶解度積(Ksp)は、こうした難溶性の塩が溶けて飽和したときの陽イオンと陰イオンの濃度の積で、温度が決まれば一定になります。

塩化銀なら Ksp=[Ag+][Cl−]=1.77×10−10(25℃)と表し、この値とイオン濃度の積を比べれば、2つの溶液を混ぜたときに沈殿が出るかどうかを判定できます。

さらに溶液にどれだけのイオンが残るかも計算で見積もれるため、工場ではこの考え方が、めっきや半導体の排水から重金属をどこまで減らせるか、冷却水や配管にスケールが付くかを判断する基礎になっています。

目次

溶解度積(Ksp)とは?溶解平衡から公式を導く

溶解度積とは、難溶性の塩が水に溶けて飽和し、溶ける速さと固体に戻る速さがつり合った「溶解平衡」での、イオン濃度の積のことです。英語の Solubility Product の頭文字をとって Ksp と書き、平衡定数の一種なので、温度が同じなら値は変わりません。

塩化銀を水に入れると、ごく一部が銀イオンと塩化物イオンに分かれて溶け、ある濃度で溶けるのが止まったように見えます。実際には溶ける反応と析出する反応が同じ速さで両方向に進んでいて、固体と溶液の両方が残った状態が続きます。

図1:塩化銀の溶解平衡

固体が残ったまま、溶ける反応と析出する反応が同じ速さで進んでいる状態です。

Ag⁺Cl⁻Ag⁺Cl⁻AgCl(固体)溶ける析出飽和溶液AgCl(固) ⇄ Ag⁺ + Cl⁻Ksp = [Ag⁺][Cl⁻]両方向の速さがつり合う=溶解平衡= 1.77×10⁻¹⁰(mol/L)² 25℃

※溶解度積の値は CRC Handbook of Chemistry and Physics(LibreTexts の表)による 25℃ の値。

この平衡を式にすると、次のようになります。溶解度積は「溶ける向き」に書いた式から導くのが決まりで、固体を左辺、イオンを右辺に置きます。

塩化銀の溶解平衡
AgCl(固) ⇄ Ag+ + Cl−
平衡定数の式
K = [Ag+][Cl−][AgCl(固)]
固体の項は一定なので K にまとめる
Ksp = K[AgCl(固)] = [Ag+][Cl−]
[ ]:平衡時のモル濃度[mol/L]。固体は溶液中の濃度という意味を持たず、量が増えても減っても平衡に影響しないため、定数としてまとめます(厳密には固体の活量を1とおく)。

分母の固体の項は、固体がどれだけ残っていても変わらない定数なので、K と掛け合わせてひとつの定数にします。こうしてできた新しい定数が溶解度積で、溶解平衡のときのイオン濃度の積という点が要点です。

陽イオンと陰イオンの数が1対1でない塩では、係数が指数になります。たとえばフッ化カルシウム CaF2 は1個からフッ化物イオンが2個出るので、Ksp=[Ca2+][F−]2 で、単位も (mol/L)3 になります。

一般の形(MaXb が a 個の陽イオンと b 個の陰イオンに分かれる)
MaXb(固) ⇄ aMm+ + bXn−
Ksp = [Mm+]a[Xn−]b
例:PbCl2 は Ksp=[Pb2+][Cl−]2、Zn(OH)2 は Ksp=[Zn2+][OH−]2、Fe(OH)3 は Ksp=[Fe3+][OH−]3。

一定なのはイオン濃度の「積」で、それぞれの濃度ではありません。塩化物イオンを多く含む液では銀イオンがその分だけ少なくなり、積は 1.77×10−10 に保たれます。また溶解度積は温度で変わるので、値を使うときは必ず何℃の値かを確かめます。

主な難溶性塩の溶解度積を下の表にまとめました。資料によって値に幅があり、同じ物質でも測定法や結晶の形で数倍違う例もあるため、計算では出典と温度をそろえて使います。

