強酸性と強酸化力の違いとは?硝酸・熱濃硫酸が銅を溶かす理由と王水

化学工場の耐酸配管とダイヤフラム弁、下の受け皿

強酸性は酸が水素イオン(H+)を相手に渡す強さ、強酸化力は相手から電子を奪う強さで、酸の性質としては別のものです。塩酸や希硫酸で電子を受け取れるのはH+だけで銅からは電子を奪えませんが、硝酸や熱濃硫酸では陰イオン側の窒素や硫黄が電子を受け取るため、銅や銀まで溶けます。

この違いは工場の判断にもそのまま表れます。鋼材の酸洗いで母材を溶かしすぎないか、ステンレスの耐食性を整えられるか、貴金属を分析の前に溶かしきれるか、配管や槽をどの材料でつくるかは、どれも「その酸が酸化力をもつか」で答えが変わります。

後半では、酸洗いと不動態化、王水とマイクロ波分解による分析の前処理、配管・容器の材料選定、NOxを含む安全の注意までを扱います。

目次

強酸性と強酸化力の定義の違い

2つの性質の違いを表にすると、次のようになります。強酸性は「H+をどれだけ手放しやすいか」、強酸化力は「電子をどれだけ受け取りやすいか」の話で、測る物差しも、強い酸の顔ぶれも別です。

比べる点強酸性(酸・塩基)強酸化力(酸化還元)
やりとりするもの水素イオン H+電子 e−
強いとはどういうことか水の中でH+をほぼ全部手放す(電離しきる)相手から電子を奪い、自分は還元される
強さの物差し電離定数(pKa)、電離度標準電極電位、酸化数の変化
主役になる部分酸のH中心原子(硝酸のN、硫酸のS、次亜塩素酸のCl)
強い代表例塩酸、硝酸、硫酸、過塩素酸硝酸、熱濃硫酸、次亜塩素酸、王水
金属を溶かしたときに出る気体水素 H2NO2・NO、SO2など(水素は出ない)
硝酸のように両方が強い酸もあれば、塩酸のように酸性だけが強い酸、次亜塩素酸のように酸化力だけが強い酸もある

2つの性質を縦と横に分けて並べると、4つの組み合わせがあることが分かります。強い酸でも酸化力がほとんどない塩酸と、弱い酸なのに強い酸化剤になる次亜塩素酸が、別の性質だと示す代表例です。

図1:酸の強さと酸化力の4つの組み合わせ

酸の強さ(H⁺を渡す力)と酸化力(電子を奪う力)は、別々に強弱があります。

強い酸・酸化力あり:硝酸水の中でほぼ完全に電離し、窒素(+5)が電子を受け取る。銅や銀も溶かす強い酸酸化力あり
強い酸・酸化力ほぼなし:塩酸電離は完全だが、電子を受け取れるのはH⁺だけ。亜鉛や鉄は溶かすが、銅はほとんど溶かさない強い酸酸化力ほぼなし
弱い酸・酸化力あり:次亜塩素酸電離はわずか(pKa 約7.5)だが、塩素(+1)が電子を受け取る。殺菌や漂白に使う弱い酸酸化力あり
弱い酸・酸化力ほぼなし:ふっ化水素酸電離しにくい弱い酸で、酸化剤ではない。ガラスを溶かすのはふっ化物イオンがケイ素と結びつくため弱い酸酸化力ほぼなし

※硫酸は条件で入る枠が変わる酸です。加熱した濃い液(熱濃硫酸)でだけ酸化力を示し、薄い希硫酸は塩酸と同じ枠に入ります。

酸・塩基:強酸性はH+を渡す強さ

ブレンステッドの定義では、酸はH+を相手に渡す物質、塩基はH+を受け取る物質です。水に溶かした酸では受け取る相手が水で、H+は水と結びついてオキソニウムイオン(H3O+)になります。

強い酸の電離(薄い水溶液ではほぼ右へ進みきる)
HCl + H2O → H3O+ + Cl−
HNO3 + H2O → H3O+ + NO3−
弱い酸の電離(一部しか進まない)
HClO + H2O ⇄ H3O+ + ClO−
どの式でも、酸から水へ移るのはH+だけで、電子のやりとりはありません。各元素の酸化数(Hは+1、Clは−1または+1、Nは+5)も反応の前後で変わりません。

