カルボン酸(カルボキシ基 −COOH をもつ化合物)の代表的な反応は、脱水、エステル化、酸無水物によるエステル化(アセチル化)、加水分解、けん化の5つです。どれもカルボキシ基の炭素と酸素の結合ができたり切れたりする反応で、相手と条件で行き先が決まります。
エステル化と酸触媒の加水分解は向きが違うだけの可逆反応で、酢酸とエタノールの平衡定数は約4、1:1で混ぜると理論上は約3分の2がエステルになります。工場ではアルコールの過剰・水の除去・酸無水物で反応を進めきり、けん化は塩基が反応物なので一方向に進みます。
| 反応 | 相手・条件 | できるもの | 進み方 | 工場・現場での例 |
|---|---|---|---|---|
| 脱水(分子間・分子内) | P4O10などの強い脱水剤、または加熱(マレイン酸・フタル酸) | 酸無水物+水 | 水があると戻る | 無水フタル酸・無水マレイン酸 |
| エステル化 | アルコール+濃硫酸、加熱 | エステル+水 | 可逆(酢酸+エタノールでK≈4) | 酢酸エチル・PET |
| 酸無水物によるエステル化(アセチル化) | 酸無水物+アルコール・フェノール類 | エステル+カルボン酸 | ほぼ一方向 | アスピリン・酢酸セルロース |
| 加水分解 | エステル+水、希硫酸で加熱 | カルボン酸+アルコール | 可逆 | エステルの分解・劣化 |
| けん化 | エステル+NaOH・KOH水溶液、加熱 | カルボン酸の塩+アルコール | 一方向 | 石けん・けん化価の測定 |
カルボン酸の脱水反応:2つの −COOH から水が抜けて酸無水物になる
カルボン酸の脱水反応は、2つのカルボキシ基から水が1分子抜けて −CO−O−CO− の形の酸無水物になる反応です。別々の分子のあいだで水が抜ける分子間脱水と、1つの分子の中の2つの −COOH から水が抜ける分子内脱水の2種類があります。
できた酸無水物は水と出会うと元のカルボン酸に戻りやすく、その「水と反応しやすい」性質が、後で見るエステル化を進めきる道具として使われます。
分子間脱水:酢酸2分子から無水酢酸ができる
酢酸2分子から水を抜くと無水酢酸になりますが、この反応は濃硫酸では進まず、実験室では十酸化四リン(P4O10)のような強い脱水剤を使います。十酸化四リンは水と激しく結びつく乾燥剤で、性質は乾燥剤の選び方でまとめています。
無水酢酸のカルボニル炭素は、両側の酸素に電子を引かれて+の偏りが大きく、水やアルコールの酸素に攻撃されやすい状態です。厚生労働省のモデルSDSにも「水と反応して酢酸を生じる」とあり、保管ではタンクやドラムに湿気を入れないことが品質管理の基本になります。
工業では、酢酸を熱分解してケテン(CH2=C=O)をつくり、それを酢酸と反応させるケテン法や、酢酸メチルに一酸化炭素を反応させるカルボニル化法で無水酢酸をつくります。モデルSDSの推奨用途は酢酸セルロース(酢酸繊維素)の原料と、アスピリンなどの医薬・香料の原料です。
分子内脱水:マレイン酸・フタル酸は加熱だけで無水物になる
1つの分子に −COOH が2つあり、しかも2つが近い位置にあるジカルボン酸は、脱水剤なしで加熱するだけで水が抜けて五員環の酸無水物になります。代表がマレイン酸とフタル酸で、どちらも工業の大事な原料です。
2つのカルボキシ基が同じ側・隣り合う位置にあると、加熱だけで水が抜けて五員環の酸無水物ができます。
※点線の囲みが、水が抜けて環になる2つの −COOH。フタル酸のベンゼン環は六角形と円で略記しています。
マレイン酸とフマル酸は同じ分子式 C4H4O4 をもつ幾何異性体(シス・トランス異性体)です。二重結合のまわりは回転できないため、2つの −COOH が同じ側にあるシス形のマレイン酸だけが環をつくれ、反対側にあるトランス形のフマル酸は加熱しても無水物になりません。
