塩化水素(HCl)とは?性質・塩酸との違い・製法と工場での使い方

化学工場の防液堤に並ぶFRP製の横置き貯槽と塩ビの送液配管

塩化水素(化学式 HCl)は、水素と塩素が1個ずつ結びついた無色で刺激臭のある気体で、この気体を水に溶かした水溶液が塩酸です。同じ HCl でも、気体のときは「塩化水素」、水に溶けた液になると「塩酸」と呼び分けます。

塩化水素は水に非常によく溶けるため、市販の濃塩酸は質量で約37%もの塩化水素を含み、湿った空気中では白く煙ります。強い酸なのに酸化力はほとんどなく、鉄のさびを溶かす、排水を中和する、半導体の表面を洗うといった工場の仕事に広く使われています。

目次

塩化水素と塩酸の性質:気体の HCl と水溶液の違い

塩化水素は常温・常圧で二原子分子の気体で、沸点は約 −85℃、融点は約 −114℃です。空気の約1.27倍の重さがあるため低い所にたまりやすく、吸い込むと鼻やのど、肺の粘膜を傷めるので、換気の良い場所で扱います。

最大の特徴は水への溶けやすさで、0℃・1気圧では水1体積に約517体積の塩化水素が溶けます。重さで表すと、水100 gに溶ける量は0℃で82.3 g、30℃では67.3 gで、温度が上がると溶ける量は減ります。

図1:気体の塩化水素と、水に溶けた塩酸の中身

気体では H と Cl が結びついた分子で、水に溶けるとほぼ全部がオキソニウムイオンと塩化物イオンに分かれます。

気体の塩化水素 HCl水溶液=塩酸H と Cl が電子対を共有した分子水に溶かす+++−−−H₃O⁺Cl⁻水分子

※コトバンク(世界大百科事典・日本大百科全書)の記述をもとに作成。分子とイオンの数・大きさは模式的です。

水に溶けた塩化水素は、水分子に水素イオンを渡し、オキソニウムイオン H3O+ と塩化物イオン Cl− に事実上すべて分かれます。薄い水溶液でも電離がほぼ完全に進むので、塩酸は硫酸・硝酸と並ぶ代表的な強酸として扱われます。

塩化水素が水に溶けたときの電離
HCl + H2O → H3O+ + Cl−
H3O+:オキソニウムイオン(水素イオン H+ が水分子と結びついた形)。簡単に HCl → H+ + Cl− と書くこともあります。両辺で H 3・O 1・Cl 1、電荷の合計0がそろっています。

一方で、日本大百科全書は、完全に乾いた塩化水素は反応しにくいことが多く、水溶液の塩酸はとても反応しやすいと説明しています。気体と水溶液の違いを表にまとめると次のとおりで、扱う設備も法令上の区分も変わります。

比べる点塩化水素(気体)塩酸(水溶液)
化学式・状態HCl、常温で無色の気体(沸点 約−85℃)HCl の水溶液、無色の液体(工業用は黄色を帯びることがある)
中にあるものH と Cl が共有結合した HCl 分子H3O+・Cl− と水(ほぼ完全に電離)
酸としての働き乾いた状態では反応しにくい強酸(0.1 mol/L で pH 約1)
金属との関係湿気があると多くの金属を腐食する亜鉛・鉄などを溶かして水素を出す
入れ物高圧ガス容器(ボンベ)ガラス瓶・ポリエチレン容器・タンク車、貯槽
主な法令劇物、特定化学物質(第3類)、高圧ガス保安法濃度10%を超えると劇物、1%を超えると特定化学物質(第3類)
表1:塩化水素と塩酸の違い(コトバンク「塩化水素」「塩酸」、厚労省モデルSDS、毒物及び劇物指定令・特化則をもとに作成)

濃塩酸が約37%で止まる理由と共沸

市販の濃塩酸は塩化水素を約37%(質量)含み、JIS では濃塩酸の濃度を35〜37%と定めています。密度は約1.19 g/cm³ なので、1 L あたりの物質量に直すと約12 mol/L になります。