強酸と呼ばれるのは、薄い水溶液でこの電離がほぼ完全に進む酸で、塩酸・硝酸・硫酸が代表です。強さの目安には電離定数(pKa)や電離度を使い、そこには「相手から電子を奪う」という観点がまったく入っていません。

酸性の強さは、H+を受け取る水がどれだけあるかにも左右されます。硫酸は薄い水溶液では強酸ですが、水がほとんどない濃硫酸では電離がわずかしか進まず、硫酸そのものが弱い酸に変わったのではなく、H+を渡す相手が少ない状態だと考えます。

酸化還元:強酸化力は電子を奪う強さ

酸化還元は、酸素・水素・電子の3つの見方で定義でき、どれで見ても同じ反応を説明できます。基本になるのは電子の見方で、電子を失うのが酸化、電子を受け取るのが還元、相手から電子を奪う物質が酸化剤です。

  • 酸素で見る:酸素と結びつくと酸化、酸素を失うと還元
  • 水素で見る:水素を失うと酸化、水素と結びつくと還元
  • 電子で見る:電子を失うと酸化、電子を受け取ると還元(酸化数が上がる・下がるで数える)

酸化力の強さは、電子を受け取る半反応の標準電極電位で比べ、値が大きいほど相手から電子を奪いやすくなります。受け取る電子の数は酸化数の変化と一致し、式の組み立て方は酸化剤と還元剤の半反応式の4つの手順で整理できます。

酸のH+も、実は弱い酸化剤です。亜鉛や鉄を塩酸に入れると水素が出るのは、H+が金属から電子を受け取って水素分子になるためで、酸性の強さと酸化力が重なるのは、このH+の働きの部分だけです。

H+が酸化剤として働く反応(塩酸・希硫酸と亜鉛・鉄)
Zn + 2H+ → Zn2+ + H2
Fe + 2HCl → FeCl2 + H2
水素の酸化数が+1から0へ下がり、金属が電子を2個出します。検算:Zn・Fe 1=1、H 2=2、Cl 2=2、電荷 +2=+2(イオン式)。H+/H2の標準電極電位は0 Vで、これより電位の低い金属だけを溶かします。

強酸性と強酸化力をあわせ持つ酸:熱濃硫酸と硝酸

強い酸でありながら強い酸化剤にもなる代表が、熱濃硫酸と硝酸です。2つに共通するのは、電子を受け取るのがH+ではなく、陰イオン側の中心にある窒素や硫黄だという点で、H+より電子を奪う力の強い相手が液の中にいます。

図2:電子を受け取る相手で、溶ける金属が変わる

非酸化性の酸ではH⁺が、酸化力のある酸では窒素や硫黄を含む分子・イオンが、金属から電子を受け取ります。

塩酸・希硫酸硝酸・熱濃硫酸Zn・FeH⁺H₂Cu・AgNO₃⁻H₂SO₄NO・NO₂SO₂e⁻e⁻H⁺が電子を受け取りH₂になる銅・銀からは電子を奪えない窒素(+5)・硫黄(+6)が受け取る水素は出ず、NOxやSO₂が出る

※熱濃硫酸は、加熱した濃い硫酸でだけ右側の働きをします。硝酸は濃くても薄くても右側です。

どちらの酸でも、H+は反応式の中で水をつくる役として残り、電子は窒素や硫黄が引き受けます。そのため水素は出ず、窒素酸化物(NOx)や二酸化硫黄(SO2)が出てくることが、酸化力のある酸で金属を溶かしたときの目印になります。

熱濃硫酸:濃くて熱いときだけ酸化剤になる

濃硫酸を加熱した熱濃硫酸は、水素よりイオン化傾向の小さい銅や銀を溶かし、二酸化硫黄を出します。硫黄の酸化数が+6から+4へ下がる分、硫酸1分子が電子2個を受け取るのが、その半反応式です。