フタル酸はベンゼン環の隣り合う炭素(オルト位)に −COOH が2つ付いた化合物で、PubChem によると約210℃で水を失って無水フタル酸に変わります。1つ離れたイソフタル酸(メタ位)や反対側のテレフタル酸(パラ位)は、距離が遠く環をつくれません。
マレイン酸を融点(約131℃)より少し高く加熱すると、一部は融点の高いフマル酸(約287℃)に変わることも知られています。実験で無水物の収量が伸びないときは、この異性化で原料の一部がフマル酸に逃げていると考えます。
工場でも分子内脱水はそのまま使われています。米国環境保護庁(EPA)の資料では、ベンゼンの空気酸化でできた無水マレイン酸の一部を水に吸収させると約40%のマレイン酸水溶液になり、キシレンとの共沸蒸留で水を抜いて無水マレイン酸に戻しています。
エステル化:カルボン酸とアルコールから水が抜ける可逆反応
エステル化は、カルボン酸の −OH とアルコールの −H から水が抜けて、エステル結合 −COO− ができる反応です。濃硫酸を少量加えて加熱するのが基本の条件で、反応は可逆なので、そのままでは原料と生成物が混ざった状態で止まります。
濃硫酸の役目は、H+を渡してカルボニル炭素を攻撃されやすくする触媒の働きと、生じた水を抱え込んで平衡を右へ寄せる働きの2つです。後者は濃硫酸の吸湿性によるもので、希硫酸では働きません。
濃硫酸が水を奪うしくみは濃硫酸が脱水剤に使われる理由で詳しく扱っています。
酸触媒のH+が「攻撃される側」を強め、アルコールの酸素が攻撃して水が抜けます。どの段階も逆向きに進めます。
※エステルのC−O−Cの酸素はアルコールから来ます。水の酸素はカルボン酸の−OH由来です。
カルボン酸のカルボニル基(C=O)は、酸素が電子を引くため炭素が+に偏っていて、そこへアルコールの酸素が非共有電子対で攻撃します。C=O の電子の偏りと反応性はカルボニル基とはで、アルコール側の性質はアルコールの性質まとめで確かめられます。
エステル化はどの段階も逆向きに進めるため、十分に時間がたつと「右へ進む速さ」と「左へ戻る速さ」が等しい平衡状態になります。酢酸とエタノールの液相の平衡定数はおよそ4とされ、そこから平衡時にどれだけエステルになるかを計算できます。
触媒の硫酸を入れても、室温では平衡に届くまでに長い時間がかかります。米国トルーマン州立大学の物理化学実験では、塩酸を触媒に加えても室温で平衡に達するまで約1週間かかると説明しており、工場や実験で加熱するのは平衡の位置を変えるためではなく、速く平衡に届かせるためです。
エステル化を不可逆にする方法:酸無水物を使う
エステル化を一方向に進めたいときは、カルボン酸の代わりに酸無水物をアルコールと反応させます。無水酢酸とメタノールなら、酢酸メチルと酢酸ができ、水が出ないので逆向きの加水分解がほとんど起こりません。
一方向に進む理由は、攻撃されやすい無水酢酸のカルボニル炭素から、抜けやすい酢酸イオン(酢酸)が外れるためです。生成物の酢酸メチルと酢酸からは無水酢酸に戻る道がほぼなく、平衡は大きく右に偏ります。
酢酸由来のアセチル基(CH3CO−)を付けるこの反応はアセチル化と呼ばれ、サリチル酸からアスピリン(アセチルサリチル酸)をつくる工程が代表例です。反応式と工業での製法はサリチル酸の性質と反応で、硝酸とのエステル(硝酸エステル)はニトロセルロースとはで扱っています。
平衡を右へ寄せる方法:アルコールを過剰にする・水を抜く
カルボン酸を使うエステル化でも、ルシャトリエの原理に沿って条件を変えれば平衡を右へ動かせます。具体的には、原料の片方を多く入れる方法と、生成物の水を系の外へ出し続ける方法の2つです。ルシャトリエの原理そのものはハーバーボッシュ法の解説で、圧力・温度を例に整理しています。
アルコールを3倍にすると約9割、10倍にすると約97%の酢酸がエステルになる計算です。