① 1 L の濃塩酸に含まれる塩化水素の質量
1,000 mL × 1.19 g/mL × 0.37 = 440 g
② 物質量に直す(HCl のモル質量 36.46 g/mol)
440 g ÷ 36.46 g/mol ≒ 12.1 mol
濃塩酸(37%)≒ 約12 mol/L
密度 1.19 g/mL・濃度37%は化学辞典・世界大百科事典の市販濃塩酸の値(37.2%、約12規定)。日本大百科全書は、濃度 c(%)と比重 d の間におよそ c = 200(d − 1) の関係があると説明しており、d = 1.19 なら c ≒ 38% と近い値になります。

濃い塩酸ほど液面から塩化水素が抜けやすく、瓶を開けておくと気体が逃げて濃度が下がっていきます。加熱したときの動きはさらに特徴的で、塩酸は1気圧で濃度20.2%、沸点108.58℃の共沸混合物をつくります。

共沸混合物とは、混ざり物なのに純物質のように一定の温度で沸騰し、出てくる蒸気と残る液の濃度が同じになる液のことです。

図2:塩酸は煮詰めても、加熱で薄めても20.2%に近づく

20.2%の塩酸は混合物なのに一定の温度で沸騰する共沸混合物で、蒸留ではこれより濃くできません。

塩酸の濃度と沸点(1気圧)0%10%20%30%40%塩化水素の濃度(質量%)共沸点20.2%・108.6℃水 100℃水が先に抜けるHCl が先に抜ける薄い塩酸濃塩酸

※曲線は形を示す模式図で、数値は水の沸点と共沸点(20.2%・108.58℃、日本大百科全書)だけを示しています。

濃塩酸を加熱すると塩化水素が先に出ていって液は薄くなり、薄い塩酸を煮詰めると水が先に出ていって液は濃くなります。どちらから始めても液は20.2%に近づき、普通の蒸留ではこれより濃い塩酸は取り出せません。

白煙の正体とアンモニアとの反応

濃塩酸の瓶を開けると白い煙が立つのは、液面から出た塩化水素が空気中の水蒸気を吸って、塩酸の細かい霧になるためです。塩化水素は吸湿性が強く、この霧が金属に付くと乾いた気体のときより腐食がずっと進みます。

アンモニア水の瓶を近づけたときに出る白煙は別のもので、塩化水素とアンモニアが気体どうしで反応してできた塩化アンモニウムの細かい固体です。

塩化水素とアンモニアの反応(気体どうしで進む)
NH3 + HCl → NH4Cl
NH4Cl:塩化アンモニウム(白色の固体の塩)。両辺で N 1・H 4・Cl 1 がそろいます。アンモニアが HCl から H+ を受け取る酸・塩基の反応です。

濃塩酸とアンモニア水を同じ棚に並べると、瓶の口やキャップの周りに白い粉が付くことがあるのはこの反応のためです。試薬庫では、揮発しやすい酸と塩基の瓶を離して保管します。

塩化水素はイオン結合?共有結合?

答えは共有結合で、気体の HCl は電子対を共有した極性のある分子であり、水に溶けたときに初めてイオンに分かれます。水溶液の中にイオンがあるからといって、もとの分子がイオン結合でできているわけではありません。

結合の種類を見分ける物差しが電気陰性度で、原子が結合の電子対を引き寄せる強さを表します。ナトリウム(0.93)と塩素(3.16)のように差が大きいと電子が移ってイオン結合になり、炭素(2.55)と水素(2.20)のように差が小さいと電子対を分け合う共有結合になります。

水素 2.20 と塩素 3.16 の差は 0.96 で、イオン結合の目安とされる差 1.7 より小さいため、H−Cl は共有結合に分類されます。ただし C−H の 0.35 と比べるとかなり大きく、電子対が塩素側へ強く寄った「極性の大きい共有結合」です。

図3:電気陰性度の差で見る H−Cl 結合の位置

H−Cl の差 0.96 は共有結合の範囲にありますが、C−H よりずっと大きく、電子対が塩素側へ強く寄っています。

結合する2原子の電気陰性度の差目安 1.700.962.230.35H−HC−HH−ClNa−Cl偏りなしわずかに偏る大きく偏るイオンになる共有結合(極性あり・なし)イオン結合