物質溶解度積 Ksp(25℃)主に出てくる場面
塩化銀 AgCl1.77×10−10塩化物イオンの沈殿滴定、写真材料
臭化銀 AgBr5.35×10−13写真の感光材料
クロム酸銀 Ag2CrO41.12×10−12モール法の終点(赤褐色)
硫酸バリウム BaSO41.08×10−10硫酸イオン・硫黄の重量分析
フッ化カルシウム CaF23.45×10−11フッ素排水の処理
炭酸カルシウム CaCO33.36×10−9冷却水・ボイラーのスケール
硫酸カルシウム CaSO44.93×10−5セッコウのスケール
塩化鉛(II) PbCl21.70×10−5共通イオン効果の計算例
水酸化亜鉛 Zn(OH)23×10−17めっき排水の中和沈殿
水酸化カドミウム Cd(OH)27.2×10−15重金属排水の中和沈殿
水酸化鉄(III) Fe(OH)32.79×10−39凝集剤・鉄共沈
出典:LibreTexts「Solubility Constants for Compounds at 25°C」(CRC Handbook of Chemistry and Physics 84th ed. の値)。単位は塩の型により (mol/L)2 または (mol/L)3

溶解度積が小さいほど溶けにくいと言えるのは、AgCl と BaSO4 のように陽イオンと陰イオンの数の比が同じ塩どうしだけです。CaF2 のように型が違う塩とは単位が違うため、比べるときは溶解度(mol/L)に直してから比べます。

溶解度積の計算での使い方:沈殿の判定とイオン量

溶解度積の使い方は、大きく分けて2つです。ひとつは、溶液を混ぜたときに沈殿ができるかどうかを判定すること、もうひとつは、溶解平衡のときに溶けているイオンの量を計算することで、工場の排水処理や分析も、この2つの組み合わせで考えます。

溶解度積で沈殿生成の有無を判定する

沈殿ができるかどうかは、混ぜた直後の濃度で計算したイオン濃度の積を、溶解度積と比べて判断します。この「まだ平衡かどうか分からない状態での積」をイオン積 Q と呼び、仮の溶解度積と言い換えることもあります。

図2:イオン積 Q と溶解度積 Ksp の大小で決まる3つの状態

Q は混ぜた直後の濃度で計算し、平衡に達した後の状態を予測します。溶解度積は「沈殿が出るか出ないかの境目」です。

Q < Kspまだ溶けられる(未飽和)。沈殿はできず、固体を入れると溶ける
Q = Kspちょうど飽和。沈殿はまだ出ない境目で、少しでも増えると出始める
Q > Ksp溶けすぎ(過飽和)。積が Ksp に下がるまで沈殿が出る

※過飽和の溶液は、核ができにくいと、Q > Ksp でもしばらく沈殿が出ずに残ります。

溶解度積は平衡状態でしか成り立たない式なので、混ぜた直後の溶液にそのまま当てはめることはできません。そこで「仮に平衡だとしたら」と考えてイオン積を出し、本物の溶解度積より大きければ、溶けていられる量を超えた分が沈殿として落ちると判断します。

混ぜた後の濃度でイオン積を求める

2つの溶液を混ぜると全体の体積が増えるので、それぞれのイオンは薄まります。イオン積は、希釈を考えて混ぜた後の濃度に直してから掛け合わせます。

下の例1で混ぜる前の 2.0×10−4 mol/L をそのまま掛けると Q を4倍に見積もってしまい、境目に近い条件では判定が逆になるので注意が要ります。

イオン積と溶解度積を比べる

求めたイオン積を、問題で与えられた値や資料の溶解度積と比べます。下の例は、硝酸銀水溶液と塩化ナトリウム水溶液を同じ体積ずつ混ぜた場合で、濃度が10分の1になると結果が変わることが分かります。

例1:2.0×10−4 mol/L の AgNO3 と NaCl を 100 mL ずつ混ぜる
[Ag+] = [Cl−] = 2.0×10−4 × 100200 = 1.0×10−4 mol/L
Q = (1.0×10−4)×(1.0×10−4) = 1.0×10−8 > 1.77×10−10
→ 沈殿ができる
例2:2.0×10−5 mol/L どうしを 100 mL ずつ混ぜる
Q = (1.0×10−5)×(1.0×10−5) = 1.0×10−10 < 1.77×10−10
→ 沈殿はできない
AgCl の Ksp=1.77×10−10(25℃)。混ぜた後の体積は 200 mL とし、混合による体積の変化は無視しています。