※平衡定数K=4、反応の途中で液量が変わらないとした理想的な計算値で、工場の実際の収率ではありません。生じた水を除き続ければ、平衡はさらに右へ進みます。
高い方の原料を使い切りたいときは、安い方を過剰に入れます。酢酸エチルのように酢酸もエタノールも大量に出回る原料なら、どちらを過剰にするかは原料費と、残った原料を蒸留で回収する手間で決まります。
水を抜く方法では、水と共沸する溶媒を使うか、生成物と一緒に水を蒸留で取り出します。酢酸エチルは水と共沸混合物(水約8質量%、沸点70.4℃)をつくるので、低沸点の共沸混合物として水を連れ出しながら反応を進められます。蒸留の基本は蒸留・分留とはを参照してください。
反応の相手を変えるか、ルシャトリエの原理で平衡を右へ動かすかの2通りで、触媒は到達までの時間を縮めるだけです。
エステルの加水分解:希硫酸と水でエステル化を逆に進める
エステルの加水分解は、エステルに水を加えてカルボン酸とアルコールに分ける反応で、エステル化の逆向きです。触媒には希硫酸(または希塩酸)を使い、加熱して進めますが、エステル化と同じ平衡なので最後までは進みません。
エステル化で濃硫酸、加水分解で希硫酸を使い分けるのは、水の量で平衡の向きが決まるからです。濃硫酸は水を抱え込んでエステル側へ、水の多い希硫酸は水を供給してカルボン酸側へ平衡を寄せ、H+の触媒としての働きはどちらも同じです。
同じエステル結合をつくる・切る反応で、水の量と、塩基が反応物になるかどうかで進み方が決まります。
工場で困る加水分解もあります。エステル系の溶剤・可塑剤・樹脂は、水分と酸が残ると長い時間をかけて少しずつ加水分解し、カルボン酸が増えて酸性に傾きます。エステル製品の受入検査や保管で水分と酸価を測るのは、この劣化を数字で追うためです。
けん化:塩基で加水分解すると一方向に進む
けん化は、水酸化ナトリウムや水酸化カリウムなどの塩基でエステルを加水分解し、カルボン酸の塩とアルコールにする反応です。酸を触媒にした加水分解と違って一方向に進み、エステルを最後まで分解できます。
一方向に進む理由は2つあり、まずOH−は水よりはるかに強く炭素を攻撃するので反応が速く進みます。さらにできたカルボン酸はその場の塩基と中和してカルボン酸イオン(−COO−)になり、負の電荷をもつイオンはアルコールに攻撃されないので逆向きのエステル化が起こりません。
酸による加水分解ではカルボン酸がそのまま残るため、アルコールと再び反応して平衡に戻ります。塩基で分解したあと塩酸などで酸性にすれば、カルボン酸を遊離させて取り出せるので、エステルを確実に分解したいときはけん化を使います。
油脂はグリセリンと脂肪酸3つのエステルで、NaOHで切ると脂肪酸ナトリウム(石けん)3つとグリセリン1つに分かれます。
※ジグザグの線が脂肪酸の炭化水素の鎖、丸が −COO−Na+(石けん)や −OH(グリセリン)の部分です。
けん化の名前は石けん(鹸)づくりから来ていて、油脂(グリセリンと脂肪酸3つのエステル)を水酸化ナトリウムで煮ると、脂肪酸ナトリウムとグリセリンができます。オレイン酸だけでできた油脂(トリオレイン)で式にすると次のとおりです。
エステルの特徴:果実のにおい、低い沸点、水への溶けにくさ
分子量の小さいエステルは、果実のようなにおいをもち、元のカルボン酸やアルコールより沸点が低く、水に溶けにくいのが特徴です。どの性質も、エステルには水素結合をつくる −OH がないことから説明できます。
酢酸エチルの分子量(88)は酢酸(60)より大きいのに、沸点は40℃ほど低くなります。
※青がカルボン酸・アルコール、灰色がエステル。値は PubChem。エステルには分子どうしの水素結合をつくる −OH がありません。