※差はポーリングの電気陰性度(H 2.20、C 2.55、Cl 3.16、Na 0.93、PubChem)から計算。1.7 は目安で、はっきりした境目ではありません。

世界大百科事典は、H−Cl 結合を共有結合性83%・イオン結合性17%と見積もり、気体では極性のある共有結合性の分子とみなせると説明しています。この偏りがあるので HCl 分子は水分子と強く引き合い、水に溶けると H+ が水へ移って電離します。

電気陰性度の値の出し方と1.7という目安の限界は電気陰性度の解説で、分子の偏りの考え方は極性分子と無極性分子の違いで詳しく扱っています。

塩化水素の製法:実験室では「揮発性酸の遊離」

実験室では、塩化ナトリウム(食塩)に濃硫酸を加えて穏やかに温め、塩化水素を発生させます。硫酸の H+ が塩化物イオン Cl− に移って HCl ができ、気体として液から抜けていきます。

食塩と濃硫酸から塩化水素をつくる(穏やかに加熱)
NaCl + H2SO4 → NaHSO4 + HCl↑
↑:気体として出ていくこと。NaHSO4:硫酸水素ナトリウム。両辺で Na・Cl・S は1個、H は2個、O は4個でそろっています。

塩酸も硫酸も、薄い水溶液ではどちらもほぼ完全に電離する強酸です。それでもこの反応が進むのは、水の少ない濃硫酸の中では H+ を押しつける硫酸の力が強く働き、できた塩化水素が揮発して液から出ていくので反応が戻らないためです。

揮発しにくい酸で揮発しやすい酸を追い出すこの型の反応を「揮発性酸の遊離」と呼び、硝酸塩と濃硫酸から硝酸を取り出す反応も同じ仲間です。水の少ない濃硫酸が酸性を示しにくい理由は濃硫酸は弱酸なのかの解説で整理しています。

硫酸は2価の酸ですが、2段目の電離(HSO4− → H+ + SO42−)は1段目よりずっと起こりにくく、穏やかに温める程度では生成物は硫酸水素ナトリウムで止まります。さらに強く加熱すると、NaHSO4 がもう1つの NaCl と反応して硫酸ナトリウムになります。

強く加熱したときの2段目
NaCl + NaHSO4 → Na2SO4 + HCl↑
2つの式を足した全体
2NaCl + H2SO4 → Na2SO4 + 2HCl↑
全体の式は、かつての炭酸ナトリウムの製法(ルブラン法)の第1工程で、同法は塩酸が副産物として大量に出る方法でもありました。両辺で Na 2・Cl 2・H 2・S 1・O 4 がそろいます。

ルブラン法に代わって広まった炭酸ナトリウムの製法はソルベー法(アンモニアソーダ法)で、こちらは食塩と石灰石、アンモニアを使い、硫酸を使いません。

発生した塩化水素は水によく溶けるので水上置換では集められず、空気より重いことを生かして下方置換で集めます。水分を除くときは酸性の気体と反応しない濃硫酸や塩化カルシウムを使い、生石灰やソーダ石灰は中和してしまうので使えません(乾燥剤の選び方)。

図4:実験室で塩化水素を発生させて集める流れ

食塩に濃硫酸を加えて温め、出てきた気体を濃硫酸で乾かし、空気より重いので下方置換で集めます。

HClNaCl+濃硫酸濃硫酸下方置換で集める穏やかに加熱水分を除く空気の1.27倍重い

※水に非常によく溶けるので水上置換は使えません。加熱が要るため、キップの装置も使えません。

この反応は加熱が要るため、固体と液体を混ぜるだけで気体が出る反応向けのキップの装置は使えません。濃塩酸と濃硫酸を使い、一方を他方へ滴下して発生させる方法もあります(辞典によって滴下する側の記載は異なります)。

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塩化水素・塩酸はこんなところで使われている

塩酸の用途は、調味料(アミノ酸)や医薬・農薬・染料の原料、無機薬品の製造、鉄鋼、紙パルプと幅広く、化学工業の基本となる資材の1つです。身近なところでは、鋼材のさび落とし、トイレ用の洗浄剤、そして体の中の胃液に塩酸が登場します。