この判定は、色だけでは見分けられない沈殿を考えるときにも役立ちます。同じ白色の沈殿が2種類できうる場合でも、それぞれのイオン積と溶解度積を比べれば、どちらが先に出るか、両方とも出るのかを計算で決められます。

溶解平衡で溶けているイオンの量を計算する

難溶性塩の量の計算で問われるのは、たいてい沈殿の量ではなく「溶けているもの」の量です。沈殿は溶けにくいからこそ大半が固体として残るので、溶解度積で求めるのは、溶液に残るわずかなイオンの濃度になります。

まず基本として、塩化銀が純水にどれだけ溶けるかを計算します。溶ける量を s mol/L とおくと、Ag+ も Cl− も s mol/L になるので、s2 が溶解度積に等しいという式が立ちます。

塩化銀の純水への溶解度(25℃)
Ksp = s × s = s2 = 1.77×10−10
s = √(1.77×10−10) = 1.33×10−5 mol/L
質量に直すと 1.33×10−5 × 143.32 = 1.9×10−3 g/L(約1.9 mg/L)
143.32:AgCl のモル質量[g/mol]。冒頭の「1Lに約1.9 mg」はこの計算によるものです。

次に、すでに同じイオンを含む液に溶かす場合を考えます。例として、塩化鉛(II) PbCl2(Ksp=1.70×10−5、25℃)が、0.10 mol/L の塩酸1Lに何 mol 溶けるかを求めます。

図3:溶けているイオンの量を求める4つの手順

溶ける量を文字でおき、すべてのイオン濃度をその文字で書けば、あとは代入するだけです。

溶ける量を x とおく1L に溶ける PbCl2 を x mol/L とする
イオン濃度を書き出すPb2+ は x、Cl− は塩酸の 0.10 + 溶けた 2x
Ksp の式に代入するx(0.10+2x)2 = 1.70×10−5
近似が使えたか確かめる2x が 0.10 より十分小さいかを答えで検算

溶ける量を x mol/L とおく

塩化水素は強酸でほぼ全部電離するので、塩酸から来る Cl− は 0.10 mol/L です。PbCl2 が x mol/L 溶けると、Pb2+ は x mol/L、Cl− は1個から2個出るので 2x mol/L 増え、合計は (0.10+2x) mol/L になります。

溶解度積の式に代入する

登場するイオンの濃度がそろったら、溶解度積の式に代入します。2x は 0.10 よりずっと小さいと見込んで、まず (0.10+2x) を 0.10 とおく近似で解き、答えから近似が妥当だったかを確かめます。

0.10 mol/L 塩酸中の PbCl2 の溶解度(25℃)
Ksp = [Pb2+][Cl−]2 = x(0.10 + 2x)2 = 1.70×10−5
近似:x × (0.10)2 = 1.70×10−5 → x = 1.70×10−51.0×10−2 = 1.7×10−3
検算:2x = 3.4×10−3 は 0.10 の約3%(近似せずに解くと x = 1.60×10−3)
約1.6×10−3 mol(塩酸1L あたり)
参考:純水に溶かす場合
x(2x)2 = 4x3 = 1.70×10−5 → x = 1.62×10−2 mol/L
濃度はすべて mol/L、活量(イオンどうしの影響)は考えない理想計算です。2x が相手の濃度の5%を超えるときは、近似せずに3次方程式を解くか、繰り返し計算で求めます。

純水なら 1.62×10−2 mol/L 溶ける塩化鉛が、0.10 mol/L の塩酸中では約10分の1の 1.6×10−3 mol/L しか溶けません。同じイオンがあると溶けにくくなるこの現象を共通イオン効果と呼び、後半の分析の章でも使います。