熱濃硫酸の半反応式(加熱した濃硫酸で働く)
H2SO4 + 2H+ + 2e− → SO2 + 2H2O
銅と熱濃硫酸(銅の式 Cu→Cu2++2e− と足し、両辺に SO42− を1個足す)
Cu + 2H2SO4 → CuSO4 + SO2 + 2H2O
銀と熱濃硫酸(銀は電子1個なので2倍して足す)
2Ag + 2H2SO4 → Ag2SO4 + SO2 + 2H2O
検算(半反応式):H 4=4、S 1=1、O 4=2+2、電荷 0=0。(銅):H 4=4、S 2=1+1、O 8=4+2+2。(銀):Ag 2=2、S 2=1+1、O 8=4+2+2。硫酸2分子のうち1分子が酸化剤、もう1分子が硫酸塩の陰イオンになります。

薄い希硫酸にはこの酸化力がなく、亜鉛や鉄とはH+が反応して水素を出しますが、銅や銀とは反応しません。標準状態での硫酸イオンの電位は+0.17 Vと銅の+0.34 Vより低く、薄い液の硫酸イオンでは銅から電子を奪えないためです。

濃くて熱いと酸化力が出る理由について、世界大百科事典は、熱濃硫酸の中で硫酸が三酸化硫黄(SO3)と水に分かれ、このSO3の酸化力で銅などが溶けると説明しています。SO3は水と反応して硫酸に戻る酸性酸化物で、半反応式では硫酸分子をそのまま酸化剤として書くのが一般的です。

どちらの書き方でも、硫黄が+6から+4へ下がって電子を受け取る点は同じです。硫酸を工業的につくる接触法では、このSO3を濃硫酸に吸わせて製品にしており、熱濃硫酸の反応は、加熱した濃い液という限られた条件で進む反応だと押さえておきます。

硝酸:濃くても薄くても窒素が電子を受け取る

硝酸は、濃硝酸でも希硝酸でも酸化力をもつ点が熱濃硫酸と違います。硝酸の窒素は酸化数+5と窒素で最も高い状態にあり、濃硝酸では+4のNO2まで、希硝酸では+2のNOまで下がるのが代表的な半反応式です。

濃硝酸と希硝酸の半反応式
(濃)HNO3 + H+ + e− → NO2 + H2O
(希)HNO3 + 3H+ + 3e− → NO + 2H2O
銅との反応式(電子の数をそろえて足し、両辺に NO3− を足す)
(濃)Cu + 4HNO3 → Cu(NO3)2 + 2NO2 + 2H2O
(希)3Cu + 8HNO3 → 3Cu(NO3)2 + 2NO + 4H2O
検算(濃):H 2=2、N 1=1、O 3=3、電荷 0=0/銅の式 N 4=2+2、O 12=6+4+2、H 4=4。(希):H 4=4、O 3=1+2、電荷 0=0/銅の式 N 8=6+2、O 24=18+2+4、H 8=8。

濃さで生成物が分かれるのは、二酸化窒素と水の平衡 3NO2+H2O⇄2HNO3+NO が水の量で動くためで、実際にはどちらの硝酸でもNO2とNOが両方できます。理由と式の作り方、銅1 kgを溶かす計算例は濃硝酸と希硝酸の半反応式で詳しく整理しています。

塩酸・希硫酸で溶けない金属が硝酸で溶ける理由

金属が酸に溶けるかどうかは、金属が電子を出す力と、液の中の酸化剤が電子を受け取る力の比べ合いで決まります。標準電極電位で比べると、H+(0 V)は銅(+0.34 V)から電子を奪えず、硝酸イオン(+0.96 V)は奪えるという関係が読み取れます。

図3:標準電極電位で見る、酸と金属の組み合わせ

酸化剤の線より下にある金属は、その酸化剤に電子を奪われて溶ける側にあります(目安)。

Zn²⁺/Zn −0.76 VFe²⁺/Fe −0.44 VCu²⁺/Cu +0.34 VAg⁺/Ag +0.80 VAuCl₄⁻/Au +1.00 VAu³⁺/Au +1.52 VH⁺/H₂ 0 V(塩酸・希硫酸)NO₃⁻/NO +0.96 V(硝酸)この線より下の金属を溶かす側(目安)この線より下の金属を溶かす側(目安)電子を受け取りやすい(+)電子を出しやすい(−)

※値は25℃・標準状態の標準電極電位(Chemistry LibreTexts)。実際の溶けやすさは濃度・温度・生成物の抜け方・不動態で変わるので、この図だけで工程の腐食性は決められません。AuCl₄⁻/Au は塩化物イオンが多い液(王水)での金の電位です。