鉄の洗浄(酸洗い):硫酸との違いと廃酸の再生

酸洗い槽から引き上げられ液を滴らせる鋼線のコイル

鋼材の表面は、熱間圧延や保管の間に酸化鉄の膜(スケール)やさびで覆われます。亜鉛めっきや冷間圧延の前にはこれを落とす必要があり、その代表的な方法が塩酸や硫酸に漬ける酸洗いです。

黒さび(Fe3O4)と地鉄が塩酸に溶ける反応
Fe3O4 + Fe + 8HCl → 4FeCl2 + 4H2O
酸化鉄(II) が溶ける反応
FeO + 2HCl → FeCl2 + H2O
Fe3O4 には Fe2+ 1個と Fe3+ 2個が含まれ、地鉄の Fe が出す電子2個を Fe3+ 2個が受け取って、すべて塩化鉄(II) FeCl2 になります。1本目の式は両辺で Fe 4・O 4・H 8・Cl 8 がそろいます。

EU の鉄鋼加工の技術資料(BREF、2022年)によると、バッチ式(個別の製品を浸す方式)の溶融亜鉛めっき工場の大多数は塩酸を使い、濃度2〜16%の槽を並べます。前処理が開放型の設備では、おおむね常温で酸洗いします。

一方、硫酸で酸洗いする鋼管の例では濃度20%の液を60℃に温めており、常温でも働く塩酸と、温めて使う硫酸という違いがあります。

酸洗い槽には、鉄の地肌まで溶かしすぎないよう、ヘキサメチレンテトラミンなどの抑制剤(インヒビター)を加えます。とくに高張力鋼では過剰な酸洗いを避けたいので、抑制剤で地鉄と槽を守りながら濃度と温度を管理します。

使い続けると液の中の鉄分が増えて遊離の酸が減るため、酸を足しながら使い、塩化鉄(II) がたまりすぎたところで液を入れ替えます。BREF には、塩化鉄(II) が1 L あたり170 g(鉄として75 g)や、鉄が100〜120 g/L になった時点で廃棄した例が載っています。

冷間圧延の前の連続酸洗いラインなど大きな工場では、廃酸を捨てずに塩酸へ戻す設備を持つところもあります。代表的な噴霧焙焼法は、廃酸を約450℃以上の炉に霧状に吹き込み、塩化鉄(II) を塩化水素と酸化鉄に分けます。

噴霧焙焼による塩酸の再生(約450℃以上)
4FeCl2 + 4H2O + O2 → 8HCl↑ + 2Fe2O3
両辺で Fe 4・Cl 8・H 8・O 6 がそろいます。塩化水素は吸収塔で約18%の塩酸に戻して酸洗いに再利用し、酸化鉄 Fe2O3 はフェライト(磁性材料)の原料になります(EU BREF 2022)。

再生には炉の燃料と設備の費用がかかりますが、捨てるはずの廃酸から酸と酸化鉄の両方を取り戻せます。一方、亜鉛めっき工場の廃酸のように亜鉛が混ざった液は、この再生法では工程が乱れやすく向きません。

めっきの種類と前処理の位置づけはめっきの種類と違いで、亜鉛が鉄のさびを防ぐ仕組みはトタンとブリキの違いで解説しています。

トイレ用の酸性洗浄剤

家庭用のトイレ用洗浄剤には、劇物に当たる10%をわずかに下回る濃度(9.5%など)の塩酸を含む製品があります。便器の黄ばみのもとになる尿石などのカルシウム分は、塩酸と反応して水に溶ける塩化カルシウムに変わります。

炭酸カルシウムが塩酸に溶ける反応
CaCO3 + 2HCl → CaCl2 + H2O + CO2
両辺で Ca 1・C 1・O 3・H 2・Cl 2 がそろいます。できる CaCl2 は水によく溶けるので、汚れが流れ落ちます。

注意したいのは、次亜塩素酸ナトリウムを含む塩素系の漂白剤やカビ取り剤と混ざると、有毒な塩素ガスが出ることです。国民生活センターも2026年3月に、塩素系と酸性タイプの製品を一緒に使わないよう注意を呼びかけています。