ここまでの計算は、固体が残って平衡に達した薄い溶液で、濃度をそのまま使えることが前提です。

実際の塩酸中では鉛が PbCl+ などの塩化物錯イオンもつくり、濃い溶液ではイオンどうしの影響(活量)も無視できなくなります。溶解度積の計算は、まず理想の値で見当をつけ、実際の液では測って確かめるための道具と考えると、現場で使うときにずれを読み違えません。

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実際の工場では:重金属排水の水酸化物沈殿と硫化物沈殿

溶解度積がいちばん身近に使われているのが、工場排水から重金属を取り除く凝集沈殿処理です。めっき工場や電子部品工場の排水には、亜鉛・ニッケル・銅・カドミウム・鉛などが溶けていて、そのまま流すことはできません。

環境省の一般排水基準では、たとえばカドミウムは 0.03 mg/L、鉛は 0.1 mg/L、亜鉛は 2 mg/Lが許容限度です。都道府県の条例でさらに厳しい上乗せ基準がある地域もあるので、自社に適用される値は所管の自治体で確かめます。

水酸化物沈殿は pH で残留濃度が決まる

いちばん広く使われるのは、水酸化ナトリウムや消石灰を加えて排水をアルカリ性にし、金属を水酸化物として沈める方法です。水酸化物の溶解度積の式には [OH−] が入るので、pH を1上げると、2価の金属の残留濃度は理論上100分の1になります。

pH から残留する金属イオン濃度を求める(2価の金属 M、25℃)
[OH−] = Kw[H+] = 10pH − 14
[M2+] = Ksp[OH−]2
例:水酸化亜鉛(Ksp=3×10−17)
pH 8:[OH−]=1.0×10−6 → [Zn2+]=3×10−171.0×10−12=3×10−5 mol/L = 2.0 mg/L
pH 9:3×10−7 mol/L = 0.020 mg/L(基準 2 mg/L の100分の1)
例:水酸化カドミウム(Ksp=7.2×10−15)
pH 10:7.2×10−7 mol/L = 0.081 mg/L(基準 0.03 mg/L を超える)
pH 10.5:7.2×10−8 mol/L = 0.0081 mg/L
Kw=1.0×10−14(25℃)。mg/L への換算はモル質量(Zn 65.38、Cd 112.41 g/mol)を掛けて 1000 倍。活量や錯イオンを考えない理論値で、実際の処理水はこれより高くなります。

計算では、亜鉛は pH 8 でちょうど基準値の 2 mg/L にあたり、pH 9 なら十分に下回ります。

一方カドミウムは溶解度積が大きいため、pH 10 でもまだ基準を超え、同じ水酸化物沈殿でも金属ごとに必要な pH が違うことが分かります。水のイオン積は温度で変わるので、温かい排水では pH と [OH−] の関係もずれます(水のイオン積と温度で変わる中性の pH)。

図4:pH と残る金属イオンの濃度(溶解度積からの理論値)

縦軸は1目盛りで10倍。pH が1上がるごとに残留濃度は100分の1に下がりますが、亜鉛は上げすぎると再び溶けます。

1001010.10.010.0010.0001pH 789101112pH(25℃)mg/LZn(OH)₂Cd(OH)₂亜鉛の処理に適した pH 9〜10.5亜鉛の基準 2 mg/Lカドミウムの基準 0.03 mg/L実際は pH 11 以上で亜鉛が再溶解

※実線と長い破線は溶解度積(CRC Handbook、25℃)から計算した理論値。適した pH と再溶解は環境省資料「亜鉛の処理技術について」による。共存物質があると実際の濃度は理論値より高くなります。

両性金属は pH を上げすぎると再溶解する

グラフの理論線だけを見ると「pH は高いほどよい」と読めますが、亜鉛・鉛・アルミニウム・クロムのような両性金属では逆効果になります。水酸化物イオンが多すぎると、水酸化物がさらに OH− と結びついて、亜鉛酸イオンのような溶けやすい陰イオンに変わるためです。

水酸化亜鉛が強い塩基性で溶ける反応
Zn(OH)2 + 2OH− → [Zn(OH)4]2−
[Zn(OH)4]2−:テトラヒドロキシド亜鉛(II)酸イオン。この反応は溶解度積だけでは表せないため、図4の理論線は高 pH 側で実際と合わなくなります。