カルボン酸は2分子が水素結合で組になり、アルコールも −OH どうしで水素結合をつくるため、分子量のわりに沸点が高くなります。エステルにはこの結びつきがなく、酢酸エチル(分子量88)の沸点は酢酸(分子量60)より約40℃低い77℃です。
水素結合の強さと沸点の関係は水素結合とはで詳しく説明しています。
水への溶けやすさは分子の大きさで変わり、小さなエステルはある程度溶けます。厚生労働省のモデルSDSでは、酢酸エチルは25℃で水1 Lに約80 g溶けるとされ、「水と混ざらない」とは言えない量なので、排水や分液では水側への溶け込みを見込みます。
においは香料や食品のフレーバーに使われ、PubChem では酢酸イソアミルがバナナ・洋梨、酪酸エチルがパイナップルのにおいとされています。酢酸エチルは揮発しやすく引火点が −4℃と低いため、塗料やインキの溶剤として使う現場では、静電気や火気の管理が欠かせません。
エステルの名前の付け方:カルボン酸名+アルキル基名
エステルの日本語名は、元のカルボン酸の名前のあとに、元のアルコールのアルキル基の名前を続けます。酢酸とメタノールなら酢酸メチル、ギ酸とエタノールならギ酸エチルです。
「酢酸+ナトリウム」と同じように、「酢酸+メチル(アルコール側のアルキル基)」と読みます。
この並びは、酢酸ナトリウムのような塩の名前と同じ考え方です。−COOH の H をナトリウムに置き換えれば酢酸ナトリウム、メチル基なら酢酸メチルなので、名前の後ろ半分(酢酸メチルならメチル)がアルコール側と分かれば示性式から名前を組み立てられます。
示性式の書き方は化学式の種類と違いで整理しています。
英語名も同じ並びを逆にした形で、酢酸メチルは methyl acetate、酢酸エチルは ethyl acetate と、アルキル基を先に、酸の名前(-ate)を後に書きます。SDSや海外の資料では英語名で載っていることが多いので、両方の並びをセットで押さえておくと便利です。
| エステル | 示性式 | 元の酸 | 元のアルコール | 特徴・用途 |
|---|---|---|---|---|
| 酢酸メチル | CH3COOCH3 | 酢酸 | メタノール | 沸点57℃ |
| 酢酸エチル | CH3COOC2H5 | 酢酸 | エタノール | 沸点77℃、塗料・インキの溶剤 |
| ギ酸エチル | HCOOC2H5 | ギ酸 | エタノール | 果実のようなにおい |
| 酪酸エチル | C3H7COOC2H5 | 酪酸 | エタノール | パイナップルのにおい |
| 酢酸イソアミル | CH3COOC5H11 | 酢酸 | イソアミルアルコール | バナナ・洋梨のにおい |
| フタル酸ビス(2-エチルヘキシル) | C6H4(COOC8H17)2 | フタル酸 | 2-エチルヘキサノール | DOP(DEHP)、塩ビの可塑剤 |
実際の工場では:エステル化と酸無水物でつくる製品
工場のエステル化は、反応式は教科書と同じでも、平衡を右へ進めるために「何を系の外へ抜くか」と、温度・水分をどう管理するかで設備が決まります。ここでは溶剤・樹脂・可塑剤の4つの製品で、原料と工程の要を比べます。
どの製品も反応自体はエステル化で、違いは原料の形と、平衡を右へ進めるために系の外へ出すものです。
※不飽和ポリエステル樹脂の用途は EPA AP-42 6.14、ほかは各物質のモデルSDS・PubChem の用途欄による。
酢酸エチル:溶剤の代表は教科書どおりのエステル化でつくる
酢酸エチルは、酢酸とエタノールを硫酸などの酸触媒で加熱し、生成物を蒸留で取り出す方法でつくられます。PubChem では、アセトアルデヒドから直接つくるティシチェンコ反応も工業的な製法として挙げられていて、原料の調達しやすさで方法が選ばれます。