塩素系漂白剤と塩酸が混ざったときの反応
NaClO + 2HCl → NaCl + Cl2 + H2O
次亜塩素酸イオンの塩素(酸化数 +1)と塩化物イオンの塩素(−1)が電子をやりとりして、どちらも塩素分子(0)になります。両辺で Na 1・Cl 3・O 1・H 2 がそろいます。

同じ反応は、さらし粉に塩酸を加えて塩素を発生させる反応にも使われます。工場で塩酸と次亜塩素酸ナトリウムを両方使う場合も、受け入れの配管やタンクを取り違えない対策が欠かせません。

胃液

胃から分泌される胃液の主成分も塩酸で、胃酸と呼ばれます。胃酸は強い酸性を保ち、タンパク質を分解する消化酵素ペプシンを働ける状態にしています。

胃の壁は粘液で守られていますが、胃酸が多すぎて胸焼けがするときに使う制酸剤の一部には炭酸水素ナトリウムが入っていて、胃の中の塩酸を中和します。

炭酸水素ナトリウムによる胃酸の中和
NaHCO3 + HCl → NaCl + H2O + CO2
両辺で Na 1・H 2・C 1・O 3・Cl 1 がそろいます。二酸化炭素が出るので、飲むとげっぷが出やすくなります。

工場での塩酸のつくり方:合成塩酸と副生塩酸

工業的な塩酸は、塩素と水素からつくる合成塩酸と、塩素を使う化学品の工程で出る塩化水素を回収した副生塩酸の2つに大きく分かれます。どちらも塩化水素の気体をまずつくり、それを水に吸収させて塩酸にする点は同じです。

食塩電解の塩素と水素から合成する

合成塩酸の原料は、食塩水を電気分解するソーダ工業でできる塩素と水素です。イオン交換膜法による食塩電解で陽極から出る塩素と陰極から出る水素を反応させるので、苛性ソーダの工場と一体で動いています。

塩素と水素から塩化水素をつくる反応(発熱)
H2 + Cl2 → 2HCl
世界大百科事典の発熱量 44.1 kcal(HCl 2 mol あたり)を換算すると約185 kJ です。本来は連鎖反応で爆発的に進む反応です。

塩素と水素を混ぜてから火をつけると爆発的に反応するので、工場では過剰の水素の中で塩素をバーナーのように燃やし続け、反応を連続で穏やかに進めます。できた塩化水素を冷やして水に吸収させると、35%程度の純良な塩酸が得られます。

合成炉や吸収の装置は、昔は石英、現在は塩酸に侵されにくい不浸透性黒鉛でつくられています。試薬として売られている塩酸はほとんどが合成塩酸で、日本ソーダ工業会の製品規格(JSIA 04-2025)も「合成塩酸」について定めています。

日本ソーダ工業会によると、電解でできた塩素ガスの約75%はパイプで塩化ビニルや溶剤の工場へ送られ、残る約25%が液体塩素・塩酸・次亜塩素酸ソーダ・高度さらし粉の製造に使われます。塩素そのものの性質と使い道はハロゲン単体の性質で整理しています。

塩ビ・ウレタン原料の工程から出る副生塩酸

有機化合物に塩素を入れる反応では、水素原子1個が塩素に置き換わるたびに塩化水素が1分子出ます(R−H + Cl2 → R−Cl + HCl)。この塩化水素を水で洗い集めたものが副生塩酸で、精製すれば合成塩酸に劣らない純度にできます。

代表例が塩化ビニル(塩ビ)の製造で、エチレンと塩素からつくった1,2-ジクロロエタンを高温・加圧下で熱分解すると、塩化ビニルと塩化水素に分かれます。出てきた塩化水素は酸素とともにエチレンと反応させ(オキシ塩素化)、再び1,2-ジクロロエタンに戻して使います。

① 1,2-ジクロロエタンの熱分解(高温・加圧下)
ClCH2CH2Cl → CH2=CHCl + HCl
② オキシ塩素化(出た塩化水素を原料に戻す)
C2H4 + 2HCl + ½O2 → ClCH2CH2Cl + H2O
CH2=CHCl:塩化ビニル。①は両辺で C 2・H 4・Cl 2、②は C 2・H 6・Cl 2・O 1 がそろいます。熱分解で出た塩化水素をオキシ塩素化へ戻す流れは、塩化ビニルの製造法の特許(特開昭59-112930)にも書かれています。