図の並びは、イオン化傾向の順番を電位の数字で表したものです。H+の線より下にある亜鉛や鉄は塩酸・希硫酸に溶け、H+と硝酸イオンの間にある銅や銀は硝酸に溶けますが、さらに上にある金は硝酸だけでは溶けません。

主な酸ごとに、電子を受け取るものと金属の反応を並べると次の表になります。酸の名前で覚えるより、「電子を受け取るのは誰か」で表を読むと、王水が金まで溶かす理由も同じ流れで説明できます。

酸電子を受け取るもの鉄銅・銀金・白金金属を溶かしたときの主な気体
塩酸H+溶けるほぼ溶けない溶けないH2
希硫酸H+溶ける溶けない溶けないH2
熱濃硫酸硫酸分子(S +6)冷えた濃硫酸では不動態、熱いと溶ける溶ける溶けないSO2
濃硝酸硝酸イオン(N +5)不動態になる溶ける溶けないNO2が主
希硝酸硝酸イオン(N +5)溶ける溶ける溶けないNOが主
王水硝酸イオン、塩素、塩化ニトロシル溶ける銅は溶ける(銀は塩化銀の膜で止まりやすい)溶けるNO、NOCl など
代表的な条件での傾向。濃度・温度・撹拌で変わる。出典:コトバンク「硫酸」「硝酸」「塩酸」「王水」(日本大百科全書・世界大百科事典ほか)

不動態:鉄・アルミニウム・クロムは濃硝酸に溶けにくい

表で鉄が濃硝酸に溶けないのは、電位の上では溶ける側にある金属が、表面にできる薄い酸化物の膜で守られるためです。酸化力が強いからこそ表面がすぐに酸化されて皮膜ができるのがこの不動態で、アルミニウムやクロムでも起き、同じ金属でも希硝酸には溶けます。

不動態は濃硫酸と鉄の間でも起き、濃硫酸の輸送に鉄製の容器が使われる理由になっています。ステンレスの耐食性も、クロムが主体の厚さ数nmの不動態皮膜によるもので、鉄にクロムを加えた合金がさびにくい理由もこの皮膜で説明できます。

なぜ塩酸には酸化力がないのか

塩酸は塩化水素の水溶液で、液の中にあるのはH+と塩化物イオン(Cl−)です。Cl−の塩素は酸化数−1と、塩素がとれる最も低い状態にあるため、これ以上電子を受け取れません。

電子を受け取れるのはH+だけなので、塩酸の酸化力はH+の弱い酸化力にとどまります。よく使われる説明では、塩素は水素より電気陰性度が大きく、共有電子対を自分の側に引き寄せているので、相手から電子を奪う必要がないと表現されます。

一方、硝酸の窒素や硫酸の硫黄は、自分より電気陰性度の大きい酸素に囲まれて電子を引き寄せられ、高い酸化数になっています。電子が不足した状態にある中心原子ほど、相手から電子を奪って低い酸化数へ戻ろうとするので、酸化剤として働きます。

ただし「塩酸は銅を溶かさない」という整理には条件がつきます。辞典には、銅・鉄・ニッケル・コバルトは加熱すれば塩酸と反応すると記されており、熱い濃い塩酸では銅も少しずつ溶けるので、常温の薄い塩酸での傾向として押さえておきます。

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塩化水素には酸化力がなく、次亜塩素酸にはある理由

同じ塩素を含む酸でも、塩化水素(HCl)に酸化力がなく次亜塩素酸(HClO)にあるのは、塩素の酸化数がHClでは−1、HClOでは+1と違うからです。HClOの塩素は電気陰性度の大きい酸素と結びついて電子を引き寄せられており、電子2個を受け取って塩化物イオンへ戻ろうとします。

次亜塩素酸の半反応式(酸性の液)
HClO + H+ + 2e− → Cl− + H2O
検算:H 2=2、Cl 1=1、O 1=1、電荷 −1=−1。塩素の酸化数は+1→−1で、2段下がった分が電子2個に対応します。HClの塩素はすでに−1なので、同じ向きの式は書けません。