環境省の資料では、亜鉛を水酸化物として沈めるのに適した pH は 9〜10.5 で、pH 11 以上にすると水酸化亜鉛は再び溶けるとされています。

複数の金属を含む排水では、カドミウムに合わせて pH を上げると亜鉛が溶け戻るといった板ばさみが起き、処理を2段に分けたり別の方法を組み合わせたりします。

同じ資料は、2〜3種類の金属が一緒に溶けている排水では、共沈や共通イオンの効果で溶解度積から予測されるより低い pH で沈殿が出ることも挙げています。

鉄塩を加えて水酸化鉄(III) のフロックに他の金属を取り込ませる鉄共沈もこの性質を使った方法で、水酸化鉄の細かい粒の性質は水酸化鉄(III)コロイドの性質と調製法で扱っています。

pH を上げて沈めた処理水は、放流前に排水基準の pH 5.8〜8.6(海域以外)まで中和し直します。中和は沈殿をろ過や沈殿槽で分けたあとに行うのが鉄則で、沈殿が混ざったまま pH を下げると、溶解度積のとおり金属が溶け戻ってしまいます。

図5:重金属排水の凝集沈殿処理の流れ

pH を上げて沈める工程と、固体を分けてから pH を戻す工程の順番が要になります。

原水槽pH 調整槽凝集槽沈殿槽ろ過中和槽脱水機NaOH・消石灰凝集剤・高分子酸で pH を戻す金属を水酸化物に→ 脱水ケーキ(産業廃棄物)汚泥pH 5.8〜8.6放流細かいフロックを捕る

※一般的な流れを示した図。錯体を含む排水では前処理(分解・置換)を加えます。

pH 調整の薬品には、扱いやすい水酸化ナトリウム溶液と、安く汚泥が沈みやすい消石灰がよく使われます。水酸化ナトリウムの濃度ごとの性質や取り扱いの注意は水酸化ナトリウムの性質と工場での扱いにまとめています。

硫化物沈殿と錯体が残る排水

水酸化物では下げきれない金属には、硫化ナトリウムなどを加えて硫化物として沈める方法があります。

硫化物は水酸化物よりはるかに溶けにくく、たとえば硫化カドミウム CdS の溶解度積は 8.0×10−27、硫化鉛 PbS は 8.0×10−28 と報告されています。中性に近い pH でも低い濃度まで沈められるのが強みで、水酸化物では残りやすい金属の仕上げに向きます。

一方で、酸性になると有毒な硫化水素が出るおそれがあり、余った硫化物イオンの後始末も要るため、排水処理での使いどころは限られます。どの金属が酸性・塩基性のどちらで硫化物として沈むかは、硫化水素で沈む金属イオンの一覧が整理の助けになります。

さらに厄介なのが、めっき液や洗浄剤に含まれる EDTA、クエン酸、アンモニア、アミンなどの錯形成剤です。

金属イオンがこれらと錯イオンをつくると水酸化物イオンと出会っても沈まず、溶解度積の計算どおりにはならないため、錯体の分解や置換などの前処理を組み合わせます。めっきの種類ごとに使う金属や液の違いはめっきの種類と違いで確かめられます。

沈殿反応を式で追うときは、反応に関わるイオンだけを書くイオン反応式が便利で、Zn2+ + 2OH− → Zn(OH)2 のように書くと、必要なアルカリの量も見積もれます。書き方の手順はイオン反応式の書き方と排水処理での使われ方で紹介しています。

フッ素排水とスケール:カルシウム塩の溶解度積

カルシウムの難溶性塩も、溶解度積で見通しが立つ代表例です。フッ素排水ではわざとフッ化カルシウムを沈めて取り除き、冷却水やボイラーでは逆に炭酸カルシウムや硫酸カルシウムが勝手に出てこないよう管理します。