ウレタン樹脂の原料になるイソシアネートは、アミンとホスゲン(COCl2)の反応でつくられ、イソシアネート基1つにつき塩化水素が2分子出ます。こうした工程で使い切れない塩化水素が、精製・吸収されて副生塩酸として出荷されます。

アミンのホスゲン化(イソシアネートの製法)
R−NH2 + COCl2 → R−NCO + 2HCl
R:炭化水素の部分。R−NCO:イソシアネート(ポリオールと反応させてウレタン樹脂をつくる)。両辺で C 1・N 1・O 1・Cl 2・H 2(R を除く)がそろいます。

図5:合成塩酸と副生塩酸ができるまで

合成塩酸は食塩電解の塩素と水素からつくり、副生塩酸は塩素を使う化学品の工程で出た塩化水素を回収してつくります。

合成塩酸副生塩酸食塩電解塩素と水素ができる合成炉過剰の H₂ 中で Cl₂ を燃やす冷却・水に吸収高純度の塩酸合成塩酸35%品など塩素を使う工程塩ビ・ウレタン原料など副生 HCl有機物などを含む分離・精製・吸収不純物を除く副生塩酸国内生産の約6割一部は工程内で再利用(塩ビのオキシ塩素化など)

※コトバンク(世界大百科事典・日本大百科全書)、日本ソーダ工業会の資料、塩化ビニル・イソシアネート製造の特許をもとに作成。割合は2025年度の統計(35%換算)。

副生塩酸は有機物などの不純物を含みやすく、日本大百科全書は不純物のため着色していることが多いと説明しています。工業用の塩酸が黄色っぽく見えるのは微量の塩化鉄(III) や塩素が溶けているためで、使う側は用途に合わせて純度の規格を確かめて選びます。

国内の生産量:副生塩酸が約6割

日本ソーダ工業会の統計では、2025年度の国内の塩酸生産は35%換算で約180万t(1,804,995 t)でした。内訳は合成塩酸が約75万t、副生塩酸が約106万tで、副生塩酸が全体の約58%を占めます。

図6:国内の塩酸の生産量(2021〜2025年度)

国内の塩酸は年180万〜190万t前後で推移し、どの年も副生塩酸が合成塩酸を上回っています。

合成塩酸副生塩酸202119175116202218478106202318377106202418179102202518075106年度 単位:万t(35%換算) 右端は合計

※日本ソーダ工業会「合成塩酸」「副生塩酸」「塩酸」生産・出荷・在庫(各年度計、35%換算)をもとに作成。四捨五入のため合計が合わない年があります。

2021年度から2025年度までの5年間は、合計が約180万〜191万tの範囲で推移し、どの年度も副生塩酸が合成塩酸を上回っています。2025年度の出荷のうち約35%(約64万t)は自社の工場などで使う自家消費で、残りが販売に回りました。

現場での使われ方:水処理と半導体

鋼材の酸洗いのほかにも、塩酸は「水素イオンを出す」「金属を水に溶ける塩化物にする」という2つの働きで、水処理や電子部品の工場を支えています。

図7:工場での塩酸の主な使い道

鉄を溶かす力、水素イオンを出す力、塩化物の溶けやすさが、それぞれの用途で生きています。

鋼材の酸洗いめっき・冷間圧延の前にさびやスケールを溶かす
pH 調整・中和アルカリ性の排水や工程液を中性に戻す
樹脂の再生イオン交換樹脂から金属イオンを追い出す
半導体の洗浄ウエハー表面の金属汚れを溶かして流す

※このほか、調味料(アミノ酸)・医薬・染料などの原料、無機塩化物の製造にも使われます(コトバンク「塩酸」、厚労省モデルSDS)。

pH 調整とイオン交換樹脂の再生

アルカリ性に傾いた排水や工程液を中性に戻すときは、塩酸を加えて中和します。中和でできる塩化ナトリウムなどの塩化物は水に溶けやすく、カルシウムを含む水でもできる塩化カルシウムが溶けているため、硫酸を使うより沈殿が出にくい点も扱いやすさの1つです。