次亜塩素酸は電離しにくい弱い酸(pKa 約7.5)なのに、殺菌や漂白に使われる強い酸化剤です。酸性の強さと酸化力が別だという見本で、次亜塩素酸の塩はさらし粉などの形で、水処理や漂白に使われています。

図4:塩素の酸化数と、酸としての性格

塩素の酸化数が上がると酸は強くなりますが、酸化力は条件しだいで、酸化数の順には並びません。

酸化数 −1塩化水素 HCl強い酸。塩素は最も低い状態で電子を受け取れず、酸化剤になるのはH⁺だけ
酸化数 0塩素 Cl₂酸ではないが強い酸化剤。電子を受け取ってCl⁻になる
酸化数 +1次亜塩素酸 HClO弱い酸だが強い酸化剤。殺菌・漂白に使う
酸化数 +7過塩素酸 HClO₄最も強い部類の酸。冷えた薄い液では酸化力が弱く、熱い濃い液で非常に強くなる

※過塩素酸の性質はコトバンク「過塩素酸」、次亜塩素酸の pKa はコトバンク「次亜塩素酸」(化学辞典)による。

塩素の酸化数が高いほど酸化力も強い、と単純には並びません。過塩素酸(HClO4)は塩素が+7で、水溶液中では最も強い部類の酸ですが、冷えた希薄な水溶液では酸化力が弱く比較的安定で、熱い濃厚な液になって初めて非常に強い酸化剤になります。

中心原子が酸素に囲まれて高い酸化数にあることは、酸化力をもつための条件ですが、それだけでは決まらず、濃度と温度でふるまいが変わります。塩素の4つのオキソ酸の比べ方は、塩素のオキソ酸の酸の強さと酸化力で整理しています。

実際の工場では:金属の酸洗いと酸の選び方

金属の表面処理では、酸化力の有無が「何を溶かし、何を残すか」を決めます。酸洗いは表面の酸化スケールや汚れを溶かして除く処理、不動態化は耐食性の高い表面状態を整える処理で、目的が違うので選ぶ酸も変わります。

図5:目的別に見た、酸の選び方

溶かしたいもの(スケール・遊離した鉄・貴金属)と、守りたいもの(母材・皮膜)で酸が決まります。

炭素鋼のスケール除去塩酸が最も一般的で、硫酸も使う。酸化鉄を溶かせれば足りる
ステンレスのスケール除去硝酸とふっ酸の混酸(硝ふっ酸)や硝酸を使う
ステンレスの不動態化硝酸の水溶液で遊離した鉄を除き、皮膜を整える
貴金属の分析前処理王水や、硝酸・塩酸のマイクロ波分解で溶かしきる

※出典:EBRD の鉄鋼加工の環境・社会ガイドライン、日本製鉄技報第416号(2020年)、新潟県工業技術総合研究所(2022年)、US EPA Method 3051A。

熱間圧延や焼きなましで鋼材の表面にできる酸化スケールは、酸洗槽に通して取り除きます。欧州復興開発銀行(EBRD)の鉄鋼加工のガイドラインによると、最も一般的な酸は塩酸で、硫酸を使う工場もあり、ステンレスには硝酸とふっ酸の混酸が使われます。

炭素鋼に酸化力のない塩酸や硫酸を使うのは、スケールの酸化鉄を溶かせれば十分で、地鉄まで酸化して溶かす必要がないからです。

熱延鋼板の酸洗いの特許には、塩酸に硝酸や過酸化水素などの酸化剤を加える方法が載っており、酸化剤が10%を超えると脱スケール後の地鉄が溶け、ピッティングを起こすと書かれています。

ステンレスでは、日本製鉄技報(2020年)が紹介する冷延鋼板の焼きなまし後の連続ラインで、硝酸または硝酸とふっ化水素酸の混合液に浸してスケールを除いています。酸化力のある硝酸で表面を不動態の側に保ちながら、ふっ化水素酸で酸化物を溶かす組み合わせです。

EBRDのガイドラインは、塩酸や硫酸の廃酸は酸回収設備で再生して酸化鉄も回収できる一方、硝ふっ酸は回収しにくく廃棄物として処理すると記しています。酸化力のある混酸は性能が高い分、排水と排ガスの処理まで含めて設備を考える必要があります。

ステンレスの不動態化処理(硝酸パシベーション)