フッ素排水のフッ化カルシウム沈殿

半導体工場のエッチングやガラス加工、金属の酸洗いからは、フッ化水素酸を含む排水が出ます。フッ素の排水基準は海域以外で 8 mg/L、海域で 15 mg/L で、基本の処理は消石灰などのカルシウム塩を加えて、フッ化カルシウム CaF2 として沈める方法です。

フッ化カルシウムの沈殿と溶解度積(25℃)
Ca2+ + 2F− → CaF2  Ksp = [Ca2+][F−]2 = 3.45×10−11
純水中の CaF2 の溶解度を s とする
s × (2s)2 = 4s3 = 3.45×10−11 → s = 2.05×10−4 mol/L
[F−] = 2s = 4.1×10−4 mol/L = 7.8 mg/L
Ca2+ を 0.010 mol/L(約400 mg/L)残すと
[F−] = √3.45×10−110.010 = 5.9×10−5 mol/L
= 1.1 mg/L
F のモル質量 19.00 g/mol。活量や反応の遅さを考えない理論値です。

CaF2 だけが溶けている状態のフッ化物イオンは 7.8 mg/L で、基準の 8 mg/L とほとんど同じです。つまりカルシウムをちょうどの量だけ入れても基準すれすれにしかなりません。

共通イオン効果をねらって Ca2+ を過剰に残すと、理論上は 1 mg/L 台まで下げられるため、実際の処理でもカルシウムは多めに加えます。

実際には CaF2 の粒が細かくて沈みにくく、反応にも時間がかかるので、理論値どおりにはいきません。

環境省の調査報告書には、消石灰に無機・高分子凝集剤を併用する方法、カルシウム塩のあとに硫酸バンド(硫酸アルミニウム)を加える2段凝集法、CaF2 の種結晶を使う晶析法などが並んでいます。

フッ化水素そのものの性質や毒性はフッ化水素の性質と製法・毒性を参照してください。

炭酸カルシウム・硫酸カルシウムのスケール対策

冷却塔の循環水やボイラー水では、水が蒸発して濃縮されるたびに Ca2+、CO32−、SO42− の濃度が上がり、イオン積が溶解度積を超えた分が伝熱面に固着します。これがスケールで、熱の伝わりを悪くし、配管を細らせる原因になります。

炭酸カルシウムは、温度が高いほど溶けにくくなる「逆溶解度」の性質を持ちます。

加熱で溶けていた二酸化炭素が抜けると炭酸水素イオンが炭酸イオンに変わることも重なって、いちばん熱い伝熱面で真っ先に析出します。石灰水が二酸化炭素で白く濁ってから透明に戻る反応は、この炭酸塩の平衡を目で見る実験で、石灰水と二酸化炭素の反応で詳しく扱っています。

硫酸カルシウムも数十℃より上では、無水の結晶が安定になるため高温ほど溶けにくくなります。セッコウ(二水和物)と焼きセッコウ・無水セッコウの関係はセッコウと焼きセッコウの違いで整理しています。下は、補給水を何倍まで濃縮すると硫酸カルシウムが溶解度積に届くかを見積もった例です。

冷却水の濃縮と硫酸カルシウム(25℃、理想計算)
補給水:Ca2+ 40 mg/L = 1.0×10−3 mol/L、SO42− 50 mg/L = 5.2×10−4 mol/L
濃縮前の Q = (1.0×10−3)×(5.2×10−4) = 5.2×10−7
n 倍に濃縮すると Q は n2 倍 → n2 × 5.2×10−7 = 4.93×10−5
n = 約9.7倍で溶解度積に届く
CaSO4 の Ksp=4.93×10−5。補給水の値は計算のための仮の値です。実際の水は塩類が多く活量係数が1より小さいため余裕が出る一方、炭酸カルシウムが先に出ることが多く、管理は複数の指標で行います。

現場では、濃縮倍数を決めてブロー(濃縮水の一部を捨てる)で上限を抑え、軟水化やスケール防止剤、pH の管理を組み合わせます。ボイラー側の考え方はボイラーのスケールとスラッジの違いとボイラー水の水処理、伝熱面に付いたときの影響は熱交換器の伝熱能力の式から読み取れます。