塩酸と水酸化ナトリウムの中和
HCl + NaOH → NaCl + H2O
反対に、酸性に傾いた水の pH を上げるときは水酸化ナトリウムを使います。

逆向きの調整に使う苛性ソーダの扱いは水酸化ナトリウムの性質にまとめています。

純水装置の陽イオン交換樹脂は、水中の Ca2+ や Na+ を吸着した後、酸を流して H+ 型に戻す(再生する)ことで繰り返し使います。再生には塩酸か硫酸を使います。

ただし硫酸では、カルシウムが多いと樹脂の中で硫酸カルシウムが析出するおそれがあり、樹脂メーカーの資料も濃度を段階的に上げる方法を勧めています。

塩酸ならできる塩化カルシウムがよく溶けるので、この点では心配が小さくなります。沈殿ができるかどうかを数字で判断する考え方は溶解度積の解説で扱っており、食塩電解の原料塩水からカルシウムなどを除くキレート樹脂も、高純度の塩酸と水酸化ナトリウムで再生しています。

半導体の洗浄に使う高純度塩酸

半導体の製造では、シリコンウエハーの表面に残ったごく微量の金属汚れが不良の原因になります。そこで洗浄の工程には、金属不純物を極めて少なくした電子工業用の高純度な塩酸が使われます。

代表的なのが RCA 洗浄の2段目(SC-2)で、塩酸・過酸化水素水・水を1:1:6で混ぜ、70〜80℃に温めた液にウエハーを浸す手順が知られています。比率と温度は施設や工程によって異なります。

米国の大学のクリーンルームの手順書では、有機物などを除く SC-1 の後に金属イオンを溶かして取り除く工程として位置づけられています。

塩化物イオンは多くの金属と水に溶ける塩化物や錯体をつくるので、溶けた金属がウエハーに戻りにくくなります。洗浄が工程のどこに入るかは半導体の前工程の流れで確かめられます。

安全と設備:許容濃度・法令・貯槽の材質

HCl ガスの許容濃度と特化則

塩化水素は、吸い込むと目・鼻・のどや肺を傷め、高い濃度では肺水腫を起こすおそれがあり、できるだけ吸わない設備と作業の管理が要ります。

日本産業衛生学会の許容濃度は最大許容濃度 2 ppm(3.0 mg/m³)、米国 ACGIH も天井値(TLV-C)2 ppm で、作業中のどの時点でも超えてはいけない値として決められています。

この値は空気中の塩化水素の気体についてのもので、ボンベのガスを使う作業に限りません。濃塩酸の液面や酸洗い槽からも塩化水素が出るので、ふたや局所排気、スクラバー(洗浄塔)で作業場の濃度を下げます。塩素の最大許容濃度 0.5 ppm と比べると4倍の値です。

労働安全衛生法では、塩化水素と、塩化水素を重量で1%を超えて含む塩酸などは、特定化学物質の第3類物質です。第3類物質を扱う貯槽などの特定化学設備には、腐食しにくい材料や内張りで漏えいを防ぐこと(特化則第13条)や、2年以内ごとの定期自主検査(第31条)が求められます。

塩酸を扱う作業は、ほかにも腐食性液体の取り扱い(安衛則第326条)や、歯に有害なガス・蒸気が出る場所での歯科医師による健康診断(施行令第22条)の対象になります。危険性を洗い出して対策を決める手順は工場のリスクアセスメントのやり方でまとめています。

毒劇法と表示・通知

毒物及び劇物取締法では、塩化水素そのものが劇物で、塩酸のように塩化水素を含む製剤も、濃度10%を超えるものは劇物です。劇物を販売・授与する事業には登録が要り、扱う事業所では盗難や紛失を防ぐ措置と、容器や保管場所への「医薬用外劇物」の表示が求められます。

労働安全衛生法でも、塩化水素は容器へのラベル表示と SDS(安全データシート)による通知、リスクアセスメントの対象物質です。環境の法律では、大気汚染防止法でばい煙の有害物質、水質汚濁防止法で事故時の措置が要る指定物質として扱われます。