用途は塗料・ワニス・インキ・接着剤の溶剤や、抽出溶媒、果実の香料です。モデルSDSでは引火点 −4℃、爆発範囲 2.0〜11.5 vol%、許容濃度(日本産業衛生学会)200 ppm とされ、引火性液体として換気と静電気対策を前提に扱う溶剤です。
PET:テレフタル酸とエチレングリコールのエステル化
ペットボトルや衣料用ポリエステル繊維の原料 PET(ポリエチレンテレフタレート)は、テレフタル酸とエチレングリコールのエステル化でつくります。テレフタル酸は p-キシレンの空気酸化でつくり、繊維用には精製が必要だと EPA の資料にあります。
テレフタル酸は −COOH がパラ位にあって分子内で無水物をつくれないので、両端でアルコールとエステル化して鎖が伸びます。1段目は水、2段目はエチレングリコールを抜き続けて鎖を長くする点が、平衡を右へ寄せる考え方そのものです。
縮合重合の全体像は縮合反応とはで、ボトルの成形はペットボトルの製造工程で紹介しています。
PETボトルリサイクル推進協議会によると、2024年度の指定PETボトルの販売量は65万2千トン、リサイクル率は85.1%です。PETを溶かして再生するときは、乾燥が不十分だと残った水で加水分解が進んで鎖が短くなるため、成形前の乾燥がエステル結合を守る工程になります。
無水フタル酸と可塑剤:開環してからもう1段エステル化
無水フタル酸は o-キシレン(またはナフタレン)を空気で酸化してつくります。EPA の資料では、五酸化二バナジウム(V2O5)触媒を詰めた管型反応器を340〜385℃で運転し、発熱は溶融塩で取り除いて蒸気を発生させます。
粗製品は前処理でフタル酸を脱水して無水物に戻し、真空蒸留で純度99.8質量%に仕上げます。液体の無水フタル酸のタンクは約150℃に保ち、乾燥窒素で封じていて、酸素(火災)と水蒸気(加水分解でフタル酸に戻る)の両方を入れないのが保管の決まりです。
可塑剤の合成では、1分子目のアルコールが無水物の環を開いてモノエステルになる段階は速く、水も出ません。2分子目のエステル化は水が出る平衡反応なので、ここでは水を抜いて右へ進めるという、酸無水物の反応とふつうのエステル化を1つの工程で両方使う形になります。
できたフタル酸エステル(DOP・DINP など)は、硬い塩化ビニル樹脂に混ぜて柔らかくする可塑剤として使われます。無水フタル酸のモデルSDSでも、推奨用途の先頭は「フタル酸系可塑剤原料」で、ほかに塗料・ポリエステル樹脂・医薬品・香料が挙がっています。
無水マレイン酸と不飽和ポリエステル樹脂
無水マレイン酸の代表的な用途の一つは、グリコール類とエステル化させてつくる不飽和ポリエステル樹脂です。マレイン酸由来の C=C 二重結合を鎖の中に残したままエステル化するので、あとでスチレンなどと橋かけして固められます。
EPA の資料では、この樹脂はガラス繊維で補強した積層品(FRP)として、自動車の車体、建材パネル、ボート、薬品タンク、軽量管、浴槽などに使われるとしています。原料はかつてベンゼンの空気酸化が主で、n-ブタンを原料にする方法への切り替えが進みました。
一方で、無水フタル酸をつくる空気酸化は発熱の大きい反応で、EPA の資料では溶融塩(固定床)や触媒層の中の冷却管(流動床)で熱を除き、蒸気として回収しています。反応熱の管理を誤ったときに何が起きるかは化学プラントの暴走反応事故から学ぶで、事故の型ごとにまとめています。
実際の工場では:けん化・エステル交換と酸価・けん化価の管理

油脂の工場では、けん化で石けんをつくり、エステル交換でバイオディーゼル燃料をつくり、どちらの原料も酸価とけん化価で品質を確かめます。どれも、この記事で見たエステル結合の「切る・つなぎ替える」反応の応用です。
石けん:けん化法と、加水分解してから中和する方法