溶接や切削のあとのステンレスは、表面に鉄粉が付いたり皮膜が傷んだりして、本来の耐食性が出ません。そこで硝酸の水溶液に浸し、表面の遊離した鉄を溶かしながらクロムの多い不動態皮膜を整えるのが、硝酸パシベーションと呼ばれる不動態化処理です。

新潟県工業技術総合研究所の試験(2022年)では、SUS430を硝酸10〜50%・30〜50℃、SUS304を硝酸50%・50℃で、それぞれ60分処理しました。その結果、どれも未処理より孔食電位が上がり、表面にクロムが濃縮していました。

孔食電位は5%食塩水の中で孔食が起き始める電位で、高いほど孔食に強いことを示します。

ただし50%の硝酸ではほかの濃度より孔食電位が低く、濃すぎると保護性の劣る皮膜になると考察されています。

米国の規格ASTM A967には硝酸による処理条件が複数あります。その1つ(Nitric 2)は、体積で20〜45%の硝酸を室温付近で使うと、加工業者向けの解説などで紹介されています。規格本文は未確認なので、最新版の条件は規格で確かめてください。

濃いほどよいわけではなく、鋼種と規格で条件を決めるのが実務の基本です。ステンレスの種類ごとの処理の違いや、SUS304が錆びる原因のひとつであるもらい錆も、この皮膜のでき方から説明できます。

貴金属の分析前処理:王水とマイクロ波分解

ドラフト内でマイクロ波分解の樹脂容器を並べる手元

金属や鉱石、廃棄物を誘導結合プラズマ(ICP)発光分析などで測るときは、試料を酸で溶かして液にしてから装置に入れます。測りたい元素を溶かしきれる酸化力と、容器や装置が耐えられる条件の両方を見て、酸の組み合わせを選ぶのがこの工程です。

王水が金と白金を溶かすしくみ

王水は濃硝酸1と濃塩酸3を体積で混ぜた液で、硝酸だけでは溶けない金や白金を溶かします。混ぜた時点で硝酸が塩化物イオンを酸化し、塩素(Cl2)と塩化ニトロシル(NOCl)ができるのが最初の反応です。

王水の中で起きる反応(混ぜた直後)
HNO3 + 3HCl → NOCl + Cl2 + 2H2O
検算:H 4=4、N 1=1、O 3=1+2、Cl 3=1+2。窒素は+5→+3で電子2個を受け取り、塩素2個が−1→0で電子2個を出します。

金が溶けるのは、酸化剤が増えるだけでなく、塩化物イオンが金イオンと結びついて塩化金酸イオン(AuCl4−)になるためです。金の電位はAu3+/Auの+1.52 Vから、AuCl4−/Auでは+1.00 Vまで下がり、硝酸イオンや塩素が金から電子を奪える範囲に近づきます。

金と王水
Au + HNO3 + 4HCl → HAuCl4 + NO + 2H2O
白金と王水
3Pt + 4HNO3 + 18HCl → 3H2PtCl6 + 4NO + 8H2O
検算(金):H 5=1+4、N 1=1、O 3=1+2、Cl 4=4。金 0→+3 と窒素 +5→+2 で、電子3個どうし。(白金):H 22=6+16、N 4=4、O 12=4+8、Cl 18=18。白金 0→+4 が3個で電子12個、窒素 +5→+2 が4個で電子12個。

銀は王水に入れると表面に水に溶けない塩化銀ができて溶解が止まりやすいので、硝酸で溶かすのが一般的です。王水は時間がたつと分解して力が落ちるため、使うたびに調製し、ためておかないのが基本です。

マイクロ波分解:密閉容器で温度と圧力を上げる

分析の現場では、試料と酸をフッ素樹脂の密閉容器に入れてマイクロ波で加熱する、マイクロ波分解がよく使われます。米国環境保護庁(EPA)のMethod 3051Aは、濃硝酸だけか、濃硝酸9 mLと濃塩酸3 mLを使い、約5.5分で175℃前後まで上げて合計10分加熱する手順です。

この方法は全分解を目的としておらず、抽出した濃度が試料の全含有量と一致しない点も明記されています。

河川の底質の認証標準物質の例では、全量135 mg/kgのクロムに対して、硝酸だけの分解では84.7 mg/kgでした。硝酸と塩酸の混酸でも77.1 mg/kgしか回収されず、酸の組み合わせで溶ける成分が変わることが分かります。