分析での溶解度積:共通イオン効果と沈殿滴定

分析化学では、溶解度積の小ささを利用して目的のイオンを沈殿として取り出し、重さを量ったり、沈殿ができ始める点を滴定の終点にしたりします。どちらの方法も、どれだけ取りこぼしが出るかを溶解度積で見積もれるのが強みです。

共通イオン効果:同じイオンがあると溶けにくくなる

先ほどの塩化鉛の例と同じく、塩化銀も塩化物イオンを含む液の中では溶けにくくなります。0.10 mol/L の塩化ナトリウム水溶液中では、[Ag+]=1.77×10−10÷0.10=1.77×10−9 mol/L となり、純水の約7,500分の1しか溶けません。

共通イオン効果は、平衡にかかわる物質を増やすと、それを減らす向きに平衡が移るというルシャトリエの原理の一例です。平衡の移り方を濃度・圧力・温度で考える基本は、ハーバーボッシュ法とルシャトリエの原理と共通しています。

硫酸バリウム重量法:沈殿剤を過剰に加えて取りこぼしを減らす

白い沈殿をろ紙ごとるつぼに入れて扱う分析の手元

硫酸イオンや、試料を酸化して硫酸イオンにした硫黄の量は、塩化バリウムを加えて硫酸バリウム BaSO4 として沈め、ろ過・強熱して重さを量る重量法で定量できます。鉄鋼中の硫黄の定量(JIS G 1215-1)にも、鉄を分けたあとに硫酸バリウムとして量る方法があります。

硫酸バリウムの溶け残り(25℃、Ksp=1.08×10−10)
純水中:[SO42−] = √(1.08×10−10) = 1.04×10−5 mol/L(BaSO4 として 2.4 mg/L)
Ba2+ を 1.0×10−3 mol/L 余らせると:[SO42−] = 1.08×10−101.0×10−3
= 1.08×10−7 mol/L(約100分の1に減る)
BaSO4 のモル質量 233.39 g/mol。沈殿剤を過剰にしても、多すぎると他のイオンを巻き込む共沈が増えるため、適量の過剰にとどめます。

沈殿の洗い方にも溶解度積の考え方が入っています。日本鉄鋼協会の論文によると、JIS の手順では沈殿をまず塩化バリウム溶液で洗い、そのあと熱水で塩化バリウムを除きます。共通イオンを含む液で洗うことで、洗浄中に沈殿が溶けて失われるのを抑えるねらいです。

同じ論文では、マンガンイオンが共存すると回収率が大きく下がり、EDTA で隠す(マスキングする)と防げることも報告されています。溶解度積だけで決まらない誤差は、共存物質の影響として別に確かめるのが分析の基本です。

塩化銀の沈殿滴定:先に沈む塩と後に沈む塩

水や食品、コンクリートの塩化物イオンを量る方法のひとつが、硝酸銀水溶液で塩化物イオンを塩化銀として沈めていく沈殿滴定です。クロム酸カリウムを指示薬にするモール法では、白い塩化銀が先に沈み、塩化物イオンがほぼなくなったところで赤褐色のクロム酸銀が出始めるのを終点にします。

図6:モール法で硝酸銀を加えたときに沈む順番

必要な Ag⁺ 濃度が低い塩化銀が先に沈み、塩化物イオンがほぼなくなってからクロム酸銀が出ます。

Cl⁻ + CrO₄²⁻AgCl(白)が沈むAg₂CrO₄ が出る滴定前滴定中終点(赤褐色)AgNO₃AgNO₃指示薬の黄色Cl⁻ はほぼ残っていない

※色は目安。指示薬の濃度や液の pH で終点の見え方が変わります。

塩化銀とクロム酸銀は型が違うので、溶解度積の数字の大小だけでは順番を決められません。そこで、当量点(Cl− と Ag+ がちょうど同じ量になった点)の銀イオン濃度から、クロム酸銀が出始めるのに必要なクロム酸イオンの濃度を計算します。