石けんは、カルボン酸イオンの部分が水になじみ、陽イオンが主にナトリウムかカリウムの界面活性剤です。EPA の資料によると、1940年代初めまでは油脂と苛性ソーダを大きな釜で煮るけん化法が主流で、冷やしたあと塩を加えると、上の石けんと下の液に分かれます(塩析)。
1940年代以降は、油脂を高温の水で直接加水分解して脂肪酸を取り出し、それを連続で中和して石けんにする方法が広まりました。脂肪酸の長さをそろえた石けんがつくれ、副生物のグリセリンも回収しやすいのが利点です。水酸化ナトリウムの取り扱いは水酸化ナトリウムの性質にまとめています。
バイオディーゼル:油脂のエステル交換でつくる
バイオディーゼル燃料の FAME(脂肪酸メチルエステル)は、油脂をメタノールとアルカリ触媒で反応させ、グリセリンと脂肪酸のエステルを、メタノールと脂肪酸のエステルにつなぎ替えてつくります。エステルのアルコール側だけを入れ替えるので、エステル交換と呼びます。
遊離脂肪酸(エステルになっていないカルボン酸)が多い廃食用油などでは、アルカリ触媒が脂肪酸と中和して石けんになり、触媒が減るうえグリセリンも分かれにくくなります。そこで原料の酸価を先に測り、高ければ酸触媒のエステル化で脂肪酸を FAME に変えてからエステル交換にかけます。
日本の軽油の強制規格(品確法の施行規則)では、FAME を0.1質量%超混ぜる軽油は FAME 5質量%以下に限られます。そのうえでメタノール0.01質量%以下、酸価0.13以下なども満たす必要があります。液体燃料の種類と性状の違いは液体燃料とはで紹介しています。
酸価・けん化価の測り方:残っている −COOH とエステルの量を数える
酸価は試料1 gに含まれる遊離脂肪酸などの酸を中和するのに要する水酸化カリウム(KOH)のmg数、けん化価は試料1 gをけん化するのに要するKOHのmg数です。試験方法は JIS K 0070 などで決まっていて、けん化価から酸価を引いた値はエステル価と呼ばれます。
酸価は中和滴定でそのまま測れますが、けん化価は過剰のKOHでけん化しきってから、残ったKOHを塩酸で滴定する逆滴定で求めます。逆滴定の考え方と計算の手順は逆滴定とはで例題つきで説明しています。
けん化は塩基を使い切る反応なので、入れたKOHのうち「残った分」を測れば、使われた分が分かります。
※試料量・試薬濃度・加熱時間は規格や社内の試験法で決まっています。ここでは流れだけを示しています。
酸価は「エステルになっていない −COOH」の量を表すため、油脂の劣化の目安にも、エステル化の進み具合を追う指標にも使えます。たとえば食品衛生法の規格基準では、油で処理した即席めん類は、めんに含まれる油脂の酸価が3を超えてはならず、過酸化物価も30以下と決められています。
けん化価は油脂の平均の分子量の目安になり、石けんをつくるときは必要なアルカリの量を決める基準になります。どちらの値も、合格の基準は製品と規格ごとに違うので、品質保証・品質管理の現場では自社の試験法と規格値を対にして記録します。

カルボン酸の反応のよくある質問
カルボン酸とアルコールを混ぜるだけでエステルはできますか?
混ぜるだけでも反応は起こりますが、遅すぎて実用になりません。酸触媒を入れて加熱すると平衡に届くまでの時間が大きく縮むので、エステル化では濃硫酸などを少量加えて加熱します。
エステル化に濃塩酸ではなく濃硫酸を使うのはなぜですか?
濃硫酸は触媒としてH+を渡すだけでなく、吸湿性で生じた水を抱え込み、平衡をエステル側へ寄せられるからです。濃塩酸は水を多く含む水溶液で、水を奪う働きがありません。
エステルとエーテルの違いは何ですか?
エステルは −COO− の結合をもち、カルボン酸とアルコールからできます。エーテルは −O− で2つの炭化水素基がつながったもので、アルコール2分子の脱水などでできます。アルコールの脱水の条件による違いはアルコールの脱水反応で扱っています。
カルボン酸はどうやってつくられますか?