ケイ酸塩まで溶かしきりたいときは、試料0.5 gまでを濃硝酸9 mLとふっ化水素酸(通常3 mL)で15分処理するMethod 3052があり、こちらは全分解を目的にしています。

EPAの手順書には、硝酸9 mLと塩酸3 mLの混酸を試料なしで加熱しただけで約12気圧に達した例が示されており、密閉分解では圧力の管理が安全の前提になります。

配管・容器の材料選定:酸化性の酸と非酸化性の酸

配管や槽の材料は、扱う酸が酸化力をもつかどうかで入れ替わります。酸化性の酸では不動態皮膜を保てる材料が強く、非酸化性の酸では皮膜に頼らない材料が強いという向きを押さえると、材料メーカーの耐食表が読みやすくなります。

酸性格使われる材料の例注意点
硝酸酸化性304Lなど低炭素のステンレス(Alleimaの資料では65%硝酸で約100℃まで良好、沸騰液は不向き)、ジルコニウム(高価)高温でNOxが凝縮する冷却器などは不向き。冷却水の塩化物が多い所は二相系などの鋼種
塩酸非酸化性ニッケル・モリブデン合金(HASTELLOY B-3 など)鉄や銅が溶け込んで第二鉄・第二銅の塩ができると使えない。湿った塩素も不可
濃硫酸酸化性(濃いとき)炭素鋼(冷えた液では鉄が不動態になる)水で薄まると鉄は溶ける
希硫酸非酸化性鉛(75%以下の希硫酸にはほとんど溶けない)、ニッケル・モリブデン合金鉛は濃硫酸や高温で溶けやすくなる
出典:Alleima「Material solutions for nitric acid producing plants」(2023年)、Rolled Alloys「HASTELLOY B-3」データシート、コトバンク「硫酸」。耐食性は温度・濃度・不純物・溶接部で変わるので、目安として読み、実際は材料メーカーの耐食データで確かめる

硝酸に強い304Lが塩酸に弱く、塩酸に強いニッケル・モリブデン合金が酸化剤の混入に弱いのは、どちらも酸化力の有無で説明できます。B-3合金のデータシートは、クロムをほとんど含まないため、酸化性の液や第二鉄・第二銅の塩がある所では使わないよう明記しています。

図6:酸の性格で、強い材料が入れ替わる

酸化力があれば皮膜を味方にでき、なければ皮膜に頼らない材料を選びます。

酸化性の酸:皮膜を味方にする硝酸や濃硫酸は、ステンレスや鉄の表面に不動態皮膜を保たせる。304Lや炭素鋼が使える硝酸濃硫酸
非酸化性の酸:皮膜に頼らない塩酸や希硫酸では皮膜が保てない。ニッケル・モリブデン合金や鉛、フッ素樹脂などを選ぶ塩酸希硫酸
酸化剤が混ざると逆転する塩酸に鉄や銅が溶け込み第二鉄・第二銅の塩ができると、液が酸化性になりNi-Mo合金が侵される不純物
塩化物は皮膜の弱点ステンレスは塩化物で孔食を起こす。硝酸の設備でも冷却水側の塩化物に注意する塩化物

※出典:Rolled Alloys「HASTELLOY B-3」データシート、Alleima(2023年)、コトバンク「硫酸」、新潟県工業技術総合研究所(2022年)。

硫酸は濃度で性格が変わる酸で、濃硫酸は鉄を不動態にするので鉄製の容器で運べますが、水で薄まると鉄を溶かします。酸露点で起きる硫酸露点腐食も、排ガスのSO3が水分と一緒に壁面で凝縮して硫酸になり、鋼材を侵す現象です。

配管材料の比べ方はステンレス配管と鉄配管の選び方でも整理していますが、酸を流す系では酸の名前だけで決めず、濃度・温度・混ざる不純物まで書き出してから材料の耐食表と照らし合わせるのが確実です。

酸化力のある酸を扱うときの安全:NOxと許容濃度

酸化力のある酸で金属を溶かすと、水素の代わりに有毒な気体が出ます。硝酸ではNO2やNO、熱濃硫酸ではSO2、王水ではさらに塩素と塩化ニトロシルが出るので、出てくる気体を反応式から先に書き出し、局所排気と排ガス処理を決めておきます。