当量点の銀イオン濃度(塩化銀が飽和した状態)
[Ag+] = √(1.77×10−10) = 1.33×10−5 mol/L
このときクロム酸銀が出始めるクロム酸イオン濃度
[CrO42−] = Ksp(Ag2CrO4)[Ag+]2 = 1.12×10−121.77×10−10
= 6.3×10−3 mol/L
指示薬のクロム酸イオンがこの濃度なら、理論上は当量点でちょうど赤褐色が出始めます。実際は色が見えるまでに少し余分な硝酸銀が要るため、空試験で補正します。

このように、2種類以上の沈殿ができうる液に沈殿剤を少しずつ加え、必要な濃度の低い順に沈めていく操作を分別沈殿と呼びます。

モール法は中性付近(pH 6.5〜10.5)で行い、酸性ではクロム酸銀が溶け、強い塩基性では酸化銀が沈むため、pH の範囲も溶解度の考え方から決まっています。ハロゲン化銀の色や溶けやすさの違いはハロゲン化銀の性質と分析での使い道で比べています。

溶解度積は温度で変わるので、沈殿を育てたり溶かしたりする操作では温度も条件のひとつになります。温度による溶解度の差を使って結晶を精製する方法は再結晶のやり方で紹介しています。

溶解度積のよくある質問

溶解度と溶解度積の違いは何ですか?

溶解度は、ある温度で溶媒にどれだけ溶けるかという量(g/100 g 水や mol/L)で、溶解度積は飽和したときのイオン濃度の積です。塩化銀なら溶解度 s を2乗すると溶解度積になり、逆に溶解度積から溶解度も計算できます。

溶解度積が小さいほど溶けにくいと言えますか?

AgCl と AgBr のように陽イオンと陰イオンの数の比が同じ塩どうしなら言えますが、型が違う塩では言えません。比べるときは、それぞれの溶解度積から溶解度(mol/L)を計算してから比べます。

溶解度積の単位は何ですか?

濃度を mol/L で表すと、AgCl のような1対1の塩は (mol/L)2、PbCl2 や CaF2 のような1対2の塩は (mol/L)3 になります。熱力学では活量を使うので単位のない数として扱い、データ集でも単位を省いて載せていることが多いです。

溶解度積は温度で変わりますか?

変わります。平衡定数の一種なので温度が決まれば一定ですが、温度が変わると値も変わり、多くの塩は高温ほど大きく、炭酸カルシウムのように高温ほど溶けにくくなる塩もあります。計算に使う値は何℃のものかを必ず確かめます。

まとめ

この記事のまとめ
  • 溶解度積 Ksp は、難溶性塩の溶解平衡でのイオン濃度の積で、固体の項を平衡定数にまとめて導く。温度が同じなら一定
  • 混ぜた後の濃度でイオン積 Q を求め、Q > Ksp なら沈殿、Q = Ksp で飽和、Q < Ksp なら沈殿しない
  • 溶けている量は x とおいて Ksp の式に代入し、近似を使ったら答えで検算する。同じイオンがあると溶けにくくなる(共通イオン効果)
  • 重金属排水の水酸化物沈殿では pH で残留濃度が決まるが、亜鉛などの両性金属は pH を上げすぎると再溶解し、錯体があると計算どおりに沈まない
  • フッ素排水の CaF2、冷却水・ボイラーの CaCO3・CaSO4 スケール、硫酸バリウム重量法やモール法も、溶解度積で見通しを立てられる

溶解度積は、教科書の計算問題にとどまらず、排水が基準を守れるか、配管にスケールが付くか、分析の取りこぼしがどれくらいかを数字で考える出発点になります。

水質の指標としてはCOD(化学的酸素要求量)の測定と排水基準で解説しています。こうした仕事を担う会社の広がりは化学業界の企業の種類と仕事の流れから見渡せます。

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プラント機器メーカーとプラントメーカーで約10年、設備の提案・設計・試運転に携わったのち、Webマーケターに転身。現在はBtoB製造業専門のWebコンサルタントとして、メーカーの情報発信を支援しています。エネルギー管理士/第三種電気主任技術者。工業技術ブログを2017年から運営(500本以上執筆)、YouTube登録者約2万人、Xフォロワー約1万人。

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