塩酸の貯槽と配管の材質

塩酸は鉄を溶かし、ステンレスにも孔食を起こすので、貯槽や配管には酸に強い材料を選びます。米国の貯槽メーカーの資料では、容量が約1.5万ガロン(約57 m³)以上の大型にはゴムライニング鋼が多く、ほかに FRP(繊維強化プラスチック)やポリエチレンの槽が挙げられています。

同じ資料によると、ゴムライニング鋼は鋼が塩酸で腐食すると水素が出るため内張りの健全さを保つことが前提で、FRP は耐食層(コロージョンバリア)の点検と補修が要るとしています。ポリエチレンの槽は液温を約38℃以下に保つことが条件で、温度も材料選びを左右します。

同じ資料は SUS304・SUS316 のステンレスを塩酸には使えないと評価しており、塩化物イオンで孔食が進む点はステンレスの種類と違いでも触れています。

金属が必要な場所には塩酸に強いニッケル・モリブデン合金(ハステロイ B 系)などを使いますが、液に鉄の第二鉄イオンや酸化剤が混ざると使えなくなります。

酸化剤が加わると材料の選び方が大きく変わる理由は、酸化力のある酸の解説で整理しました。一方、水分を含まない乾いた塩化水素ガスでは考え方が逆になり、厚生労働省のモデル SDS は鋼・ステンレス・ニッケルなども推奨材料に挙げています。

ただし同じ SDS は、湿った条件ではほとんどの材料が腐食すると注意を添えています。同じ HCl でも、乾いた気体か水溶液かで使える材料が変わるので、ガス設備では湿気を入れない管理が腐食対策の基本になります。

塩化水素・塩酸のよくある質問

塩酸で溶けない金属は?

金・銀・白金族や、タンタル・ニオブなどは塩酸とほとんど反応しません。亜鉛・アルミニウム・スズは常温でも水素を出して溶け、ニッケルやコバルトは加熱すると反応が進みます。

塩酸に酸化力はある?

ほとんどありません。塩酸で電子を受け取れるのは H+ だけなので、銅や銀のように水素より電子を出しにくい金属は溶かせず、この点が硝酸や熱濃硫酸との違いになっています。

塩化水素は燃える?

燃えません。塩化水素は不燃性の気体ですが、水分があると多くの金属を腐食して水素を出すので、漏れた場所の周りでは腐食と水素の発生に注意が要ります。

0.1 mol/L の塩酸の pH は?

およそ1です。塩酸は薄い水溶液ではほぼ完全に電離するので、水素イオン濃度は0.1 mol/L、pH は −log 0.1 = 1.0 と計算でき、同じ濃度のフッ化水素酸(pH 約2.1)より1ほど低くなります。

まとめ

この記事のまとめ
  • 塩化水素(HCl)は無色・刺激臭の気体で、水に溶かした水溶液が塩酸。水中ではほぼ完全に電離する強酸になる
  • 市販の濃塩酸は約37%(約12 mol/L)で、20.2%・108.58℃の共沸混合物があるため、蒸留ではそれより濃くできない
  • H−Cl は電気陰性度の差0.96の極性の大きい共有結合で、実験室では食塩と濃硫酸から「揮発性酸の遊離」でつくる
  • 工業では合成塩酸と副生塩酸があり、2025年度の国内生産は約180万t(35%換算)で副生塩酸が約6割
  • 許容濃度は最大2 ppm、特化則の第3類物質で10%超は劇物。貯槽はゴムライニング・FRP・ポリエチレンで、ステンレスは使えない

塩酸は、気体の塩化水素がどれだけ水に溶けるか、どこまで濃くできるかという性質が、そのまま酸洗いの条件や再生のしかた、貯槽の材料選びにつながる物質です。

同じハロゲン化水素でただ1つ弱酸になるフッ化水素の性質や、pH の計算のもとになる水のイオン積は別記事で解説しています。

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プラント機器メーカーとプラントメーカーで約10年、設備の提案・設計・試運転に携わったのち、Webマーケターに転身。現在はBtoB製造業専門のWebコンサルタントとして、メーカーの情報発信を支援しています。エネルギー管理士/第三種電気主任技術者。工業技術ブログを2017年から運営(500本以上執筆)、YouTube登録者約2万人、Xフォロワー約1万人。

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