厚生労働省の職場のあんぜんサイトのモデルSDSでは、硝酸の許容濃度は日本産業衛生学会の2 ppmです。2025年度の勧告の表でも硝酸は2 ppm(5.2 mg/m3)で、二酸化窒素は引き続き「検討中」です。ACGIHは二酸化窒素の時間加重平均の限界値(TLV-TWA)を0.2 ppmとしています。

硝酸のACGIH値は、旧来のTWA 2 ppm・STEL 4 ppmから、短時間ばく露限界値(TLV-STEL)0.025 ppm(吸入性粒子と蒸気)へ大きく引き下げられました。古いSDSの値のまま管理しないよう、最新の値を確かめます。

同じモデルSDSは、硝酸を扱う作業場に洗眼器と安全シャワーを置き、工程の密閉化と局所排気で気中濃度を下げるよう記しています。手袋はネオプレンを推奨し、ニトリルゴムと塩ビは適切でないとしているので、手持ちの保護具が合っているかも確かめます。

排ガスの処理方式は、半導体工場の除害装置と同じく、出てくる気体の種類と量で選びます。新しい工程を入れるときは、製品のSDSで濃度ごとの区分を確かめ、リスクアセスメントで漏えいや密閉容器の圧力上昇への手順まで決めておきます。

強酸性と強酸化力のよくある質問

希硝酸にも酸化力はありますか?

あります。希硝酸の硝酸イオンも窒素が+5で、電子3個を受け取ってNOになり、銅や銀を溶かします。濃さで変わるのは主な生成物で、酸化力の有無ではありません。

常温の濃硫酸でも銅は溶けますか?

常温の濃硫酸では銅はほとんど反応せず、加熱して熱濃硫酸にすると二酸化硫黄を出しながら溶けます。希硫酸は加熱しても銅をほとんど溶かさず、熱濃硫酸との差は濃さと温度にあります。

ふっ化水素酸に酸化力はありますか?

ありません。ふっ化水素酸は電離しにくい弱い酸で、ガラスを溶かすのはふっ化物イオンがケイ素と強く結びつくためで、電子を奪う反応ではありません。

酸化力のある酸を薄めると、酸化力はなくなりますか?

酸によって違います。硝酸は薄めても酸化力が残り、硫酸は薄めると銅を溶かす酸化力を失い、過塩素酸は冷えた薄い液では酸化力が弱くなります。

まとめ

この記事のまとめ
  • 強酸性はH+を渡す強さ、強酸化力は電子を奪う強さで、物差しも強い酸の顔ぶれも違う
  • 塩酸・希硫酸ではH+だけが電子を受け取るので、H+より電位の高い銅や銀は溶けない
  • 硝酸と熱濃硫酸では窒素(+5)・硫黄(+6)が電子を受け取り、銅・銀が溶けてNOx・SO2が出る。鉄・アルミ・クロムは濃硝酸で不動態になる
  • 塩化水素の塩素は−1で電子を受け取れず、次亜塩素酸の塩素は+1なので強い酸化剤になる。酸化数が高くても過塩素酸のように条件で変わる
  • 酸洗い・不動態化・王水やマイクロ波分解・配管材料の選定は、どれも「その酸が酸化力をもつか」で判断が入れ替わる

強酸性と強酸化力の違いは、H+と電子のどちらをやりとりするかの違いで、暗記より「電子を受け取るのは誰か」を考えると整理できます。同じ見方は、酸洗いの条件や材料の耐食表、分析の前処理を読み解くときにもそのまま使えます。

硝酸をつくる側のしくみはオストワルト法の解説で、金属を酸と電気で溶かして純度を上げる工程は銅の電解精錬で、業界の全体像は化学業界の解説で確かめると、つながりがつかみやすくなります。

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プラント機器メーカーとプラントメーカーで約10年、設備の提案・設計・試運転に携わったのち、Webマーケターに転身。現在はBtoB製造業専門のWebコンサルタントとして、メーカーの情報発信を支援しています。エネルギー管理士/第三種電気主任技術者。工業技術ブログを2017年から運営(500本以上執筆)、YouTube登録者約2万人、Xフォロワー約1万人。

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