実験室や工業では、第一級アルコールやアルデヒドを酸化してカルボン酸をつくる方法が基本です。エタノールを酸化すると、アセトアルデヒドを経て酢酸になります。条件ごとの違いはアルコールの酸化反応で説明しています。
まとめ
- カルボン酸の主な反応は、脱水(酸無水物)・エステル化・酸無水物によるエステル化・加水分解・けん化の5つ
- −COOH が近いマレイン酸・フタル酸は加熱だけで分子内脱水し、フマル酸・テレフタル酸はできない
- エステル化と酸による加水分解は同じ平衡で、酢酸+エタノールでは K≈4、1:1なら約3分の2がエステルになる
- 酸無水物を使う、アルコールを過剰にする、水を抜く、の3つでエステル化を進めきる。触媒は速くするだけ
- けん化は塩基が反応物でカルボン酸の塩になるため一方向に進み、石けん・けん化価の測定に使われる
エステル化と加水分解は、溶剤・PET・可塑剤・不飽和ポリエステル樹脂・石けん・バイオディーゼルと、化学工場の多くの製品の土台になる反応です。工程で何を抜いて平衡を動かしているか、製品で何が加水分解を進めるかを見ると、反応式が現場の管理項目に直結していることが分かります。
出典
出典・参考資料(13件)を開く出典・参考資料を閉じる
- U.S. EPA, AP-42 Section 6.14 Maleic Anhydride
- U.S. EPA, AP-42 Section 6.5 Phthalic Anhydride
- U.S. EPA, AP-42 Section 6.8 Soap and Detergents
- U.S. EPA, AP-42 Section 6.9 Synthetic Fibers/Section 6.11 Terephthalic Acid
- 厚生労働省 職場のあんぜんサイト モデルSDS 酢酸エチル/無水酢酸/無水フタル酸/無水マレイン酸
- PubChem: Ethyl Acetate/Acetic Anhydride/Phthalic Acid/Maleic Acid/Isoamyl Acetate/Ethyl Butyrate
- 米国特許 US8853470(酢酸とエタノールの液相エステル化の平衡定数)
- Truman State University, Equilibrium Constant of an Esterification Reaction
- LibreTexts, The Hydrolysis of Esters
- PETボトルリサイクル推進協議会 リサイクル率の算出
- e-Gov法令検索 揮発油等の品質の確保等に関する法律施行規則
- 厚生労働省 食品、添加物等の規格基準(即席めん類の酸価・過酸化物価)
- JIS K 0070 化学製品の酸価、けん化価、エステル価、よう素価、水酸基価及び不けん化物の試験方法(規格の書誌情報)
TOOLS & SERVICES
製造業で働く人の、仕事の道具・サービス紹介
これからの働き方、資格の勉強、打合せの記録。MONOSCOPE で紹介している3つです。
CAREER社外の仕事を知りたい転職・キャリアガイド今の会社で続けるか、社外にも目を向けるか。考える視点と転職サービスの紹介。仕事と働き方を考える ›
LICENSE仕事に関わる資格を学びたいSAT電験三種・エネ管・QC検定など。職種から資格を選べる表と受講料の比較。SATの対象資格を見る ›
RECORD打合せを記録したいPLAUD録音から文字起こし・要約まで。3機種の選び方と業務で使う前の確認表。PLAUDの使い方を見る ›
NEWSLETTER
品質保証・品質管理・化学・樹脂・ゴムの記事を、週1回まとめてメールで受け取る
週刊MONOSCOPEは、登録時に選んだ職種・業種に合わせた記事を週1回お届けする無料のメルマガです。
品質保証・品質管理を選んだ状態で登録へ ›無料・週1回。登録後に届く確認メールのリンクを押すと登録が完了します。配信はメール内のリンクからいつでも停止できます。
WEEKLY NEWS
今週の製造業ニュース10選
メルマガは職種・業種に合わせた記事。LINEとnoteでは、全員共通の10本を毎週土曜の朝にお届けします。
LINEでニュース10選を受け取るnote今週のニュース10選をnoteで読む ›
